6-12 呼んでません
「お兄ちゃん、おっは~」
なんで、こいつまでいるのか。
「なんだ、亜理紗も来たのか」
「あー、何よー、その言い草は~。せっかく可愛い妹が遊びに来てあげたというのに」
妹殿は、ちょっとふてくされた感じの表情を作る。ちっちゃい頃はこれがまた可愛かったんだよ、ちっちゃい頃は。
「うん、7~8年前くらい前までは、本当に可愛かったなあ。ああ、時は無情だ」
「なんちゅう事をー」
俺達のやりとりを聞きながら、妹の友達が爆笑している。みんな、いかにもバカンスに来たと言わんばかりの格好だ。南の島へ行くようなファッションだな。
「お兄さん、御世話になりまーす」
綾深ちゃんは爆乳グラビア・アイドル系だな、正直なところ水着姿が気になるぜ。
「すっごい船ですねー」
麻衣ちゃんは、スレンダーな美少女系か。
「今日は宜しく~」
真理華ちゃんは、小柄なロリ系だ。うん、3人とも可愛いっちゃ可愛いんだけどね。まあ、いいか。うちの子も入れると、外面だけはいい美女美少女軍団と言えない事もないが。
「お、美希ちゃんもよく来たなー」
「ひゃあ、お兄さん。なんですか、この巨大な船は~。なんか、やり過ぎって感じじゃないですか?」
周りを、きょときょとと見回しながら美希ちゃんが挨拶した。
「ははは。何、これくらいゆったりしていて、丁度いいのさ。じゃ、艦内を案内してあげよう」
『キャプテン、そっちを頼みますね~』
キャプテン・ロバートは、笑いながら妹達に自己紹介をした。
「どうも、皆さん。この船の船長のロバートです。こちらが、妻の真理子です。ようこそ、ダッタブーダへ」
「ようこそ、皆さん」
あら、結構流暢に日本語喋るのね。そういや、奥さんが日本人なんだった。なんで、俺には英語なのか~。
渋いキャプテンに夢中な小娘どもは放っておいて、アッパーデッキ前方のプールに案内する。
「美希ちゃん、水着は?」
「持って来ました~」
「そうか。一応船にも置いてあるみたいだし、俺も持っているから」
「え? 女物をですか?」
ちょっと怪訝そうな顔をされてしまったが、隠す事もない。
「向こうの女の子用にな。大人買いしてみた」
「あははは。やりますねえ」
「着替えはお部屋でね。そういや、今日も夕方には帰るんだよね」
「はい、残念ながら。こんなに素敵なお船なのになあ」
「まあ、日帰りでも充分に楽しめるからね。また、おいで」
そんな話をしながら、順繰りに下へ降りていく。うーん、部屋はどうするかな。どうせ、亜理紗達がオーナーズルームを使いたがるに決まっているのだ。一応訊いてくるか。
キャプテンがいたので、声をかけた。
「あいつらは?」
「ええ、オーナーズルームを使いたいとおっしゃって。まずかったですか?」
「あー、いえ。どうせ、そんな事だろうと」
どうせ、泊り込んでいくんだろう。部屋は2つくらい使うのかな?
「じゃあ、淳達はそこの右側のデラックスルームを使ってくれ。正面のVIPルームは亜理紗達が使うという事で」
2人とも、ちょっと赤くなって、もじもじしている。
「えー、お兄さん。着替えは2人で1部屋なんですか?」
「なんだ、着替えは別の部屋の方がよかったか? じゃ、淳は俺と一緒で隣のスタンダードルームね」
スタンダードルームといっても、クルーザーの中と思えば充分な広さだ。小さな船だと、ベッドで殆ど占領されてしまうが、このスタンダードルームには壁際に机があったり、テーブルセットもあったりと、それなりの空間がある。スーパーヨット・メガヨットは船の大きさは変わっても、部屋数は変わらないケースが多い。
日本人なら、大体ゲストルームは同じように作って、お客様に対して格差が無きように取り計らうのだが、そのへんは文化の違いなのだろう。いわばヨーロッパの階級社会のようなものだ。
既製品の中古船を、強引に引っ張ってきたのだから、そのへんはやむを得ない。やむを得ないので、こうやってオーナーが一番安い部屋を使っているのだ。
着替え終わって、2人と合流した。美希ちゃんは、花柄ビキニだ。根強い人気だが、今年も流行っているようだ。なんていうか、南国で映えるような、いわゆるビビッドな花柄という奴らしい。
そういえば、デパートの店員さんも、そんなような事を言っていたような。さっぱりわからんので、全てお任せだったが。妹どもはアッパーデッキのジャクジーに行ったらしいので、俺達はメインデッキ後方のプールへ行く。
「わあー、プライベートプールですね、すごーい」
美希ちゃんは、大はしゃぎだ。こういう可愛い妹が欲しかったぜ。いや、まだ可能性はあるわけだが。がんばれよ、淳。
しかし、この船のプールは、何故こんな巨大な落とし穴のようになっているのか。ちょっと酒が入っていると、うっかり落ちるコントが簡単にやれそうだ。
大型プールが船尾にあって水槽みたいになっているタイプが欲しかったんだが、あれは買える船がちょっと古いんだよな。年間で7つのアワードを取った凄い船もあったが、古いくせに高くて風呂付の部屋が少ないので断念した。
あと、この船は超一流メーカーだったというのもある。さすがに高価な買い物なのだから、安い買い物をする事に決めたのだ。こういう物は、変にケチると高い買い物になる。
きゃあきゃあ言ってはしゃぐ2人を見ながら、俺はプールの淵に腰掛けて、のんびりとしていた。こういう時間を過ごしていると、異世界を遠く感じる。
だが、こうしている間にも、生贄の儀式のために鎖に繋がれている日本人女性がいるかもしれないのだ。そのギャップを、未だに現実の物として受け入れ切れていない自分がいた。
とにもかくも、俺はこれからも異世界に行かねばならないのだ。今は休息も必要だ。オーバーワークは厳禁。自衛隊時代にはそのへんは、しっかり上から管理されていた。今は自分で管理しないといけないのだ。
社長からは、仕事は気にしなくてもいいから、しっかりやれと言われている。まあ、だいぶ会社には金を落としてもらったので。アメリカも最初からそのつもりで、会社に20億円も払ってくれたのだろう。
たくさんの人の気遣いがあって、俺は初めて異世界で仕事ができるのだ。また今度、会社の人とかで集まって、ここで楽しみたいな。そんな事を考えながら、俺は心の洗濯を続けていくのだった。




