6-8 戦士の休息
「うひゃひゃひゃ~。あらよいさっさー」
まったく、この女と来た日には。何も変わってないな。いくら飲み放題のシャンパンブランチだからってなあ。こういう口当たりのいい酒は要注意なんだよ。
俺達は、へべれけになった川島を、いつものように俺と青山でヘリポートまで引き摺っている最中だ。こういう時も、青山は俺のバディだ。佐藤と池田は要領よく、ささっと逃げるし。山崎は一番遠いポジションをキープし、泥酔犯連行業務を拒否った。
城戸さんは少し離れたところを歩き、ただひたすら他人の振りをしている。何しろ、霞ヶ関からそう離れているわけではない。このあたりも東京の要所だ。うっかり、知り合いに変なところを見られたりするとマズイのだろう。この人は、政府で立場というものがあるからなあ。
ヘリポートでは、お迎えのパイロットさんが、にこにこ顔でお出迎えしてくれた。いくらホテルから近いからって、このお荷物を抱えて進むのは至難の業だった。暴れたり、道草を食ったりしないだけ、ただの荷物の方が遥にマシだ。
「やあ、今日は。ちょっと酔っ払いが約1名いて申し訳ない。お願いします」
「ははは。まあ、これから行く先なら大丈夫ですかね」
川島、ゲロは自分のアイテムボックスの中に頼むぞ、今日のヘリは自家用機じゃないんだ。
お荷物を客室に押し込んで、シートベルトに押し込むと、出発した。山崎は、副操縦席に押し込んだ。
「酔っ払いを副操縦席なんかに座らせて、どうするつもりだ」
「いいから、いいから。見ておいてくれるだけでいいんだ」
この機体は10人乗りの少し大きめサイズだ。本当は少し小さいほうがよかったのだが、人数的に仕方が無い。これが本来、神野さんが担当する機種だ。
いつもの奴は軽量機で機種別免許が無いものだから別枠だ。もちろん、それだって会社で保有しているので、彼が十分に乗り慣れている機体だ。ヘリの中で寝てしまった川島を載せて、目的地へと進んでいった。
いつしか、俺も寝てしまったが、青山に起こされた。耳元で、青山が大声で訊いてくる。
「おい、海の上に出てるみたいなんだが、どこへ行くんだ?」
「ふわあ。ああ、海の上でいいんだ」
「何!?」
「神野さん、もうそろそろですか?」
俺はヘリセットのヘッドホンを通して、パイロットの神野さんに訊いてみる。
「ええ、もう見えていますよ。まもなく着艦します」
「着艦?」
「はは、じきにわかるさ」
「皆さん、降下しますよ」
そして、ヘリはその船の後ろに回りこむようにして、船尾から接近する。そして、それはその勇姿を俺達の前に曝け出した。
そう、それは全長90mに近い、巨大な「スーパーヨット」だった。最上階のアッパーデッキに、円形をした正規のヘリポートを備えている。優美なスタイル、圧倒的な存在感。全身でセレブ感を醸し出す、そいつ。
スーパーヨットというのは、超大型クルーザーのことだ。通常、欧米ではヨットというのは、日本で言うところのクルーザーを指す。日本で言うヨットタイプの場合は、スーパーヨット・セイルと呼ばれる帆船だ。
それより小さいものをメガヨット、大きいものをギガヨットと称したりするが、その境界は非常に曖昧だ。セールスの都合や、国によって呼び名が違う場合もある。
一般に25m~30mから40~50mくらいまでのものをメガヨット、それ以上の大きさのものをスーパーヨット、100mを肥えるようなものはギガヨットと呼んだりするが、それらの定義も曖昧なものだ。少なくとも、この船はスーパーヨットと呼んでおけば間違いないだろう。
「THE DEATH OF BUDDHA」
カタカナでダッタブーダと称している。自分の耳には、そうとしか聞こえないので、勝手にそう呼んでいる。
ネットで検索しても、何も出てこないので、普通はそう呼ばないのだろう。釈迦の死。それは入滅、あるいは涅槃などとも呼ばれる。あまりにも有名な言葉から取られた名前だった。
製作したのは、オランダの超一流スーパーヨットメーカーの製品だ。非常に高価である。
この船体は元々チャーター用に使われていて、販売リストには無かったものだが、アメリカ経由で強引に引っ張ってきたものだ。
日本でも、スーパーヨットを扱っている代理店はあるが、スーパーヨットそのものが日本には、ほぼ存在しないので。世界1のスーパーヨット・ディーラーと呼ばれた会社の代理店も、日本から消えて某国主要都市へ移って久しい。
最上部にあるアッパーデッキは手すり付き円形になっているのが、このクラスの最近の流行だ。だから、着艦の際には、この柵にヘリをぶつけたりしないようにしないといけない。柵は倒しておける構造らしいが。
こうやって、忙しいオーナーがヘリで乗りつけられるようにという趣向だ。ヘリを呼ばない時は、寝転がれるデッキチェアーがズラリと並べたりもする。
「こりゃあ、スゲエな」
「着艦が難しいな。練習しないと、俺には無理だ」
山崎が、やや顔を顰めながら返事を返してきているようだ。
「ああ、神野さんにも、あらかじめ練習してもらっておいたからな。まあ、こいつのデッキは広めだから、お前の機体なら練習すればいけるはずだ」
「へえ、呆れた。これ、高いでしょ。軽く100億いや200億円くらいするんじゃないの?」
「マジか」
城戸さんの指摘に、池田が信じられない、というような顔をする。
「強引に持ってきたから、もっとしますね。プレミアムがつくんです。船体以外に、諸経費や運行会社への運行管理費の委託金などで300億近く払っています」
全員が漏れなく絶句した。
「よく買ったな、そんなもの。あ、ああ、金はあるのか」
「ああ、だが金だけで運用できるものじゃないんだ。日本では非常に運用が難しい代物だ。まあ、日本にも当然海事会社なんかもある。ただ、この船は日本に登録する事が非常に難しい。金がどれだけかかってもいいから、日の丸を掲げたかったのに」
嫌がらせのような仕組みで、日本登録は非常に困難だ。やってやれない事はないが、運行管理会社そのものが日本登録に難色を示したので、やむなく断念した。
こういう船の持ち主は、遊びに来る時に、凄いビジネスチャンスを提供してくれるチャンスを齎してくれるものだが、日本政府は「贅沢品」として、長らく動かなかった。
その権利は当然のように某国が手中に収めた。今更のように政府は環境整備に走っているようだが、既に手後れを通り越した。
せっかくの素敵な自慢のヨットを「貨物船用の埠頭」に繋がらせられる屈辱を受けた大富豪達は、「2度とこんな国には来ない」という捨て台詞を吐いて、この国を永久に去った。数々の魅力的なビジネスチャンスと共に。
日本は、ビジネスジェットにおける失態の二の舞を演じたのだ。あれも、米国などからのチャンスが日本を通り越して、某国へと唸りを上げて雪崩れ込んでいった。
外国国旗を掲げるこの船の中は「外国扱い」となる。欧米のヨットがよく登録に使うような国の国旗が船尾にはためいている。こういうのを見ると、税金をケチるために外国籍にしているとか言う人がいるので、本当は嫌なのだが。それに、自分の船には日の丸を掲げてみたいじゃないか。
ただでさえ、日本国内で運用するのが難しい代物だ。クルー達の福利厚生で契約マンションやリゾート会員権まで購入し、配慮した。27名ものスタッフを抱えるのだ。彼らは普段は船の中での生活となる。
キャプテンに航海士(サブキャプテン的な立場の方?)など3名の管理者。彼らの仕事は多岐に渡る。「マネジメント」が彼らの主任務と言っても過言ではない。船がどのような状態を保てるかは、キャプテンの腕一つだ。
それが、このNYの大型ビルディングに匹敵する、超高額物件のリセールバリューに直結する。なかなかの人材を回してもらえたので幸運だった。デッキにおける機械設備の管理や搭載ボート等の管理を行なう屈強のデッキクルー達。
そして、エンジニアスタッフ。今時の船は、船内に通信機能が発達しており、PCを見ながらエンジンの状態も管理する。彼らは特別にエンジンルームの区画に部屋を持つ。船内の電子ケーブルの長さは、トータルで地球半周にも達すると言われる。
部屋の清掃や食事の世話を行なう、ベテランのインテリアスタッフの女性達。
調理スタッフは実に5名を数える。シェフとセカンドシェフ、パティシエ、他に調理補助の人が2名いる。オーナーやゲスト以外にも、日々クルー全員の食事を作らねばならない。この船の場合は、これだけの人数が要るのだ。
この船は人数を入れられるため、ランドリースタッフが2名いるので非常に安心だ。この船では、日々厖大な量の洗濯物が溜まっていく。自衛隊だって、駐屯地内にクリーニング屋さんが無かったらエライ事になってしまう。ここだけは、きっちりと注文をつけておいた。
今はスーパーヨットのハイシーズン。購入を決めた時には夏中の予約が入っていた。この船の場合は1週間で1億円ほどのバリューだ。それが10組いる。それを「3倍戻し」の30億円で強引にキャンセルさせて、アメリカから押してもらって手に入れたのだ。
そこまでするのには訳がある。何らかの理由で航空機による退避が失敗した場合、船舶による避難を可能にするためだ。非常時には道路も使い物にならなくて、港に辿り着くのが困難であるかもしれないが、一応は用意したというものだ。
大型船なので、名古屋港はガーデン埠頭の一角を確保した。貨物船用の埠頭では、クルースタッフに対して失礼にあたる。ここならば充分に華やかだ。この船自体が、港においては、また一つの名物になるだろう。
しかも地下鉄やバスターミナルを擁し栄駅まで一直線、外国人船員のための施設があるので最適だ。近隣の病院も、外国人船員の対応には慣れているはずだ。
タクシー会社も近隣にある。バス地下鉄乗り放題キップや、交通機関や自販機。お店などで使えるICチップ入りのマナカカード、タクシーチケットなども支給する。栄から名古屋港行きの地下鉄は、20時そこそこが最終だから、帰りはタクシー利用だ。
真水の製造装置は積んであるため、浮かんでいるだけならば、食料さえあればしばらく生活できる。この手の船は、エクスローラータイプと言って、スピードは出ないが5000kmから7000kmの航続距離を持つ。
乗ったまま他国への退避も可能だ。スピードを楽しむのは、搭載ボートを乗り回すか、サブの高速ボートを持つのだ。中には時速100kmを越える速度を出せる船もある。
日頃ビジネスで飛び回る富豪達が、電話1本でヘリを呼び乗り付ける、高級ホテルなどとは一味違う癒しのプライベート空間である。
あいにくと、俺の場合は異世界探索の疲れを癒すのがもっぱらの目的なんだが。
キャプテンは、スーパーヨットにはありがちな話で、英国海軍出身だ。電話で挨拶をした時に、最初は驚いたようだったが、元軍人の彼はすぐにこう言ってくれた。
『戦士の休息のお手伝いを是非させてほしい。私たちが、最高のチーム・ロバートが全力で取り組みましょう』と。
「ブルードラゴンの日常」 のんびりと書いております。
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