6-7 平穏な不穏
予約の時間の少し前にやってきた2人を見て、ちょっと呆れた。城戸さんはいいんだ、城戸さんは。立場ある人だから、プライベートでもちゃんとしている。
川島あ、お前という奴は~。
一応、ここは六本木ヒルズにある、それなりのホテルなんだが。何故、ジャージ!
焼肉屋じゃねえんだから、つまみ出されても知らんからな。
「みんな、先に飲んでるなんて、ズルーイ」
「いや、お前だって予約の時間より早く来てるだろうが。とりあえず、ジャージの前だけでも閉めとけ!」
「だって、暑かったんだもん」
とかなんとかブツブツ言っていたが、お店に入ってビールを貰って既にご機嫌だ。
ウエイターさんにお代わりのビールを頼んで、料理に手をつけ始めた。まずは、オードブルから。量が無いので、早めに料理を持ってきてもらうようにお願いしてある。今日は基本1人3万円のコースだが、肉は思いっきり増量にしてもらってある。城戸さんが食いきれるかな。
うちのメンツで、4人テーブルを2つ占有している。山崎は既に2杯目のビールを注文していた。結局、城戸さん以外はみんな早々に2杯目を注文し、改めて乾杯となった。
「それにしても、俺達どんどん深みに嵌っていないか?」
配られた1品目の雲丹とキャビアの料理に手をつけながら、山崎がボヤく。
「まあ、そう言うなよ。放っておくわけにもいくまいが。向こうでやらかしている連中とっつかまえて、お仕置きしようぜ」
俺も料理に手を伸ばして、ビールと共に楽しんだ。次に洋風の伊勢海老料理が出たんで、俺は白ワインに切り替えた。
城戸さんも、楽しんでくれているようだ。今日は、ヤバイ話とかは無かったからな。ドルクットも遊びには来なかったし。来ても、お茶は出さないぜ。
とりあえず川島のジャージはなんとか、お目こぼしか?
もう一度、別の雲丹料理と、その次は鮑になっていたので、日本酒でのんびりとやる。
「なあ、結局あの伝説みたいに騒動を収める事が出来たとしたら、最後にはダンジョンは消えてしまうのか?」
青山にも訊かれたが、どうなんだろうな。
「さあ、よくわからないが、話を聞いていると、そうなるような気もするな。そうなったら、うちの会社どうするんだろうなあ」
他人事みたいに言っているが、本当にどうするのかな。そうなったら、ダンジョンの跡地開発とかの仕事があるかもしれないし。それについては、今考えてみても始まらない。
いざとなったら、俺が出資してなんか新しい事業を始めても悪くない。あの会社の人達は好きなんだ。それも会社を辞めたくない理由の一つなのだ。
ご機嫌な川島から、若干ハスキーな声がかかる。
「先の事なんか考えたってわかりゃあしないわよ。主神ファドニール様に乾杯~」
まあ、こいつと飲んでいれば、少々の憂鬱は銀河の彼方だな。俺は隣のテーブルで出来上がっている川島とワインのグラスをかち合わせた。
「待ってました~!」
はしゃぐ川島に、笑顔でA5の極上和牛鉄板焼きの皿を配膳するウエイターさん。川島~、お前どう見てもそのジャージ、駄目駄目過ぎだろう。
ワインも赤を見繕ってもらって、肉に取り掛かる。やっぱり美味いな。だが、魔物肉も捨てがたい。特に俺の場合は、魔力の篭った魔物の肉はうまく感じるのかもしれない。
この体にも魔素が充満していて、体を強くしているのかもしれないな。ダンジョンから、ずっと離れていれば普通の体に戻るのかもしれない。
いや、どうかな、家で朝起きると魔力は満タンになっている感じがするし。この世界からダンジョンが消えてなくなったら、その時にわかるのかもしれない。
「肇、お前は休養中どうするんだ?」
肉をつつきながら、佐藤がのんびりと訊いてきた。こいつは一番素直で優しい奴だからな。異世界の冒険も堪えているかもしれない。
「ああ、その話か。明日はこのホテルでシャンパンブランチだろ。その後でみんなも一緒に来ないか」
「へえ、どこへだい?」
池田も肉を口元へ運びながら、興味を引かれた様子だ。
「いいとこさ。後は着いてのお楽しみだから」
「ねえ、どこどこ?」
川島が当然のように聞き逃さない。
「だからついてからのお楽しみさ」
もう全員が乗れるヘリも頼んである。人数が増えたから、新しい機体を買ってもいいかな。
俺は、その後もしつこい川島の追及をかわしながら、残りの料理を楽しんだ。ガーリックライスは当然のように大盛りで。
食後のデザートとお茶はラウンジに場所を移してゆっくりと寛いだ。
その後、部屋でのんびりしながら、次のダンジョンの事を考えていた。第15ダンジョンか。「日本一謎のダンジョン」と呼ばれているな。主に米軍関係で。
ドアをノックする音が聞こえた。開けたら、川島だった。まあ、ジャージよりはマシな格好だ。
「バーへ行こうよ~」
「あいよ」
払いは俺だからな。他の連中にも声をかけた。レストラン&バーが殆どなので、ジャズラウンジへお邪魔した。8人は楽勝で納まった。2人がけテーブルを4つ占領して、のんびりした時間を過ごす事にした。俺は山崎とコンビだ。
「たまには、こういうのもいいよな」
「ああ。異世界もいいが、ああも血生臭いんじゃな」
このラウンジにいる人達も、俺達が異世界で魔物とかと殺し合いをしているなんて思いもよらないだろうな。
「なあ、合田。お前、第15ダンジョンの話って知ってる? あんまり話を訊いたことが無いんだよ。うちの会社も支店があるんだけどな。あっちの人と会ったりしないし。上の人とも、あまりその話をした事無いんだ」
「15か。チラっと噂に聞いた事はあるんだが、まあ自分の目で確かめてこいよ」
なんだ、そりゃあ。まあ行ってみるか。
「あそこも不思議なとこだよな。あんなたいした事もないような所に米軍が大量にいて、問題起こすどころか治安がよくなるなんて信じられん。最初からそうだって言うし」
青山も首を捻った。
「そうだよなあ。21だって、当初はあれだけ揉めたのに」
あれは本当に酷かった。本土から投入されたダンジョン兵が、不祥事を起こしたのだ。
元米軍兵士で日本配属中に【不祥事】を起こして強制送還された奴を、アメリカ本土の米軍がリサイクルしやがった。
応募してくる方もしてくるほうだが、そんな奴を再雇用するとは。政府からの至上命令で、アメリカのダンジョン攻略担当者が死に物狂いで人材確保に走ったらしいが、そいつが着任早々に婦女暴行事件を起こしたのだ。
被害者は中学1年生の女子で、よりにもよって【当時の県警本部長のお嬢さん】だった。県知事も激昂した。日本政府、在日米軍、アメリカ政府など関係者が全て頭を抱えた大事件となった。
犯人は逃走し、警察は身内の被害なので、血眼になって探した。莫大な懸賞金をかけて、総動員で山狩りならぬ街狩りを行なった。それについて市民もさすがに文句は言わなかった。
地元市民にも大衝撃が走った大事件だった。
「警察~。これ、ちゃんと解決して!」
毎日のように、県内各地の電話が鳴り響いた。
極秘で、やくざにまで手配が回り、裏金から拠出された莫大な賞金がかかった。
町内会でも、有志を中心にパトロールが行なわれた。町内会のおっちゃん達が、頭にヘルメットを被り、みんな鉄パイプや鉈・木刀などを持って夜な夜な歩き回った。
何故か、不良少年のようなものも夜間外出は自粛していたほどだ。暴走族も、その異様な空気の中で走るのを自粛している。県内は、異常な雰囲気に包まれていた。
それ以上に血眼になっていたのが米軍だ。米国本土から、【大統領命令】で「始末屋」まで呼ばれた有様だった。CIAも全力で捜査にあたったが、その痕跡はパタっと途絶えたままだった。
だがアメリカ関係者には見つからず、それから1か月後に、なんと県内の猟友会によって捕獲された。野生動物のように、山中に人知れず潜伏していたらしい。米軍兵士恐るべし。
見つけた人は、さぞかし驚いただろう。ボロボロの格好をした外国人男性が、猪捕獲用の鋼鉄製の檻で出来た罠にかかって暴れていたのだから。幸いにして、最初に見つけたのが抹殺指令を受けた米軍関係者ではなかったので、彼は今、日本の刑務所で無事に大人しく勤務している。
【在日米軍司令官】自ら、首根っこを引っ掴んで、日本警察に突き出したという。
さすがに自衛隊には出動命令は出なかったが。
「平穏な」第15ダンジョンか。逆に嵐の予感がするな。俺は手に持ったマティーニを、嫌な予感を洗い流すように、ぐいっと飲み干した。




