6-2 終末の予言
そうして、俺達は帰途についた。大変重い気持ちで。俺的には、クヌードに残って遊んでいたいくらいだ。そして、ミリーあたりと親交を深めるとか。あの子は、なかなか会えないんだよなあ。最近チビ達とも遊べてないし。
「肇、おい肇」
「大丈夫か?」
山崎に肩を揺すぶられて、俺は現実に帰還した。合田と山崎が、師団長との約束通り、俺のフォローに入っていたようだ。
「あ、ああ。大丈夫、と言いたいところなんだが」
「まあ、無理すんなよ。俺達だって辟易する内容なんだ。当事者のお前にとっちゃなあ」
「正直言って投げ出したい気持ちで一杯なんだが、そういうわけにもいかなくなった。放っておいたら、俺の大切な人達が。あるいは、この2つの世界そのものがエライ事に」
いつの間にか、ランクルはダンジョンへと到着していた。
「マダラ~」
現れた奴は、俺の声に元気がないと思ったのか、車内を覗き込むようにしていたが、肉球をぐりぐりするように窓に押し付けながら送ってくれた。ちょっと元気出たかな。
池田が高機動車を引っ張り出し、第21ダンジョンの出口を潜り抜け、警備の連中に挙手をして守山の司令部へと向かう。もう時刻は17:30。道路はかなり混み合っている。
俺は定位置の後席最左側席に座りながら、ぼんやりと考え込んでいた。
考えても始まらないが、それでも思索に耽るのを止められなかった。
そうこうするうちに佐藤が車を、正門前の司令部の建物の前に乗り付けた。どうせ、アイテムボックスに仕舞ってしまうので、どこにでも乗りつけ可能だ。駐屯地の連中が羨ましがるだろう。
半ば、仲間についていくような格好で、ごく自然に足が、通いなれてしまった師団長の部屋に向かっていた。ここの隊員でも滅多に来ない場所だろうにな。
ノックをして入室すると、なんとあの城戸さんと上役の人が来ていた。
「やあ城戸さん。また異世界で俺とデートしたくなったんですか?」
「お久しぶりですね、鈴木さん。やたらな事を、この人の前で言わないでちょうだい。それが、いつ実現してもおかしくはないのよ!」
今から俺が今から言う事を耳にしたら、その場で実現するかもな。その暁には、今度は自動小銃と拳銃の射撃訓練を受けてもらおうか。ついでに靴の磨き方を覚えて、腕立て伏せ1日1000回ね。死にたくなかったら。
「ちょっと色々と大事でして。ヤバイかもですね」
師団長が途端に渋い顔をする。彼は、残りのメンツの顔を見渡して、俺が冗談を言っているのでない事を確認した。全員漏れなく顔色が冴えない。師団長の顔色も、それに付き合ってくれた。
「その話を聞く前に、コーヒーを一杯注文したい」
俺は、寸分の間も開けずに、師団長の前に湯気の立つ熱いコーヒーをドンっと置いてやった。
「資産1兆円を越える大富豪御用達の、高級コーヒーですよ。俺の奢りです。その代わり、話は最後まで聞いてください」
彼の表情の渋みは、コーヒーに一層の味わい深さとコクを齎しただろうか。そんなわきゃないよな。
「山崎、合田。何があった」
師団長は静かに問うたが、2人とも答えに窮した。他の人間もそっぽを向いた。
「わかった。聞こう」
諦めたように、師団長も静かに応えを返した。日本政府ダンジョン対策委員会の2人も固唾を呑んで見守った。特に城戸さんの、「本当は聞きたくないのよ」オーラをかき分けるようにして、俺は言葉を搾り出した。
「生贄の儀式の女性達は生きたまま、儀式の手順どおりに刻まれて、血を捧げさせられます。最後に心臓を抉り取られた後、死体を細かく刻まれて徹底的に辱められます。そんな目に合わされれば、その魂は安らぐ事は永劫ないでしょう。おそらく不明日本人女性は、その生贄に最も適した対象だと思われます。王族や貴族の女性よりも上等の生贄であると判断され、優先的に狙われる可能性があります。そして、その捜索は困難の限りを極めます。もう犠牲者が出ているかもしれません」
地球サイドの、その場にいた人間達が息を飲む気配が充満し、いつもは広めに感じるこの部屋が狭く感じられ、圧迫感を示していた。
「そ、そうか」
やっとの事で、言葉を搾り出す師団長。
「それから」
俺の声のトーンの低さに、うちのメンバーが、全員が目を瞑った。手の平で目を覆うようにする合田。それに横目を走らせながら緊張する師団長。
彼もこういう時に、俺が禄でもない事しか言わないだろう事は、この短い付き合いの中でも学んでくれただろう。
「このまま、向こうの世界で生贄の儀式が続くというのなら、【全てのダンジョン】が暴走、強烈なスタンピードを起こし、地上の全てが魔物に覆われ、世界が終わる可能性があります」
「待てっ! 鈴木。その全てのダンジョンとやらに、日本のダンジョンは含まれるのか!」
「おそらくは」
世界を沈黙の帳が多い尽くしていく感覚。この部屋限定で、世界の終わり、終末の予言が行なわれたような、そんな雰囲気、空気。だからといって、この予言はうちのタンスに仕舞っておくわけにはいかないんだ。
「あちらと繋がっていて、魔物が出てきますからね。城戸さん、あのドルクットが、この世界に満ち溢れたら、どういたしましょうね。戦闘機よりも速く飛び、ミサイルも追いつけず、核兵器でも倒すのが困難な巨大モンスター。日本は、あれが世界中に放たれるのを見ているしかないかもしれません。この世界が終わってしまうかもしれませんね」
俺の台詞に対して、蒼白な顔をこちらに向ける城戸女史。彼女は俺達以外で、生きたドルクットと、それが人々に齎す恐怖を肌で知っている人間なのだ。
「だ、駄目。アレを外に出しては、絶対に駄目。あんなものが大量に世界に満ちたとしたら、人類の歴史が終わってしまうわ」
目を見開き、震える声で言葉を紡ぐ、【死を運ぶ者】の目撃者。
その様子をまざまざと見せ付けられた、彼女の上司はこう宣告した。
「城戸君。悪いが、本日ただ今より、この守山駐屯地に常駐してくれたまえ。そして、どんな些細な事でもいいから、必ず報告したまえ。いいね」
「はい……」
蚊の泣くような声で、上司に返答を返した城戸さんの何もかもが、前回、異世界へ旅立つ前よりも項垂れていた。
「一つ、お願いが」
俺が口を開いたので、メンバー以外の関係者達がビクっとする。なんだよ、失礼しちゃうぜ。必要だから、そうしたまでだ。
「どうせまた、城戸さんを、あちらへ連れていけというんでしょう?」
俺は彼女の上司に向かって、優しく話しかけた。
「ああ、そうなるだろうね。誰かが行かねばならないし、彼女は」
経験者だもんな。誰でも、あちらの世界には行けるとは限らないのだ。魔物さんのご機嫌次第なのだから。
向こうへ行ける人材は貴重なのだと、俺のレポートは示していた。猛烈に嫌な予感に包まれて、俺の方を軽く睨みつける城戸女史。
「それなら、彼女には最低限の訓練を受けていただきたい。まず、銃の撃ち方。体術の訓練。体力作り。うちの人間も手伝いますから。そうでなければ、彼女に死ねというようなもの。それはあまりに酷だ。部下を死なせたくなければ。いえ、それでも死んでしまうかもしれませんが」
とてつもない衝撃を受けた城戸さんの表情。もう【お客さん】ではない。【戦う仲間】として一緒に来いと。目の前の、あのでたらめな男は、女の自分にそう言っているのだ。命をかける覚悟を決めろと。
東大を出て、霞が関で栄光の道を歩んできた自分に、もう30を気持ち僅かに超えた自分に、【戦場に立て】と。だが、それを命じたのは、他ならぬ自分の上司なのだ。
そして、彼女は少し肩を震わせながら、こう言った。上司の顔を、思いっきり睨みつけながら。
「樫山次官。全ての任務を終えて、戦地より無事に生きて帰ったなら、あなたのポストは私がいただきますから。引退するなり、天下りするなり、お好きになさってくださいね!」
なんとも言えないような、満足そうな表情を浮かべる委員長様。俺は思わず頬が緩むのを感じていた。姉御、あんたは、やっぱりそうじゃないとなあ。新しい仲間の誕生だ。さあ、厳しく扱くか!
ふと視線を感じると、うちのメンバー達が、お手柔らかにな、という顔で見ていた。
「やだなあ、この鬼軍曹ども。頑張って新兵を扱いてくれよ」
俺以外は、みんな軍曹、陸曹だ。俺には、その間にやる事があるのだから。
「そうか。なら、靴の磨き方は私が教えよう」
そう力強く言い放った師団長に目をやって、泣きそうになっている城戸さんは、今夜の俺のつまみだな。なんだか、少し心が軽くなって晴れ晴れとしたような顔の俺を見て、みんなは頭を振っていた。




