5-26 蝗
「ああ、それは有り難く忠告はいただいておくとしまして、他に何かありますでしょうか」
俺はまだ顔を引き攣らせながら訊いてみた。こっちが本題なのだ。
『そうですな。まず邪神派についての情報ですが、王都でいろいろやらかしたので、地方へ逃げる動きが活発になっております。
ファドニール派などから、引きこんだ貴族などを頼り、それらの領地へ拠点を移す者、一旦は大人しくして、水面下で密かに工作するのに専念する者。
そういったものが協力しあった中で、先程のような動きがあった場合は、要注意でございましょう。
地方へ行く時は充分お気をおつけになられるのがよろしいかと。また、けして世界を渡ったと言ったりしてはなりません。
あるいは、それを勘繰られるような行動をなさったりすると、奴らのアンテナに引っ掛かるやもしれません』
俺は嫌な顔を隠せない。アレイラみたいな事はマズイって事か。あれはもう手遅れだ。
親切で言ってくれているのはわかるのだが、嬉しくない内容ばっかりだ。「命あっての物種」という 諺がふと脳裏に浮かぶ。
1回休養したいな。できれば、ずっと。俺って大富豪になったのに、なんで異世界に来て命をかけているんだろう。
「ご忠告痛み入ります。えーと、他には?」
『そうですな、儀式についてですが、本来は迷宮内部で行なわれるものです。
理由はおわかりになりますでしょう?
迷宮の中では魔力には事欠きません。効率よく魔力を吸い上げることができます。
しかし、今日では迷宮の上、地上部分で行なわれる事が殆どです。何故なら迷宮内では魔物が現れるために危険が多く、儀式を行なう術者がその犠牲になる事が多かったのです。
そして儀式を行なえる聖魔法使いが殆どいなくなってしまいました』
それって、ダンジョンが嫌がって魔物達を差し向けたって事なんじゃないの? 同情できないな。見回したが、他の連中も同じ考えのようだ。
『そして、国々も混乱を避けるために、聖魔法の使い手は国家で押さえることにしたのです。聖魔法使いはマーリン殿のように、他の魔法にも秀でている場合も多く、国で雇い入れても充分に見合う方が多いのです。大概は貴族に取り立てられております』
そして、そいつらの中から聖魔法を使う、貴族の邪神派が現れたという事ですね!
もっと早くここに来るんだったぜ。禄でもない内容ばっかりだけどな。やれやれ。
「あと、儀式というのはどのようにするのですか。そして迷宮から吸い上げた力はどうやって使うので?」
『儀式は……』
司祭は少し勿体つけるような感じで言葉を切った。なんか怪談で懐中電灯を顔の下に当てながら話すような雰囲気だな。
『昨今では、迷宮都市の東西南北に走る道路沿い、力の強い、なるべく中央に近いあたりでやられるといわれております。
何せ外では10分の1、20分の1といった力しか出ませんので、なるべく近くでやられるのです。あまり近いと騎士団の摘発などを受けますので、そのへんの兼ね合いも難しいのですが』
そうなのか。
『あと、生贄の儀式ですが、台に手枷足枷で縛り付けられた若い女性の体を、ミスリルのナイフで手順に沿って生きたまま切り裂いていきます。
血が流れ終わった後に心臓を取り出して神に捧げると言われております。そして、その生贄の亡骸は刻まれ、魔方陣に沿って並べられ、その血も肉も魂さえも、彼らの神に捧げられます』
うえーーっ。それは趣味が合いそうもないな。振り向いたが、全員もれなく俺と同じ顔をしていた。さすが、邪神派というだけの事はあるな。
『まあ、それが正しい人間の反応というものでしょうな。
そして、その力を神貢石に封じれば、それが特別な魔力結晶へと変化して厖大な力を蓄えます。それを神殿に捧げればよいと。
その神貢石に封じる方法こそが聖魔法というものなのです。神貢石を捻じ込まれた生贄の心臓を捧げ持ちながら、仕上げます』
生贄か。神に捧げる方法としては古典的なもので、地球でも散々やられてきた手法ではあるが。俺の微妙な顔を見て、みんなもそう思ったらしい。
『つまり、聖魔法を使うものは、魔力結晶を神貢石へと戻すことが可能という事です。
神殿に捧げる方法は色々で、我々の感知し得ぬやり方で奉納されているはずです。
基礎石に埋め込んだり、壁の補修の際にこっそりと埋め込んでみたり。
この神殿にも、既にどこかにあるやもしれませんな。あれは感知で見つける事が難しい物でして』
司祭もやや浮かぬ顔付きで言った。
「あのう……その魔力結晶を神貢石へと戻すやり方って、どうすればよいのです?」
俺も浮かない顔で訊いてみた。
『そうですな、力を込める時には、その神貢石を埋めた心臓を首にかけたり、捧げ持ったりしながら聖魔法を使うのだそうですが、力を解放させる時は普通に聖魔法を使用すればよいようです。
選ばれし者には、それが可能であると。少なくとも過去の文献にはそうありますな。その他に、儀式そのものを聖魔法により妨害する事も可能です』
ちょっと安心したぜ。しかし魔力結晶とやらは、その術者野郎の変態的な執念と共に、作り上げられるものだよな。
エンガッチョだから、できれば触りたくない。そのあたりは、エブリンマーリンに要相談の案件だ。もうなんか、嫌になってきたな。
「合田、今回のレポート、全部任せておいていいかな」
「無精せずにお前も書けよ。1人でこんなレポートを書くのは嫌だ」
段々実態が見えてきたな。そして関わり合いたくない気持ちでいっぱいだ。だが、犠牲になるやもしれないのが、日本の女の子ときたもんだ。あー、やっぱり俺には休養が必要だ。
「他に迷宮については?」
『そうですな。とにかく、力を吸われ続ければ、迷宮も苦しくなってなんらかの異変を起こすと言われております。そして、それがあまりに酷ければスタンピードを引き起こす事もありうると』
「スタンピードとは?」
『迷宮が最終手段として、人間を捕食して力を得るために、とてつもない数の魔物を大量に地上に放つのです。
そうなれば迷宮都市は壊滅するでしょう。それだけではなく他の都市までも。魔物の群がゴージー(蝗)のように人を食い尽くします。
それは1箇所ならず、おそらくは全ての迷宮が同時に。魔物が絨毯のように地上を多い尽くし、それはかつて我々人間を地上から葬り去るかと思うほどの物でした。だが、その危機を救ったのは』
そうして、彼は俺を意味ありげに見た。
俺は思わず震え上がったが、今の彼の言葉を思い出していた。
『全ての迷宮が同時に』
つまり日本にある第1~40のダンジョンの全てもそれに含まれるのかもしれない。へたをすれば、ドルクットの大群が地球全土に溢れるほど出現するとか。
そして、クヌードのあの子達も、あの愛すべき人達も、その餌食に。それだけではなく、地球上の全ての人も、その中に含まれるのかもしれない。
そーっと振り向いてみたが、全員もれなく青い顔をしていた。その中には、もちろん俺の顔もカウントされている。
いつもありがとうございます。
とりあえず、第5章までがキリのいいところでございますので、真に勝手でございますが次回から週1回程度の更新に切り替えさせていただきます。
この作品は、書籍化できるようなポイントがあるわけでもなく、特に人気がある訳でもございません。
感想欄もなろう名物の罵詈雑言が目立ってまいりました。
今は感想も確認だけして、読んではいない状態です。
ここいらが潮時かなと、本来はここで第一部完とさせていただく予定でございました。
ですが、自分がまだこの作品を書いてみたいと思う気持ちがあるのと、まだ読んでみたいとおっしゃられる方もおられましたので、当面週一連載という形を取らせていただきます。
HJ賞二次選考を通過できた事で、心の区切りもついた感じです。
次回は9月16(土)17時を予定しております。
以後は土曜日の17時より公開とする予定です。
週一でも読んでもいいと思われる方は、引き続きご愛顧くださいませ。




