5-22 仲間
日本人の女の子が、異世界で生贄になってしまっているかもしれない。いや、今も生贄の台に括りつけられて、助けを呼んでいるのかもしれないのだ。
もう、この部屋を満たす空気の質量が何倍になったか、測定するのは不可能になってきた気がする。
「どよーん」
いけねえ、つい口に出ちまった。全員が苦笑を漏らし、俺も口にチャックをした。
「鈴木、今日はもう帰れ」
師団長が、静かに引導を渡した。
「はっ! それでは鈴木元陸士長、自宅へ帰還いたします」
守山から帰る時、みんな門まで見送りに来てくれた。
「じゃあ、また明日なあ」
「おう、あんま気に病むなや」
「気楽に行こうぜ」
「クヌードで可愛い子ちゃんが待っているぞ」
「今日は一杯飲んで寝ちまえよ」
「おやすみ、鈴木ー」
俺はみんなに手を振って分かれた。やっぱ、仲間って言うのはいいもんだな。
俺は瀬戸線で一気に栄まで行き、少し栄を歩いた。今日は平日の水曜だが、もういい時間なので人通りも多い。
暖かくなってきたので、女の子の服装も眩しい。世の中にはこんなにたくさん女の子はいる。26人なんて数はたいした事は無いのかもしれない。
けれど、向こうにいる26人の子達はどうする事もできずに、ただ警察や自衛隊による救出を待っているのだ。暗い地下牢に手枷や鎖で繋がれているのかもしれない。いつ生贄にされるのかと怯えながら。決めた。行けるところまでは行こう。
「ただいま」
久々に家に帰った気がする。
「おや、今日は帰ってきたのかい?」
台所で夕食の仕度をしていたお袋が声をかけてきた。
「うん。あと、今週は土日帰れないかも。それと、ちょっと先の予定が立たないんだ」
「予定、ころころ変わるのねえ」
「向こうの事情がわかるにつれ、色々替わってくるんだよね」
玄関の音がして、妹がバタバタと走ってきた。
「なんなの亜理紗、廊下は走らないでちょうだい」
「いやあ、お兄ちゃん帰ってきたみたいだからさあ」
なんだと? そんなに、この兄に会いたかったのか?
「お願いー、明日コンパでさ。ちょっとお小遣いピンチなの」
そんな事だろうと思ったぜ。
しょうがないので、財布から2万円ほど出して渡す。あんまり甘やかしてもなんなので、いつもはスパっと渡さないのだが、今日はちょっと優しくしてやりたい気分だ。
「肇、あんまり甘やかさないでよ」
「ああ、そうなんだけどね」
俺の様子がちょっと変なので、お袋が気にしているようだ。やや、胡乱な目で見ている。
淳の奴が帰ってきて、バタバタと台所に駆け込んでくる。
「お腹減ったー。あれ? 兄ちゃんお帰り」
「おー、お帰り。今日もデートか?」
「うん。ちょっと今月ピンチで、外ご飯とか無理。へへ」
淳にも少し小遣いをやった。妹ばっかりじゃな。
「わあ、兄ちゃん、ありがとう~」
みんな、ダイニングテーブルに座った。お袋は飯の仕度をしながらだ。
「実はさ……」
家族にあんまり、こんな話をとは思ったのだが、生贄にされる女の子の話をしてみた。
案の定、お袋が顰めっ面をしている。
「やっぱり、向こうは危ないんじゃないのかい?」
「まあ、日本みたいではないけどね。今のところ、大きな国は大丈夫そうな感じなんだけど」
「お兄ちゃん、助けに行くの?」
珍しく、真面目そうな顔で亜理紗が訊いてくる。
「行くも何も、俺が行かないと誰も行けない。自衛隊を大挙して連れていくわけにもいかないしね」
とりあえず、正義の味方が頑張らないとな。
明日、エルスカイムで明後日はパルシア、土日はグラヴァスかクヌードかな。ちょっと充電しますか。チビ達に会いたいぜ。でも辺境伯に一言、言ってからだな。
「お袋の飯も、次はいつ食えるかなあ。まあ、なるべく早く帰るよ。土日は東京とか、あるいは異世界にいる予定。今度帰ったら、少しうちでゆっくりする。やっぱ、向こうの世界は緊張するよ。いつも肩に力が入いっている感じだ。警戒しっぱなしだからな」
「そうかい。あんまり無理をするんじゃないよ」
「わかっているよ。ありがとう」
次回、休養したら、今度は第15ダンジョンだな。3大ダンジョンで行方不明者の7割がカバーできる。今までは、ちゃんと伝ができたが、次はどうかな。そのへんが気にかかる。新しい場所に行くと、3倍疲れるんだ。行くのなら、休養明けに行きたい。
また、そこから細かいダンジョンに行くのがやっかいで、その上、またそれらを巡回するなら……日帰り、いや、1日に2~3箇所は覚悟だな。あいつらの溜め息が聞こえてきそうだ。




