5-19 生贄の儀式
『まず、色々とお話をする前に、選ばれし者についてご説明しておこうかと思います』
「それはまた、どうして」
『王子から、そうしてほしいと書いてありますので。あなたに自覚が無いようだから、神殿の方から説明しておいてやってくれと』
いや、それはいいのだけれども。どうして俺がその選ばれし者とやらである前提になっているのか。他の連中もそのへんは気になっているようだ。
『選ばれし者とは、世界が改変する時、即ち主神交替が起こる時に異世界からやってきて世界を救うもの、混乱を収める者とされております。
聖魔法に対して高い適性を持ち、強い肉体も持っております。その者は、他の異世界人とは異なり、特別な肉体と力を持ちます。
細い体をしていても、まるで、神話の英雄のように力持ちであったり、矢を跳ね返すような頑丈な体であったり。
魔力も素晴らしいものを持っていて、並みの魔法を用いても、凄い威力を放ったと伝えられます。
魔物を使役し、見た事もないような強力な武器を使い、また不思議な道具や品物を持っていたと。
この世界にもそれはたくさん伝えられた。思い当たる事は?』
俺は汗をだらだら流していた。皆の視線が痛い。
「あんたそのものじゃないの」
「そうか。人間重機である事が選ばれし者の条件か」
「元土木自衛官が選ばれし者の資格とは」
司祭さんはコホンと咳をして、話を続けた。
『さらには、聖魔法による儀式を相殺する事ができるのは、聖魔法の使い手だけ。
それには、各地の迷宮に赴くのが最適です。できれば、儀式の場において、それを打ち砕くのです。
あるいは、その後でも儀式の後始末をしたとも。もちろん、相手もすんなりとはやらせてくれません。
仲間と共に闘い、世界を救った英雄。それが、伝承に言うところの選ばれし者』
やや、沈黙を落とし込んだ空気が漂っていたが、少し肩を震わせている奴がいた。俺はそちらへ向き直ると、
「仲間?」
川島も返してくる。
「世界を救った英雄?」
俺達は顔を見合わせながら腹を抱えて爆笑し、司祭さんは唖然としている。ここは大神殿、いけないいけないと思いつつ、止められなかった。全員、ちょっとツボに入った。
「ぶははは。英雄~」
「英雄とは土木自衛官と見つけたり!」
「いやあ、司祭さん。それはないですわー」
「エ、エーユー~。携帯電話か」
「無理、それ絶対に無理だから~」
俺達の反応に目を丸くする司祭さんがいて、御付きの神官もどうしたらいいのかわからなくて困っていた。ああ、いけねえ、王子の紹介で来たんだった。
「みんな笑いすぎ! 司祭さんに失礼よ~」
川島~、お前が一番笑っていただろうが。
「あー、いや、すいません。本当にもう。でも、まあ、うちらの世界でいきなり『あんたは英雄なんじゃないのか?』なんて言われたら、大体こんな反応なんですよ」
よくわからなそうな顔をしていたが、司祭は話を続けた。
『その選ばれし者は、突然この世界に現れ、そして力を振るいました。
力になり、共に儀式をやめさせようという王もいれば、逆に彼らを疎ましく思い、排除しようとする王もおりました。
だが、彼らはその力をもってして、全ての困難を打ち払い、世界の危機を救ったとの事です。
それは伝説にどうあるだけで、実際にはあなた方のような反応だったのかもしれませんな。
しかして、彼らは英雄として立ちました。何か、そうせざるを得ない事情があったと伝えられていますが、その詳細は長い年月の中で失われていったのです』
全員、顔を見合わせて思った。
(それってさ、やっぱ向こう、地球にダンジョンが広がったからだよな!?)
今ある地球の岩山のような所の中には、かつてのダンジョン化の名残であったかもしれない場所もあったのかもしれない。あるいは、ドラゴンに象徴されるような伝承に登場する奇怪な生物というのは、実は魔物達だったとか!
もし、かつて地球に現れたダンジョンがあって、その侵食を食い止めるために地球人がこっちへやってきていたなんて事があったというなら、俺達も「それ」をやらないといけなくなる。これは、また持ち帰って相談する案件じゃないの?
俺達って、戦闘部隊じゃないから、悪と戦えって言われると困るんだけど。アメリカ軍、来れないし。えー。聞かなかったことにしていいかしら。
「フォルニック派の人だけなのですか? 聖魔法で儀式をやるのは」
『別にそうではありませんが、今はフォルニックを主神に戻そうというのが趣旨でやっておりますので、そうなりますな。真に困ったものです。それ以外のファドニール派からも合流しておりますが、面倒な連中です。ファドニール神殿の方々も困っておいでのようだ』
彼は首を左右に軽く振って嘆いた。
「フォルニック派とファドニール派って、神殿同士は仲がいいのですか?」
『ええ、それはもう。元々信仰する神は異なっても、神殿同士は中がいいものでございまして。特にフォルニックとファドニールは兄弟神でございますので、共同の催しも多いのでございます。揉め事を起こすのは、いつも信徒の貴族同士でございまして。
利害が激しく絡んでおりますので、王達も困っております。特に他国の者同士でやらかすと、国同士の問題になる事もありまして。
また、中には王自身がやらかす場合もございますが、稀有な例でしょう。それをやると、大抵は国の利益が損なわれますので、引き摺り下ろされるのが通例でございます』
要するにお金のためには平穏な方がいいので、揉められると困ると。豊かな時代なのか。神殿の場合は、お布施の話があるんだろうな。仲良くやっていても、金は入ってくると。
普通は多くの利益を求めて、国同士で争うものなんじゃないのか? 滅亡と興亡を繰り返すのが、いつの時代でも普通だと思うが。
「そんなに神の御利益って大きいのですか?」
『ええ、魔法などの恩恵も神あらばこそ。水も神殿の力で湧きあがらせているのですよ。繁栄と豊穣、病や怪我なども、神殿では癒されます。
神々の力の溢れる場所に神殿はあり、その多くは迷宮のある場所にあります。この街のように。クヌードにも立派な神殿がありましたでしょう』
あの迷宮の魔物達は、神のお使いのようなものだと?
頭の中に、あのピンクの肉球が再生されて、「それは無いな」という結論に至った。
神様の御利益かあ。ピンと来ないな。まあ、あると助かるものだけど。
「その儀式というのは、どういうものなんです?」
川島に通訳してもらった、合田が訪ねた。
『ああ、生贄の儀式です』
さらっと怖いこと言ったよ。生贄を要求する神か、関わらないほうがいいかも。お使いが魔物なくらいだし。
「生贄になるのは?」
お饅頭かな?
『若い女性になります』
怖い事をさらっと言うな。やっぱり、ここは異世界なんだ。
「どんな人が?」
『選ばれた貴族の娘や、高潔な女性などが捧げられます』
お巡りさ~ん!
全員、顔がちょっと引き攣っている。
『黒髪黒目の娘は最適とされています』
「おい、帰るぞ! 女性の行方不明者リストを調べてもらおう!」
まだ話は聞きたかったが、続きは今度という事で、神殿をお暇した。
「最近、なんか慌しいな。お前、殆ど日帰りばっかじゃないの?」
青山が少し気にしてくれているようだ。俺の奇行の原因がそのへんにあると思ったようだ。あたり。でも今回は戻らないとな。
「ああ、まずい按配だな。エキゾチックな異世界の娘は……多分、貴族の娘よりも生贄として魅力的に映るだろう。川島、お前も気をつけろよ」
だが、山崎よ。こいつには大量の武器弾薬を渡してあるんだ。そう簡単にはいかないぜ。少なくとも、貴族の娘を狙った方が有益だろう。素手が一番剣呑な女なんだが。




