5-17 ちょっと御病気
俺達は贅沢して、練馬駐屯地から赤坂ヘリポートへと、空の旅を楽しんだ。ここは米軍が「日本占領の戦利品」として使っているようなヘリポートなんで、でかい顔して使ってやった。
俺にとっちゃアメリカなんて、取引相手以外の何物でもないのだ。太平洋戦争なんて知ったこっちゃない。
もう、今回も散々な異世界探索だったので、すぐ歩いていける向かいの六本木ヒルズに行った。たしか、いいホテルがあったはずだ。
いきなりで部屋が取れてよかった。平日だしな。
「みんなあ、スパとか行って、疲れ取っておいてねえ。明日、またエルスカイム王国にトンボ帰りだから」
フロントで一旦解散したが、俺は無慈悲な宣告をしておく。結構異世界行きは疲れるのだ。毎日往復するなんて、日帰りのPKO活動をしているみたいなもんだ。
精神的な負担がキツイ。先々週はイラク、先週はお引越し、今週はハイチね、しかも1泊で帰って、またハイチにトンボ帰りねみたいな感じか。自衛隊なら、そんな無慈悲な命令は絶対に出さない。うちは自衛隊本隊よりも、人使いが荒いのだ。
「ええーっ。またあ」
ちょっと川島から泣きが入った。
「しょうがないだろ。昨日今日と全く商売が出来ていないし、肝心の調査も進んでないんだからな」
「そりゃそうだけどさあ」
「明日から3日働けば、そしたら土日休みだぜ。本当だったら、明日から10日くらい、向こうで将樹捜索だったんだ。それを思えば」
「うわあ」
思わず、想像したらしい。川島も既に涙目だ。
「いや、第1師団師団長の甥っ子、見つかってよかったな」
「ああ、まったくな」
笑えない山崎が溜め息を吐いた。明さんの件でフラッシュバックが来たかな。
「他の人も帰ってこられたんだし、明日も頑張ろうぜ」
こいつらって、アメリカの要請に応えるため、俺の商売のために助っ人として呼ばれたはずなんだが。半ば異世界風俗探検隊の予定だったのが、何故か女の川島も参加するのが当り前になっているし。
いつの間にか、こいつらが頑張る流れになっているな。調査に、邦人救出、異世界言語取得に地図作成。もうそのまま自衛隊の仕事、それもかなりのハードモードだ。どうして、こうなったかな。
「お前ら、今日は好きなもん食っていいからな」
スパでリフレッシュしてから、ホテル内のレストランを回った。
「おい川島、早く決めてくれよ」
早くビールにありつきたい山崎が催促した。
川島がビヤガーデン、鉄板焼き、ステーキハウスと迷った挙句、イタリアンカフェに飛び込んでいった。始めに、がっつり系に目を奪われているあたり、こいつも生粋の自衛隊員だな。
「いいなあ、ここのフレンチ。シャンパンブランチあるってさ」
シャンパン飲みつつ、イタ飯を食いながら、そんな事を言っている女がいた。フレンチにも未練があったようだ。こいつ、何気に贅沢なんだよな。
「じゃ、土曜日にまた来る? それを励みに頑張れ」
「やったあ」
「山崎も飲むから、帰りはヘリのお迎えにしようぜ」
「おーう」
「賛成~」
せっかく目と鼻の先にヘリポートがあるんだ。自家用ヘリ持っているのに使わない手はない。ちゃんと運転手もいるんだし。
そういや、マダラの肉球まだ触れてなかった。あいつ、結構嫌がるんだよね。この間、ちょっとだけ1人でクヌードに用足しで行ってきた時とかに触ってやろうとしたら、パシっとマダラパンチで撥ねて、俺を車に押し込んでドアをバンっと閉めやがった。くっそ、いつか必ずゲットしてやるぜ。
翌日、高級ホテルのバイキングを大量に食らい、ヘリポートに向かって、のしのしと向かう俺達の姿があった。俺はいまや大富豪と呼ばれる身の上だが、優雅にやるなんて一生無理だ。骨の髄まで自衛隊が染み付いて未だに抜けない。
最近は、銃を持っていないと落ち着かない。さすがに日本でそれはマズイので、弓やクロスボウを握り締めている。病気だな。
なんていうか、いつドラゴンの奇襲を受けてもいいように心構えしているというか。
さすがに50mのドラゴンは強烈だった。死ぬかと思ったぜ。あの気持ちを分かち合いたくて、あちこちでドラゴンのお披露目をしている。
「大丈夫か? お前」
小山田課長が心配して、声をかけてくれる始末だ。
あの人も自衛隊だから、色々心に支障をきたす奴は見ているが、異世界産ドラゴンの奇襲を日常に想定して、毎日武装して構えている部下はさすがに持て余すだろう。
社内で弓を背負って歩く変人の姿に、社長からも心配されていたようだ。ネットを見て、連発式の手製クロスボウまで作ってしまった。
わかっちゃいるんだがな。そうだ。今度、小山田さんを異世界に連れていこう。そして、一緒にドラゴンと戦うんだ。頼りになるぜ、小山田さんは。あー、俺やっぱり、少し来ちゃっているのかもなあ。
もっと強くなろう。そうしたら、少しは落ち着くはずだ。
エルスカイム王国で魔法を習おう! それはいいアイデアだ。うん、きっと……。
「おい、肇!」
池田が肩を揺すっていた。どうやら、いつの間にか、第5ダンジョンに着いていたようだ。
「大丈夫か?」
佐藤も顔を覗きこむようにしてくる。
「あ、ああ。大丈夫だ。うん、大丈夫。さ、行こう」
そんな俺を山崎は、じっと鋭く見つめていた。ちぇっ、わかっているよ。




