5-6 王太子エルリオット
俺達は歩きながら、女の子と色々話した。念話を使わない日本語の会話だったが、ジェイクは雰囲気を理解してくれたようだ。
名前は佐藤杏、22歳。大学4年生だ。お、採用するには丁度いいな。バイトのケータリングサービスでダンジョンにきたら、正社員の料理人が魔物に食われて、バンで必死に逃げたら、大広間に辿り着いたそうだ。
必死になって身振り手振りしていたら、念話が身についたらしい。東京の語学大学の学生さんだった。なるほど、俺は元が勉強不足だったのね。苦労したぜ~。
なんか拾ってもらって、お店に住み込みで働かせてもらっていたとの事だ。とりあえず、彼女の住処へ向かっていた。
「ただいまー。遅くなりましたあ」
『ああ、アン。お帰りなさい』
上品で優しげな笑顔が彼女を出迎えた。年配のおばさんだ。親切で優しそうな、理知的な顔をしている。結構身分の高い人なのかもしれない。
こういうものが街に溢れているから、世界一の国と言われるんだろうなあ。ここは何のお店なんだろう。食い物屋ではない。何か上品な雰囲気がある。
『おや、そちらの方は……』
聡明な方で、俺が帽子を取って会釈した途端、俺が彼女と同じ国から来たのを感じ取ったようだ。
『よかったわね、アン。あなたの国からお迎えが来てくれたのね。ダンジョンの向こうから』
おおっと、考えも無しにそこまで事情を知らせていたのか。
俺は、チラっと横目でジェイクを見たが、彼は右手を軽く握って、口元を押さえ笑いをこらえていた。やれやれ。
『大丈夫よ、あなた。ジェイクは信用できる人だから』
アンジェリカさんはそう言って、やっぱり口元を押さえる。左様でございましたか。かなわねえな。それもしても知り合いだったとは。
『お前、あっち側とやらから来たのか?』
「あっちって、どこだか知っているのかよ」
『少なくともそこの住人が、この世界の地図を睨みつけながら、右も左もわからないぞオーラを出しているものなんだと、今日生まれて初めて知ったな。大広間で不思議な物体と共に現れた収納持ちがいると報告を受けたのだ。私も所用でギルドにいたのでな』
うわあ、最初からバレていたのかよ。
「ジェイク。お前、何者だ」
『そいつは失礼。俺は、いや私はこのエルスカイム王国の王太子エルリオット。まあ、怪しいものじゃないさ。さて、スズキ、話は聞かせてもらえるんだろうな』
来ちゃったよ、まさかの王子様が。なんで、王女様じゃないんだろうな。
「なあ、ジェイク。異世界からやってきた若者が出会いたかったのは、見目麗しい王子様じゃなくって、ときめくような王女様なんだが、そのあたりは一体どうしてくれるんだ?」
そういうわけで、俺達は爆走していた。アレイラ爆走族。
幌を取っ払った高機動車に、王子とその付き人の女騎士、それに杏を荷台に乗せて。助手席に乗せた、少々ハイになったおばちゃんのナビで王都(迷宮都市)を爆走していた。
『お兄ちゃん、あとチョイで王宮だよ!』
「ホイサー!!」
もう訳がわかんないんだけれど、とりあえず目的地は王宮だ。
『ねえ、アン。あなたの世界の男の人は、みんなあんな感じ?』
銀髪とグリーンの瞳を持つ、美しい女騎士のメイレアに尋ねられ、少し困ったような感じで杏は答えた。
「私の国には、こんな格言があります。【男と少年の違いは、オモチャの値段の違いだけ】 この素敵な世界へやって来て酔いしれない男など、うちの世界の男ではありませんわ」
向かい合う2人から、この上ない笑顔を勝ち取ることができて杏も満足そうだ。
女騎士の人は、少し離れた場所からジェイクを警護していたらしい。この国は余り王族を過保護にはしない方針のようだ。
目の前に王宮の門があった。おお、立派だな~。俺は乗客に尋ねた。
「で、この世界じゃ開かない扉を開くには、どんな呪文が必要なんだ?」
『開門、開門~。エルリオット王太子殿下のお帰りだー』
門兵達がドタドタと門を開けていく。ハンドルを回しているのか?
この国、こういうとこは、何故か人力なのな。グラヴァスの魔導門や地球にある機械式の門とか売りに出したら、商売になるだろうか。
「なあジェイク、これをさ。もし、力づくで突破したなら、どうなるんだ?」
『知りたかったら、試してみるがよい。己の命をベットする事にはなるだろうがな』
「わくわくするねえ。絶対やらんけど」
『意外と根性がないな』
「この世界の住人ほど、命を粗末にする習慣がないんだよ!」
アンジェリカおばちゃんもメイレアも、笑いながら聞いていた。
ん? なんか妙な雰囲気だな。
「なあ、おばちゃんって、王子の何?」
『はは、私はエルリオット殿下の元乳母でございますよ』
「元?」
『いつまでも、可愛い坊ちゃまではありませんので。やがては王になられるのでありますから』
そうか、お坊ちゃんは卒業したのか。俺はバックアップを済ませた高機動車を、アイテムボックスに仕舞った。俺達は近衛兵の警護を受けながら、王宮内へ足を踏み入れていった。




