5-5 関係ない出会い
『これから、どうするんだい?』
「もう少し滞在して、街の具合を見ておくよ。探すのなら、ここを拠点にするしかないし、応援も呼んできたい。迷宮にも潜っておきたいな。ここで資金調達をやらないといけないかもしれない。ここの魔物は手ごわいのか?」
ジェイクは少し考えながら、
『そうだなあ。大きいダンジョンだからな。奥の方へ行けば、それはもう。その代わり身入りはいいがな』
「ドルクットみたいなものも出るのか?」
『ああ、いるかもしれないな。俺も、あまり奥の方へは行かない事にしている。挑戦して、帰ってこない連中も多いのさ。俺も腕には自信あるが、ここはちょっとな』
物騒だな。絶対に奥には行かないぞ。この会話もしっかりと記録した。
「さっきの親父は信用できるのか?」
『まあ、探索者ギルドの連中はよく使っているよ。あの人も探索者上がりだからな。今のギルドマスターも昔馴染みだった人でね。使うのなら、あそこにしておけ』
それは、信用できない人も多いという事だよな。やだやだ。
「ここのギルドは自治じゃないよね。王都なんだから」
『それは当り前だが、迷宮の運営自体は、探索者ギルドのギルマスが預かっているよ。それは、どこでもそうなんじゃないかい?』
「そりゃそうだ」
俺達はあれこれ商店を回っていた。今まで見た事もない商品がいっぱい並んでいた。色々買いたいが、パルシアの金貨を大量に出してもいいものかどうか。手持ちの金貨は5000枚くらいあるが。
やはり迷宮にもぐってみるか。バイヤーに渡すサンプルも欲しい。
「とりあえず、今夜の宿を探すことにするよ。どこか、お勧めの宿はないかい?」
『そうだな。じゃ、俺の常宿に行ってみるか。あそこは、お勧めだぜ』
俺達は、大通りに戻って街を歩いた。なんか、すげえ違和感がある。
街全体というか中心部が名古屋の100メーター道路の雰囲気で、景観が開けている感じでスケールがでかい。なおかつ気分はニューヨーカー。
なんていうのかな。ネオンや大掛かりなオブジェのような派手な部分が殆どない、ラスベガスのストリップ大通りみたいな。
ズドンっと開けた町並みに、その上で特別なものはあまり無いぞみたいな雰囲気だ。それでいて、ニューヨークっぽい都会の雰囲気が流れている。不思議な感覚だ。
間違っても、アメリカの片田舎とかで寂れたモーテルとかあって、「地元の衆ばかりが集まるカフェで、たまによそ者が食事のために立ち寄り、保安官がそれを横目で監視している」というアメリカ映画みたいな空気はない。
なんか凄い違和感がある。こんなところから、1人の日本人なんて果たして探せるのか?
そんな事を考えていたら、思いっきり人にぶつかった。相手は荷物を落として、転んでしまった。
『おいスズキ、何をやっているんだ。すいません、お嬢さん、大丈夫でしたか』
ジェイクに助け起こされ、相手の女の子は、ちょっと頬を染めて、そのロングの黒髪をたくし上げて、その黒い瞳でジェイクを見返した。ジェイクめ、助ける手つきがまるで王子様だな。
「い、いえ。なんでもないです。これくらい。あたし、ドジだからよくあるんです」
こいつ、何気に日本語を喋っていやがる。念話持ちか。
「こんにちは」
「え?」
女は怪訝そうな顔をして、俺を見た。
「だから、こんにちは」
「ええ~」
「やっぱり日本人かよ」
なんとなく立ち居振る舞いでわかる。そのへんにいる日本人の女の子の仕草だ。こっちの人間とは微妙に違うのが、一瞬にしてわかる。
「ええ、そ、そうですけど。あなたも?」
「なんで女の子がここにいるんだ? ちなみに陸上自衛隊、日本人救出委員会のもんだ」
「そんなもんがあったんですか!?」
「いや、今作ってみた」
「……あの、ふざけてらっしゃいます?」
「俺は鈴木肇。元自衛隊だ。色々あってな、今回は別の民間人を捜索している。依頼主は日本政府高官だ。まさか、関係ない日本人がいたとは思わなかった。で、お前は永住組か?」
「へっ?」
彼女は頓狂な声を出した。
「だからあ、日本に帰りたいのか、ここに永住したいのかどっちだ」
「ええーっ! そんなの帰りたいに決まっているじゃないですかあー。馬鹿なんですかー」
だって、なんか凄く馴染んでる雰囲気なんだよ、この子。
「いや、それが歳を食っていたりするとなあ。日本に嫌気がさして、こっちで骨埋めてもいいって人も……」
「あうう。日本、世知辛いですう。そりゃあ、あたしだって。就職があ~。うう」
あ、心の傷口が開いてしまったか。
「とりあえず、日本に帰れ。こっちに戻ってきたいなら、また連れてきてやろう。どこで生きるのか、人間には選ぶ権利ってものがある。だが、親御さんは心配しているだろう。丁度いい、これで俺も1回帰るとしよう」
女の子も、なんとも言えないような顔をしている。
「ところで、お前。こっちでどうやって暮していた? 世話になっている人がいるんなら、挨拶くらいは要るだろう?」
特に親切心だけで言っているわけじゃないんだ。こいつが思いもよらぬコネとか持っている可能性もある。世知辛いなんて言っていたから、助手として雇える可能性もある。
「こっちで、言葉とか特に困らなかったのか?」
「あ、うん。なんだか念話とかいうのをすぐに習得できちゃって。あと、ほら見てみて。じゃあ~ん」
おお、収納持ちか! 採用決定。後で面接しようっと。それに念話持ちは貴重なんだよ。
「あれ?驚かないの?」
道のど真ん中に、素敵なテーブルセットを並べて間抜け面晒している女がいた。
俺はにっこり笑って、堂々と愛用の250ccのオフロードバイクを取り出した。
「えー」
「これは、俺達向こうの人間がこっちへ来られると、結構持っている能力みたいだ。持てない奴もいるんだがな、その基準がよくわからない」
「なあんだ。凄い能力だと思ったのに」
俺は、そいつの顎を片手で掴んで、警告しておいた。
「凄い能力だよ。わからんのか? 一国の軍隊の弾薬庫を賄える、あるいは非合法な倉庫にさえなりうる。
マフィアなんぞは、どんな手を使っても欲しがる能力だ。テロリストもな。ひけらかしたら、お前の家族を人質に取ってでも欲しがるぞ。日本の暴力団だって同様だ。
いかなる家宅捜索も、身体検査も潜りぬける。全てのセキュリティ検査を無効にできる悪魔の禁じ手だ。
お前と組んだだけで、平凡なテロリストが無敵のテロリストに変身する。
今知られているのは、俺のように元自衛隊でアメリカと取引のある治外法権のようなものまで持つ者、現役自衛隊員、異世界に永住を表明している者だけだ。
日本に帰ったら、絶対に使うな。家族の命が惜しかったらな」
彼女は驚愕をその瞳に焼き付けて、震えながら頷いた。
「わかった……気をつけます」
「わかってくれればいい。俺の警告を忘れないほうが、身のためだぞ。で、帰るのか?」
「は、はい。お願いします」
「その前に、この町の調査を終えないとな。悪いが、帰るのは明日だ。ジェイク、後で宿に案内してくれよ」




