5-1 予想外の仕事
翌日に、俺は守山司令部の師団長のところへ顔を出したが、そこにいた他の連中が浮かない顔をしていた。ん? 豊川での送別会で飲みすぎたのか? それにしては、山崎も顔色がよくないな。
「鈴木、ちょっと相談があるんだが」
やだな。師団長まで、浮かない声を出しているぞ。
「ちょっと温泉に入り足りないんで、今から登別温泉まで行ってきていいですか?」
「あー、それはまた、今度にしてくれ。飛行機買ったんだから、いつでも行けるだろう」
うーん、なんか言いづらそうだな。
「あのう、また招かざる客でも運べと?」
「実はだな、その。政府の偉い人の家族がダンジョンで行方不明でな……」
師団長は頭をかきながら、言いにくそうに話を切り出した。ちょっと様子がおかしい。普通ならその手の話を、師団長が俺に持ってきたりはしないはずなんだが。
「一体なんなんですか? みんな様子がおかしいですよ?」
「うむ。その息子さんの事なんだが、その叔父がまた自衛隊の上の方の人でな。まあ、当然私とも知り合いな訳でなあ」
それは言い辛いかもしれない。昨日送った俺の報告書を読んだので、こういう話が出たのだろう。他のダンジョンにも、いつものタクシーを呼び出せたから。
自衛隊関係者ともなると、師団長にとっても身内だからな。
助けてあげたいのは山々なんだが、向こうの事情を知る俺としては安請け合いもできないし。何せドラゴンの急襲を受けるような世界だ。それに俺はもう自衛隊じゃないしな。
「いいでしょう。行ってみますよ。どの道、他のダンジョンの調査もやるつもりだったので。色々雲を掴むような話が多いんだ。多少寄り道しても構いやしない。ただし!」
「ただし?」
師団長は俺の顔色を窺うようにして聞き返した。
「最初は、俺1人で行きます。何があるかわからないので。第9も碌な事なかったですよ。米軍には話を通しておいてください。場所はどこです?」
「第5ダンジョン。日本最大のダンジョンだ」
いきなりあそこか。メイン通路を20本も擁し、4000名の米軍兵士を投入している、日本最大の超大型ダンジョンだ。魔物素材採集では、一番大きな戦果を上げているところだな。
「じゃあ、ちょっと行ってきます。危なかったら、すぐ逃げ帰ってきますよ。スクードの話だと、探索者証は他の国へ行っても通用するらしいですが、実際にはどうだかわからない。伝が作れないなら、いきなり他の連中は連れていけない。それに……」
師団長も本当のところはわかっているのだろう。頷いて、先に言ってくれた。
「お前に捜索が可能とは、私も思ってはおらん。だが、何もなしではな。行って、向こうの調査をしてきてくれるだけでも充分だ」
結局は明さんの捜索と同じ事になってしまうな。いや、遺留品さえ見つかる当てはない。ちょっと気が重いが、行ってみるか。
「じゃあ、家に連絡してから行ってきますよ。第5ダンジョンまでは直線距離で300キロないから、うちのヘリで行きます」
「そうか、わかった」
師団長も重々しく頷いた。兵隊を送り出す時は精一杯鼓舞せよ、けっして送る本人が項垂れていてはならぬ。きっと、どこの国でもそのようにするのであろう。
「じゃ、お前ら悪いが守山で待機していてくれ。帰りは情勢次第でどうなるかわからん。トラブルになって第5ダンジョンから帰還出来なかったら、その場所からクヌードまでヘリで戻ってから帰るよ。山崎のおかげで、だいぶヘリの練習できたから、なんとかなるだろ」
みんな、複雑そうな顔をしていたが、他にどうしようもない。本来なら、もう民間人である俺の仕事ではないのだから。まあ、師団長に貸し1ね。
「本来なら、お前に押し付ける仕事じゃないんだがなあ……」
山崎も浮かない顔だ。前に、明さんの遺族のところへ行った時の事を思い出しているのだろう。
「なに、無理はしないさ。ヤバイ時は、俺1人の方がいい。何しろ、人間重機状態で、イージスや回復魔法があるからな。よっぽどのことはないさ。ただ、ヘリの操縦はまだ自信がないな」
「俺も一緒に行こうか?」
山崎がすかさず訊いてくれた。
「いや、最初は1人で行かせてくれ。第5の向こう側となると、おそらくはクヌードと同じような自治都市のはずだ。
何しろクヌードの2倍の規模だ。かならず大きな迷宮都市を構成しているだろう。この間の第9みたいな状態は例外なんじゃないかな。
探索者証があれば、それほど酷い事にはならないだろう。念話も使えるから、最初の時のようにはならないさ。
向こうの世界事情もある程度は把握できているんだ。最悪は車で帰ってくるから大丈夫さ。走り応えがありそうだ」
「わかった。無理はするなよ」
俺は頷いて、家に電話をかけた。
「あー、お母ちゃん? ちょっと、今回は、帰る時期が未定だわ。急に千葉の方のダンジョンに行く事にしたんで、一応1週間くらいを予定しているんだけど。ああ、別にそう危ないことするわけじゃないんだ。うん、ちょっと師団長から頼まれごとでね。ああ、そう、守山の。うん、じゃ今からヘリ呼んで行くんで」
それから、空港に置いてあるヘリの、運行管理を頼んでいる会社に電話した。
「もしもし、あー村山さん? 俺、鈴木です、どうも~。実は今から千葉まで飛んでもらいたいんです。今守山駐屯地にいるんだけど、迎えに来てもらえます? ちょっと師団長のお使いでね。行き先は房総半島先端にある第5ダンジョンで、米軍駐屯地のギャリソン5へ。あー、一応自衛隊と米軍には話を通しておきますが」
おれは師団長を振り返って、「すいません。ここへ、ヘリの着陸許可をください」
師団長は電話を替わって、向こうと話をつけてくれた。
「あー、それじゃ15分後に。ええ、ハイ、宜しくお願いいたします」
それからエバートソン中将に電話して、第5ダンジョンへ行く話をして、向こうの責任者に話をよく通してもらうように頼んでおいた。
「じゃ、15分後に出発しますので」
「わかった。気をつけて行ってこい」
簡単に師団長と挨拶を交わして、自販機のジュースを仕入れに行った。それくらい山ほど持っているのだが、なんとなく。ちなみに、ここの自販機はちょっとだけ安い。
「じゃ、おまえら行ってくるわあ。おっと、その前に小便、小便」
「緊張感無い奴だなあ」
「まあ、そういう奴だし。女の子情報は宜しく」
「向こうのいい店探しておけよ。まあ、マサ以上はないかもしれんが」
「一応資料みたいなのも、撮れる分だけでいいんで後でくれ」
「ヘリの操縦は気をつけろよー」
いつものノリで見送られて、お迎えのヘリに乗り込み、俺は天空の人となった。奴らにも仕事はある。クヌード周辺で入手した言語情報が全くと言っていいほど、分析出来ておらず、合田が四苦八苦している。
入手した内容は短かったが、第9で使われていた言語はそれのどれにも当てはまらなかった。
あと、体力づくりにも励んでいる。現地では思うように訓練もできないので、こういう時間はたっぷりと汗を流すのだ。