4-31 骨休め
日曜の朝っぱらからデスクワークをこなし、第10師団師団長とエバートソン中将に送信して、俺は名古屋空港へと足を伸ばした。
あれから、自分が国内を移動するのに使おうと思って、少し小ぶりのジェットを頼んでおいたのだ。
未使用機市場に出ていないか問い合わせたら、その直後にポンっと出たので慌てて買い付けてもらったものだ。
こういうものは新品で頼んでも何年もかかる。そのため、中古でも新品とそう値段は変わらない。
リセールバリューは高いが割高だ。特に日本のように、あまりビジネスジェットが普及していない国の場合は色々と面倒だ。
この機体は大手新聞社や、日本の航空宇宙関連の団体の試験機としても採用されている。
アメリカ大陸を横断できる能力もあり、避難に使う際には予備機としても使用可だ。ハワイまでならば飛べるはずだ。最悪グアムやサイパンまでは楽勝だ。
今日は試験飛行の日なのだ。とりあえずは近場で。何しろ名古屋空港まで、我が家から3キロない。
俺の脚力なら、自転車でもあっという間だ。だが、今日は目論見があったので、うちから至近の駅でタクシーを拾った。
そして、さっさとビジネスジェット乗り場に乗り付けて、その場で乗り込んだ。これがやってみたかった!
もうフライトプランは提出済みだ。乗客は俺だけなんで、あっという間に空の人になった。間もなく水平飛行に入り、乗務員さんが声をかけてくれる。
「お飲み物はいかがですか?」
「えーと、コーヒーをお願いします」
ビールは向こうでいただくつもりなのだ。本当なら家族と行きたかったのだが、それだと試験飛行にはならない。まあ、落ちるとは思わないが。
新品の機体、安全には定評のある機種で、ベテランのパイロットだ。ビジネスジェットの経験が豊富な人で、俺はできる限りこの人を指名していく予定だ。
ラインの旅客機ばっかり飛ばしている人より、色んな空港へビジネスジェットで跳んでいる人の方が経験も豊かだ。
乗務員さんも、日系の航空会社での経験が豊富で、年齢的に退職された方だ。ビジネスジェットでは、返ってこういう落ち着いた年齢の方が客からも好まれる。
全て代理店任せなので、客は日程や人員を伝えるだけで済む。当然、諸々高額になるが、気にするような客は初めから機体の購入などしない。ちなみにこいつの値段は本体価格のみで50億円だ。
今日の目的地は「白浜温泉」だ。ここは、なんと南紀白浜空港から2キロも離れていない場所にあるのだ。
うちからは比較的近いというか、近すぎて名古屋から飛行機で行くのはどうなんだと言われてしまうようなところだ。直線距離で200キロもないのだ。
仮に新幹線が通っていて、それで行ったとしても1時間かからない距離だ。
時速800キロにも達するジェット機なら、あっという間の距離だ。上がったら即降りてくるような距離だ。
殆ど放物線の軌跡を描いて到着するわけだが、どっこい空港にはアプローチする角度というものがある。
だから、実際の飛行距離は300キロくらいあるのではないか。最高速度に到達するまでに目的地に着いてしまいそうだ。
飛び上がってすぐに減速して降りないといけなくなるので10時過ぎに出てきたが、実際に着陸したのは11時近かった。ヘリと殆ど変わらない。
近過ぎると自家用機のメリットが無いな。ヘリよりはぐっと快適なんだけど、金がかかる割には利便性には欠ける。普通は近場の温泉に行くのに使ったりするものではないのでいいんだが。
空港に着陸すると、待機していてくれたハイヤーがすっと乗り付けてドアを開けてくれた。
「こんにちは、御世話になります」
「お客さん、今日はどちらから。あれは、自家用機ですか?」
「小牧、名古屋からですよ。自家用機なのはわかるのですか?」
「ええ、そりゃあもう。だって、お客さん1人でバッグを持って、ぶらりって感じですからね。そういう方は大概、1人で所有されておられるオーナーさんの場合が多くて。あと、そこのゴルフ場に来られる方もおられますよ。ビジネスでゴルフに来られる方もいらっしゃいますが。夜は温泉がありますしね」
なるほどな。空港から近くて色々楽しめるわけか。最近はあちこちの温泉地も寂れちまったし。
「小牧も、昔は中部の表玄関だったのに、今はすっかり寂れて。でも、おかげで使い放題ですよ。東京じゃ、飛行制限が多くてこうはいかない。日本じゃ最初にビジネスジェット空港として取り組んできたみたいですから色々充実していますよ。
アメリカ本土まで無給油で跳べるのも1機置いてあります。最近は企業が置く機体も多いんで、格納庫の確保に苦労しましたよ。グアムあたりに置いてもいいんですが、手元に置いておきたい事情があるんで」
家族の避難用だからな。パイロットも専属チームを2つ雇ってあり、どちらかは必ず待機するようになっている。彼らが家族と連絡が取れるようにもしてある。
機体も訓練飛行を頻繁に行なわせてある。元々、中型旅客機だった機体のビジネスジェットタイプで、世界中に何千機も飛んでいる奴だから、パイロットにも整備士にも全く困らない。
「そうですか。このあたりも、昔は華やかだったもんですが。まあ、このあたりじゃ一番賑わっているとは思いますがねえ」
そんな会話をしているうちに、あっという間に温泉についてしまった。
寸志をさっと渡し、ホテルへと降り立った。殆どドアツードアだ。北名古屋の家を9時45分に出て、11時5分には南紀白浜の温泉ホテルのドアを潜っている。
電車の待ち時間を考えると、家から守山駐屯地まで行くのとそう変わらないんじゃないか?
海の見えるビューホテルで、ちょっとした贅沢気分だ。ここのところ、迷彩服でいる事が多かったからな。
異世界へ戻る前に、ちょっとリフレッシュしていこう。最近は色々厳しかったし、これからもっと厳しいかもしれない。
受付を済ませて、中へ。食事の予約も済ませてある。部屋を用意してもらってあるのだ。貴賓室をお願いしておいた。
温泉に浸かると、ここのところの騒動全てが湯の中に染み出し、炭酸のように溶け込んでいくようだった。
ああ、やっぱ温泉はいいわあ。あっちにも温泉あるのかなあ。あったら、掘ってみたいな。
井戸掘り用具は持っているんだけど、温泉はちょっと勝手が違うんだよなあ。自然に湧いているとこがないか、今度スクードにでも聞いてみよう。
ふっと、アニーさんやアンリさんが、この世界の温泉に使っている様子が脳裏に浮かんでしまった。
浴衣姿もいいよなあ、ぐふふ。今度買っておこうかしら。というか、買えるのならここで買っていこう。いつか連れて来たいぜ。
湯から上がって、VIPルームのお座敷のお部屋でビールをいただいていると、お料理が到着した。昼間だというのに舟盛りを頼んでしまった。
1人で全部食えるけどね。あれこれと海鮮を中心した料理に囲まれて至福の一時を過ごした。さすがに、あっちの世界でこれは無理だろうな。
浴衣は温泉ホテルで譲ってくれた。もちろん有料だったが。各サイズを入手しておいたので、なんとかなるだろう。
帰り際、ホテルから歩いて100メートルちょいの海の方の展望台へ出かけた。いいなあ、出来たら向こうの世界にこんなホテルを作って、こういう展望台でも作ってみたら楽しそうだ。
エルフや毛むくじゃらの獣人さんが、浴衣姿で展望台にて記念写真撮ってたりとかさ。俺は、まったり気分で宿に戻り、予定時刻で宿を引き払った。
帰りの飛行機では寝こけていて、乗務員さんに起こされた。
「よくお休みでしたね」
「あはは、ちょっと飲みすぎましたか。この機体も、なかなかいい感じですね」
そう。離着陸距離において、この機体はサイズの割に使い勝手がいいのだ。夏場と冬場では離着陸距離も異なってくる。
それでも離陸距離で標準1100メートルというから、1200メートルくらいの空港でも、なんとかなるのだ。
あまりギリギリだと、何かがあった場合困るので、あまり推奨されないかもしれないが。ジェット機に対応している空港なら、使用許可は下りる。
もう1機の大陸横断機の場合、小さな空港だと断られてしまう。2000メートル級の滑走路がいるし、逆にそういう空港だと繁忙なので、すぐに使用許可がおりないかもしれない。
9~12人乗りの機種だが、うちの機種はビジネス用途だったらしくて12人乗りだ。いざとなった時には「作戦」に使用が可能だ。
千葉まででも、一っ飛びだ。それも考えて購入したのだが、ダンジョンの発生地区は集中しており、うちはその中心くらいだからヘリの方が使い勝手がいいだろう。
首都圏は着陸許可がなかなか取れないはずだ。ヘリならば、直接ダンジョンに乗り込める。
どっちかというと、骨休めに土日にあいつらと遊びに行くのに使う方が多いかもしれない。
一応、名古屋空港には自家用ヘリも置いてあり、何事かあったら守山でピックアップして、そこのダンジョンに向かうという事もできるだろう。
青山が使っているのと同じ機体で、パイロットを入れて8人乗りだ。金は有効に使わないとな。
緊急事態に備えて、うちの近所の土地を買収しておいた。ゴルフ関連の店だったものだ。かなり広い土地だ。
いざとなったら、小牧からすぐにヘリが呼べる。騒音が問題となるので、緊急時にしか運用できないが。今は使っていないんで、近所の草野球してる連中に貸し出してある。日本は平和だな。
別作品ですが、「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
も書いております。