1-1 ダンジョン・ドライブ
GWに出す予定だったものが、今頃になってしまいました。
6月末締め切りの賞にまだ間に合いそうなので、ここで出してみたいと思います。
3日間で募集要項の10万文字をアップする事が必要なので、始めの辺がちょっと忙しい更新になります。
今日の仕事は、いつもと違い、少し心が躍るものだった。
いつもの仕事? 魔物溢れるダンジョンに、トラックで水だの食い物だのを届けるのがメインさ。だって、そういう仕事を請け負っている会社にいるんだから。
自分はいたって平凡なサラリーマンだ。まだ若いから、こんな体力勝負の仕事もしていられる。鈴木肇24歳、身長185cm、体重75キロ、顔はフツメンだ。
まあ、俺がどんな感じかは、近所の自衛隊駐屯地の開放日に遊びにいってみてくれ。俺っぽい感じのガタイのいい兄ちゃんがいっぱいいるから。元自衛隊員で、レンジャー訓練へ行かされたこともある。
自衛隊みたいに丸刈りにはしてないが、黒くてしっかりした髪は短めにする習慣がついていた。父親の家系にも母親の家系にも禿げが見当たらないのは、先の人生を行くにあたり大きな安心材料さ。
今、米軍車両のハンヴィーを駆って、ダンジョン内の補給基地、正しくは補給専用の駐屯地へと向かっている。
ここは第21ダンジョンの5号通路、その中で入り口から補給所へ向かうメイン通路、ルート15だ。幅は5メートルほど、最大幅は6メートルくらいかな?
すれ違えない事もないが、事故防止のために狭い山道みたいに待避所も設けられている。高さも同じようなものだ。
まあ、そのまんまの洞窟だ。横幅は最大で6メートル以上あるが、車輪が接地できる幅は思うよりは少ない。
俺はダンジョンラジオのチャンネルを合わせながら、ご機嫌にハンヴィーのハンドルを握っていた。
窓を開けられるとエンジン音がダンジョン内を反響して凄い迫力なんだが、ダンジョンでは、それはご法度だ。
もう、この仕事を始めて2年にもなる。ダンジョンの探索をしているのは誰かって?
冒険者? ノンノン。そんなの、米軍に決まっているだろ。だって、ここは日本なんだから。
日本国内に全部で40あるダンジョンは、全て日本政府が管理している。一般人は立ち入り禁止だ。
俺のように業務で立ち入る人間は別だけど。いわば米軍基地の従業員と同じ扱いだ。首には米軍発行のIDカードをぶらさげている。
一つ違うのは、そこが明確に日本国内という事であり、日本の主権が及ぶという事だ。
最初アメリカは強引に、「米軍基地としての接収」を要求していたが、さすがに日本国内の猛反発があったので今の形に落ち着いた。
自衛隊は死傷者が出るとまずいので中には入って行かない。日本人で中に入るのは、俺のような米軍相手の業者の人間だ。
最初は自衛隊も災害用ロボットを中に入れていたが、魔物と遭遇するとあっという間に壊された。
自衛隊も今はダンジョン入り口の警備を担当している。それでも全部で40箇所もあるので大変な事だ。
当初、某国・ロシアは国連での調査を激しく主張していたが、これはあくまで日本国内の出来事であり(事実だ)、日本国内の治安維持についての懸念を日本政府がアメリカ政府に相談した、という体裁をとっている。
その後、日本領空侵犯や領海侵入の件数がいつもの数倍になり(これはとんでもない数だ)、空自や海保の連中がさぞかし悲鳴を上げていたことだろう。
アメリカが「某国国内の出来事」について激しく突いた結果、某国は渋々引っ込んだ。
ちょっと激しい人権侵害に関わる出来事が国際社会で話題になりつつあったタイミングだったので。ロシアは単独で捻じ込める力が無いため、早々に諦めた。
折しもクリミヤ半島でまた火種が燃え上がり、本来は日本なんかに構っていられない状態なのだ。某国に乗っかっただけなのに、親亀の某国がこけた格好だ。
今は大人しく情報収集に努めているらしい。何か成果が上がったら意味不明な「分け前」の要求が激しいだろうな。
どうせ今回もガス田の二の舞になるだろう。あれは妥協すべきではなかったのに。
ああいう国は毅然とした態度をとっていないと、どこまでも食い込んでくる。既に、「日本は昔から某国領土」とか言っているみたいだし。
そのうちに「ダンジョンは昔から某国領土!」と某国人が叫び、某国本土で日本車をひっくり返し、日本の店を打ち壊し略奪する映像が世間を騒がせるだろう。
某国はいつも平常運転だ。嬉しくない隣人と書いて某国人と読む。
そんな時、日本政府は遺憾の意を表明し、自衛隊員はコーヒー飲みながらそれをニュースで見ているだけだ。だって他にどうしようもないし。
米軍はいつも意気揚々とダンジョンから獲物を持ち帰ってくる。アメリカ政府が報奨金を出しているので、いつも志願者でいっぱいだ。
本土からも、たくさん兵隊がやってきている。日本国内の治安維持の応援という名目でだ。魔物退治という事で脳汁も溢れているんだろう。傍から見ていると実に楽しそうだ。
自衛隊でも、それを羨ましそうに見ている人もいた。かくいう自分も自衛隊にいたので、よくわかる。
自衛隊はやりがいはあったけれど、心身共にしんどかったので辞めた。自分はちょっと向いていなかったのかもしれない。別に体を壊したわけでもないし、心も病んでいない。
それでも色々経験出来て本当によかったと思っているんだ。丁度、この仕事が就職案内で出ていたのでキリをつけた。
現場が現場なだけに自衛隊出身という事で歓迎してくれた。新卒で自衛隊に入ったので当時はまだ22歳だったし。
うちの会社の現場は元自衛隊が多い。気が張らないし頼りになる。お互い、きびきびしているしな。
そもそも、うちは幹部自体が自衛隊出身だ。というか、OBが作った会社だから。輸送隊や施設科(工兵部隊)の奴が殆どだ。戦闘技術とか全くいらないし。
そして、今日みたいに御機嫌な仕事にもありつける事もある。今日の仕事はハンヴィーの搬入だ。
それもただの奴じゃない。外部にはMk19を搭載した防弾板付きの銃座を持っている、ごついヤツだ。
米軍は何と戦うつもりなんだ? Mk19は、40ミリグレネードの高速発射装置だ。こんな狭いダンジョンで使うのは自殺行為の代物だが。
だからだろうか。牽引するトレーラーには換装用に、通常武装の範囲になるM2重機関銃も積み込まれている。
まあ、かくいう俺も魔物なんてものはニュースやネットで見ただけだ。それもゴブリンとか、コボルトとかのチャチな奴ばっかりだ。
政府が規制しているのかもしれない。「部位」だけなら見た事はあるが、外観も大きさも全く想像がつかない。米軍の奴らは思いっきり吹くんだ。
2年もこの第21ダンジョンで働いているのに、ただの1匹も魔物を見た事がない。このあたりは米軍が魔物を掃討して一応は安全を確保した第1ラインだからな。
魔物が見たければ、多分第3ラインあたりまで行かないと見られない。そうでなくては民間人が仕事で入り込む事はできないだろう。
この第1防衛ラインは距離にして入り口から10キロの地点になる。第2ラインは15キロ、第3ラインは20キロの地点だ。
まあ防衛とは名ばかりで、実際には米軍による侵攻ベースラインだ。よっぽど、お宝の匂いがするらしくて、アメリカの腰の入れようときたら半端じゃない。
40箇所のダンジョン全域に、2万人の米軍部隊が投入されている。これは従来の在日米軍の半数にもなる数だと言われている。この第21ダンジョンは大きいため、2000人の兵力が投入されている。
別に全員が戦闘部隊なわけじゃないけどね。彼らは概ね、本土からの増援だ。在日米軍には海兵隊を別にすれば陸上部隊など殆どいないはずだし。
隣の席には、顔見知りの米軍の補給担当の士官がいて『ハジメ、お前が運転していけ』と言ってくれたのだ。
彼は、自衛隊出身の俺が動きもきびきびしているので、気に入ってくれている。軍の経験者以外は、ここへ来るべきではないと考えているようだ。それは当然の考えだと思う。
本当は、こんな戦闘車両の搬入は任せてもらえないので、リヤシートに座っていく予定だった。
帰りには整備用の通常タイプの非武装のハンヴィーを持ち帰る予定だ。そいつは、俺がそのまま乗って会社の整備場まで運搬する。
正規の米軍基地ではないので、そういう作業まで民間が受け持っていた。ここは、ベース、基地ではない。
沖縄の正式なキャンプとも異なり、いつ無くなるのかよくわからないような、文字通りの駐屯地に過ぎない。
固定の建物は地上にある司令部の建物とかだけで、ダンジョン内にある駐屯地はダンジョン内の地形を利用したものだ。
今日は戦闘車両及び武器弾薬の納品があるので、担当士官の人と一緒なのだ。
通常、こんな業務を民間がやる事はないのだが、ダンジョンの中は弾薬の消耗が激しい完全な「戦闘地帯」だ。
補給が追いつかない面もあって、そんな業務までやっている。平時では通常ありえない事だ。いや、厳密には平時とはいえないのかもしれないが。
日本にとり、これは既に有事だ。陸上自衛隊が初の戦闘出動をしたほどの事態だったのだから。
そして米軍は深刻な人手不足に陥っている。人が余っていると、ダンジョンの方へ回されてしまうせいだ。
武器兵器の納品には米軍士官が立会い、それらは厳重に封印されている。そのあたりの扱いは、日米政府で厳重に取り決められている為、破ると罰則は非常に厳しい。
いつもなら4WDトラックで行って、全て自分が手降ろしにする。積み込みも自分だし。
今回、俺は納品手続きと車両引取りだけの予定だったのだが、ドライバーさんが急に体調不良を起こしたので俺に運転を任せてくれた。
米軍士官は自分で運転したくなかったのに違いない。ハンヴィーはドライブに向いた車ではない。
今日はトレーラーに武器弾薬を積んでいるため封印が施されている。俺が触る事は許されない。同梱のその他の物資もそのままの状態で、全て引き取ってくれるから楽だ。
迷宮はよく電波を通さないから、あちこちに電波の中継ステーションが設けられていた。岩肌ばかりだった迷宮には工事の手が入っている。初めはビビっていた工事関係者も、今は工事特需に沸いている。
米軍は無数に分岐する、あらゆる通路に舗装や補強などを繰り返していった。LEDパネルの照明も完備されて、電源・通信ケーブルも縦横無尽に壁を走っている。とてつもない公共投資の額だ。
ダンジョン登場時には下がっていた日本の株価も今は上がっている。そしてNYダウやナスダックなどのアメリカ株も順調に上がっている。
あの金の匂いに敏感な連中が、何かを嗅ぎつけているのだ。俺も一口乗っている。株の上手い上司に薦められたのだ。
「商社・資源関連が面白いぞ」と、彼は意味深に囁いたので素直に忠告にしたがった。買った銘柄はすでに1・5倍になっている。ゼネコン関係も悪くなかったかな。
監視カメラも各所に配置されているし。万が一魔物でも出たら米軍兵士が我先にすっとんでくる。報奨金がかかっているため、獲物の奪い合いも激しいのだ。
狭い迷宮をスピード命ですっとんでいくそうだ。あいにくと、そんな面白い場面には一度も出くわしたことはない。
この迷宮は広く、各通路もそれなりの広さと高さがある。幅広なハンヴィーのサイズでも、楽にすれ違うことはできる。
ただ洞窟状になっているため、端っこの方はトレーラーを引いた同士だと辛い。そのため電子的な監視システムがあり、停止信号が出されることがある。
通りすぎる際には譲ってもらった方が派手にホーンで挨拶し、待機する方も更に派手にお返しするのが決まりだ。
うん、気持ちよく譲り合いだよね。今日はせっかくのハンヴィーなのに、対向車が来なくてつまらないな。
俺は停止信号を出してくれるLED表示板に目をやりながら、些か失望を隠しきれなかった。一方、補給担当仕官のフィリップスは、ラジオの米軍向け放送の音楽に御機嫌で鼻歌を合わせていた。
『楽しそうですね』
俺は、いつもより若干伸びすぎたきらいのある髪を弄びながら彼に言葉を投げかけた。
『ん? いや、もうすぐ娘の誕生日だからね。私は沖縄からの出張だから、それまでには帰るつもりさ』
そう言って家族の写真を見せてくれた。
彼と同じ癖毛の金髪に、ソバカスがいっぱいの元気な6歳くらいの女の子だ。奥さんもなかなかの美人だ。
彼は癖毛の前髪を書き上げながら家族の写真に見入っていた。車を運転するくらいなら、そうしていたいよね。彼はここでは、それなりに偉い人なのだから。
アメリカ人ってこういうのが好きだよなと思いながら、俺にも鼻歌が伝染していった。なんか自衛隊時代を思い出す。当時は鼻歌など無かったが。
点々と輝くパネル照明に照らされながら、俺は楽しくハンヴィーを走らせていた。この手の車は大好きだ。ハンヴィーには色んなタイプがあるが、こいつよりゴツイのはそうそうはない。
ネットで20ミリ機関砲をつけていた奴を見た事があるが、あれは例外だろう。こいつは40ミリグレネードを連続発射できるMk19を装備している。
弾薬箱はM2機関銃のものと共通だ。ここのダンジョンには初めて投入されるんじゃないかな。
ただMk19は、個人的にはあまり使いたくない。弾詰まりを起こした時にチャンバー内で炸裂する事故が起きたりすることもある代物だ。
滅多には無いけど、ちょっと勘弁だな。自分が普通科とかじゃなくて施設科だったせいなのかもしれないけれど。
訓練で使用した事の無い火器をいきなり使用するなど、とんでもないことだ。うちは前線に位置する部隊だったけど、自衛戦闘が主体なので強力な兵器とかを扱うのは陣地防御が必要な特科(砲兵部隊)の方が多いと思う。うちは純粋な戦闘部隊じゃなかった。得物は銃器ではなく、主に重機だ。
俺は、ちょっと鉄砲が撃てて、資格がもらえればそれでよかった。イベントなんかあった時には、それなりに仕事もしたし、災害出動の経験もある。
自衛隊を経験できて、本当によかったと思っている。ただ、やっぱりしんどかったな。自分には、今の仕事の方が向いているよ。
そんな埒が明かないような事を考えながら、やがて第1防衛ラインまでついた。しかし、誰も近づいてこない。変だな。
いつもなら、おちゃらけた黒人兵士のロバートあたりが、
『俺のいつもの奴はどこ~?』とか言って、踊りながら歯をむき出してやってくるのに。
腹でも壊したかな? それにしても人気が無いな。
俺は運転席から降りて、あたりを見回していた。
ダンジョンの中だというのに、ちょっと油断しすぎていたかもしれない。
『ねえ、フィリップさ……』
その刹那、何かを砕くようなものすごい音がした。
振り返った俺の目に入ったのは、おそらくはもう二度と返事をする事は出来ないだろう彼と、それをまさに食いちぎらんとするかの如く咥え込んだ、巨大な魔物だった。その数およそ10。
大きな蜘蛛かと見紛うような、巨大な怪物がいつの間にか犇いていた。
くそ、でかい。いや、けだもの系だな。足はいっぱいあるが。顔はでかく、裂けたような口も大きい。でかい牙を生やしている。目は3つか。化け物め。体には禍々しい斑模様がある。
先頭の奴は、横向きになったフィリップを咥えていた。悲鳴は聞こえなかった。素早く後ろから襲われて、声を出すまでもなく即死だったのだろう。
力無くこちら側を向いた彼の顔から察するに、苦悶というよりも驚きの表情を浮かべたまま戦死したようだ。
奴らは機材や資材の影に潜んでいたようだ。監視システムは役に立たなかったのか?
いや、急襲に耐えられなかっただけか。こんな奴らにいきなり接近されては、非戦闘部隊の人間には厳しい。どこから湧いた?
奴が、フィリップの血を啜り上げる音が響き渡った。
その足元を見渡せば、あたりは食いちぎられた兵士の遺体でいっぱいだった。今更ながらに漂ってくる濃厚な血の匂い。
そこは紛れも無い地獄の顎門だった。
次回は、朝6時に更新します。
初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
http://books.tugikuru.jp/detail_ossan.html
こちらはツギクルブックス様の専用ページです。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。