最強魔剣の断罪者 ~「今どきの人間弱すぎ!」と嗤ってる連中を、最強魔剣で断罪する~
30歳になったその年、ディルク・アーデルハイドは王都の騎士団を退職した。
ささやかなお別れパーティのあと、同僚に見送られて故郷の村へと帰る。
ディルクが所属していたのは、王立第13騎士団。
たった5人の少数精鋭。
対魔物のエキスパート揃い。
国内のみならず外国への救援に向かうこともあり、日々、危険な激務が続いていた。
そんな中、ディルクは右膝にひどい怪我を負い、騎士団からの引退を余儀なくされる。
幸い、貯蓄は十二分にあった。
もともと給料は高く、退職金もがっぽり。
さらには傷病年金までつくというから、暮らしには不自由しないだろう。
村に戻ったら、幼馴染のエレナと結婚することになっていた。
畑でも耕しながら、のんびり余生を過ごすとしよう。子供は2人ほしいな。
憧れのスローライフ。
……だが、ディルクのささやかな夢は、あまりに脆く崩れ去った。
「クハハハハハハハハハッ! なんだァ? 弱ェ、弱ェなァ! 人間ってのはこの200年で、どいつもこいつも腑抜けばかりになっちまったみてえだなァ!」
病的なまでに白い皮膚の男が、杭のような犬歯を覗かせ、哄笑をあげている。
「物足りねェ、物足りねェよ……! なァ、テメエはどうなんだ? ちっとは出来るンだろ? だったらオレを楽しませてくれや、現代人」
「ぅ、ぁ……っ!」
男は、片手でディルクを持ち上げていた。
ディルクの身体は、細いながらもよく鍛え上げられており、決して軽いものではない。
にもかかわらず、男はまるで力を入れた様子もなく、ディルクを壁に叩きつけた。
「ぐっ――カ、ハッ……!」
今ので肋骨が何本か砕けたらしい。
肺が傷つき、喉の奥から血液が逆流してくる。
ディルクは激しく噎せ込みながら、しかし、あくまで冷静に考えを巡らせる。
こいつは何者だ?
おそらくは吸血鬼だ。
白い肌に大きな牙、なにより、ヤツの後ろに倒れている、村人たちの亡骸――。
そのどれも、首元を食い破られて絶命している。
カタブツ村長のバードンじいちゃん、ちょいエロ女鍛冶師のサーラねえちゃん、スライム狩りが趣味の元ガキ大将ギルス、東方出身でいつのまにか村に住み着いた女剣士シズさん、音痴だけど讃美歌大好きなフェノン神父――みんなみんな、俺にとっては大切な家族みたいなものだ。
なのに、殺された。
一人残らず、血の一滴も残さず、吸い尽くされた。
カサカサのミイラじみた姿となって、村の広場に倒れている。
ディルクが村に戻ってきたときには、全員、とっくに息絶えていた。
犯人は明らかだった。
死体のそばで退屈そうにしていた、この男――白皙の吸血鬼。
激高したディルクは剣を抜いて斬りかかったものの、無残な返り討ちに遭っている。
「テメエ、あの第13騎士団のメンバーなんだろ? 知ってるぜ、200年前にも存在してたからなァ? ……んん、ああ、まだ自己紹介ってのをしてなかったな。オレはアルマーク。アルマーク・リューネブルグ。いちおう、昔はけっこうな有名人だったんだぜ」
「……うそ、だろ」
ディルクは、その言葉をにわかに信じることができなかった。
アルマーク・リューネブルグといえば、200年前の人物である。
とある邪法によって吸血鬼と化した大量殺戮者であり――
「アルマークは、当時の、第13騎士団が、討伐した、はずだ」
「ヒャハハハハハハハッ! そいつは嘘だ、虚偽だ、強がりってヤツだ! オレは死んでねえ。あと一歩のところで生きてたんだよ。それから200年、ちょっとした魔法を使って力を蓄えてた。眠りから覚めたのは半日前だけどよォ、いまの世の中、ザコばっかりじゃねえか! 他にもいくつか街を襲っちゃみたが、冒険者も騎士も魔法使いも、どいつもこいつも物足りねェ。ったく、イマドキの若者ってのは情けねえなァ! ヒィハハハハハハッ、ヒハハハハハハハハハハハァ!」
大きく反り返って、笑い声をあげるアルマーク。
空には太陽。
日の光が燦々と照り付けているというのに、この吸血鬼は、まったく弱っているように見えない。
200年の眠りによって太陽光への耐性を身に着けたのだろうか。
「けどよぉ、このメス2匹は褒めてやってもいいぜ」
アルマークは、左右の手でひとつずつ、女性の死体を掴んで持ち上げた。
「なにせどっちも処女だ。どっちも一途に恋してたんだろうなァ、血の味は絶品だったぜェ? なんでもよ、今日、村に帰ってくるはずの誰かサンが好きで好きでたまらねえらしい。大した純情じゃねえか、感心したよ、マジでな」
「……っ!」
ディルクは目を剥く。
その2人はミイラのような姿となっていたが、それでも、見間違えるわけがない。
幼馴染のエレナと、ひとまわり離れた妹のミュリエル。
「ほら、受け取れ? 感動の再会だなァ?」
アルマークは嘲笑を浮かべつつ、2人の遺体をぞんざいに投げ捨てた。
「つーかアレだな。オレにも慈悲がないわけじゃねえ。故人の想いを叶えるのも一興ってわけだ。……つーわけで、ほら、脱げ。ミイラどもと1回ずつヤるところを見せてくれるンなら、命だけは見逃してやってもいいぜ」
ニタニタとした、嗜虐的な笑み。
強者の傲慢というものが、言葉の端々から溢れていた。
ディルクは、それに対して、
「……」
無言のまま、立ち上がった。
赤色の双眸には、怒りの炎が激しく燃え上がっている。
物質化しそうなほど濃厚な殺意を漂わせ、腰の短剣を抜く
「へぇ」
興味深げに眉を吊り上げるアルマーク。
「やっと本気になったってわけか。……まあ、それを発揮するまえに死んじまうんだがよ!」
「っ!」
キィン、と。
硬質の金属音があたりに響く。
アルマークは右手の鉤爪でもって、ディルクの首を貫こうとした。
だが間一髪、短剣でもってその軌道を逸らしていた。
「なっ――」
それはアルマークによって、予想外のことだったらしい。
一瞬の隙が生まれ……ディルクが踏み込んだ。
第13騎士団における彼のふたつ名は「首狩り職人」。
コカトリス、ジャイアントオーガ、ダークドラゴン、メガトンスライム――。
いままでに首を落としてきた災厄級モンスターの数は、100を下らない。
「……《共鳴刃》」
それはディルクがもっとも得意とする、無属性の上位魔法。
刀身を超高速で振動させることで、触れた物体を分子レベルで両断する。
必殺の刃が、アルマークの喉元に迫る。
しかし。
「効かねえよ」
古龍の鱗すらやすやすと切り裂くはずの刃は、止まっていた。
アルマークの白い肌にかすり傷をつけることもできず――
「そんな低級魔法で、オレをどうこうできるわけねえだろうが」
砕ける。
ディルクの短剣は、バラバラとなって砕け散る。
「ったく、ほんとに200年後の世界ってのはヌルいよ――なァ!」
アルマークは、力任せにディルクの腹を蹴りつけた。
その身体は真横に弾き飛ばされ、背後の家屋を突き破る。
そのまま反対側に突き抜け、地面に落ち、砂煙をあげて転がった。
「ぅ、ぁ……」
もはやディルクに立ち上がる力は残っていなかった。
先の一撃で、内臓がいくつも破裂していた。
背骨もやられたのだろう、下半身の感覚がない。
「ちく、しょう……」
心臓の鼓動が弱まっていくのが、自分でも感じ取れた。
それにつれて視界も狭くなる。
まだだ。
まだ、死ぬわけにはいかない。
アルマーク。
200年ぶりに目覚めた吸血鬼。
エレナの、ミュリエルの、村のみんなの――仇。
絶対に許さない。許すものか。
ヤツを殺せるのなら、無限の地獄に落ちても構わない。
――本当に?
ああ。
こんな無念を抱えたまま命を落とすくらいなら、悪魔と契約したほうがよっぽどマシだ。
――その言葉は本心からのものかしら。よく考えなさい。今ならまだ、貴方は人間として死ねるから。
うるさい。
おまえは、いったい、何だ?
……ディルクは必死に瞼を開く。
何かに吸い寄せられるように、右側を見た。
そこには旅の荷物が転がっていた。
村の異変に気付いたとき、道端に投げ捨てたものだ。
それが改めて視界に入る。
縦長の包みが光を放っていた。
第13騎士団の女団長、クリスティーナから退団祝いに渡された骨董品だ。
曰く、200年前の古剣で、売ればそこそこの値段になるとか、ならないとか。
――私は断罪の魔剣ユースティティア。貴方が命を捧げるのなら、見返りに、断罪の刃を与えましょう。
ディルクは逡巡した。
これは幻聴だろうか。
死を前にして、俺はおかしくなってしまったのかもしれない。
だが他方、熟練の戦士たるディルクの直感が告げていた。
これは真実である、と。
この機を逃せば、もはやアルマークを討つことは永遠に叶わない、と。
ゆえに、こう告げる。
「御託はいい。何でも持っていけ。……仇を討たなきゃ、俺は、死んでも死にきれない」
ギリ、と歯噛みする。
目から、血の涙が流れた。
――契約はここに。
だんだんと、声の輪郭が明瞭になってくる。
それは厳かで静謐な、女の声だった。
『健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、断罪の刃は貴方とともに在る。だから、さあ――』
逆襲譚を、語りましょう。
* *
ディルクは立ち上がる。
全身の傷は癒えていた。
それどころか、五感がかつてないほどに研ぎ澄まされている。
「……ォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
疾走する。
風よりも早く。
音を追い越し。
光のように。
右手には剣。
黒い刀身に、まるで血管網のように赤い文様が浮かんでいる。
まさに魔剣と呼ぶべき、禍々しい姿だった。
アルマークに肉薄する。
刃を、振り下ろす。
「ちぃっ! 何が起こりやがった!」
慌てて飛び退くアルマーク。
その表情には動揺と驚愕が浮かんでいる。
「なんだ、その剣は……っ!」
そう呟いた直後。
異変が起こった。
ごろり。
アルマークの右腕が、地面に落ちる。
切断面の動脈から、血液が噴き出した。
先の斬撃は、アルマークの右肩を両断していた。
だがあまりに鋭い切れ味だったため、数秒の遅れが生じたのである。
「っ、ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ! て、テメエ! ザコのくせに歯向かいやがって!」
「……滅茶苦茶だな、あんた」
嘆息するディルク。
「強い相手と戦いたかったんじゃないのか? 楽しませてほしいんじゃなかったのか? ……だったら、ほら、笑えよ吸血鬼」
「ちょ、調子に乗るんじゃねえ! この若造がっ!」
地面を蹴り、アルマークは飛び掛かる。
残った左腕を掲げ――叩きつける!
「基礎がなってない。スペック頼みで、ろくに修行もしてこなかったんだな」
間一髪で躱すディルク。
カウンターで、右の小指を切り落とした。
そのまま踏み込んで、タックル。
アルマークはその衝撃で地面に倒れ込んだ。
「やっと分かったよ。あんた、弱い者いじめがしたかっただけなんだな。……屑が。ただでは殺さない。最後の一秒まで、苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて、死ね」
ディルクは切っ先を下に向けると、アルマークの腹を突き刺した。
「が、ぁ……っ! や、やめ、やめてくれ!」
「断る。……お前が村人から奪った血液を、すべて絞り出させてもらう」
「っ、うがァァァァァァァァァァッ!」
肋骨の隙間を、一回ずつ、丁寧に刺し貫く。
それでも即死しないのは、さすが、吸血鬼というべきか。
「く、くそがっ! クラリスのやつ、話が違うじゃねえか! 封印法で200年も寝ていれば、世の中イージーモードって聞いてたのによ! ぐぁっ……!」
「クラリス?」
「お、オレに封印法を授けた魔導士だ! オレだけじゃねえ! 他にも5人、同じように200年間ずっと寝ていたヤツがいる! ど、どうだ! そいつらの情報は知りたくねえか! オレを殺すと、何も分からねえままだぞ!」
「……」
ディルクの手が、一瞬、止まる。
だがすぐに迷いを振り切った。
他の連中など知ったことじゃない。
俺が殺したいのは、お前だ。
お前なんだよ、アルマーク。
「――《断罪の時間だ》《魔剣よ》《我が命を贄とし》《この者を裁くがいい》」
それは、魔剣に秘められた力を開放するための詠唱。
魔剣を握った瞬間、ディルクの脳内には、その使い方がすべて焼き付けられていた。
「《汝の罪を宣告する》《それは『暴食』》《ゆえに》《同害報復を執行する》」
ぎち、ぎち、ぎち。
魔剣の刀身が、真ん中から2つに分かれた。
さながら、顎を開いた狼のような形状。
魔剣が、アルマークに食らいつく。
足元から徐々に、鋼の牙を立てて、食らってゆく。
「っ、うわああああああああああああっ! やめろっ! やめろ、やめてくれぇ!」
「さんざん他人の血肉を食らっておいて、自分の番になると嫌がるのか。……随分と勝手だな」
冷たい瞳で見下ろすディルク。
そのあいだも魔剣はアルマークを食べ続ける。
両足がなくなった。
左手も食い尽くされる。
続いて下腹、みぞおち……ときて、アルマークに変化が起こった。
「ははっ、あははははあはははは、はははははあっ……」
両目から光が失せる。
呆けたような表情になって、空笑いを繰り返す。
どうやら精神が限界を迎え、壊れてしまったらしい。
「魔剣よ。《罪人を逃がすな》」
その詠唱に応え、魔剣の赤い文様が輝いた。
紅の輝きが広がる。
「あはは……っ! やめろ! 死にたくない! 見逃してくれ! 悪かった、な、な!」
一瞬にして、アルマークを正気に戻していた。
とはいえ殺すことに変わりはないのだが。
やがて魔剣は、アルマークという吸血鬼を、文字通り「足の先から頭のてっぺんまで」食べ尽くしていた。
「……っ」
ガクリ、と。
ディルクが膝を衝く。
魔剣の使用は、生命力、体力、精神力を著しく損なう。
彼が自分の意識を保つことができたのは、ここまでだった。
* *
それに前後して、アルマークの言葉通り、世界各地で5人の魔人が目を覚ました。
狂乱の賢者、アイザック。
淫らの黒聖女、システィーナ。
白骨の剣聖元帥、バルバロス。
異世界からの転移者、ヒロン。
始祖魔王、ギルベラ。
いずれも200年前の世界で挫折を覚え、封印法で眠りについた者たちである。
ひとまず復讐を果たしたディルクだが、彼は魔剣に誘われ、断罪の刃を振るうことになるのだった――。