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ごっこ。

作者: 尻一

「……死にたい」


 散乱した部屋の中。彼女は傾いた本棚の下に、擦りむいた膝を畳んみこんで座っていた。嗚咽し、崩れた化粧に染まった黒い涙が頬を伝う。


「どうした」


 掛けた声に反応し、チラッとこちらに視線を向けるも、再び塞ぎ込み、震える手を抑えながら、サキはもう一度「死にたい」と呟いた。


「死にたいか……何で死ぬ? 付き合ってやるよ」


 本棚を手で起こし、散らばった専門書を棚に収めながら、彼女の様子を伺う。


「……ッシュ」


「あ?」


「ティッシュ取って」


 パーカーの袖で顔を拭ったサキの鼻が、糸を引いている。

 辺りを見回すが、ティッシュの箱が見当たらない。よくもまーこんだけ暴れられるもんだと、散らかされた部屋の中を溜息をついて探すが、面倒になってしまい、ジャケットからハンカチを取って手渡した。


「どうする? 死ぬなら今日だけ特別に付き合ってやる」


「……うん」


「じゃあ、何で死ぬかな」


 彼女の細い手首を掴み、立ち上がらせる。着替えるよう促した後、ジャケットを脱いで車の鍵を探す。

 サキとの関係に、自棄なった訳では無い。衝動的な他虐行為のあと、決まって自責の念に囚われる彼女を慰める為に、繰り返し行われるプレイみたいな物。心中ごっこだ。


「痛いのは、やだなー」


「……じゃー飛び降り? なんか落ちる途中で気絶して、痛くねーって噂あっけど」


「怖いのも、嫌」


「我儘いうな」


 顔を洗い、黒のジャージを着てきたサキに、眉をひそめる。俺の表情に首を傾げた彼女は、鏡を見直し身繕いをしだした。


「これから死ぬんだろ? もう少し洒落た格好したらどうだ?」


「死ぬんだからいいじゃん」


 まあそうかと、納得しかけるが、化粧くらいしろと軽くあしらう。

 車の鍵がソファの下に隠れていたのを見つけ出し、俺も出発の準備を始める。といっても、スラックスを脱いでデニムを履くだけだったが。


「どこいくの?」


 玄関の扉を開いた所で、サキの冷たい手が手首に絡みついてくる。


「まずは最後の晩餐だろ」


「お腹減ってない」


「……行くぞ」


 車で122号線の大通りを東京方面に走らせる。対向車線からは、仕事帰りの車の群れが列を成して走り抜けていく。

 逃れようのない感覚。こっちの都合お構いなしに回る歯車に、意地になって抵抗し続けても、ある時突然、紐にくくられて引きづられていく感覚。この渋滞の列を眺めていると、そんな感覚に苛まれる。


 たぶんサキはまだそこにいる。過去に。過去に囚われたまま、紐にくくられながら、座り込んで必死に抵抗している。


 だが、歯車(今という現実)の力は優しくはない。


 車を走らせること30分。東京の志茂という町に着く。

 幼少の頃に過ごした町ではあるものの、当時鍵っ子だった為、これといった思い出はない。が、とても良い景色が見れる場所があった。とある廃ビルの屋上だ。


 人が居た頃に、よく忍び込んで屋上で呆けていことがあった。悩みごとが出来ると、いつもあそこに来ていた。広い夜空と夜景が、慰めてくれているようで。


 志茂は寂れた町のせいか、街灯りが少なく、遠くの夜景を綺麗に見る事が出来る。地上の灯りが暗い方が、空の星が綺麗に見れるのと一緒なのかもしれない。

 足を退ける度にギシっと悲鳴を上げる階段を登り、久方ぶりにその屋上に侵入した。


「……飛び降り?」


 申し訳程度の手摺があるだけで、やろうと思えば誰でも飛び降りれそうな構造。古い建物のせいもあるだろう。


「そうだな。ここからなら、死ねると思うぞ」


 高さが足りるかはわからないが、高さが至らない場合、どうなるのかは知っている。

 昔住んでいた公営住宅で、飛び降りがあった。運悪く目撃してしまった俺は、地面に激突したソレが無事かどうかを確認しに駆け寄った。


 痛いと血を吐きながら苦しそうに死んでいった。本当に苦痛に苛まれながら死んでいった。こんな死に方は絶対したくないと思うほどに。


「……怖いな」


 サキの声はか細く、ビル風に攫われそうなほど弱々しい。


「そっか」


「空、綺麗だね」


 見上げたサキとともに、空を仰ぐ。いつも俯いていた彼女が、珍しく自分ではなく、世界を見つめている。


「だな」


「夜景、綺麗だね」


「だろ? 今日は死ぬにはもったいないかもな」


「もったいないとかある?」


 泣いているのか笑っているのか、そんなぐしゃぐしゃの顔で、サキはぐぅと腹の音を鳴らした。


「最後の晩餐どこにするか、事前に下見しとくか?」


「焼き肉がいい」


 こんな感じで彼女との心中ごっこは続いていく。彼女がいつか、立ち上がり、紐をほどいて自分で歩き出せるようになるまで。

真似はしないでね

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