勇者ハーレムの顛末
異世界から呼び出された勇者は魔王を倒す旅に出た。
それに同行するのは、召喚を行った神殿の聖女、王位継承権を持つ王女、王国随一の魔法使いの少女、剣聖と呼ばれる女騎士。
いわゆるハーレムだ。
それに旅の途中で出会った異国の踊り子や合法ロリエルフ、猫耳少女など、ハーレム要員はどんどん増えていった。しかも、ラノベの鈍感ヒーローのように、少女たちの好意に気付かずに振り回されるなどと、可愛げのある勇者だったら良かったが、この勇者は最低のヤリチンだった。
次から次へと食い漁り、食い散らかし、魔王を斬りに行くのか、千人切りに行くのか、目的すらぼやけるほどだった。
だが、なんとか無事に魔王を倒した勇者は、ハーレムを引き連れて王国に凱旋し、そこで国王に王女との結婚を強いられた。
当たり前だ。この最悪勇者は王国の唯一の継承者である王女にも手を出していたのだ。王女以外のハーレム要員は、その半分は魔王討伐の褒美を与えられて城を追い出され、国の要職に就いていた者は、そのまま後宮に入ることになった。
そんな中、聖女は一人王都を去っていった。勇者召喚と魔王討伐のために選ばれた少女は、役目を終えて神職を辞し、生まれ故郷に帰ることにしたという。
だが本当の理由は、聖女の腹の中に勇者の子供がいたからである。
王女より先に勇者と結ばれた聖女は、異世界の男との将来を夢見て、望まれるまま体を許した。まさか、その後に何人もの女に手を出すとは思っていなかったのだ。
傷心を抱えて旅を続け、王女との結婚という結末で、耐え切れない裏切りにあった彼女は、全てに絶望していた。
旅を終えたら結婚しよう。
その言葉を信じて、勇者に群がる女たちから目を逸らしてきたのだ。
王女の嫉妬も酷く、旅の間に酷い嫌がらせもされてきた。もし、王女より先に勇者の子供を生んだと知られたら、自分も子供もただでは済まないだろう。聖女が逃げるように旅立ったのにはそんな理由があったからだ。
それから半年。
生まれ故郷に戻る途中の宿で、聖女は男の子を生んだ。
聖女と同じ銀髪、碧眼の可愛らしい赤ん坊だった。赤ん坊からは強い魔力を感じられた。その力は聖女だった母親や勇者である父親すら凌駕しそうだった。
手元には置いておけない。
彼女はそう悟った。
この子はきっと何かの使命を持って生まれた子供だ。女神の加護を持つ元聖女はそう悟る。
そこで彼女は、同じ月齢の赤ん坊がいる宿の女将に、王から与えられた報奨金と勇者から貰った指輪を渡し、地元の神殿に預けて欲しいと頼んだ。生まれたばかりの赤ん坊を連れて旅することは難しく、背後には王都からの追っ手の気配も感じていた。
女将は聖女に同情して、赤ん坊は必ず神殿に届けると約束した。その言葉を信じ、元聖女は赤ん坊を置いて再び旅立ったのだった。
しかし、彼女が旅立った直後、残された赤ん坊は、身包み剥がされて近くの森に捨てられた。
魔物が跋扈する狩人でさえ寄り付かない恐ろしい場所だ。
女将は上等な赤ん坊の服をわが子に着せ、高価な指輪をそのうち売ってやろうとしまいこんだ。大金はそのまま女将と働かない亭主の酒代に消えた。
そこに一欠けらの罪の意識もなかった。一方、森に捨てられた赤ん坊は腹を減らして衰弱し、寒さに凍えて息を引き取ったのだった。
なんでそんな事を知っているかって?
そりゃ、俺がその生後五日で死んだ赤ん坊だかららしい。
俺がその話を女神様から聞かされたのは、高校受験も終わった春。
希望校に合格が決まり、短い春休みを謳歌していた時だ。
森で死んだ赤ん坊の魂は、女神様に掬い上げられ、異世界の死んだばかりの赤ん坊の中に入れられたそうだ。俺はあの世界に使命を持って生まれ、その使命のためには生き延びる必要があったらしい。
森の中の俺の死体は女神により蘇生させられ、魂がないまま精霊たちに生かされていると聞いた。体が鈍らないように、精霊たちが交代で取り憑き、動かしているらしい。
正直、あほらしいと思った。
どんなラノベだよ。いや、ネット小説か?
『運命に選ばれし愛し児よ、時は来ました。今こそ、あなたが在るべき世界に戻りましょう』
女神だと名乗る光の塊は、カラオケに出掛けようとする俺を足止めしてそう言った。
「いや、無理。約束あるし…」
中学のクラスメイトとのお別れカラオケ会だ。ずっと楽しみにしていたんだから、そっちを優先するに決まっている。
『ふう…』
光の塊が溜息を吐く。何気に起用だな、おい。
『もう一度言います。あなたは世界を救う者、尊い使命があるのです。その使命より、大切なものなどあるのでしょうか』
「カラオケ?っていうか、初めてのリア充?」
受験終わるまで女子たちとは遊びに行くことはなかったから、今日は気合が入ってるんだよ。高校でも出会いがあるかもしれないけど、うちのクラスの女子はなかなかレベル高いんだよ。
『リア充…でしたら、あちらの世界でも勇者の再来を美しき乙女たちが待っています』
「あ~、俺そーいうの駄目。勇者ハーレムとか、盛りの付いた集団みたいで引くわ~」
ラノベやアニメで勇者ハーレム読むたびに、なんか生理的に受け付けなかったんだよ。そうか、その理由がようやく分かった。
「俺をそのクズ勇者の父親と一緒にしないでくれよ。万が一、あんたの言うことが本当でも、俺には不器用だけど真面目な親父と、心配性の母親、たまに喧嘩するけど大事な姉弟がるんだ。なんで、わざわざ生まれたばかりの赤ん坊を見殺しにするような世界に行かなくちゃいけないんだ?」
『うっ……』
光の塊は痛いところを突かれて黙り込む。
「それに俺を捨てていった元聖女は、その後どうしてる?一度くらいは神殿に子供を捜しに行ったのか?」
『聖女は…生まれ故郷で待っていた幼馴染みと結ばれ、三人の子宝に恵まれました』
言いにくそうに光の塊が答える。なんだよ、勇者の赤ん坊は邪魔だから捨てただけか。結局、聖職に付きながら、簡単に股を開くビッチかよ。
「俺のかーちゃんなら、体を張ってでも子供を守るぞ」
子供の頃、商店街で頭のおかしい奴が包丁を振り回す事件があった。幼稚園児だった俺を守って、かーちゃんは背中に大怪我を負った。血塗れになりながら、かーちゃんは俺が無事だったことに涙していた。
「俺は今の家族が大事だ。守るなら、今の家族で、友人たちで、この世界だ。そっちに残った体は好きに処分すればいいよ」
『ま、待って下さい。勇者の力と聖女の魔力は、あなたの魂に刻まれて…あ、待って…』
まだ、グダグダ言い続けている女神に、俺はありったけの魔力をぶつけて、この世界から弾き飛ばした。
俺は自分が魔法を使えることを、ずいぶん小さい頃から知っていた。
かーちゃんが血塗れになった時、ぶわっと心の奥で何かが弾けて、突風を呼び出したのがきっかけだ。その風で犯人はコンビニの壁に叩きつけられ、警官に取り押さえられた。ただの偶然だと周囲は思っていたし、俺も無自覚だった。
でも、成長していくうちに、自分の力に気付き、密かにラノベやアニメで魔法の使い方を学んできた。
なにせ、この世界には魔法書などないからな。そもそも、科学が発達した日本において、魔法なんか必要ないだろ。戦う敵さえいない平和な日常だ。
ただ、なぜ自分にそんな力があるのか、ずっと不思議だった。その答えも女神が教えてくれた。
「まあ、どうでもいいんだけどな」
それより、カラオケで誰の隣に座れるのか、今の俺にはそっちのほうが重要だ。
爛れた生活で勇者の力を失ったクズのことも、そのクズを王に抱く国の未来も、蘇った魔王に蹂躙されつつある異世界のことも、所詮遠い場所で起きていることだ。
滅んだところで、悼む気持ちも沸いてこない。
多くの人間を不幸にした勇者ハーレムの顛末なんて、こんなもんだ。
おわり