第八話 僕の何度目かの人生
その時の貴方は、とても充実した人生を歩んでいたと思います。
トップクラスの高校から大学に進み、大きな会社に入って忙しい日々を送っていました。
二十七歳の時に結婚をして、女の子の子供も出来ていました。貴方は子供が生まれてから、益々頑張って仕事をしているようでした。休日には奥さんと子供と公園を散歩したり、ショッピングに出かけたりして、とても幸せそうに見えました。貴方はとても優しい、穏やかな表情で家族と過ごしていました。
でも、三十三歳の時――全く前触れもなく貴方は死んでしまった。
朝、幼稚園児の娘からキスで起こされ、いつものように奥さんの作った温かい朝食を食べ、同じ時間の電車に乗って会社に行き、定時まで仕事をした。その、帰り道にです。十二月の始めの、気温がとても低い日でした。
定時で帰る時にいつも乗る電車に乗って、貴方は途中で寄り道をして奥さんと娘への早めのクリスマスプレゼントを買いました。その後、自死するなんてとても信じられませんでした。
少なくとも私たちには、前触れなく貴方が突然死んでしまったように見えました。
貴方は奥さんのための少し高価なネックレスと、娘のための大きなぬいぐるみを自宅のドアの前に置いて、そのまま通り過ぎた。
そしてぼんやり前を向いて、車通りの多い道路にふらふらと出て行ってトラックに轢かれて……。
ユノアは静かに涙を何粒も零していた。
僕はさっきユノアが貸してくれたハンカチを差し出した。ユノアはありがとうと少し微笑んで受け取った。自分の死を悲しんでくれている人を慰めるのは、変な感じがした。
貴方がなぜ死を選んだのか、私たちは必死で調べました。どうしてもわからなくて貴方に意思確認をせずに、貴方の心を調べました。……すみません。そしてわかったのは、貴方が後悔しているということだった。別の女性と結婚をしながら榊都の事を想っていることに、強い罪悪感を感じていた。
「……え?」
「貴方は奥さんと子供をとても愛していた。けれども、榊都の事を忘れられずに、家族と生活している中で度々思い出してしまうことに、自分を責めていたのです」
ユノアの話は、とても自分のことだとは思えなかった。
自分とは全然関係のない、誰か適当な人の話なんじゃないだろうかとすら思った。
ユノアは僕の顔を見て察したのか、すみません、と言った。
「今の貴方に話しても、現実味がないと感じて当然ですね。貴方は今、中学生なのですから」
ユノアは母親の様に僕の頭を撫でて、でもと続けた。
「前回の貴方も、死に際に都を思い出しませんでしたか」
……僕の、死に際……。
桜の木で首を吊った僕の記憶は、既におぼろげになっている。
花弁がはらはら散って、ヘンな俳句を書いて……。
そうだ。
確かに、その変な俳句を見せたら優しく笑ってくれるだろうなと想像したのは、ふわりと微笑む都の顔だった。
「貴方が幸福のまま寿命を全うすることは、私たちの唯一の願いなのです」
ユノアの真摯な眼差しに見つめられて、僕は胸の底が重いような、複雑な感じがした。