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第六話 姉とバイト

 それから特に何事も無く一学期が終わり、夏休みになった。

「だらだらしてるナァ……」

 リビングのソファで寝転がっていると、姉の美織みおりに見下ろされた。

「夏休みだから、いいだろ」

「若くて健康な青少年が、昼間から……心配だな。暇なら、お姉ちゃんの助手になりなさいよ」

「いやだ」

 この、変な言いがかりをつけてくる美織は年の離れた姉だ。

 勉強だけはずば抜けて良く出来るので、理系の大学の大学院生をしている。

 何の研究をしているのか知らないが、家でもエプロン代わりに白衣を着ていて、フラスコにお酒を入れて飲んだりしている化学オタクだ。

 長い黒髪をアップスタイルにしていて美人然としているが、幼い頃から実験と称して弄ばれてきた僕にとってはマッドサイエンティストにしか見えない。

 即答した僕の反応に薄ら笑いを浮かべて、姉は、でも、と続けた。

「悪い話じゃないよ? バイト代も出すし。お小遣い、三千円で足りてるのかな? 夏休み、一日二十分ちゃんと働いてくれたら倍は出すヨォ?」

 聞こえない振りをしようと思っていたのに、バイト代という単語につい反応してしまう。

「倍って、いくらだよ?」

 バイト代に釣られたのを隠したくて、睨むように姉を見上げる。

 しかし姉にはお見通しだ。

 口角を目一杯引き上げて、かかった獲物に満足気に笑いかけた。


「うわ、きたねぇ」

 うちには、母屋から廊下で繋がった先に小さな離れがある。

 僕が生まれる前は、絵を描くのが趣味だった祖父がアトリエとして使っていたらしいが、祖父が亡くなってからは長い間物置として使われていた。

 僕はずっと、姉からオバケが出ると脅されていたのでこの部屋にあまり入った事がなかった。

 一方で姉は、この場所が気に入っていたようで、よく食べ物を持ち込んで入り浸っていた。

 姉が大学院に入ってからは、彼女の進言により、研究のためという名目で堂々と使うようになった。

 部屋の中は北面だけ天井まで窓になっていて、一日中薄ぼんやりと明るい。ここに入るのは、姉の研究部屋にするために物を片付けるのを手伝った時以来だ。

 半年前にあれだけ綺麗にしたのに、机の上はまだしも、床にも書類や実験器具らしき物が散乱している。

「そんなに汚くはないでしょ?」

「汚いよ」

 床に落ちている物をピョンピョン避けながら進む姉に即答する。

 聞こえていないのか気にした風も無く、姉はこっちと僕に手招きした。

 僕は通り道にある荷物を左右にどかして、最低限の通路を作って姉の元に辿り着いた。

「仕事はね、この仔達の世話よ」

 部屋の隅に小さなケージが二つ置かれていた。金網の中には白い毛皮に覆われた、赤い目のネズミがちょこまかと動いていた。

「こっちのケージには一匹。こっちには二匹。ケージ同士の間にあるついたては外さないで、見えないようにしてね。三匹には特殊な細菌を投与してあるからくれぐれも逃がさないようにしてネ」

「さ、細菌?!」

 聞いた瞬間に思わず仰け反る。

 いつも突拍子もない事をする姉だと思っていたが、大学院生ともなると輪をかけてヤバくなるのか。しかし、怖くなって竦み上がる僕に、姉は大丈夫と二回言った。

「毒性は無いから。ただ、逃げて自然界のネズミと交配して生態系が狂っちゃうとマズイのヨ。この仔達はね、食事をしなくても生きられる仔達なの」

「え?」

「つまり、餌をやる必要がないのヨ。体の中で、投与してある細菌が生存活動に必要な栄養を作り出しているの。だからこの仔達は一生飲み食いしなくても生きられる。昴にしてもらうのはケージの掃除と観察記録だけになるわネ」

 姉は、表紙に『じゆうちょう』と書かれた小学生向けのノートを引っ張り出してきて僕にくれた。

 見た目は至って普通のネズミなのに、そんなすごい改造をされているとは。

 僕はケージの中のネズミに顔を近付けてよく見た。一匹で入れられている方のネズミが寄ってきて、チイと、か細い声で鳴いた。


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