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第二話 和(わ)と名乗る少女の神様


 ――ドスン!

 尻に強い衝撃を受けて、体が仰向けにひっくり返る。


「な、なんだ?!」


 想像と違う場所が痛んで気が動転する。

 まさか、失敗?!

 ひっくり返った時に地面にぶつけた頭を軽く振って、辺りを見回す。

 さっきまで昼だった筈なのに、何故か真っ暗だった。

 首に手を当てると、ロープは無くなっていた。

 桜もバケツも公園の景色も見当たらない。辺り一面、一寸先も見えない暗闇だった。

 何だ、ここ?と思っていると、コツ、と地面を叩く女性のつま先が見えた。


「またか」


 顔を上げてそのつま先と声の主を見上げると、ギョッとする。

 白いフルフェイスのヘルメットのような物を被り、ワンピースの上に白衣を羽織った十代と思しき少女がそこに居た。

「いい加減、自分の役割を認めて天寿を全うせんか。昴」

 名前を呼ばれて目を見開く。

 こんな少女とは面識が無い。最も、顔は口元以外隠れているので見えないが、ヘルメットの首元から伸びる髪は真っ直ぐな銀色だし、そもそも今の自分は親以外の知り合いなど皆無だ。

 ではなぜ、この少女は俺を見知っているかのように話しかけるのか。

 混乱しながら、俺はやっと声を出した。


「き、君は誰かな……こ、ここどこかわかる?」


 久しぶりに親以外の人間と話すため、少女相手にどもってしまったのが恥ずかしい。しかし、今はそんなことより自分の状況を把握するのが先だ。

 少女は、うむと尊大な態度で頷いて言う。


「私は、という名だ。主の呼んだ、俗に言う、主の世界の神のようなもの。ここは、主の世界の外だ」



 ……ん?



 一度言われただけでは理解しきれず、俺は黙った。

 ヌシ……って俺のことか?

 俺の世界の神?

 世界の外側??

 頭の中を疑問符が埋め尽くす。

 すると和と名乗った少女は、続けて話した。

「主の理解が及ばないのも無理は無い。自分の居る世界に、外側があるなど本来は人知の及ばぬ事。主がここに居ることも、本来はあってはならぬ事なのだから」

 俺のほうけた顔を見て、和はくすりと笑ったようだった。

 世界の外側、と言われて辺りを見回すが、やっぱり最初に気付いた時と同じ真っ暗で何も見えなかった。

「昴」

 名前を呼ばれて和の方を振り向くと、いつの間にか和の手元に楕円形の風船大の大きさの水槽の様な物が浮いていた。

 水槽の中には星空が入っていて、和が手を動かすと水の様に中身が揺れた。

「これが主の世界だ。和のテラリウムの中の、この小さな粒の一つの星の住人が、主だ。主はこの世界で、寿命まで生きねばならない」

 和が指先をくるくると回すと、一つの星が拡大されて、やがて地球の形が現れる。

 相変わらず和の説明を聞いても自分の状況はよく掴めなかったが、和の最後の言葉が引っかかった。

 俺は確か首を吊った筈だった。

 しかし、神を名乗る和が目の前に現れて「寿命まで生きろ」と言うということは、ここは三途の川か何かで、目が覚めると生き返ったりするのだろうか。

 そうだとすると、突然公園からここにワープしたのも合点がいく。

「そうか俺は、しくじったのか……」

 覚悟を決めて跳んだのに、と思う反面、自分の命がとてつも無く惜しくも思えてきた。

 またあの公園で目が覚めたとしても、もう一度やろうという気にはとてもなれそうもない。

 この夢から覚めれば、また単調な日が繰り返される。塵の様な意味の無い日常が戻ってくる。そう思うと、再び首を吊る日は遠くなさそうだが、今日の所はゆっくり風呂に入って眠りたいなんて思う。

 ところが、灰色の日常を思い出して項垂れた俺に、和は勘違いするな、と溜息を吐いた。

「安心しろ、主は死んでいる。主は和のテラリウムで、何度育ててもすぐに自害する。もう、主で三十二回目だ。いい加減にしてもらいたい。そう言う為に主をここへ呼んだのだ」

「え……?死、死んだ?三十二回目?」

 そうだ、と唇を尖らせて和が言い募る。

「主が死ぬ度に、和はやり直さなければならなくなる。いいか。主は、世界の癌だ。しかし、人間があらゆる環境下でも生き残る可能性を残す為には、多様な人間が必要なのだ。たとえ無職童貞の貧乏なブサイクでも、人間の可能性の為に必要な存在なのだ。主が今暮らしている世界では、癌でしかないとしてもな」

「なっ……!?」

 お、俺が世界の癌だと?!

 無職や童貞などは、まあ真実だからしょうがないが、世界の癌は酷すぎないか。

 今まで親にも言われた事の無い酷い罵倒を、中学生位の女の子に浴びせられて、流石の俺も精神的に深いダメージを負った。

 しかし尊大な態度の和は、俺が傷付いて胸を抑えるのも構わずに、冷たく言い放った。

「だから、どんな境遇でも自死はするな」

「……そ、そんな事……言われましても……」

 さっきの酷い言い様を訂正させたかった。しかし、命令口調の和に気圧される。

 死ぬな、と凄む和は、神様を自称するだけあって何故か反論出来ない迫力があった。

 和が指先を素早く回すと、水槽は雑巾が絞られる様に圧縮されて消えた。

「な、なんか良く解らないんだけど、俺は死んだのか?」

「そうだ。頸部を圧迫した事による窒息死だ。糞尿を垂れ流してみっともなく死んだ」

 何でも無い事のように、和は答えた。

 やったのも訊いたのも自分だが、そこまで言わなくてもいいのにと無慈悲な神様を恨めしく思う。

「じゃあ、今居る俺は、……何なんだ?」

 ずっと気になっていた問いを口にした。

 死んでいるなら俺は存在しない筈。それとも幽霊とでも言うのだろうか。

「主は三十三回目の山中昴だ。……ユノア」

 和が後ろに何か合図をすると、「はい」という声と共に綺麗な女の人が現れた。

 和よりも大分大人の、スーツ姿のキャリアウーマン風で、金髪に黒い瞳のその女性は少し冷たい感じがした。

 ユノアと呼ばれたその人は、両手で四角い形のジェスチャーをする。すると、目の前に一瞬で大きなガラスが出現した。

「わ、あ!?」

 何も無い所からガラスが出たのに驚いたのでは無い。勿論それも少しはあるが、何よりも、ガラスだと思った鏡に映った自分の姿に釘付けになった。


「ぼ、僕……?」


 鏡に映った自分の姿は、無精髭だらけの冴えない三十五のオヤジでは無かった。

 そこに居たのは、少し大きめの中学の制服を着た、中学生の僕だった。

「主は十二歳。そこから始める。良いか。絶対に!自死はするな」

 和から念を押されて、僕は慌てて縋り付いた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなのあんまりだ!」

 白衣の裾を掴むと、和は何がだ、と面倒臭そうにこちらを向いた。

「だって、僕は自分の未来が絶望的だって知ってる。人間の多様性だか何だか知らないけど、また同じ人生の苦しみを味わって、今度は途中で死ぬ事も許されないなんて、あんまりだ!」

 殆ど悲鳴の様な声で僕はなりふり構わず叫んだ。

 和はそんな僕を見て、何故か感心した様にふむと言って顎を撫でた。そして、ならば主は何を望むのだ、と僕に訊いた。

「言っておくが、主が唯一活躍できる世界は、戦争により地球上の七割の生物が死滅し荒廃した世界だ。自分が世に認められる為に、七割の命を犠牲にするか?」

「そ、そんな事……出来ないけど……、別に活躍とかはいいから、もっと小規模でさ、神様だったら、僕に一個位いい思い出になるようなオプション付けられるでしょ?一個付けてくれたら、それ老後に思い出して生きるからさ!」

 それを聞いた和は、今度はほう、と呟いて真っ暗な空を見上げた。ヘルメットを被っているので表情は見えなかったが、何かを考えているように見えた。

 そばに立っていたユノアが、感情の読み取れない顔でさっき和が水槽を消した時と同じ身振りで鏡を消す。そして再び手で四角のジェスチャーをして、今度はホログラムの画面を呼び出して和に見せた。

 覗き込もうとしたが、角度が悪く僕からその画面は見えなかった。その画面を見た和は、一瞬驚いてユノアを見上げて、そうだなと小さく呟いたようだった。

 やがて和は僕の方を向いて、主の願いを叶えよう、と言った。

「えっ!」

 それを聞いて、僕は言うだけ言って良かった!と心が躍った。どうしよう、超イケメンにしてもらうか、それともサッカー選手?頭を良くして貰って東大生になるのもいいな、と夢想する。

 しかし、和の口からは意外な言葉が飛び出した。



榊都さかき みやことの結婚を許可する」



 ――へ?


「だから、自死するでないぞ」


「は?」


 僕は素っ頓狂な声を上げて和を見た。

 しかし和は僕の反応には目もくれず、手を動かしてまた体の前に水槽を出現させる。

「今度こそ……」

 祈る様に呟いて、僕を指差す。

 和の指先の動きに合わせて、体が浮かぶような感じがした。それは気のせいでは無く、地面を見ると自分は本当に浮いていた。

 更に、水槽の中の地球のサイズに合わせて体が縮んでいった。急速に世界が広がる感覚に、酔いそうになりながら、和の唇が死ぬなと動いたのを目の端で見送った。



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