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愛と鞭  作者: まくろ
第十五話 急がば走れ
96/120

96:騎士たち

 アイリーンたちが馬で駆けて行ってからそうおかずに、パタパタと騒々しい足音がやって来た。先ほど、アイリーンとファウストの姿に赤面し、走り去って行った騎士たちだった。一度は逃げ帰ってしまったものの、しばらくして、ようやく思考が正常に戻ったのである。


 そもそも、どうして第三隊の隊長があんな所にいたのか。密会するにしても、彼の仕事は第一王子の護衛。王宮を出る機会などさらさらないのに、なぜ遠く離れたあそこでこそこそしていたのか。わざわざ騎士団の制服を着ていたのも気になる。密会をするのなら、目立つ格好は避けるはず――。


「やはり、殿下もいらっしゃったんですね」

 騎士はどこか悟ったような表情だった。自分自身に呆れもしていた。隊長という身分に遠慮し、のこのことリーヴィス=アイリーンを逃してしまった。そもそも、第一王子と子爵令嬢が親しいことは、第一隊の隊長ウォーレンから予め聞かされていたのに。


「殿下、リーヴィス=アイリーンはどこにいらっしゃるんですか。見れば、ファウスト隊長の姿もないようですね。一緒に逃げたんですか?」

 問い詰めるように騎士は一歩ずつカインに近づく。しかしカインは一歩も引かなかった。


「何のことだろうか」

「とぼけないでください!」


 自然、騎士の視線は鋭くなる。


「殿下、そこをお退きになってください」

「嫌だ」

「犯罪者の片棒を担ぐことになりますよ」


 第一王子という身分だが、母親が妾ということもあって、彼の立場は低い。騎士団や国を敵に回すことは、彼だってぜひとも避けたいはず――。


「僕はマカロンが食べたい」

「――は?」


 騎士は一瞬固まった。自分の耳を疑った。しかしカインの顔は至って大真面目だった。


「メイドたちから聞いたんだが、この辺りに有名な洋菓子店、シャルル・ド・ヒュルエルがあるそうだな。僕はその店のマカロンが食べたい。そもそも、今日ここまで遠出してきたのも、そのマカロンが食べたいからだったんだ。僕のために、買って来てくれるよな?」

 にっこりカインは笑う。騎士は顔を引き攣らせた。


「し、しかしですね、殿下……」

「こんな恰好で、こんなに護衛を連れて店に行ったら、周りに何と言われるだろうか。王子、お忍びでマカロンを食べる、とか新聞の見出しに載るんだろうか。いやはや、そうなったら王家の威厳が……。父上に何と言われることか――」

「買ってまいります!」


 騎士たちは一言そう叫び、一目散にシャルルの店めがけて走り出した。


 この騎士たち、何しろ第一隊に配属されたばかりだった。年若く、将来も有望。彼ら自身、憧れの王立騎士団に入団できたことで、浮足立ってもいた。どんな仕事もどんな理不尽なことも、精一杯頑張るぞ!とやる気に満ち溢れてもいた。つまり何が言いたいのかというと――彼らは王族の我儘を、本気に受け取り過ぎた。


 カインはそんな彼らを見、ほくそ笑んだ。

 マカロンの次はミルフィーユでいくか。シャルルの店にミルフィーユは売っていない。今度はどの店に買いに行かせようか……!


 ウィルドと親しいせいか、この国の王子は、刻一刻と意地の悪い策略家になりつつあった。


*****


 次第に日が傾き始め、人通りも少なくなってきた。

 地図はファウストに渡しているので、アイリーンには縋るものが無かった。ただひたすらに目の前を見つめ、フィリップのことだけを思っていた。


「まずいな……。騎士が段々多くなってきた」

 ファウストは誰に言うでもなく呟いた。


 確かに馬だと早く行くことができるが、見つかる危険の方が高いのでは、とアイリーンは思い始めていた。


「よし、ここはあえて大通りを通ろう。あいつらの裏をかくんだ」

 しかしそのようなこと、このファウストに言えるわけがない。何やら真剣に自分を目的地にまで連れていこうとしているようだし、ここで文句を言って、彼の機嫌を損ねたくない。


「……どうして、助けてくれるの?」

 しかしそうはいっても、そのことだけは気にかかった。

 この人は、貧乏貴族である自分を見下していたはずだ。にもかかわらず、どんな心境の変化で助けてくれたというのだろうか。


「殿下の頼みだからに決まっているだろうが」


 半ば予想通りの答えだった。

 しかし、いくらカインの頼みだからと言って、そう素直に助けてくれるとは到底思えなかった。


 アイリーンがそう訝しんでいるのを肌で感じたのか、ファウストはやがてため息をついた。


「……気に入らないだけだ」

「何が?」

「…………」


 ファウストは躊躇ったように口を閉ざした。しかし次にその口を開いた時、弾丸の様に言葉が飛び出した。


「俺だって王立騎士団の一員なのに、何も知らされないなどどういうことだ! 何だ偉そうに、第三隊には関係ない、だと? 何様のつもりだ、ウォーレンの奴……!」

「…………」


 アイリーンが気に病むことは無かった。どうやらただの私怨のようだ。


「いた! いました、リーヴィス=アイリーンと第三隊隊長です!」

 しかしそう呑気に話している暇はなかった。一人の騎士が二人の前に立ちはだかっていた。彼の声を聞きつけ、裏通りを捜索していた騎士たちが、わらわらと路地から出てくる。


「ちっ」

 小さく舌打ちをすると、ファウストは素早く馬から降り、アイリーンを手伝った。そしてその背中を押す。


「お前、この先は一人で行け」

「……っ」


 アイリーンは咄嗟に口を開いたが、言葉が出てくることは無かった。代わりに短く言う。


「ありがとう」

「早く行け」


 駆け足で去って行くアイリーンの後ろ姿を見送ると、ファウストは目の前に向き直った。騎士の数は全部で十人。前に立っている一人が、後ろの騎士たちに一言二言呟いた。騎士たちは頷くと、さっと身を翻して路地に消えていった。違う道からアイリーンを追うらしい。ファウストは再び舌打ちをした。


「隊長、そこを通してください」

 騎士は一歩詰め寄り、厳しい表情で言う。残ったのは五人。この狭い通りで随分舐められたものだとファウストは鼻で笑った。


「なぜ? なぜ俺がここを退かなければならない? 理由を言ってくれなければ、退く気にもならないなあ」

「……分かっているはずです。第一隊と一戦交えるおつもりですか」

「おいおい、だから一体何のことを言っているんだ? 俺はそもそも何も命令されていない。たとえとある令嬢の捕縛をお前たち第一隊が命令されていたとしても、それは俺には関係ない。知らされていないんだから当然だよなあ?」


 ファウストは心底嬉しそうに語る。ここぞとばかり、仕返しをしようという魂胆のようだ。


「ここから退いてほしいのなら、第一隊隊長を呼んでくることだな。そして直々に俺に命令することだ。令嬢を捕縛しろ、と。といってもその時には捕縛する理由をきちんと説明してもらうがな」

 その顔は、非常に嬉しそう。こういえば向こうが何も言えなくなることを見越しての行動だった。しかし。


「では第三隊は、王立騎士団に刃向うということでよろしいんですね?」

 ファウストは一瞬怪訝そうな顔をした。これ幸いと、今度は騎士の方が嬉しそうな顔をする。


「これは騎士団長の命です。隊長はご存じないようですね?」


 まだ知らないことがあるのか!

 ファウストの心は荒れに荒れた。自分の家柄や地位に自信を持ち、かつそれに見合う様に行動してきたファウストとしては、自分が周囲に侮られるのが何より嫌いだった。


「ああ、知らない」

 だからこそ飄々とした顔で。


「団長を呼べ」

 言ってのけた。


 直々に命令されなければ自分は動かない、彼はそう言っているのか!?


 騎士たちは半ば呆れた様な表情になった。もう話し合っても無駄だ。彼はどうあってしても、ここを退く気にはならないようだから。


 じりじり騎士たちがファウストとの間を詰める。ファウストもまた、剣を構えてそれを待ち構える。その緊迫した状況の中、路地から一人の男が飛び出した。


「…………」

 騎士とファウストとを見やった後、彼はのんびりとファウストの元へとやって来た。


「やあ」

 彼はニコッと笑って隣に並ぶ。


「奇遇だね、ファウスト」

「マリウス……! なぜここに――」

「ちょっと小耳にはさんでね。リーヴィス嬢と、君たちのこと」


 それだけ言うと、マリウスは騎士たちに向き直った。


「――で、何の話だっけ、第三隊が刃向うとか何とか?」

 呆気にとられたように騎士たちは何も言わない。


「俺にもきちんと説明してほしいなあ。一応警備騎士団の副団長だよ? それこそそちらの団長さんに直々に話してもらわないと納得がいかないな」

「…………」


 無言のまま、騎士たちは考えを巡らせる。

 この場合、どうしたらいいのだろうか。そもそも、王立騎士団と警備騎士団は、同じ騎士とは言えど、管轄が違う。王立騎士団の方がランクは上だが、だからといって命を下すことができるのだろうか。それも相手は副団長。


 固まって騎士たちが思考を飛ばすので、ファウストたちは次第に暇になってきた。もともと時間を稼ぐのが目的だったので、こちらとしても乱戦に持ち込むつもりはない。


 一旦剣を降ろすと、ファウストはマリウスに向き直った。


「お前、一体なぜここに」

「だから風の噂に聞いたんだって。リーヴィス嬢が逃げ出して、団長もその後を追って。そしてなぜか、カイン殿下の護衛であるファウストも二人を援護してるらしいって」

「……お前だけは敵に回したくないな。一体どこからそんな情報仕入れてくるんだ」

「お褒めに預かり光栄でーす」

「……変わらないな」


 相変わらず掴みどころのないマリウスに、ファウストはため息をついた。こんな男を部下に、そして上司に持つ人間は大変だ。


「でもさ、そういうファウストも変わんないよね。何だかんだ言ってオズウェルのこと大好きみたいだし」

「は……はあ!? んなわけあるか!」


 ファウストは慌てふためいて言い返した。図星を指されて……ではなく、照れもなくそんなことを言ってのけるマリウスの神経が信じられなかった。現に、目の前の騎士たちは少々顔を赤らめてこちらを見つめている。ほら見ろ、余計な誤解を与えたじゃないか!


 そんなファウストの葛藤にも気づかずに、マリウスは続ける。


「だって認めてるんだろ? あいつのこと」

「認める? そんな訳ないだろうが! あいつは責任感も自分の立場も分かってない――」

「でもファウストだって、現に殿下の傍を離れてここにいるじゃん」

「だっ……それは……!」

「まあまあ、いい加減認めなよ。いい訳ばっかりしててもつまらないでしょ?」

「話を聞け! 俺はお前のそういう人を食ったような性格が嫌いなんだ!」

「はいはい、お褒めに預かり光栄でーす」

「だから褒めてない!」


 二人はすっかり忘れていた。自分たちの目の前には、まだ年若い騎士たちがいることに。この騒ぎに、何だなんだと見物人が集まって来ていることに。


 ――後にこの二人の会話は、警備騎士団団長の男色疑惑を再発させうる要因の一つとなった。

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