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愛と鞭  作者: まくろ
第十二話 姉の噂を頭痛に病む
70/120

70:書き置き

 翌日、ステファンはどんよりとした表情のまま登校した。彼を見た者は、もちろんぎょっとして道を開けた。サルマンですら、嫌味の一つも零すことなく、さっと身を避けた。しかしそのことが、サルマン自身に敗北を自覚させ、更にステファンに見当違いの恨みを持つことになるのだが、そのようなこと、暗く沈んだステファンには思いもよらない。


「……ステファン、どうかしたのか?」

 遠慮がちにジェイとニールが寄って来た。ステファンは力なく頷く。目の下のクマが、より一層彼を暗く見せた。


「ああ……いや」

「お姉さんのことか? 相談に乗るぞ」

「うん……」


 頷いては見せたものの、彼はなかなか話し出そうとしない。

 困り切ってジェイたちは顔を見合わせた。


「もうすぐ試験だろ? そんな調子でちゃんと勉強できてるのか?」

「できてない」


 即答だった。二人は目を丸くした。


「な、何をそんな自信満々に……。一旦お姉さんのことは忘れて、今は目の前の試験だけに集中した方がいいんじゃないか?」

 至極もっともな意見だ。しかし今のステファンには全くそれすらも頭に入っていなかった。


「勉強しようとは思うんだけど、家は騒がしくってなかなか集中できないんだよね。それに今は姉上の顔を見る度に、嫌でも噂のことが頭を過るし」

「おいおい……そんなんで大丈夫かよ」


 ジェイとニールの家は、どちらも商いを営んでいる中流家庭だ。将来は父親の跡を継ぐつもりだし、そのためにも国立学校には進まない。それだけのお金もないし暇もない。かといって、ステファンのように試験で合格し、奨学金を勝ち取るほどの頭もないからだ。しかしだからこそ、この友人には頑張ってほしいと言うのが、二人のたっての願いだった。彼の人となりと頑張りは知ってるつもりだった。しかし彼の家は少々癖があり、貴族とはいえ、なかなか上に上がっていくだけの財もない。ならば、国立学校で更なる実力をつけていくしかない。そしてそのためには、まず第一関門の入学のための試験がある。


「ステファン、俺の別荘貸そうか?」

「……え?」


 ふとジェイがそう漏らした。


「別荘? ジェイ、別荘なんて持ってるの?」

「うん、親のだけどね。夏によく行くんだ。避暑地だから、冬はちょっと寒いけど」


 唐突な話に、ステファンは面食らったままだ。


「でも……本当にいいの、勝手に借りても? ご両親のものなんでしょう?」

「いいよいいよ。どうせ今は誰も住んでないし。好きな時に使えって言われてるんだ。それにメイドたちが毎日掃除してくれてるから、今すぐにでも使えるし」


 しばらく戸惑ったように瞳を揺らしたが、やがてステファンは確かに頷いた。


「……ありがとう。貸してもらってもいいかな?」

「もちろん!」


 ジェイも嬉しそうに胸を叩いた。ようやく頼ってもらえたような気がしたのである。


「ステファン、将来の夢は王宮の官僚だろ? 今のうちに恩を売っとくに限るからな」

「ついに本音が出たか……」


 ニールが呆れたように声を出した。しかしジェイは聞こえない振り。


「俺たちもちょくちょく顔を出すからな!」

「明日から学校も休みになるしね。時期的にも問題ない」

「そうだね、助かるよ。あ、でもそれならもう一つお願いがあるんだけど、いいかな」

「何でも言えよ」

「あのさ……もしウィルド辺りに僕の居場所を聞かれても、なるべく知らない振りをして欲しいんだ」

「何で? 別に隠すことのほどでもないだろ」

「いや、そうなんだけど、ウィルド、僕の別荘行きの話を聞いたら、俺も行きたいって駄々を捏ねそうだから」

「あー、確かにそれは容易に想像できるな」


 思わず三人は苦笑を浮かべた。ちゃっかりしているウィルドのことだ、粘り勝ちしてそのまま別荘に泊まっていく、なんてこともあり得る。


「邪魔はしないから、すぐ帰るからって言いそうな気がしてね。二人に迷惑はかけたくないし、そこだけを徹底してれば、ウィルドが嗅ぎつけることも無いかなって」

「分かったよ、この話は内緒にしておく。俺たちはステファンの居場所を知らない。これでいいな?」

「うん、ありがとう。一応友達の家で勉強するから、しばらく帰って来ないとだけ伝えておくよ」

「よし、じゃあこれで決まりだな!」


 ジェイはパンッと手を打った。


「何かわくわくするな!」

「ジェイは関係ないじゃないか。俺たちはそのまま家に帰るだけなんだし」

「そうだけど……なんか、こう、遠足みたいでさ!」

「遠足するのはステファンだけだけどね」

「あーもう、分かってるよそれくらい!」


 茶々を入れてくるニールを一睨みし、すぐにステファンへと顔を戻した。


「学校終わったらすぐ行くんだよな? 荷物持って俺ん家に集合でいい?」

「うん、もちろん。この街の近くにあるの?」

「うーん、ちょっと離れたところかな。なに、馬車で行けばすぐだよ」

「……何から何までごめん。助かるよ」

「なーに、気にすんなって。その代わり、お前が官僚になった暁にはよろしくな!」

「ちゃっかりしてるよ」

「それがジェイだからね」


 短絡的で楽観的、単純なジェイは、子爵家のウィルドを彷彿とさせる。もしかしたら案外彼も、ウィルドのようにそのまま別荘に泊まりたいと言い出すのではないか、とこっそりステファンは思った。しかし、それもなかなか面白そうで、彼は黙っていた。


*****


 その後、ステファンの行動は早かった。学校が終わるとすぐに家に帰り、別荘行きの準備を始めた。

 あまり長い間滞在するのも迷惑だろうから、長く見て一週間ほど。その分の着替えがあれば大丈夫だろうと、適当にリュックに詰めていった。


 それが終われば、今度は居間だ。友人とはいえ、他人に別荘を貸してもらうのだ、手土産の一つでも、という算段だった。


 姉が隠しそうな戸棚をしばらく漁っていると、良さそうなお菓子が見つかった。有名店ヒュルエル通りの焼き菓子で、姉がへそくりよろしく、自分用に取っておいたのかもしれない。勝手に持って行ってしまうのは多少気が引けるが、彼女も事情を話せばわかってくれるだろうと無理矢理納得した。


 しかしそうこうしているうちに、全て準備が終わってしまった。結局その間、子爵家誰一人として帰ってくることがなかったので、仕方なしに書置きを残すことにした。直接言えないのは残念だが、しかしこの後すぐにジェイ待ち合わせしている。彼を待たせるわけにもいかず、ステファンは後ろ髪引かれながらも、家を後にした。

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