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愛と鞭  作者: まくろ
第四話 子爵家下暗し
22/120

22:騒がしい奴ら

「警護も薄くて笑えるぜ。こんな所に王子が護衛一人でいるんだからな」


 カインたちを囲む男は三人。大してこちらは一人。しかも彼らとの距離は軽く十数メートルは離れている。オズウェルはぎりっと唇を噛むと、じりじりと気づかれない様に動き始めた。しかしそれに奴らが気づかないわけがなかった。


「おおっと、騎士殿は動くんじゃねえぞ。何せこっちには王子がいるんだからな」

 ニヤニヤ笑うと、男は短剣をカインの頬に当てる。いたぶるように動かすせいで、ツーッと一筋の血が流れた。


「カイン!」

「しっかし俺たちも運が良かったなー? まさか本当に王子がこんな所にいるなんて」

「始めは冗談だと思ったんだがな。王子が巷をうろついてるなんて噂」

「この国の将来が心配だなあ?」


 言いながら一人の男が手際よくカインの縄で拘束する。


「おい、こいつらはどうする?」

「あ?」


 検分するかのように鋭い眼光で睨まれる。そうなると条件反射が身についたアイリーンも同じく睨み返す。それが気に障ったらしい。


「よし、連れていくか」

「ええ? ちょっ、そんなに簡単に――」

「人質はたくさんいる方が良いだろ。それに事が済んだら人買いにでも売ればいい。見たところ、良いところのお嬢さんだろう? 服はへんてこだが」

「はは、金髪がお気に召したか。確かに高く売れそうな見た目だもんなあ。服はともかく」

「……ちょっと、私の服を馬鹿にしないでくれる? 気分悪いんだけど」


 ピクッとアイリーンの頬が引き攣る。お手製の継ぎはぎドレスをこうも馬鹿にされたら腹が立たないわけがない。


「じゃあこいつもついでに捕らえておくか。男のガキはそれほど需要もないが、無いよりはマシだろ」

「マシな程度なら逃がしなさいよ。その子、結構やんちゃだからあなた達の手に余ると思うのだけど」

「師匠だって手に余るよ! きっと俺の数倍くらい」

「失礼ね!」

「お前ら人質の自覚あんのか? くっちゃべってんじゃねえよ」

「おーおー、まあいいじゃねえか、やんちゃで結構! そんな奴は鉱山直行になること間違いないしな」

「あー、あそこか。あそこはもう勘弁だな。衛生状態は酷いし食事なんてこれっぽっちも貰えねえしな!」

「青春全部石っころを掘り出すことに費やすことになるぜ」


 わはは、と男たちは一斉に笑いだす。何を言っても無駄なように見え、アイリーンは大人しく口を噤んだ。こういう時の状況判断だけは長けているのである。


 そうしてアイリーンたち三人全員を拘束し終え、手持無沙汰になってきたところで一人の男が口火を切った。


「なあ」

「何だよ」

「あいつ、どうする?」


 シーンとその場が静まり返った。その視線の先には、こちらを未だ睨み続けている騎士団長が。


「……どうするって」

 三人組の一人が、浮かない顔で口を開く。


「殺す……とか」

「いやいやいや! 無理無理!」

「俺もぜってー無理!」


 すぐに否定の声が上がった。


「情けねえな! 自信満々に言うんじゃねえよ!」

「じゃあお前やれよ! 俺はやんねえかんな」

「はあ? 何でそう言うことになんだよ」

「俺ぁ誘拐専門なんだよ。血とか絶対無理」

「俺も俺も。怪我してるのを見るだけで自分が痛くなっちまう」

「あー俺もー!! な、痛くなるよな、特にお腹とか」

「分かる分かる! 無防備なお腹を切るところとか想像しちまったら途端に蹲っちまう」

「分かるわー」

「……何だこいつら」


 そう思ったのはアイリーンだけではなかったようで、疎外感を感じていたらしいもう一人の男はぽつりと呟く。しかも彼らの痛み談義はなかなか終わりを見せず、痺れを切らした男は思い詰めたような顔でオズウェルの方へ向かう。


「おっと、剣は捨てろよ。向こうで俺の仲間が王子を見張ってるからな」

 ふっと自信ありげに男は笑ったが、未だ彼の仲間たちは自分たちの話に盛り上がっている。こちらが何をしようと全く興味が無いようだった。


「両手を挙げろ」

 無言で従うオズウェルにほくそ笑むと、男は持っていた縄で手際よく拘束し、そのまま木に縛り付けた。


「悪く思うなよ。足がつくと厄介だからな」

「お前たちは隣国の者か?」

「ああ? ……まあどっちかというとそんなもんかな」

「隣国へ王子を引き渡そうと?」

「さあ、どうだかな。自分で考えな」


 男はオズウェルの剣を持ち、そのまま自分の腰に差した。先ほどまでただのゴロツキといった風貌だったがあら不思議、剣一つ上等なものを差すだけで一丁前の騎士に見える。男もそのことに良い気になったのか、ニヤニヤと笑う。


「この剣は俺様が大切に使ってやるとするよ。お前さんは仲間に助けてもらうこったな。――ま、こんな人里離れた場所に好んで来るような酔狂な輩はなかなかいねえと思うが」


 ふ、と未だ口元に笑みを浮かべて男は仲間の元へと帰還した。自分の腰で輝く高尚な剣に、おそらくは羨望の眼差しが集まると思っていた。彼らの侮蔑が籠った眼と目が合うまでは。


「っんだよ、お前だって怖気づいてんじゃねえか」

「あーあ、恰好悪ぃ、あんだけ偉そうに言っておいてよぉ」

「うっ、うるせえなあ! 俺は無駄な殺生はしない性質なんだよ!」

「格好つけやがって」


 せっかく言い返した一言も、吐き捨てられた一言によってすっかり台無しだ。くっ、と何も言い返せないまま、いつの間にか用意された荷車に乗り込もうとする。が、その行く先でウィルドと目が合った。ふ、と思わず口元が緩んでしまった少年と。


「何見てやがる!」

「い、いや、別に――」

「おら、さっさと乗れ」

「――わっ!」


 お尻を蹴られるようにしてウィルドは荷車に倒れこんだ。後ろ手に縛られているのでなす術もなかった。男は更にアイリーンたちをもギンッと睨み付ける。怒りで我を失っているらしい気配を察知し、アイリーンは自ら大人しく乗り込んだ。後ろにカインが続く。


「ちっ、おい、さっさと馬出せ!」

「へえへえ。格好悪い男は無抵抗な女子供に威張り散らすことしかできねえのかね」


「おい、何か言ったか!?」

「うっせえなあ。この地獄耳め」


 下品な笑いが辺りに木霊する。馬の嘶きと共に男たちはのっそりと出発した。

 先ほどまでの快晴はどこへやら、辺りはすっかり曇天に包まれていた。


*****


 道中、寝転がらされているアイリーンたちは散々な思いだった。舗装されていないのか、道は小石がたくさん転がっており、それらに荷車が乗り上がるたびに固い板にお尻を強かに打ち付けた。後々、お尻に全体重が掛かるよりはと身を横たえてみたが、今度は全身に振動が伝わってくる始末。


 ようやく一行が立ち止まった頃には、もうすっかり辺りは薄暗くなっていた。


「遅かったな」

「へい、すんません。ちょいと手こずりやして」

「ほら、さっさと降りろ」


 道の脇にがっしりとした男が立っていた。身なりは簡素なものだったが、目つきが鋭く、無精ひげを蓄えており、アイリーンたちをここまで連れてきた男たちよりも威圧感を感じる。


「おい、できるだけ遠くに捨てて来いよ。時間稼ぎにな」

「へいへい。分かってますよ」


 荷車を降りた後、一人の男はそのまま馬の背に乗ったまま再び出発した。もうすぐ暗くなるとはいえ、地面の車輪の跡に気付かれないようにするためかもしれない。


「ダレルさん、この後どうしますか」

「そうだな」


 ダレルはしばらく考え込む。しかし徐に空を仰ぐと首を振った。


「夜中まで酒盛りでもすっか。どうせ夜まで動けん。久しぶりにゆっくりしようや」

「こいつらはどうしましょう?」

「奥の部屋にでもぶち込んでおけ」


 アイリーンたちのことなどまるで興味がない風に視線が通り過ぎる。しかしアイリーンの所でそれは止まった。


「いや、待て」

 眉根を寄せたまま彼は近づいてくる。


「おい、何で変な奴らがくっついて来てるんだ」


 変な奴ら……?

 アイリーンはその言葉に反論しようかと思ったが、すぐにその考えを呑みこむ。一応それだけの常識はあった。


「この女は誰だ? 王子の姉貴か?」

「いやダレルさん。王女がいるなんて話聞いたことねえですよ」

「馬鹿お前、庶子かもしれねえだろ」

「仮にも王族がこんな格好しませんよ」

「何ですって?」

「痛って! 何だ、この女!」


 アイリーンが素早く放った蹴りが男の脛に直撃した。


「だっせーお前、女にやられてやんの」

「うるせえ!」


 脛を擦り、男は涙目で叫んだ。隣で傍観していたダレルがふっと笑う。


「活きのいい女だな。嫌いじゃないぜ」

「良かったね、師匠。珍しく褒められたよ」

「違うウィルド。貶されてるんだ」


 後ろで子供たちが何か言ってる。家に帰ったら覚えてなさいとアイリーンは心中で叫んだ。


「ってお前、なかなかいいもん持ってんじゃねえか」

「なっ、何するのよ!」


 ジロジロとアイリーンを見ていた男がニヤニヤしながら手を近づけてきた。身の危険を感じ、アイリーンは咄嗟に蹲るが、男の目的は違ったようだ。気が付くと、懐に差していたはずの扇子が無かった。


「なかなか様になるねえ」

「お前、扇子なんか使わねえだろ?」

「ばーか、売るんだよ。結構な値打ちもんだと思わねえか?」

「値打ちなんてないわ。もう随分古いものだもの。誰が時代遅れのお古の扇子を買おうなんて考えるの?」


 冷え冷えとしたアイリーンの声が空気を切り裂いた。男たちもその低い調子に思わず黙る。


「返して。時代遅れだけど、私にとっては大切なものなの」

「…………」


 いつにも増して真剣な瞳でアイリーンは男を見つめた。その様に何となく逆らえない気配を感じ、言われるがまま、男はおずおずと差し出した。しかし彼女の手に扇子が戻ろうとしたその時、横から掻っ攫われる。


「俺が預かっておいてやるよ」

「なっ……!」

「大事なものなんだろ?」


 ダレルは見せびらかすように扇子を広げた。アイリーンの表情が険しいものへと変わる。


「おら、さっさと中に入れよ」

「師匠……」


 ウィルドが心配そうな顔でアイリーンを見上げた。しかし彼女は動こうとしない。


「また尻を蹴るぞ」

「うえええ、それは嫌だ」

「情けないな……」


 カインは呆れた様に呟きながらもウィルドを見送った。そしてアイリーンの耳に呟く。


「ここは大人しくしていよう」

「……分かってるわよ」


 この場で返せと喚いても、大人しく返してくれないのは目に見えている。唇を噛みながらも、アイリーンは貧相な見た目の部屋に入った。鈍い閂の音が鳴り響いた。

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