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愛と鞭  作者: まくろ
第三話 母の心子知らず
10/120

10:彼の男

 今から数年前、ここウィルヴィス国では、突然の国王崩御により荒れに荒れた。王位継承権一位の王子はいたにはいたが、まだ幼く、誰が摂政を務めるかで揉めたのである。


 その混乱は王宮内に留まらず、民たちにまで及ぶ。混乱に乗じて犯罪が横行し、ついで運悪く日照りが続き、その日の食べ物にさえ困る始末。民たちはみな疲弊した。


 誰もが国の未来を案じたが、その数年後、ようやく次の王も即位し、順調に国を落ち着かせるための政策を打ち出す。それにより、事態は収束したかのように見えたが、しかしそれは王宮内だけのことであった。都市部の陰では未だその名残があり、窃盗や乱闘騒ぎも四六時中起こっていた。


 このような都市部の闇をはらうためにも、国は騎士団を分割し、一つを王立騎士団、一つを警備騎士団と命名することにした。前者を今までの様に王族や王宮の警備、後者を街の警備に当たらせる様にしたのである。そして、その際に後者の団長に任命されたのがカールトン侯爵家次男オズウェルであった。


 王立騎士団の中には、この移動を左遷だと揶揄する者もいたが、しかしオズウェルはそのような声は気にしていなかった。脳筋の彼にとって、警備騎士団長に選ばれたことは名誉なことだったのである。王族の警護や王宮の見回りよりも何より、実戦で体を動かすことの方が好きだった。


*****


 もっぱら警備騎士団の仕事は、街の見回りや地方との連携にある。隊長と言っても、その類にもれず、見回りの仕事は回ってくる。というか、自らぶんどった。王族の警護が嫌で嫌で仕方が無く、この警備騎士団配属は半ば僥倖のようなものであったにもかかわらず、その仕事がいつもと変わらない書類整理ならば任命された意味が無い。部下たちには、団長が見回りなんて、と苦言を呈されたが、考えを改めるつもりは毛頭なかった。今日だってやっとその見回りの時間になり、凝り固まった身体を動かせることにいつもなら歓喜する筈なのだが――。


「おいおい聞いたよー、団長さん」

「…………」


 しかし今日、オズウェルはつくづく見回りの仕事を後悔した。その心中は、なぜ今日に限ってこいつと組まなければならないんだという憤りで一杯だった。


 馴れ馴れしくオズウェルの肩に腕をやる男はマリウス。昔なじみの友で、副団長を務めてもいる彼。


「ついに女襲ったってな」

 しかし何よりこの男は繊細さがないというか、遠慮がないというか、要するに空気が読めない。何でもずけずけ言うし、オズウェルもそんな彼のところは気に入っている……はずだったのだが、今はその粗雑な言葉が耳に痛い。


「別に俺は何もしていない」

 事実を述べたが、しかしマリウスがそれで納得するわけもなく、鼻であしらう。


「でも女の子のドレス破いたんだろ? 何もしてないわけないじゃん」

「向こうが勝手に蹴りを繰り出してドレスを破いただけだ。俺が破いたわけじゃない」

「蹴りって……。そりゃ勇ましいお嬢さんだ。でも相手が抵抗するほどの何かをオズウェルもしたんじゃないの?」

「……別に」

「何その間、何その間ー!!」


 途端にマリウスはうるさく騒ぎ出す。もううんざりだ。


「うるさい」

「何かあったんだよね? ってか何かしたんだよね!? 何したの、何したのー!!」

「何もしてない」

「嘘だ、さっき間があった。ってか、そもそも何でそのお嬢さんとオズウェルが話してたのかってところも俺はつくづく不思議だったんだよね。しかも中庭でしょ? これは……何かある」


 何でそこまで知っているんだとオズウェルは呆れた。確かこの副団長は、その日は別件の仕事があったはずだ。だから侯爵家の警護へは自分と、部下とでしか行っていない。


 あの日、あのうるさい令嬢と出会ったあの夜、オズウェルたちは警備のために侯爵家に出向いていた。当主に物々しい雰囲気は嫌だと言われたので、仕方なく彼らは招待客として紛れ込むことになった。そうして中庭を見回っていた時に見つけたのが子爵令嬢だったのである。暗がりでごそごそしていたので、何者かと思って声をかけただけだった。まさかそれが災難の始まりだとは思いもせずに。


「ってかさあ、この際オズウェルもいろいろ考えてみたら?」

「何がだ」

「女を作るの」

「……またその話か」

「だって俺嫌なんだよねえ、警備騎士団長が女を作らないのは、副団長に横恋慕してるからだって噂されるの」

「…………」

「いや、オズウェルが勘違いされるのは別にどうでもいいんだけど、愛する俺の恋人にまで変な目で見られるからさー、ちょっと勘弁してほしいって言うか」

「ちょ……ちょっと待った」

「ん? なに」

「……は? 俺が……横恋慕?」

「うん、そう噂されてるよ」

「お前に……?」

「うん」


 静かになった。しかし次の瞬間、地を這うような低い声が辺りに響き渡る。


「な……なんだそれは!」

 この世の終わり、という表情でオズウェルは絶望する。


「何で俺がお前を!? あり得ないだろ、俺たち男だろ!」

「え、でも巷のお嬢さんたちはキャッキャウフフしながらそう噂してるよ」

「別にそんな噂されるようなことしてないだろ!? 俺たち、ただの団長と副団長くらいの節度を保ってるだろ!?」

「さあねえ、その辺は俺もよくわかんない」


 ガクガク肩を揺らされるので、マリウスはひょいっと身をかわす。


「ま、これに懲りたらもうちょっと視野広げてみなよ」

「あ……あり得ない……」


 茫然とした様子でオズウェルは呟く。しかしマリウスとしては、いい加減ここから立ち去りたかった。人の目も多いこの場所で、二人一緒に話している所を見られれば、またどんな噂をされるか分かったものじゃない。


「ほら行くよー、団長さん」

「嘘だ……嘘だ……」

「はいはい、もう分かったから」


 苦笑しながらも、しかしオズウェルを引っ張る手は止めない。この調子では昼中にこの街を回れるかどうかすら分からない。


「ああ、騎士様、いいところに!」

 しかも何やら事件があったのか、慌てた風に誰かに呼び止められた。髪を一つに束ねた女が、肩で息をしながら走り寄ってくる。


「どうしました?」

「また不審者が出たんだってよ! 向こうの路地裏で女の子と男の子が泣いてるよ!」

「分かりました。すぐ向かいますよー」

「ああ、よろしく頼むよ!」


 手を上げて去って行く女を見送ると、マリウスはすぐにオズウェルに向き直る。


「ほら団長、事件だってよ」

「嘘だ……嘘だ……」


 明後日の方向を眺めるオズウェルを見、マリウスはため息をついた。立ち直るには長くかかりそうだ、と。


*****


「ちょっとすいませんねー。通らせてもらいます」

 がやがやと騒がしい人ごみに声をかけ、マリウスはその中に突き進んだ。マリウスとオズウェルの服装を見た者たちはすぐにその道を開けた。


 人ごみに囲まれた中央には、小さな男の子と女の子がいた。学校帰りらしく、傍らには鞄が落ちている。男の子は酷くぐずっており、彼の姉らしい女の子がそれを抱き締めて慰めていた。


「えーっと、この子たちですか? 被害に遭った子は?」

 マリウスが子供たちを見ながら、念のため周りに問う。野次馬たちは頷いた。


「俺が悲鳴を聞きつけた時にはもう不審者は逃げた後だったらしくってよ、この子たちが泣いてたんだ」

「そうですか……。それはいつ頃?」

「ついさっきだよ。ほんの十分ほど前」

「なるほどね」


 ふむふむと頷きながら、マリウスは更に周囲に事情聴取を続ける。


「大丈夫か?」

 一方でオズウェルは地に膝をつき、少年少女たちの顔を覗き込んだ。いつもならば、物腰の柔らかいマリウスが被害者の相手をするのだが、しかし先ほどの驚愕の事実に茫然としたままだったオズウェルは出遅れてしまった。固い笑みを浮かべながらそれを後悔する羽目となった。


「はい……大丈夫です」

「そっちの子は?」

「私の弟です。今はちょっとびっくりしていますけど、すぐに落ち着くと思います」

「そうか」


 今まで被害に遭った子供は皆幼い者ばかりで、その時の状況を尋ねても錯乱してきちんと答える者はほとんどいなかった。その点、目の前の少女の受け答えはしっかりしており、事件解決の糸口となりそうだとオズウェルは意気込む。


「両親と連絡を取りたいんだが、名前を教えてくれるか?」

「え……っと」


 しかし途端に少女は言いよどむ。


「あの……その、私達、両親はいないんです」

「そうか。悪いことを聞いたな」

「でも親代わりの姉ならいます」

「姉? じゃあその人でいい。名前を教えてくれるか?」


 はい、と嬉しそうに少女は頷く。


「姉の名は――」

「エミリア! フィリップ!」


 少女が口を開きかけた時、その声は聞こえた。


「姉御!!」

 パッと目の前の少女の表情が華やいだ。ついで、少女の腕の中で未だ泣きじゃくっていた少年もパッと顔を上げる。


「母様!」


 ……ん?


 その場にいた誰もが思ったことだろう。姉弟であるはずの少女は姉と呼び、少年は母と呼ぶ。その相手はいったい誰だ、と。


「ああ、大丈夫だった!?」

「母様っ、怖かったよ!」

「姉御!!」


 その相手が誰なのかは未だ分からないが、少なくとも知り合いではあるらしい。長い金髪に、青い瞳。ところどころ継ぎ足ししてあるドレスが揺れる度に白い脚がちらちら見えて――。


 ――ん?


 そこまできて、オズウェルはようやく違和感に気付く。それが既視感だということにもすぐ気付く。


 もう一度ゆっくりと彼女を上から下まで眺める。その際、彼女とも目が合った。それが驚愕に見開かれるとともに、どちらからともなく叫んでいた。


「あなたっ……!」

「お前は――」


 やり場のない怒りが、互いに沸々と込み上げていく。


 子爵令嬢と警備騎士団長の、二度目の再会であった。

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