少女、邁進する。
葬儀からこちら、最初の頃こそ再度の襲撃を警戒していたもののそんなことは無く、今は普段どおりの生活に戻っている。私が森の中でひとり暮らしを続けるのをおばさまは渋ったが、この家を離れるつもりはなかった。なので、しばらくはおばさまやバッテンさんたちが見回りの頻度を増やしてくれている。
「普段の見回りの延長とはいえ、やっぱり申し訳ない。早く体裁を整えませんと」
しっかりした食感のグラノーラ的朝食をスムージーで流し込み、自室で荷物のチェックを始める。
とりあえずメインウェポンにショートソードの二刀流を腰に提げて。サブに愛用の白ナイフ。こっちは腰の後ろに。お手製のナップザック。お手製の魔法瓶にプル茶を。断熱効果は多分ある。ガラス関係の作業は地味に難易度が高かった。込める魔力の加減を間違えると簡単に断裂するし。
少しずつ魔章を学びつつできることを増やしていく…といきたかったのだが、なかなか。魔章とはつまり古語だ。母さまが訳したアルファベット表を残してくれていたので、今は火と水関連を優先してやっているが、こっちに来てわざわざ研究職じみたことをやる羽目になるとは。
とはいえ、手は抜けない。これから『銃』を作ろうとしているのだ。魔章無しでは薬莢内部に『だけ』爆発を起こすことが難しい。精密射撃時ならともかく、乱戦時に使うことになったらフレンドリーファイアし放題である。どうにか定量の魔力を吸い上げて、程よい爆発を薬莢内部で─
ともかく、前途多難である。最終目標である『アレ』は魔章による条件付けのカタマリでかなりの資材も必要。あの女と戦ったときは火事場のなんとやらでスゴいことをやっていたはずだが、魔法の制御というには程遠かった。
黙々と歩いていると傍らにモフっとバッテンさん。
『考え事をしながらでは危ないぞ、ベルよ』
「あはは。すみません、つい。変わりはありませんか?」
『まあな。あれ以来おかしな事は何も』
「気を張りすぎませんように…と言っておきながら恐縮ですが、近々実験を始める予定ですのでうちの周りが騒がしくなるやもしれません」
『例えば?』
「初期は何かを打ち鳴らす程度。最終的には会話が成立しなくなるくらいにはやかましくなる予定です」
『…何が起こるのだ』
「不用意に近づかなければ事故にはなりませんよ」
耳栓でも作っときますか。
『まあ、わかった。ほどほどにな?』
「そちらも。あなたに何かあったら、いつも一緒のあのおねいさんが泣きますよ?」
『べ、べつにいつも一緒では…』
おやおや、照れちゃって。
街へ出掛けるため、馬を借りにリッドさんのところへ。ミゲルさんの息子さん、バルくんが来ていた。フィールドワークがてら、お使いに来たらしい。いよいよ体づくり始めちゃってるよ、この彼。
「よ、よぉ。ベル」
「おはよう、バル」
まさかとは、思うんだけどな。そういう、ことなのかな?フィールドワークを始めたのはもしかして『誰か』を守れる男になるために、とかなのかな?
勘弁してほしい。今現在、あの洒落た酒場『リンゼッタ』の娘リラちゃんはこのバルくんが気になっているらしいのだ。勘違いした冒険者とおぼしき連中に絡まれていたときに助けてもらったとか。まぁ、自分もとうとう背を抜かれ、肩幅も広くなって、少年期から抜けつつある、このバルくん。リラちゃんとて男どもに声を掛けられるくらいには可愛くなってきているのだが。
ともかく自分を妙な三角関係に巻き込むのはやめてほしい。二人とはよき友人でいたいのだ。バルくんの身があるのか無いのかわからない世間話に相槌を打ちつつ、リッドさんにお土産を渡しておく。
「リッドさん、毎日お勤めご苦労様です。その労を労わんとつまめるものを焼いてきました。皆さんで毒…もとい、味見していただけませんか?」
「はっきり毒見って聞こえたね、ベルちゃん。だが、いただくよ。ありがとう」
「いやいや、ベルちゃんなら毒盛られたって食っちまうぜ」
「まったくまったく…おい、配分考えろよ」
「るせぇ、早いもん勝ちだ」
バルくんもナチュラルに手を伸ばす…が、その手はやんわりと退けられる。
「ふふふ。これは『我々が』頂いたものだよ、バル」
「…まあまあまあ」
「いやいやいや」
浅ましい奪い合いを横目に新人の眼鏡女性さんに手続きをしてもらう。
「…なかなかやりますね」
「ご心配なく社交辞令ですので。男の人ってカワイイですね?」
「…おそろしいひと」
愕然の眼鏡。
聞かなかったことにしたのかサラサラと手を動かす。もうひとつ伝えておこう。他の人に聴こえないようにというポーズで。
「本当に下心なんてありませんから…リッドさんとか」
驚愕の眼鏡。いやバレバレですから。何か『ニヤリ』としてきたのでこちらも『ニヤリ』を返しつつ、一路、街へ。
ミゲルさんの店に訪れる街の外からのお客さんや、ギルド、まあこっちでは『連合』といったふうに呼ばれているけど。諸々のルートから情報収集を続けている。あの女らしき目撃情報はない。今さら情報も無く追いかけることはできないので当面は待ちですな。
暗い情報ばかりでも何なので旅に使えそうな情報も幾つか頼んでみてはいた。そしてヒットしたのが。
(やっぱりあるんだ魔法の鞄!)
メイディークで少しずつ出回り始めているらしい。ようやくか。異世界ものなら序盤でほいほい手に入れてしまったりするが自分は普通に鞄を使っている。一方で、物が傷みやすいからこそ旅の途中でこまめに買い換えて金を落としていってくれるんだがな、と商売っ気のある発言。まあ、そうっすね。
言ってることはわかるが、自分の得手はひたすら金属の塊だ。どうしても、最低でも、状態保存は出来なくても無限収納は欲しい。可能ならば仕入れておいて欲しいとお願いしつつ、例の『アレ』を出してもらう。
「…きたぁ」
「ああ、これが『コメ』な」
ようやくでござる。確定でござる。日出ル国、ニポン。誰だよ。アホなモノローグは置いといて。きちんと精米はされている。ほぼ地元で消費してしまうらしく、輸出入のルートが開拓されていないらしい。今回はたまたま行商人が頂いたものを、フソウ贔屓に見られていた私のために買い取ってくれたらしい。
『サー、ミゲル!スパシーバ!ハラショー!アリガート!』
「…よ、よくわからんが。どういたしまして、か?」
「いや、素晴らしい。今度何か作って持ってきますぅ」
「お、おぅ」
むふん。実は釜は作ってある。飯盒と大して変わらんけれども。粒立つ白米、盛りご飯。たまにはお粥も…ギルースのモモ肉を解して、ウメボシの代わりには何か、干した果実を。柚子の皮をアクセントにしたりしてたよな、確か。
白米に馴染みのない人には焼きオニギリとかいいかも。醤油が手に入るかわからないが、香味油を調達して、辛めの味付けでそれらしくなると思う。あ、納豆も食べたい。ハドモントでもくさやみたいのは見るから納豆もいけそうだけど。
セルフ飯テロが腹を直撃してしまったので、とりあえず昼食へ。
「いらっしゃい、ベル」
「いらっしゃいましたよ、リラ。ひとりです。いつもの」
「ベル、ギルース好きだよね」
鴨っぽい肉なので軽くローストするとよい塩梅になるのですよ。あぁ、鴨南蛮食いたくなった。どうしてくれよう。
「はいはい、女の子なんだからお腹で会話しないでね」
「好きで鳴らしてるわけではありません。ここのお料理が強すぎるのです」
「ありがと」