事態変転、少女はたそがれ。
「……お前か」
「へぇ、私です」
善は急げということでマグダレンさんが呼び出された。私がめかし込んでいたので一瞬気づかなかったようだ。失敬な。
「顔見知りだったか。今回、こちらの少女にはあるものを作ってもらうことになった。協力を頼みたい」
「王命とあらば」
少なくとも『気に入らねぇ仕事はしねぇぞべらんめぇ』みたいな性格でなくて良かった。まずはぱっと図解しますか。
「自己流ですみませんが、こちらが完成の予想図。細部はこれを使用するご本人に合わせて調整しますが。どう思います?」
「……お前一人で作れるんじゃないのか?」
「私もこの街にずっといるわけではありませんからね。この街の職人さんが修繕できるように、作れるものと作れないものと、すり合わせをしておきませんと」
「よく気が回るな。ところで、陛下。これを使うのはやはりメイシャン王女でしょうか?」
「ああ、あの子の笑顔が見られれば良いのだが」
王女さまは年中行事にもそれなり顔を出してはいるらしい。移動の際はお兄さんに抱えてもらっていたようだ。そこに私が手を入れるのも無粋じゃねぇかとも思ったが、他ならぬ王女さま御自身がその事を気に病んでいたらしい。
「陛下、王女さまが行事の際に座る椅子などはありませんか? 全く同じにはできませんが、そのほうがしっくりくると思います」
私が体験学習なんかで座ったことがあるものは、言うほどバネのような感触は無かったと思う。折りたたみ機能なんかはいらないですね。難度が上がるだけだ。
王女さまのお椅子はわりかし質素。これに車輪を足して、後ろから押す人のためのハンドルをつけて腰回りを覆うようにと、必要な素材とその量をまとめていく。
「在庫は十分にあるな。あとは寸法か……」
仕事とはいえ王女の私室兼寝室。女子がやるに越したことはないと私が採寸を任された。私も心情は男寄りなんですけども?
「ベルさま、どうなさいました?」
可憐やわぁ。『車椅子』のことを教えると、最初大人しく聞いていた王女さまの表情が喜色に満ちていく。
「では、私は自由に外に出られるんですね!」
「あの、お供は連れていってくださいね? ね?」
すぐそこにいるメイドさんに視線を向けると、肯定の一礼。王女さまのお付きらしい。
外に出て、人の視線にさらされるということには抵抗は無いのだろうか。謁見とかあるだろうし、そういうのは慣れているのかも。
「ああ、楽しみです。ベルさま、最大の感謝を。私に返せるものなんて何もなくて……せめて父さまや兄さまにお願いするくらいしか、私には……」
「良いのです。これは私から陛下へのお返しのようなものなので。ただ受け取っていただければ幸いです」
「謙虚な方なのですね……」
上手いこと行くかはわかりませんしね。おそらく最初の試作品までに『ゴムタイヤ』は間に合わないでしょうし。
採寸には無心の境地で挑んだ。私にロリコンの気は無いと思いたいが、体を動かす拍子に出る吐息やら何やらにムズムズしてしまった私は……ヤバイのだろうか。
「はふぅ」
「……すみません。お手数をお掛けします」
「あっ。いえ、違います。相手は王女さまですからね。緊張しちゃって」
「そんなことおっしゃらないでください。どうか、どうか友だちのように接してはいただけませんか?」
そうは言いましても自分、王女さまと張り合える女子力があるとは思えませんが。
「……っ」
そんな目で見るなし。
「……私などでよろしければ」
「はい、ありがとうございます!」
丁寧な言葉遣いは矯正したほうが……? いやいや、皇族のかたならそれがデフォルトで御友人でしょうし。
お付きのメイドさんも紹介される。その名もドーラさん。少々目は細いが、やはり基本的に整った顔立ちのかたが多いですね、メイドギルドは。
それからちょっとプライベートのお話など。出歩けないからか部屋には本がいくつも並んでいる。恋愛系が多い。それに、旅行記?
「今まで本の中で見るしかなかったものが実際に見れるようになるんですよね」
「ええ、そうですね」
「本当に、楽しみです」
その笑顔、プライスレス。
話し相手になっている間、男どもが完全に放置になっていた。詫びを入れつつ、マグダレンさんには細かな寸法を伝える。私はこのドレスで作業に移るわけにもいかんので、一旦レウンゼウス邸に戻ることにしたのだが。
「失礼いたします、陛下。連合総長がお目通り願いたいとのこと。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「通してくれ」
仕事してるんですねぇ。ま、邪魔してはいけない。お暇するとしよう。
「陛下、私はこれで」
「うむ」
総長さんは慌てていたのか、急に飛び込んできて私とぶつかる。
『痛い』
「も、申し訳ありません、お嬢さん! 急いでいたもので……」
おえー。キモ。この男、まさか気づいてない?
『総長さんよ。かわいいかわいいベルさまですよ?』
『……ははははは! うっそだろ、お前。何おめかししちゃってんの?』
『余計なお世話ですっての。私は帰りますから続きをどーぞ。急ぎなんでしょう?』
「……ああ、それなんだけどな。お前も残ってくれ。関係のある話だからな」
やだなー……面倒事ですかぁ?
会食をした部屋はやはりそういう目的に使う部屋だったようで。陛下と私と総長さんで卓を囲み、むさい会議が始まった。
「では聞こう」
「はい。今のところ事実が確認されただけで、その内情は明らかではないのですが。かのハルーンの一族の幾名かが、行方不明になっています」
はぁ!?
「さらに、『空艇』も一機、行方が知れません」
「むぅ……」
「私が関係あるって言ってたのはそれでですか」
くそったれが。やっぱりあいつら……
いや、初っぱなから疑うな。ハドモント近郊なら『空艇』を持ち出しても問題ないと言ったのは私だし、一度上昇した『空艇』を無理矢理降下させるのは結構難事だ。戻りたくても戻れないって人もそのまま連れていかれた可能性も。
ああ、これだと結局疑ってんなぁ。情けない。
「ベル、行方不明の人の名前をまとめた名簿がこれだ。目を通してくれ。俺じゃあ人となりがわからん」
すげぇヘコむが、ヘコんでばかりもいられない。言われた通りに名簿に目を通す。
幸運だったのは、今回利用した改良型に携わった人の名前がないことだ。『空艇』を作っているときの、肩寄せあってニヤニヤしながらひとつのものを作り上げる達成感。前世では楽しめなかったあの感情。大事にしたいものだ。
フェニックさんの名前もない。あの人が一番可能性がありそうなものですけどね。
「総長さん。フェニックさんのことは何か聞いてませんか?」
「……いいや。たぶんその名前は聞いてねぇ」
「そうですか」
この資料が正確なら、ハルーンの総人口と比べれば大したことはないが、結構な人数が行方不明になっている。不謹慎だがただの事故死ならいいほうだ。訪問先で恋人でもできたならそこで定住するもよし。一番面倒なのは。
「『空艇』が流出したのは痛手ですね……」
西国の動向が不透明とかいう状況でなにしてくれてんねん。
「陛下、申しわけありません。私の迂闊さが原因で万が一『空艇』が軍作戦に利用されるようならば、私が戦線に出ます。ですが、この一件でハルーンの全てを害悪とするようなことは……」
「ベルガモートよ、私は悲しい」
「……申しわけ」
「私はそんなにも視野の狭い人間だと思われていたのか?」
いや、そうではなくて。
「そもそもお前は猟師の類いと聞いている。手広くやっているようだが、政、裏の駆け引きなどは嫌う質ではないかな?」
「……仰る通りで」
ちと自由にやり過ぎた感は否めない。結果、自分の手に余る事態になっているのだ。
「私とて万能ではない。若い頃は臣下と衝突することも多かった。かといって、人の手を借りて必ずうまくいくわけでもない。ままならぬものだ」
「……」
「まず荷を下ろし、腰を下ろし、考えてみよう。何をするべきか、何ができるのか」
「……ですね」
まず決定的な不和にはならずに済んだようだ。理解のある王様で本当に良かった。まだまだシエイさんとこの世界でのんびりやっていきたいですからね。
それなりの時間をかけて、これからとるべきアクションを煮詰めていった。
名簿が正確だとして、この人たちはどう動くのか。おそらく自分自身の耳目をこそ信じて行動に移したのだろう。実際、行動原理は私と変わらない。
困るのは得体の知れない連中に取っ捕まって傀儡にされてしまうこと。なまじ以上の戦力になりうる傀儡だ。隷属の魔章までが外部に出てしまえば、そしてそれを悪用された日には、さぞやの地獄絵図が見られるだろう。
「ベルよぅ、まだ行方不明ってだけだ。しょげた顔すんなよ。可愛い顔が台無しだぞ?」
『きもい』
『台無しだぞ!?』
「わかってます。励ましてくれて、ありがとうございます」
「お、おぅ……」
ただの行方不明なら見つければいいだけのこと。次は悪いシナリオだったときのことを考えよう。冷静にね。
「敵対することになった場合、ハルーンの総意はどうか?」
「いろいろあると思ってます。一回あっちに帰って話を聞きませんとね」
長老さんみたいのがいたはずだが。ほとんど会えてないせいで名前すらあやふやだ。さっきの名簿に名前あったかな?
「あの『空艇』が西国に渡った場合だが、これもまたわからぬ。魔章を扱う技能があることは、そなたたちがあの魔章を検分してくれたことではっきりしたと思うが」
変な化学反応が起こっても困る。いっそ身内で利権を争って内部崩壊起こしてくれたほうが気が楽かもしれない。ゆっくり『お迎え』に行ってやれる。
「あちらの技術の伸び代を予想できるか?」
そりゃもう。魔法がある以上、青天井じゃないでしょうか。
「この名簿の人たちゃ、あの『ロボット』に関して詳しく知ってんのか?」
「見学に来た人が何人かいるんです。すみませんがその一人一人の名前となると。陛下の質問に対しては、楽観はできない、とだけ」
「そうか」
まずはハドモントに戻らなくてはいけませんか。クランさん、どうしてるかな。カナコさん、戦闘的なチート持ってないはずだし、巻き込まれて怪我とかしてないだろうか。
「……帰る」
「お?」
「総長さんは『伝話』で話しただけでしょう?」
「ああ、ウーリアからの報告でな。流血騒ぎにゃなってないみたいだぜ。あくまで行方不明ってな」
当たり前じゃい。万が一おばさまに何かあったら、『GALE』で引き回して高空からポイしたるわ。
「陛下。申しわけありませんが、事実確認のためいったん地元に戻る許可を頂けませんか? ご息女の『車椅子』はひとまず……」
「マグダレンにある程度は伝えてあるのだろう? 気にすることはない。そもそも、こちらが無理に喚んだのだからな。レウンゼウス卿にもきちんと挨拶をするように」
「はい」
今度こそ城を出て、レウンゼウス邸へと向かう。馬車に揺られながら、ついついだらしない姿勢をとってしまう。
「その、ドレスであまり足を広げるのは、その、どうかな、と」
「シグルドさん、普通に注意してくれていいですよ。普段は男性みたいな格好で通してますからね。ついつい」
どんな姿勢でも気分が沈むのは変わらないんですけどね。はぁ、シエイさんの膝枕で休みたい。
「厄介なことになってしまったが、争いになるなら私の得手だ。役に立たせてもらうぞ」
キリッ、じゃねーですよ。
「争いにならないのが一番です。貴女はあれからの私の境遇を知らないはずですね? ちょいとお話ししときましょう」
この人を殺すつもりで斬りかかってからまだ数年。もう数年、かな? 何で私はその人をメイドとして雇うハメになってんでしょう。わからんもんです。
「豪胆な判断だな。問題を起こしたものたちを囲い込むとは」
「慢心だったんでしょーか。うまくいってたと思ってたんですけどねぇ」
この街の印象はまだまだ薄い。だが、雰囲気は悪くない。この街が蹂躙される未来は、見たくないですね。




