忘れじの庭、黄昏。
葬儀が、行われている。大勢来てくれた。おばさまはもちろん、警らの人たち。ミゲルさんのご家族。酒場のご家族。自分は知らないが恐らく両親の昔馴染み。
(顔…広かったんだな)
郊外にある人工の窪地。その中央、さらに窪んだ場所にふたりがそれぞれ布に包まれて寝かされ、その上に花が手向けられていく。葬儀の時にその身を包む布。日本なら白い着物だったか。こっちでは深い藍色。顔と、掌を重ねさせた胸までが露出している。そして皆が花を手向け終えたあと、送りの言葉を祭司が唱え、親族の代表が額に口づけをする。昔、話だけ聞いたときは抵抗があった。
おばさまが、父さまに。
私が、母さまに。
安らかに眠れるようにと祈りを込めて。
別れの挨拶を済ませて。
家族が、荼毘に付すのだ。
香木を種火に、燃えていく。私とおばさまも皆のところまで下がり、瞑目し、ふたりを送るために唄う。数小節の繰り返し。しゃくりあげ、つっかえる人もいる。自分はなるべく、泣かぬように、泣かぬようにと。
「ふっ、ぐ…っ」
おばさまがそばにきてくれる。私は、身を擦り寄せるようにして、泣いた。
火が消えると、骨を集め散骨する。それで葬儀は終わりだ。家に戻る途中でバッテンさんに出くわした。あの女の人っぽい狼も一緒だ。
『ベル、今回は…』
「みなさんは、悪くないんですからね」
目を瞑り、心苦しそうなバッテンさん。彼らの表情もなんとなくだが、わかるようになった。
『…すまん』
「…いいんですよ」
バッテンさんもあの女に出くわしていたそうで、戦闘になった際に仲間も自分も傷を負っている。今は歩けているようだけど。葬儀が終わるまで待ってくれていたのだろう。
彼らが警らを務めているのは知られているけど、葬儀にいきなり顔を出すと驚く人もいる。言葉の通じない、普通に凶暴な狼もいるからだ。バッテンさんもそのあたり配慮してくれている。
ハドモントでは『神の御元へ』なんて考え方はされていなくて、人はただ生まれ、死に、世界に還る。そういう考え方だから、葬儀はあくまで人の心に区切りをつけるもの。だけど。
「あの…『墓』をつくりたいんですけど」
『ハカ?』
かいつまんで話す。別に必要は無いかもしれない。そもそも墓参りの習慣だって無いようだし。実際自分のためだ。他の人には話せないような話でも、墓前でも聞いてもらえればと。
『よくわからないが…例えば、何かを誓うようなことがあれば、我々もそこを訪ねてよいのか』
「ええ」
『…そうか』
少し考えたあと、また口を開く。
『森の中で誰の邪魔になるでもなし、良いのではないか?その場所は我々にとっても寄る辺になるだろう。我が群れ、子々孫々、その地の守護となろう』
「…勿体無いお言葉です。ありがとうございます」
いったん家に戻り、『ご神体』を手に家から少し離れた場所で作業を始める。
前から考えてはいたのだ。こちらの家族の葬儀のときは『墓』を作ろうと。予定は随分と前倒しになってしまったけど。見繕っておいた石を洗い、土魔法で削り、『ご神体』を加工したプレートを嵌める。四角い、シンプルな墓だ。そこにふたりの名を刻む。
ガレアス・レダス・シェルレギア
レダ・ミィス・シェルレギア
ミドルネームだとなんとなく考えていたのは、ふたりに望まれた『在り方』だそうだ。父さまは『雄々しさ』、母さまはお固く『伝統』。
そして、自分の『ヴィ』は『煌めき』だそうだ。
『もうね、どんなキラキラネームなんですかって。ほんとっ、もうねっ』
にやけつつ、墓碑を置き、座りを確かめて一息つく。
『がんばりますよ。名に恥じぬよう』
ようやく、笑えた。
そして、話すことにした。自分が何者であるのか。
異世界から来たこと。男であった自分が一度死に、何の因果かふたりの娘として生まれてしまったこと。おしめを換えてもらうときすごく恥ずかしかったとか。幼児にヒゲジョリはあかんよ、とか。『少年』であった自分は『娘』としてきちんとできていたか。
ろくに返せるものもなく、申し訳ないとか。
死後の世界が本当にあるなら、この『墓』のことは気にせず、旅立ってくれていいと。向こうでしっぽり仲良くやってくれと冷やかしつつ。
向こうのことも話したかったが、長くなりそうだったので、締めに唄を贈ってみることにした。
(アニソンで恐縮ですけど。良い曲ですよ)
日本語で歌ってしまったが。伝わるだろうか。伝われば、いいな。
誰かの拍手が聞こえる。振り返るとおばさまが居た。
「…不思議な、でも素敵な、唄だったよ、ベル。ふたりも、きっと喜んでくれてる」
「えへへ…ありがとうございます」
お誉めの言葉をいただいた。いや照れますね。もう、おばさまも水臭い。適当なところで声をかけてくれれば─
「…おばさま、いつからそこに」
「あー…異世界云々辺りから。お前が、実は、甥だったとはなぁ」
最初っからじゃないですかやだぁー!
おばさま、冗談めかして言ってますが違うんですっておばさま。確かに前世は男でしたが今世では紛れもない女の子なんですって。
だってついてないし。
ちげぇよ。そうじゃねぇよ。駄目か。気味悪がられて見捨てられるのか。独りに。イヤだ。そう、何か、確かな証拠を─
─見せれば
「見ますか!」
思わずズボンを下ろそうと─
「ぉいー!待てベル、落ち着けぇ!何しようとしてるっ!」
がっちり腕を掴まれる。
「よしベル落ち着こう深呼吸だ。吸うんだ」
すぅーーー。
「はくんだ」
はぁーーー。
「もう一度」
すぅーーー。はぁーーー。
「落ち着いたか」
「はっ。申し訳ありませんでした。みっともないところを、お見せしてしまいましたっ」
「みっともないというか、はしたない」
「…はい。すいません」
ひとまず家にあがってもらい、飲み物を用意する。
「…プル茶です。どうぞ」
「ありがとう。いただくよ」
味は紅茶ですがね。ジャムなんか出して、洒落た飲みかたを勧めてみたり。
「…で、なんでしたっけ?」
「…なんだっけな」
カクッと肩を落としたところで、おばさまが封書を差し出す。
「待て、思い出した。コレだ」
「む、私宛て…ふたりから?」
ふたりから…ってか父さまの名前は後から書き足してませんかね、これ。文字のバランス的に。
「お前が成人を迎える頃、真っ当な大人かどうか私が見極めて、渡すかどうか決めろと言われていた……こんなことを見越していたわけではないだろうが、万が一ということだろう。何が書かれているかまでは知らない。ただあの時、レダは真剣だったよ」
受け取り、封を切る。
『愛しいベルへ。あなたがこの手紙を読んでいるなら、あなたに直接この話をできていないということね。あなたの成人を祝えなくてごめんなさい。覚えてる?あなたが魔章のことを聞いてきたこと。あの時は時間がかかるからといって教えなかったけど、他にも理由はあったの。魔法はふつう意識に左右されるって言われてる。火が怖いと感じたら大きな火が出せなかったり、溺れたことがあったりしたら、水を強く遠ざけてしまったり、結構不安定なのよ。あなたの拡張操作に関しては、魔法を遠距離に撃てるわけがないと考えているのか、魔法自体を信じていないのか。おかしな話だけど』
割と当たってる。地球でそういったものに興味があっても、あくまでフィクションであることはわかっている。その観念がこっちで足を引っぱっているのか。
『魔章はその対になるもの。そういった意識を持てなくても、魔力を一定以上表に出せるなら、その安定性を助けるためのもの』
なら私自身の魔力を─
『考えたかしら?自分の魔力を強引にって』
ぎく。
『別に間違ってはいないけど。将来的にはそれを考えてもいた。でも、さじ加減を間違えてはだめよ。引き出す流れを生み出して、それに制限をかけなければ?』
ただひたすら魔力を吸い尽くされ、気づかぬうちに─ミイラ?
『魔章はただ発見されたものを研究してなんとか効果を発動できているだけ。意外と危ういものよ』
詳しいな。研究…?
『私は昔メイディークで研究員をしてたから。まあそれは気にしなくていいわ』
いやちょっと気になるんですけどね。
『本当はきちんと教えてあげたかった。でもこうしてあなたに託すことしかできない私を許して。あなたに嫌われるのは、つらいから』
嫌うわけないじゃないですか、母さま。
『あなたが道を過たず、そして幸福な未来へ進めることを祈って。がんばって、ベル』
お、追伸?
『ガルが隣でうるさいのでガルの文面も足しておきます』
………。
『まぁ俺はこういうの苦手なんで簡単に。俺や姉貴の教えたことを実践し、よく食べ、よく寝る。んで笑えるときには笑え。おまえはレダの娘なんだから、将来美人になるな』
ほんとうにあっさりしたもので、再び母さまの文面に戻る。
『突然だけど、あなた、ひょっとして女の子のほうが、好き?』
アーーーーーィ!?
「どうしたベル」
「いいえ、なんでも、ないっすぉ?」
「そうか…?」
『いいのよ。多数派ではないけどそういうこともあるわよね。ハドモントの人たちならそういうのも気にしないかもしれないけど…旅に出てみるのもありかしら。私だって反発してメイディークから出てきたわけだし。そういう意味でも、後のことは気にしすぎないように』
恐れ入るぜぇ…。そういや、託すって?
「ベル」
言って、おばさまが鍵を出す。普通の鍵だ。
「それも頼まれていたやつだ。成人には少し早いが、まあ大丈夫だと判断した。手紙の内容がどうあれ、な」
全幅の信頼ですねぇ。応えませんと。
「内容、聞いてもいいか」
気になるか。まあ、一部を除いて変なことは書いてないし。
「女が、好き…」
やはりそこか。おばさまは『俺』の境遇を知ってしまったし。とりあえずは静観してくれるようだ。話題はこれからのことに。
「とりあえず…魔法の腕を磨きますか」
今回の一件。犯人は逃げおおせてしまったようだし、何も解決していない。また来るなら、備えが必要だ。操られていると考えられなくもないが、今の自分ではそれをどうすることもできない。
ハドモントでの暮らしも大事にしたい。まだこの街しか知らないからかもしれないが、実に良いところだ。いつまでも悲しみに暮れているわけにはいかない。そのほうが、両親も喜んでくれるのではないだろうか。
「とりあえずはいつも通りです。下地を整えつつ、もしかしたら…ここを、出るかも」
「…それもひとつの選択だ。そのときは、後のことは心配しなくてもいい。きちんとこの森と街は私たちが守るから。今度こそだ」
ありがたいことだ。
「…おばさま、ご飯食べてます?よければどうです?」
「お前の手料理か…楽しみだな」
「あんまり期待しないでくださいね?」
ふたりがいない夕暮れ。
しかし歩みは止めない。生きていく。
『私』が生まれたこの世界で。