少女、おのぼる。
ベリルさんの運転が不評だったので、法国へは私が運転することになった。私だって王様乗せてると思うと緊張もするんですけど。
「ユウさん、大丈夫ですか?」
「貴女の操船ならまだ何とか。やはり、慣れはしませんが……」
「法国まではすぐなので頑張ってくださいとしか……うん?」
少し重心が振れた。何ぞと一瞬船内に視野を戻すと、窓から後退りつつ座席にゆっくりと腰を下ろす宰相さんが見えた。見なかったことにしてあげた。
「ははは、怖いか。マルセル」
騎士団長さんのイジリが入る。
「あまり立って歩くのは危険であろうという判断だ。安全に配慮した行動であって個人的な……」
「へぇへぇ」
それ言うと陛下も窓に張りついて外を眺めていますがね。思ったより高さを恐れる人は少ないのか?
「はっはっは。構わん、マルセル。楽にしていろ」
「陛下……」
視界を外に移すと陛下が今度は私に話しかけてきた。
「ベルよ」
「はい」
「先ほどから気になっていたのだが、そなたが『空艇』を動かしているならどうやって外を見ているのだ? まさか勘ではあるまい?」
勘ですよって言っちゃおうかと思ったが宰相さんとメイドさんのストレスがマッハになるので普通に答えるとしよう。
「この首にかけている輪が魔法の道具でして。外の景色を直接見ることができるのです。本当は中と外を同時に見れたらいいのかもしれませんが、頭が追いつきませんしね」
「ほう。さも当然のように言う。法国でも魔法の道具は高価であるのに」
む。そういえば物価の違いとか少しリサーチ不足だった。平然と魔法の道具を出すのはトラブルの元か?
「まあこのような船を用いている時点で今さらだがな」
ですよねー。
街の外壁が見えてきた。いや、括りは国か。
法国アルヴァンス。『法』と名はつくが宗教猛プッシュの国ではないようだ。私の地元は自然信仰っぽく、偶像の類いも見当たらなかったのでこちらの世界の宗教への理解は薄い。両親の葬儀のときはそれっぽい儀式がありましたけど。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。陛下、どうしましょう。このまま街中に入るわけにはいきませんよね?」
国章をつけてはいるが、馬車用なので結構小さい。地上からきちんと見えているのだろうか。
「うーむ……」
「陛下。演習場を使っていただいて結構です。丁度均しを命じておいたのでそろそろ終わって……って、あいつら!」
何やらあったようだ。『空艇』の視野では真下に近い位置は確認が難しい。改良の余地ありですね。
「総長さん、何がありました?」
「ははは、『相撲』みたいなことやってる。学生かっつーの」
「くぬぬ……嬢ちゃん、窓をひとつ開けられねぇか! 説教だ!」
「いや、危ないんで。総長さん、そこに『マイク』みたいなやつ、あるでしょう?」
「おお、これか。ご丁寧に『オンオフ』の表記まで……どれ」
総長さんのマイクチェック。
「大丈夫そうな。どうぞ」
「ん、ここに声を向ければいいのか?」
目一杯息吸ってる。耳塞いどこ。
『ぐぉらああばかどもぉおお』
馬鹿はアンタだよ。うるせえ!
「団長さん、そんな叫ばなくともある程度増幅されますので」
『す、すまん。おい、お前ら! とりあえず均しは後でいい。今から降りるから場所を空けろ。ほら、急がんか!』
徐々に高度を下げていく。ちらっと見えた表情は見事にポカーンとしたものばかり。意外と若い人が多い。いや、それは別に珍しくもないか。荒事もこなさなくてはならないなら、若いうちから仕込んでおかなくてはいけない。法国は農業もしっかりやっているようだから、若者の職業選択も気になるところだ。
「陛下、お見苦しいところをお見せしました。申し訳ありません」
「お前も言われる立場から言う立場になったのだなぁ」
「陛下……」
おやおや、団長さんもヤンチャしてたんでしょうかね?。とかいらんことに気を向けてたら荒い着陸になってしまった。
「がふっ! 失礼、しました」
そうだ。この着陸脚、バネとか緩衝装置がついてないな。ヘリとかにはそういうの付いてないイメージだったから、忘れてた。
一番先に下りたのは団長さん。続いて総長さんたち。ああ、怒鳴ってる、怒鳴ってる。掃除サボって怒られてるとか学生時分を思い出しちゃいますね。
今は陛下もいるので説教はそこそこに、一同整列して敬礼らしきポーズ。
「うむ、出迎え御苦労」
ちょっと皮肉っぽく聞こえちゃいますがね。あ、国章お返ししないと。
「ああ、それは持っていてくれないか。正式な許可証などは別途用意するが、国章があったほうがこのような乗り物の場合は都合がいいだろう。ただし濫用はしないように」
「許可証。良いのですか?」
「実際に使ってみなければ何もわからん。もし悪さを働くようなら、この男でも向かわせよう」
総長さんだ。小刻みに首を振っている。ムリムリってか。
「お仕事が増えそうですね、総長さん」
「増やすつもりか、なぁ?」
詰め寄る総長さん。私を庇い前に出るシエイさん。
「ま、待った。シエイさん。これはじゃれあいだから。な、ベル?」
ガクガクブルブルしているフリをしてみる。
「な!?」
「……シエイさん。シエイさんもわかってるでしょう?」
素直に引き下がるシエイさん。最近のシエイさんは冗談を解するようになった。
総長さんがぶちぶち言ってるがそれは置いといて。いよいよ法国に到着だ。都会、キタ!
「ベルよ、私はいったん城に戻り諸々の手続きを済ませる。しかしそれで発行されるのは仮の許可証だと理解してくれ」
「問題ありません。私としては、こちらのハルーンという人々が一族として認められれば、第一目標は達成です」
「献身的なことだ」
地元では好き勝手やってますのでね。法国が駄目ならそこらの行商人さんに声をかけて……いや、やっぱバックボーンがしっかりしてるほうがいいか。
「しばらく街にとどまるのか?」
「はい。予定は組んでいませんが……あ、『空艇』どうしよう」
流れで演習場のど真ん中に置いてきてしまった。特に見張りもいない。
「番をするように言ってある。明日改めて迎えを寄越すから、その時もう少し東側へ寄せてくれ」
「すみません。お手数お掛けします、団長さん」
「なんのなんの。宿はどうする? 場所がわからんと迎えに行けんからな」
「まあ、泊まれれば特にこだわりは……」
「何だ、水くさい。私の家に泊まっていけ」
「ええ!?」
いや、ありがちですけど。流石に図々しくありませんか?
「私ももう少し話をしたいのでな……ほれ、『アレ』の話だ」
個人用の『空艇』の話か。陛下に好感触だったので、気兼ねなく注文できると思ったんだろう。しかし、そこそこも人数がおりますが?
「ベル、あまり遠慮するのも失礼というもの。人数を気にするということは相手の屋敷が小さいと考えているということに繋がって、それを侮りととる貴族もいるからな」
ええ……貴族メンドイ。
とはいえ、せっかくのご厚意。甘えることにした。貴族らしい豪奢な馬車に揺られて、レパートさんの本邸を目指す。
時刻は昼頃か。人の往来はハドモント以上だ。背負子や荷車に荷物を積んだ人たちが行き来している。
「お姉ちゃん、都会だよ。都会」
「都会ですよ、ユウリ」
行き交う人々は普通の人種だ。一口に欧米人とは言いがたいが、ハルーンみたいなパステルカラーの頭髪は見受けられない。赤毛や黒髪、金髪など。
「やっぱ獣人さんはいないね」
「そのようですね」
活気がある。おばちゃんやらおいちゃんやらがお客を取り込まんと必死だ。この馬車にもそれとなく声がかかってくるあたり、貴族に対する畏怖、あるいは敬遠は少ないのだろうか。
「レパートさん、この街はどのような街なのでしょう。交易などは盛んですか?」
「そうだな。盛んと言えよう。流通にまで詳しくはないが、この街に暮らす上でアレがない、コレがないと悩まされることは少ないからな」
良いですねぇ。
「領地を広げる過程で田畑の開拓と領内の区画整理なども堅実に行われてきたそうですから。それらの作業には『連合』が大きく貢献したようですね」
ユウさんが補足してくれる。しかしマジか。あの総長さん結構大物なんです?
「レンタロウはまあ、露払いなどを任せていたのだが……いささか信頼が集まりすぎて、今ではそのてっぺんに担ぎ上げられてしまったな」
めんどくせぇ、めんどくせぇって言ってるのがデフォルトなイメージ。レーンさんにいじられるのも信頼ありきの清涼剤になっているんじゃないでしょうか。
「そういえば連合本部ってここにあるんですか?」
「形式上はここからもう少し南、交易都市にある建物がその扱いだが、アイツはこだわっていないな。『伝話』なる道具があるおかげで情報のやり取りの速さは圧倒的だ。主だった支部ならどこででも即応できる体制を整えているわけだな」
「なるほど」
「……ん」
おっとっと。シエイさんがおねむのようだ。
「仲が良いな。完全に気を許しているわけか」
フソウの人の扱いか。これはいったん街で買い物なりなんなりしてみないとわからない。表面上は何ともなくとも、ぶっ壊れレベルで偏見があるなんて表現の作品も見たことあるし。
「ユウさんも、買い物くらいは大丈夫なんでしょう?」
「私はこの服がありますから。ボロを纏っていたときは……いえ、止しましょう。私が子どものころよりはマシになっているはずなんです」
つよいなメイド服。
「『メイドギルド』なる組織はここにあるんですよね?」
「はい。そういえばそちらの、妹さんが長と面識があるとか」
「はい、というか命の恩人です。あの人がいなかったら私はおに……いや、お姉ちゃんと会えてなかったはずです」
「ちょっと挨拶ぐらいはするべきかなぁと。お菓子はお好きでしょうか」
「ええ、実際に会われると驚くかもしれませんよ?」
話だけは聞いてるんですけど。私が身長で勝れそうなくらい小柄な美少女らしい。職業からすると『女性』といった年頃なんでしょうか?
「ひとまずは私の家に顔を出す。私も一応『視察』だったのでな。あまり好き勝手に振る舞っているとアイツが憤死しかねん」
「どうぞどうぞ」
ご子息も気の毒に。
商店区画から離れると急に静かになる。騒音を出すものが無いですからね。閑静な住宅街ってやつですか。
街からこの辺りの空間まではそれほど高くない壁で区切られている。こんなのでいざって時に大丈夫かと思ったが。
「わあ、しっかりお堀」
「そうなりますよね」
何も知らずに乗り越えて飛び降りたらスゲェ落差。骨折ならまだ運が良いほうか。地味にエグい。通用門のほうも、貴族の馬車だからって改めに気は抜かない。車内が女子ばっかりでちょっとにやけていたのは見逃してあげよう。
レパートさんのお屋敷は確かにスゲェものだった。私んちの二倍以上あるんじゃなかろうか。庭も広く、丁度、庭師と思われる男性が庭木を剪定しているところだった。
「豪邸だぁ。豪邸ですよ、お姉ちゃん」
「そうですねぇ、妹」
軽く会釈し、玄関の前まで行くとパリッとした着こなしの男性が一礼してお出迎え。家令さんかな?
「レパートさま、ようこそおいでくださいました。そちらの方々はお客さまですかな?」
「突然すまない。別邸で迎えるには申し訳ないのでな。視察の報告も兼ねて招待したのだ。空きはあるか?」
「もちろんでございます」
隙がないですねぇ。
「レパートさま、私はいったん業務に戻ります」
「うむ。後でな」
私たちは家令のホルドさんに案内され、ご当主の執務室へと向かう。こう言っちゃ何ですが、もう王様に会ってきましたからね。大概のオーラでは怯みませんよ?
「旦那さま。大旦那さまがいらっしゃっています。お客さまもご一緒に」
「お通ししてくれ」
室内はいかにも質実剛健。重厚な存在感を放つ黒い木材を用いた机。その机で書類仕事をしていたらしい男性がこちらを向く。
「……っ!」
後ろを向くとユウリがしゃがみこんで苦しそうにしている。何事!?
「む、どうした」
「わ、わかりません。ちょ、ユウリ。どうしましたっ!?」
『マ○オ』
「は?」
何で配管工……と思って、ちらっと旦那さまの顔を見て、すぐ視線を戻す。
マ○オや。
『て、てれっ、てっ……ぶはっ!』
やめーや。笑わそうとして自爆してんじゃねーですよ。あかん、無理。シエイさんの胸元にダイブし笑いを堪えよう。助けてシエイさん!
「ええっ!? ベ、ベルさま? い、いけません、こんなところでっ。いや、ちょっと。もごもごしないでくださいっ」




