白き、生き証人。
翌日、皆は引き続き町の散策に出掛けた。私とベリルさんは『GALE』で空から島を見てみるつもりだ。
ハルーンの舟を普通に港に乗り付けると周りの舟と紛らわしいので、ヘリポートのごとく専用の発着場を確保したいところ。そのための候補地探しと、単純に探険。ベリルさんも、そして私も火山島を見学したことなんて無いのでちょっとワクワクしている。念のための非常食も用意して、準備は万全。
「すごいわねぇ。この鎧も貴女が作ったの?」
「『地球』の物語なんかでお手本はありましたからね」
シエイさんちの庭に『GALE』を駐機して最終確認をしていたら、人が集まる集まる。平屋で遮るものなんか無いので、近所からは白く巨大なロボットが丸見え。とても目立つ。
「すいません。ちょっと騒ぎになってますね」
「たまにはこういうのも悪くないわ。子どもたちも騒ぐような歳ではないから、家の中は静かでね」
お義兄さまは寡黙に過ぎますがね。
「シュリさーん! お邪魔しまーす!」
近所の子どもたちなのか、わらわらとやってきて『GALE』の周囲で騒ぎ始めた。いきなりベタベタ触らないあたり、好感が持てますね。
「でっけー」
「かわいいー」
「つよそー」
むふふ、もっと褒めていいですよ?
子どもたちを乗せて飛ぶっていうのもお約束ですが、さすがに人様のお子さんを預かる責任までは持てない。ベリルさんはもう大人ですし。自己責任ですし。今日はお仕事ですし。
「ほらほら、あなたたち。今から飛びますのでね。危ないですよ」
「ベルちゃん、気をつけてね」
「安全第一で行って参りますよ……お義母さま」
「ふふ」
いつものように『ジェット』を吹かし、その躯体が持ち上がる。そこいらの人よりは魔力があるはずのベリルさんを乗せていても魔力の干渉は無さそうだ。普通に飛べている。
「うわぁ、わぁ! 飛んでるよ、師匠! 飛んでるよぉー!」
「飛ぶのはそもそも初めてじゃないですよね? 舟の開発に携わっていたんですから」
「あれは窓から覗いてるだけだもの。師匠も自力でこの『眼』の魔章を開発していたなんて。恐れ入るねぇ」
ビデオカメラなんて作りようも無かったので、この『眼』の再現が一番難儀したのは事実。幻術の類いは見つけたので、その中から『受像』や『投影』に関わると思われる魔章をヒイコラ言いながら総当たりで探したのだ。ベリルさんたちは最初っから、その抽出された部分を知っていたわけだ。
「ずるい」
「え、何が?」
いちおう遅めのスピードで飛んでますが、ベリルさんは大丈夫でしょうか。舟に比べればスイスイと動き回りますからね。
「あ、師匠! あの大きさ、例の『ホウオウ』じゃないか!?」
確かに、正面に馬鹿デカイクジャクみたいのが飛んでいる。すぐに追い抜いてしまったが。
「あっ、師匠。せっかくなんだし捕まえていこうよ」
「昨日食べたでしょう。みだりに狩ってはいけません。いちおう希少な生き物らしいですから」
それにしてもあの飛び方は明らかに航空力学以外の何かで飛んでますね。羽ばたきがスローだ。むしろボートが水上を進むような。ああいう飛び方をしているから程好く脂がのった美味しいお肉になるのかもしれませんね。
今度は火口をこさえた火山が見えてきた。地球の火山を文字通り『上』から見たことなんかないので比較はできないが、富士山よりは小さいか。形は綺麗なものだ。噴煙は上がっていない。
「これが火山か。素晴らしい眺めだね。実際に風を感じて飛べたら言うことはないけどね」
「そういうのは、それこそあの舟が大型化でき……」
「師匠、それなんだけど。『舟』ってだけじゃ味気ないからさ。良さげな名称を考えてくれないかな。この鎧を『ゲイル』と呼ぶように」
おやおや、いいんですかい? 私のネーミングなんて大概、厨二ですよ?
「考えておきますよ。今はホレ、あの辺とかどうですか? そこそこ広いですから、修理なんかもやり易いですかね?」
「ああ、そういうこともあるだろうね。そうなるとフソウに常駐、あるいは定住する人間が必要か」
「フソウにいたら、温泉使いたい放題だと思うんですよ」
「つまり、私だね」
ふやけるまで入ってそう。でもこの人いちおう責任者ですしね。もう少し舟を作れる人員が揃うまで、移住は勘弁してほしい。
「はいはい、わっかりま……いや、師匠。なあ、師匠」
「何です弟子?」
「やっぱり、この鎧の作り方教えてくれたほうが早くないか? そしたらこうして思い立った時点でヒュッと飛んでいけるだろう?」
別にこの人を信用していないわけではないのだが……いや、やっぱり信じきれてはいないのか。地球にいたころから慎重派を自称していましたからね。心配性とも言う。ビビりとも。
「慎重派ならなおさらだ。この鎧ひとつきりで対処できないことも考えておくべきではないかい?」
確かにそうかも。ぶっちゃけ過剰に知識をばらまかない理由としては独占したいというのがある。銃だって作ったはいいが、ろくすっぽ使ってない。総長さんに何度か確認してみたが、それらしい武器の情報はまだ聞かないそうだ。でも時間の問題ではあると思う。なら、早めの備えも現実的な判断と言えるだろうか。
「……それも、考えておきます」
引き続き、島の外縁に沿ってぐるりと回ってみる。気分はワールドマップを飛び回る飛空挺。
「本島は少しだけ縦に長い島なのかね」
フソウ全域が見渡せるほど高空を飛んでいるわけではないが、たぶんそうだろう。本島の南北に大小の島が連なり、中には潮の満ち引きで沈んでしまうんじゃないかって規模のも散在している。
それらのうちのひとつ。綺麗な砂浜がある小さな島に、何やらデカイ生き物がある。
「フェネック?」
あの大きな耳はテレビなどで見覚えがある。耳というか、全身大きいんですけど。さらに、白い砂浜と同化するレベルで真っ白な体毛。
「尻尾が二本生えてる。ああいうのもたまにいるらしいね。大きさは規格外だが」
この世界にもアルビノやら形成異常の類いは起こるらしい。とはいえありゃどちらかというと。
「『妖孤』ですかね。話を聞いてみましょう」
「師匠、動物が喋れる前提で話を進めるのはどうかと」
おーおー、睨んでます睨んでます。しかしそこらの野良犬のように吠えたてることはしない。どこか貫禄のようなものを感じる。
『お初にお目にかかります。警戒せずとも、お話をうかがいたいだけです』
『妙なナリよ。人のようで人にあらず』
『喋ったぁ!』
ベリルさんのリアクションがちょっとうるさかったようで、顔をしかめている。
『騒がしいのは好かん』
『なるべく静かにしますので、何卒』
お狐さまのご機嫌をうかがうには、やはり『油揚げ』か?
『……それで?』
『この辺りに港のようなものを作ろうか作るまいかと……あ、下りていいですか?』
『楽にするといい』
何となく上から見てる感じでしたのでね。ああ、生で見るとモフりたくなってきた。
『それは乗り物ということか。娘がふたり……いや、娘という歳ではないか』
「ほっといてくれ」
ベリルさん、微妙なお年頃のようだ。
『それで、港か。このフソウに害を為すようなものでなければ、とやかくは言わぬ』
カシカシと顔を洗うしぐさをする。
『じゃあ私からも。『分霊』という言葉を知っているかい?』
『霊を分かつ、か。ニホンにも似たような言葉はあるが……』
『ニホン!!』
このお狐さま、日本出身か!?
『あ、あなた! 日本から来たんですか!?』
『そう言うぬしは……』
じっと私を見る。お狐さまも日本語だ。
『髪は黒いが……その眼はどうした。蛇のようだ』
『眼は生まれつきですよ。先祖帰りってわかります?』
『ふむ……?』
私のまわりをくるくると。尻尾撫でたいなぁ。
『事情はよくわからんが、日本に馴染みがあるのだな。わらわは『灼羅』と名づけられた。遠い昔、ある男とともにこの世界へとやってきた』
仙人さんではないそうだ。あくまで人間の男で、生きていた時代もかなり昔。日本史で聞くような名前がちょいちょい出てくるのは何か、スペクタクル。
『十三郎の家は少々特殊でな。鍜冶を生業としていたが、その裏で頼まれ、人に悪さをする妖のものを調伏することもあった』
『陰陽師のようなものですか』
『あれらはときに騙りもいたがな。十三郎の仕事はとにかく、腕っぷしがなくては話にならん。そして、ときに調伏した『妖』を素材として刀を打つことがあった。わらわもそのうちの一本』
言われましても。ひと言断り、前肢を触らせてもらう。おぉう、モフモフ。もろに生物の感触がありますが?
「生き物を、武器に? そんなことできるのかい、師匠?」
『『化粧応神刀』というものがありましてね……もちろんお話の中でですが。原典では人間の女性を素材とする外法とされていましたね』
「師匠、言葉戻して? わかんないんだ」
『娘のナリでその名を知るか。ぬし、見た目通りの歳か?』
失敬な。鋭いけど。
『ともかく、わらわはあやつの口車に乗せられてこのざまよ。所詮人の身であったあやつは早々にくたばりおった。それからはこの地に身を寄せ、この地を見てきた。ぬしから見て、このフソウは良きところだったか?』
『はい、間違いなく』
ついつい話し込んでしまった。彼女はとっくにあちらへ帰る気は無くしているようだ。想像するだけでも、かなりのリソースを使う計画でしょうし。
「師匠、私にはまだまだ知らないことがあるんだね」
「今回は例外ですよ。さっき言ってた魔剣じみたもの、作んないでくださいね?」
「わかってるさ」
候補地は決まった。修理などに使う予備の材木も、許可さえ得られればどうとでもなりそう。そろそろ舟の改良を考えましょうか。大型化とか。可能なら上に甲板を設けて、そこから景色を楽しめるようにようにしてもいい。今の状態はで屋形船が空飛んでるようなものですからね。
「でもなぁ。事故起こりそうだし。でも気球だって観光として成立してましたし……」
「師匠、そんなに気にするなら開発に携わったらどうだい。たーのしーぃぞぉー?」
「森に携わるお仕事好きなんですが……そういうのなら引退してからも続けられますかね」
まだ先の話、ですか。
『眼』を通して、海を眺める。きれいだ。ほぼ自然のものしか視界に入らない。
「ベリルさんって、夢ってありますか?」
「ふむ。私は今みたいにいろいろ弄くりつつ、気ままにやっていられたらそれで十分だったんだけどね。今は、いろいろ見て回りたいね。世界を。かの御仁も、自由気ままな旅をしていてこちらに辿り着いたそうじゃないか」
十三郎なる人は、空を飛ぶ妖怪的なものを追いかけて、『いつもどおりに海上を』駆け抜けていて、気づけばこちらにいたそうな。
「ふふ、痛快な話じゃないか。何なら、ニホンに向かうための研究に着手してもいい。各地にそれらしい痕跡はあるんだろう?」
「そうらしいですね」
カナコさんは気長に、とは言っていたけど。早いに越したことはない。理想は行き来ができることでしょうけど。
旅行から帰ったら総長さんと話してみよう。この世界の魔法と知識とで、あちらに渡れないか。ともすれば争いの火種になりかねないですけど、カナコさんの話では地球もずいぶん様変わりしているようだ。もしかしたら、あちらからカナコさんを探しに来れたりするかも知れない。情報集めは大事になりそうだ。
「帰ったら、大型の舟を作れないか考えてみましょうか。それこそ、その舟ひとつで世界中を回れるくらいの」
「本当かい?」
「ただ行き当たりばったりはやめましょうね? 私はいわゆる『都会』のほうの知識がありませんからね。『これは我が国に対する侵攻かー』とか言われたらコトですから」
ま、私は地味に、地味にやってきましたからね。たまにはグイッと踏み込んでみましょうか。
フソウ本島に戻るともう夕方。皆はどうしているかと探してみれば。
「何ですかこの有り様は」
「お姉ちゃん、お帰り! 助けて!」
シエイさんが頭の上に酒瓶を乗っけてバランスをとっている。
カナコさんはアニソン魂全開。波長が合ったと思われる若者と肩を組んで歌いまくり。
クランさんは酒瓶を、アカン感じで舐め回している。放送ギッリギリですね。
「クランさんのそんな姿は正直見たくなかったですわーカナコさんスマホ貸してください」
あの映像は高く売れそうだ。
「お姉ちゃん! 助けてって!」
「冗談ですよ。しかし実際酔っぱらいなんか相手してられません。カナコさんはそのあたり真面目だと思ってたのに……」
「シエイさんに祝い酒だって。私も匂いだけ嗅いだけど、いい匂いだった。飲んだらこうなった」
「さいですか」
シエイさんがキス魔とかじゃなくて何よりですよ。




