少女、模索する。
出掛けに、父さまがかの『ご神体』に拍手を打つ。やめてよ。こっちに神道ないでしょ。
それは置いといて、母さまの魔法講義のあとからもちょくちょく剣に魔法に修行は続いている。ただ魔法も併用し始めたので、ペース自体は控えめだ。合間に街に出掛けることも増え、交友関係も増えてきた。
例えば、あのお洒落な酒場の娘さん。ちょっと気の弱い子だが、なかなか可愛い子だ。いちおう女同士なので、お洒落とか、恋愛がらみの話もしてみたり。感付かれては、いないはず。
例えば、ミゲルさん家の息子さん。いちおう自分より年上だが、コドモだ。自分も子どもだが彼はもっとだと思う。同族嫌悪というやつだろうか。
森の警らを行う人とも幾人か。ちょっと顔と名前の一致が怪しいが。おばさまが面接していた人は結局採用された。それとなくおばさまにアプローチをかけていて、他の団員やら酒場でくだをまくおいちゃんたちに『お呼ばれ』されているようだ。何だかんだめげずにアプローチを続けているので、実はおばさまのほうも…?
今日はちょっとした買い出しだ。警らを手伝うようになったり、街でちょっとアルバイトみたいなことをしてそこそこ小銭が貯まりつつある。
「紙と、ペンと…あと、この間言ってた鉄屑、どうなりました?」
「ああ、ぼちぼち集まってるぜ。魔法で鋳潰せるってのはいいな。手間賃取ったら小金が貯まるんじゃないか?」
「今のところは練習に使いたいだけですから。代金的にインゴットをお返ししてるとはいっても元手はタダですし」
「まあな。でも腕がいいってお褒めの言葉もあるぜ?商機は逃すなよ?」
「そういうのは息子さんに言いましょうよ」
「言って、聞くならな」
なんか冒険者的なことを目指しているらしい。この世界で一定の人口もいて、無闇に広いと思われるこの世界で案外需要はある。見聞きした情報を集積し、伝播するギルド的な機関もある。もちろん腕っぷしも、頭も必要だ。簡単にできる仕事ではない。私、いや俺としては彼にはこの店を─
(…そろそろ考えたほうがいいのかね。『俺』か『私』か)
人が見てる前では意識して『私』と言っているが、頭で考えるときは『俺』だ。それでも最近は自然と『私』となることが増えてきた。これがただの慣れなのか、もっと別の何かか。少し、怖い。
魔法の訓練メニューをこなしつつ、これからのことを考える。魔法は相変わらず射程は短いまま。だがそれ以外は特に不都合を感じない。サブカル知識のおかげか、炎の剣、水の盾、風を起こしてスカートを揺らす。なんでもござれだ。まあ最後のはカンのいいひとにはバレるんだが。母さまとか。アホなことを考えつつも、順調ではあるのだ。しかし、拡張操作に関しては母さまは未だに気にしているようだ。
解決策は考えてある。いや知っている、か。射程が短いとは言っても、自分の両手では足りないくらいの、近距離『広範囲』はカバー出来るわけだ。それだけの精度と魔力量はあるらしい。
そして、『手元で何らかの作用を起こし』、『金属を遠距離に飛ばす』手段を自分は知っている。
(銃、か…)
たぶんこの世界に銃はない。なまじ魔法が万能なので、ワザワザ細かいパーツを苦心して作って、とか気が回らなかったのかも知れない。そもそもこの街にいると紛争とかそういう気配を感じない。油断は禁物だけど。
今は街で貰ってきた鉄屑で『弾丸』の試作中だ。意外と丸くは作れる。しかし精度はどんなもんだろうか。9ミリ拳銃弾から5.56ミリライフル弾。それぞれの亜種的特殊弾頭。散弾。榴弾サイズのデカイやつ。冗談で作った槍の穂先のような馬鹿デカイやつ。すぐ鋳潰したが。撃てるかこんなの。火薬…というか魔法で起爆して薬莢から弾を飛ばすつもりだが、こればっかりは実際にやってみないとわからない。
母さまの持っている短杖がヒントになるだろうと思って質問してみればどうやらお手製らしく、『魔章』と呼ばれる飾り文字が刻まれたそれらに魔力を走らせることで、さまざまな効果を安定して発動させる技術だそうだ。実に自分向きだと思われたが、これにはなぜか思うところがあるらしく時間が掛かるからともっともらしい理由で先延ばしにされている。
とりあえず思いつく限りの案は紙に『日本語』で書き留めてある。意外と忘れていないものだ。五十音表と、逆引きできるようなこちらのアルファベット表も作ってある。使う機会はないと思うが。興が乗ったので中学でわかる程度の英語訳も付けつつ。私はこっちで何をやるつもりだ。
今考えているのは『コンテンダー』。ライフル弾を一発のみ装填、発射するというシロモノ。リボルバーも考えたが精度が怪しいうちはシリンダーの回転が半端なまま発射して下手すりゃ大怪我な未来しか見えない。単発式なら銃身をガチガチに固めてしまえば意外と危険は少なかろうという判断だ。少女の細腕に40センチの銃はどうかと思うが身体強化があればたぶん大丈夫。なんならストック付ければ…じゃあもうボルトアクションライフルでいいじゃん。
中学時分の人には言えない趣味が異世界で結実するとは。今後、鉱物操作で作れそうなものをリストアップしていく作業は実にニヤニヤさせられるものだった。
精錬鉄の色が『白』ってのも幸運だった。工業製品には白いものも多いから違和感なく仕上がりそうだ。しかし、銃に精錬鉄使うとなると真っ白な銃になるわけで…ま、いいか。異世界だし。
(けど、当面は封印か。あっさり人を殺せる武器だし。十代女子がいきなりそんなもん作ったら本人ごと危険物扱いだわ)
甘いのかもしれない。やるべきときにやるべきことを。今までそうしてきたはず。ただ、自分はこちらに生まれてから、獲物として動物を殺したことはあっても人を殺したことはない。もちろんそれは普通のことだ。余所では知らないが、ハドモントでは刃傷沙汰など聞いたことがない。殺人に対する裁きはあるし学びもするが、何だかんだでハドモントは穏やかな場所。そこで人に銃を向けることにはならないだろう。そう思って、引き金と撃鉄の連動までは完成していた模型もしまいこみ、いつものハドモントでの生活に戻った。森の警らを勤めつつたまに流れ込んでくる猛獣をしばき、友人たちとじゃれあってこの街で暮らしていくのだと疑わず。
しかし後になって、『私』は、その選択を後悔することになる。