少女はどこか苦労性。
街を出発し、現在地はハルーンの里。名前も無く『里』。何か名前つけたほうがいいですかね?
「今さらですけど、私がこっちに来るのって初めてですね」
「そういえばそうね。貴女は故郷を大事にしてるようだし。私は、歩き回ってるほうが性にあってたみたい。生まれ育った場所が嫌いなわけじゃないんだけど…」
「いろいろありましたしねぇ」
「今でもよ」
ここも舟が行き交うようになれば自然公園やら自然保護地区的に観光資源として利用できそうな…いや、違うか。そもそもこの世界に自然なんぞ溢れかえってる。
「あっ、師匠ー」
「師匠? ベルちゃん、弟子がいるの!?」
「カナコさんもすぐ真に受ける。じゃれあいでそう呼んでるだけですよ」
「ひどいねぇ。私はわりと本気なのに」
いつもの緩いやり取りが懐かしく感じる。私、ベリルさんのことは結構好きですからね。ライクな意味で。事件のどさくさで下手したら死んでたかもしれない人ですから、今思えば幸運な出会いだったんですよね。お互いに。
「せっかく来たなら寄ってかないかい? お茶くらい出すよ。師匠の家ほど居心地がいいかはわからないけど」
私も別に張り合うつもりはないんですけど。前世とくらべて、こちらののんびりした生活がなんと尊いことか。
せっかくお招きいただいたのでお邪魔することにした。
結界が無くなっても里は完全に森の中なので、適当な人員が空間魔法を用いて資材を持ち込み、それで家を増築している。基本はログハウスのようなつくり。あれって簡単に作ってる印象でしたけど結構大変そうですね。木が伸び縮みするのを見越した寸法にしなきゃいけないらしいですし。
「さ、どーぞどーぞ」
周りの家と大差ない、とか言っちゃいけませんが、これが平均的なつくりと思われる。ワンルーム…でしょうか。内壁がない。でもベッドはふたつ。遊牧民のゲルとかがこういう家でしたか。
「そうか、旅か。いいなぁ。師匠いいなぁ」
「…姉さん。ベルは後のことを考えて、引き継ぎも探して、資金も充分に用意したうえで旅に出てるわ」
「わ、わかってるさ。まだ何も言ってないじゃないか」
相変わらず遠慮ナイ。
「だから…姉さんもそのつもりなら、準備してからにしなさい」
「…クラン!」
「あーつくるしぃーい!」
デレますねぇー。
「もちろん師匠を見習って後進を育てているさ! 『防刃着』も『防弾着』も量産に入っているしね! あと、あの…アッチも…」
湖沼地帯の自浄作用がどれほど作用するかわからなかったので、どうあっても排水が増える水回りの改造には口を挟んだんですが…
泣くんだもん。
嘆願書持ってくるんだもん。
「…でも、里に貢献しまくってる今の状況で外出させてもらえるのかしら」
「だからこそだ! 足が軽いからってお前やカシェばっかり表に出て! ずるいぞ!」
「しょうがないじゃない。姉さんの『分霊』は……」
そういえばベリルさんが『分霊』持ってるかどうかなんて知りませんでしたね。
「興味ありますね。ベリルさんの『分霊』。ウチの子たちは以前見せたんですから」
「ダメよ」
「……ええ、まあ無理にとは」
何か変な空気。シリアスなわけでもないのですが…?
「ともかく、行きたいね、旅」
「ま、どうせ舟を使わせていただくつもりなんで、大して情緒もありませんがね」
「えー? あの、明らかにただの舟が空に浮かぶんでしょう? 充分情緒あるじゃん」
文句を言いたかったわけじゃないんですがね。
「ま、自力で飛んじゃう師匠には敵わないがね」
「こら弟子」
「ベルちゃん空飛べちゃうの?」
カナコさんが釣れた。
「いや、あの…」
「フフフ、師匠。せっかくこっちに来たんだ。皆に『鎧』を見せてもらおう。オマエタチ!」
「「ヤー!」」
玄関から窓から床下収納から寝床がスライドしてその下から。これは酷い。面白がって要塞化とか隠し扉とか教えるんじゃなかったな。
「人の寝床になにしてくれてんのよ!」
クランさんは被害者。
「大丈夫だよ。普段は鍵できるから」
「落ち着いて寝らんないわよ!」
寝床の下は私だって嫌だ。
「この人たち面白いね」
「ねぇ」
「面白がってんなっ!」
まあ姉妹コントはともかく今回は逃げらんなさそうだ。目つきがヤバイ。
「大丈夫。ただの技術屋仲間だ。少し、情熱的なだけだよ」
「少し?」
確かに見知った顔がいる。あの一件でハルーンの人たちにはいろいろ見られている。この人数でワガママ言われてはさすがに暑苦しい。お茶を飲み干す。
「わーっかりましたよ。カナコさんもついでだから見ていくといいです」
「何を?」
表に出て庭を使わせてもらう。『ポータル』の展開も慣れたもの。
「うわ、なにこれ」
カナコさんに『ポータル』を見せるのは初めてでしたね。口開きっぱなしのカナコさんは置いといて、操縦席に腰を下ろし、周りに注意を促しつつ浮上。
「おおお! 素晴らしい!」
「猛々しくも美しい曲線!」
「脳が刺激されるぅ!」
『うわぁ、降りたくない』
そんなわけにもいきませんが。機体を降着させた途端、わらわら集まってくる。
『こらこら、開けられませんから離れてくれませんか。散れぃ!』
素直に散るハルーン勢。カナコさん、口閉じましょうぜ。妹に何か呟く。胸を張る妹。
「よい…せっと。カナコさん、つまりそういうわけです」
「ドウイウコト!?」
─ ─ ─
「そう、つまりこの機体で…」
「ま、ざっくりとしか説明してませんでしたね」
「記憶を引き継いでるからって、こんなの作れちゃうもんなの?」
「作れちゃいましたねぇ」
「はぁ……アーネスさんがこんなの見ちゃったらエライことになりそう」
脳内再生よゆーですね。
「でも、確かにカッコいいね」
カナコさんからお褒めの言葉。わかってらっしゃる。
「ありがとうございます」
「バラしたいね」
ベリルさんのスプラッタ。
ベリルさんいわく、この『鎧』があれば開拓も捗るだろうとのことですが。絶対自分の趣味だわ。吐息も荒けりゃ鼻息も荒い。武器は積ませないからとか言ってはいますが…。
この『GALE』。実は言うほど『膂力』が無い。身の丈以上の大剣とか無理ゲーなのである。『エンジン』で機体を制御、装備した小剣と機体の重量で叩っ斬るスピード重視の機体。防御が低いわけではない故に『空飛ぶ棺桶』にならずに済んでいる。
「じゃあ開拓に使おうと思ったら…」
「でっかい鋸やら斧やらが必要になりますか。地道にギコギコ」
「本末転倒だなぁ」
「しかし、しかし! 私も作ってみたいです! 大きいは正義です!」
何で異世界でまでそんなスラングを。褒めてるものは違うけど。
「どうするの?」
別に丸投げしちゃってもいい。すぐさま量産ラインに乗るとは思えないし、鉱物操作はハルーンでもレアスキルであるとわかった。万が一私の『モリガン』が破損した場合、予備のパーツを用意してもらえると考えれば旨い話だ。ヒャッハーしようとするやつがいればその都度横っ面張り飛ばしてやればいい。
「少し、いいかね」
エルフ耳のおじいさんがいらっしゃった。いわゆる『エルフ』と違ってハルーンはちょい長生きな人間くらいの寿命だ。普通に歳もとる。とすれば長老さんか。見回せば周りのハルーンさんたちは最敬礼。
「ベリルさん、これ、合わせた方がいいんですかっ」
「あー…いや」
「あくまで内輪のものよ。気にすることはない」
「…そうですか。では改めて。ベルガモートと申します」
「これはご丁寧に。マーレンという。しがない老いぼれよ」
とはいえ何やら空気が違う。私もそれなりの礼儀が必要か。自信無いけど。
「これが、件の『鎧』か」
「はい…」
その横顔は年齢なりの顔立ちでなんとも表情が読めないが、この人もしかして…
「私はジェラの祖父。孫娘が取り返しのつかぬことをしてしまった。許されることではないが…申し訳ない」
つまり、あの女のおじいさんか。孫を殺した相手に頭を下げにくるとはずいぶんと人格者だ。とっさに剣に意識を向けた私よりは。
「憎いか」
「いえ、失礼しました。貴方に思うところはないんです。まだ、割り切れてないみたいで」
「…無理もない。あの子も両親を亡くしていてな。周りのものたちで見ていたつもりだったのだが」
「……」
「いや、すまぬ。今日来たのは直接会って謝意を伝えねば、というのと…純粋に興味とでな」
「では、ここからは」
「うむ、お互いに」
私もいつまでも暗い話題はいらない。そもそも物見遊山のつもりで旅に出たんですから。
「ユウリ、いいですね?」
「…お姉ちゃんがいいなら」
そういえば護衛として控えているうちの一人はフェニックさんだ。この人全然話せてないからちょっとわからないんですよね。本当に危険人物ならこのタイミングでわざわざ顔を出さないような気もしますが。軽く会釈したきり、会話には参加してこない。
「ふむ、私は特に反対する理由はないが。むしろ君が危惧を抱くべきではないか?」
「無いとは言いませんが…何かあれば正面から叩くと決めました。無償で信用ならないというなら、せいぜい知識を無心しにお邪魔しますよ」
「歓迎しよう」
私の『GALE』はともかく魔力を通すのがキモ。ついつい神経だの筋肉だの使って例えてしまうが、いまいち伝わりにくい。医学知識って基礎の基礎があるだけでも違うんだなってよくわかる。
「体の中に雷!? 人間とはそんな末恐ろしい生き物なのか!」
「貴方も同じはずですよ…」
「マスーを解体したことはあるが。ふむ、こちらが縮んで、伸びてか」
「この『鎧』はちょっとつくりが違うんですが…」
「はぁ、はぁ…」
「あんたは撫で回してるだけじゃねぇですかっ!」
公会堂的な建物に集まり、様々な話をする。きっかけこそアレだったが、悪くない交流ができていると思う。バッシングが意外と少ないのは幸運だ。誰かが根回ししてくれてるんだろうか。
「あの舟に思うところはないのか?」
「マーレンさん、そういうのは無しだったはずですよ?」
「むぅ…」
「…質問に対してですが。道具に罪はありませんよ。あの舟も便利でしょう。もうちょっといろいろ付け足してもいいんですが」
重さを相殺するような魔章なんだから、本当はもっとヒロイックな外観でぎゅんぎゅん飛び回るやつとか作ってもいいんですが、人体実験するわけにもいかず。
「老体にはあれぐらいがちょうど良いわな」
「大事です。あれは民生品。子どもだって乗せるんですから無茶はいけませんよ」
「ふむ…ああ、遠慮せず食べてくれ。お嬢さんがた」
謙遜していましたが、出される果物も普通に美味しいですね。この洋梨っぽいのはお気に入りである。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「この近くはまだいいけどさ。法国とかはどうするの? ここの舟を使って乗り込むの?」
「乗り込むってやめましょ? 湖沼地帯の端までは舟で行って、そこからは馬車が無難でしょうね。航空戦力は無いって言ってましたし…あ、でもでも。過去の遺産とか言ってメイディークには飛空挺くらいありそうですね」
「ありそうありそう。その時はどうするの?」
「私が勝ち目が無くなるとすれば小回りの利く小型の戦闘艇が数で攻めてくるとか。防ぎようの無い超大火力の『なぎはらえ!』とか。そんなもんでしょうね。大きな戦争があるわけでもなし、それらの維持費は馬鹿にならないと思うんですが」
「あー、ねー」
私の『GALE』はメンテナンスフリーなとこあるものの、定期で魔力の充填は必要。ハルーンの人たちが現在運用中の舟は魔章が削れたりしないかぎり、ちょっと穴が空いたくらいなら飛ぶことはできる。高空は無理ですけど。
結局、運用は難しくない。フットワークが軽いのだ。予算の申請の手間とかいらんので。これが大きな都市なら住民の…いや、反対とか押しきって開発を進めるのかもしれない。油断はできない。
「…って、私は観光しに旅に出たんですよ。後は知らない! 現地の人が好きにやってください!」
「はっはっは。君も大変だな」




