JK、少女と出会う。
ハルーンの里からハドモントを目指して、いよいよ出発だ。
「ふーむ、ふぅむ、む?」
「アーネスさん、駄目ですよ?」
「まだ何もしてないじゃない」
今はともかく、飛んでから変なとこ弄って航行不能、墜落とかシャレになりませんからね?
「正直言って、地味よね?」
空気読め魔女!
「ベルと相談して、こちらの文化に合わせた作りにしたほうが良いってことになったのよ。まあ、美的感覚も里の中で凝り固まってた可能性は否めないけど」
「いいえ、私は断然こっちを推しますね。エルフが作った空飛ぶ乗り物がいきなり『ジャンボジェット』だったら、正直引きます」
「そ、そう?」
参考までに、スマホに入ってた飛行機の画像を見せてみた。
「鳥?」
「ふふっ、細長い」
アーネスさんの変なツボにハマったらしい。
「これが、飛ぶの?」
「そうですよ。ほら、これ人間です」
「え、嘘。大きい…え?」
クランさんとミッタさんは、まあ、普通に不思議がってる。
「私からすれば、この翼さえついてない乗り物が空を飛ぶってほうが無理あるような。あ、気球があるか」
気球の画像も何故か入ってた。どれだけ大空目指してたの、私。
「火が出てる。燃えたらどうするのよ…あ、大丈夫よ。飛ばして」
「わかりました。いきますよ」
操縦士の爽やかボイスのハルーンさんの掛け声で、シートベルトをしてなかったことに気付いた。しかし。
「…無い!」
「え、何が!?」
「『シートベルト』!」
「…え、わかんない」
「忘れ物でしたら戻りますよ?」
爽やかさん、ナイスアシスト。いやそうじゃなくて。今まさに飛ぼうとしているタイミングで、シートベルトの大切さを説くハメになるとは。
「なるほど。大事かもしれませんね」
「ベルはどうして言わなかったのかしら。まあ、あれで抜けてることもあるし、たまたまか」
ドジっ子ではすまないような。向かいを見るとアーネスさんが窓にかぶりつきで外を見ている。
「……あれ、既に飛んでる!?」
「はい。ですので、あのぅ…」
あ、そうですね。飛んでるのに気づかないレベルの静かなテイクオフだったけど、さすがにうろちょろしてると揺れる。大人しく席に座り、窓から外の景色を眺めることにする。
「おおお……飛んでる!」
高度はそんなでもない。これくらいの高さなら乱気流とかもないだろうし、気球と同じ感覚かな。
上から見る湖沼地帯。湿地みたいな場所を想像してたけど、しっかりした陸地がある。大小様々な湖と、所々に人影が。あの人釣りしてるのかな。
「クランさん、里ではハルーンの人たちはどんな暮らしを?」
「河川や湖で漁や養殖、少ないけど牧畜も細々とやってきたわ。でも今回の件で『結界』を解くとともに、人も物も出入りするようになったの。忙しなくて、でも活気に満ちてる。そんな今を私は歓迎してるわ」
なんか、大人っぽい。私より年下なのに。異世界だと早く大人にならなきゃいけないのかなぁ。
「嘘みたい、本当に飛んでる。ねぇ、この舟の仕組み詳しく教えてもらうわけにはいかない? 誰にも教えないから」
「えーと、それは…」
「………」
無言で首を横に振るセンパイ。いや、そろそろ喋りましょうよ。もしかして喋れないのかな。
「そちらの人は、もしかして声が…?」
「出ますよ」
出るんかーい。
「確かにいつか技術を開示する日が来るかもしれませんが、今のところはそれで私たちに得があるわけでもないでしょう。貴女も魔法の心得があるようですが、秘伝のひとつやふたつ、あるのでは?」
喋るとなったら流暢だ。
「……それもそうね、ごめんなさい。忘れてちょうだい」
「あくまで今は、です。信頼できる相手と判断されれば、場合によってはより大きな相手とも取引があるかもしれませんしね」
「考えてみればメイディークの人間にこんなの見せたら大騒ぎになりそう。力ずくも辞さないかも」
「それは穏やかではないですね」
私が危ない目に遭ったのなんて最初のオークぐらいだけど。確かに異世界ものならありうる話か。でも、今のところいい人ばっかりだけどな。
そういえばハルーンの里には寄れなかったし。本人たちは大したものはないって言うけど。エルフらしい外見で美人だったり可愛かったりだからなぁ。そりゃ目立つさ。
「見えてきましたよ。ハドモントです。少し、舟を振りますね」
舟がゆっくり横を向き、当然のように空中で静止。ちょっとふわふわ揺れてる。
「あれが。ラズラより大きいかもしれないわね。それに、ずいぶんと大きな樹が生えてる」
「ですねぇ」
街のど真ん中に堂々と。あの樹の周りにだんだんと街が出来ていった感じか。
「まだ街のほうに降着する設備ができていませんので、少し離れたところに降ろします。すみませんが馬車で街までお願いします。お疲れさまでした」
ふわっとした感覚とともに着陸…したらしい。CAエルフが舟の後ろを開ける。
「ふぅ。ちょっと緊張したわ」
「ミッタさん、高いところ大丈夫でした?」
「どういうこと?」
「高所恐怖症なのかなって」
「よくわからないけど…落ちるかもしれないって疑うのも失礼じゃない」
「あはは、そうですね」
「こんなものが空を飛ぶわけない!」みたいな反応をちょびっとだけ期待してたんだけど。アーネスさんは普通にハシャいでたし。とはいえ、私もちょっと安心してる。波がないぶん船ほど揺れなかったし……あ、強風の日は危ないのかもしれない。
「あそこで馬車に乗るわよ」
勝手知ったるなんとやら、カッコいいおじさんと親しげに話している。リッドさんというらしい。
「なるほど、ベルちゃんに。じゃあこちらに記帳をお願いできるかな」
残念ながら既婚者だってよ。えーと、名前ね…
「あ」
まだ文字は書けないんだった。リスニングは概ね大丈夫なんですが。
「ああ、代筆しようか?」
「はい、お願いします…」
うーん、何となく筆記体っぽいんだけどな。書類で騙されたりしないように、最低限の読み書きは覚えたほうがいいんだろうな。
「そういえば。セドナさん、そろそろでしょう?」
「そうだね。むしろベルちゃんのほうが神経質になっててね」
神経質になってるんですか…
「わからなくもないけどね。姉さんもそろそろ考えてもいいでしょうに。まずは相手か…」
近所のおばさんみたいになってる。話から推測すると、セドナさんとやらがオメデタってことか。ベルさんって、もうこっちで完全に生活基盤ができちゃってるんだね。帰るつもりがないっていうのも仕方ない、か。
『なあなあ。こっちならこのナリでいてもいいんだよな?』
尻尾振りまくりだな。
「彼らのお仲間かい? うーん、街の中まで、というのは遠慮してもらいたいんだけど。幾分、立派に過ぎるからねぇ」
ハヤテは私を背中に乗せられるくらいのどでかいオオカミだ。そんなのが街中にいて、さらに話しかけてきたらそりゃ驚く。
『しゃあねぇ。引っ込んでついてくわ』
唐突に姿を消すハヤテ。これ、客観的に見たら、このあと死角から飛びかかってくるんじゃないかと想像させる光景なんじゃなかろうか。案の定、皆さんが周囲を警戒する。わりとガチで。
「大丈夫、大丈夫です。害は無いですから。あの、それとですね。ほら、ミッタさん」
「あ、うん…」
もう帽子は外してる。真っ白なネコミミがチャーミング。
「…ああ、ベルちゃんやヨーギーさんから聞いているよ。獣人さんだね。ベルちゃんはなぜか特に気にかけていてね。自警団の人たち相手に講話が開かれていたよ」
「そ、そう」
「やりすぎ…」
やりすぎだけど、事前知識があるなら気休めにはなる……いや、待てよ。どんな知識を? 一部のハルーンの人たちの視線には妙な熱があったような。変なこと教えてないといいけど。
「これで良し、と。皆さん、ようこそ、ハドモントへ。ゆっくりしていってください」
「どうも」
念のため、停めてあった馬車のチェックをする。ファンタジー系の異世界ものなら馬車に手を加えるのは定石だもんね。
「あれ、普通」
「どうかしたかな?」
「あ、いえいえ」
私だって実際にやってみろって言われたら困るし。そんな何でもかんでも小説みたいにはいかないか。
こっちは緑が多いけど、街道はきっちり整備されてるみたい。揺れが少ないように感じる。遠くで見たことあるような無いような動物が、柵の中で草を食んでいる。
「馬車の旅も慣れてきましたよ」
アーネスさんの表情がちょっと物憂げ。
「アーネスさん、大丈夫ですか? やっぱり気になりますか?」
「……大丈夫。万が一でも、取り乱さないわ。そもそも、娘さんが一番辛かったはずだしね」
クランさんのいうとおりなら、ベルさんはかなり幼い頃に両親と死に別れていることになる。前世の知識があって、周りの人たちに支えられたから今までやってこれたって本人は言ってるらしいけど、私ならどうだろう。腐らずに、そんなことが言えるだろうか。
「とりあえず街にいくのはいいがベルちゃんに会えるかはわからんぞ。森と街を行ったり来たりする生活をしてっからな」
とは、御者さんの言。まあ仕方ない。アポ無しだし。
「クランさん、魔力でベルさんを探し出したりできます?」
「また無茶を言うわね。精々目視できる距離じゃないと厳しいわ。あの子はちょっと特殊だしね」
目視できる距離ならって結構凄いんじゃ。百メートルくらい?
「特殊っていうのは?」
「拡張操作が苦手らしくて。魔法を遠距離に撃てな…」
「そんな、致命的じゃないの。先輩はそんなことなかったのに」
アーネスさんが話に乗っかってくる。
「苦手なのは拡張操作だけよ。彼女が本気で魔力を注いだら、炎魔法で鉄が切れたしね」
「わぁ…」
バーナーか。
「そもそも彼女は剣士寄りだと思うわ。身体強化魔法で懐に入って双剣で……あんまり手の内を明かしちゃいけないわね。私が言ってたってことは内緒ね?」
「内緒にするから、あらいざらい吐くべき。さあ、さあ」
アーネスさん、落ち着いて。
街はもうすぐそこ。こっちでは交易が盛んなのか他にも馬車が並んでいる。幌馬車とかリアルで見れるなんて。
列に並んでる人たちの中には革鎧らしきものを着込んでいる人たちもいる。あれか、冒険者か。若い。いや、私もまだ若いつもりですけど。
「……血の、匂い?」
ミッタさんが何かに気づいたらしい。私も辺りを見回してみるが特に何も見当たらない。
「わりと猛獣が出るからね。狼たちが警らに参加してるから案外早く見つけて倒せるんだけど、たまに街まで来ることがあるから。心の準備はしておいて」
「私も衛士だからね。できる限り協力するわ」
私は一般女子高生なんですがそれは。
『いざとなったら俺が出るか?』
『ありがとうね。でも最後の手段にしたいなぁ…』
混乱の最中ではむしろハヤテが討伐対象になりかねない。
列が消化されて私たちの番になって、先ほどの血の匂いの原因が現れた。
「おぅ、悪ぃ。通してくれ」
「長いこと放置してると獣が寄ってきちゃうのでね。すみませーん通りまーす」
枝をもってパタパタやってるのは匂い消しだろうか。引くぐらいのドデカイ猪が荷車に載せられてやって来る。その厳つい一団に何故か少女と褐色肌の和服女性が混ざっている。
「ベル、久しぶり」
「おや、クランさん。しばらくです……って、ネコミミ、キタぁー!」
「ちょっと。私はどうでもいいっての?」
「い、いえいえ、まさかそんな。ご無事で何より。ハルーンが表に出るようになって気をつけなければならないことが増えてきましたのでね。クランさんにも伝えないと、と思いまして」
とか言いながら彼女の視線は確実にミッタさんのネコミミをチラ見しまくっている。大丈夫、わかるよ。その気持ち。
「まあいいわ。私も似たようなものだから、後で時間貰える?」
「はいはい。んじゃあ…」
「ベルちゃんよ。どうせ片付けるだけだから、後は引き受けるぜ。そっちの用事を済ませてきな」
「そうですか? ありがとうございます。余裕のある男性って素敵ですよっ」
まんざらでもなさそうなおじさん。この人がベルさん。いやベルちゃん。なかなか可愛い。クランさんと同年代って聞いてるけど、彼女は幼く見えるくらいだ。
「さてさて、話というのはそちらのお嬢様がたでしょうね。まずは自己紹介を。ベルガモートと申します。そしてこちらが」
「シエイ・イスルギと申します。よしなに」
名前も和風だ。刀まで装備してるし。ベルちゃんは短めの剣二本と、あれって『トンファー』ってやつ?
ともかく自己紹介を受けたので私たちも自己紹介。アーネスさんとミッタさんと。私があえて名字から自己紹介したら、とても少女のものとは思えない満面のしたり顔。食われるかと思った。
「ふぅむ。なるほど、なるほど。まずは手近なところで食事でもいかがです? 良いところを知ってるんですよ」
不思議な女の子だ。まあ転生してきた人らしいし、見た目以上の経験をしているとみていいか。
街は結構賑わってて、大都会ではないにしろ、お洒落感が見え隠れしている。このカフェっぽい建物もそう。
「『リンゼッタ』も久しぶりね。少し綺麗になった?」
「ちょいと柱が傷んでたようでして。改装したんですよ。魔法があると工事も早いですね」
「ベルちゃんもいろいろな工具をくれたじゃねぇか。『カンナ』ってぇのはかなり、そう、すごかったな」
「どういたしましてですよ。ごしゅじーん、六名ほど入りまーす」
酒場にいた結構年上のおじさんとも親しげに話す。どこか貫禄すら感じる。
「いらっしゃい。おやおや、今日は綺麗どころがお揃いだ」
自分をカウントする自信はないけど、いきなり女子六人が入店すると確かに空気が変わる。口笛吹く人とか初めてリアルで聞いた!
「オヤジ、なんだこの街は。あんたの娘といい、こんな美人どころばっかりなのか!」
「いや、知らない顔も居るがね。ベルちゃんの知り合いと思えばおかしくもない」
「何です、褒めたって何も出ませんよ」
ベルちゃんの肩にごつい手が。その主はなかなかの強面だ。
「おう、なかなか美人揃いじゃねぇか。ちょっとこっちの卓で『お話』しねぇか?」
顎をしゃくった先には、まあ、あまりガラのよろしくなさそうな顔ぶれ。
いや待て、いくらテンプレどおりの展開だからって外見だけで判断するのは如何なものか。もしかしたらこれは異世界風のナンパかもしれない。
「ここはそういうお店じゃありません。色街なら南西のほうにありますから」
あ、あるんだ。そしてなぜ知っている。
「いいじゃねぇか。そういうのは大きな街でも当り外れあってな。その点、ここは大当たりだ。まあ嬢ちゃんはあと二年は待たなきゃいけねぇが」
「へっ、余計なお世話で…」
あろうことかベルちゃんの胸元を撫で上げるおっさん。ああ喧嘩だ、と思った瞬間。
ベルちゃんの舌打ち。
隣の褐色美女の表情が消え、鯉口が切られる。
酒場の入り口から何かが飛び込んでくる。
「ほっ?」
おっさんが視界から消える。
どこからともなく現れる赤い人と青い人。すごく、怒ってます。
「がっ!」
たぶんおっさんが床に叩きつけられる音と、悲鳴。連れの人が助けに入るかと思ったけど、赤い人と青い人、さらには炎の蛇と水の蛇が男たちを牽制している。たぶんこのふたりの魔法だ。
「な、何がどうなってるの!?」
困惑のアーネスさん。
「ふたりとも、酒場を壊しちゃいけませんよ。ユウリもとりあえずナイフはしまいましょうね。さすがにやりすぎ」
「む」
言われて気づいた。おっさんを引きずり倒し、その上にのし掛かって、あまつさえナイフを喉元に突きつけたのはベルちゃんよりちょっと年下くらいの女の子だ。魔物とかでは決してない。
「お、ぉお…」
「ねぇ、おじさん」
「お、おじ」
「ねぇ、おじさん」
「…なんだ」
「やっぱりね、無理矢理はいけませんよ。美しくない」
「お、おう」
おじさんの頭近くに座り込み、諭すように。
「おじさん、顔は悪くないんですから。もっとうまい感じに笑顔で誘ってくれれば、お酌ぐらいして差し上げましたのに」
「お姉ちゃん。甘やかしダメ、絶対」
「…ともかく。酒場ではワイワイやりながら旨い飯と酒。できれば女。それがカッコいい男の、いや『漢』の生きざまってもんじゃあないんですか?」
おっさんのオデコを酒瓶の底で小突くベルちゃん。あれは結構痛くないか。目を閉じるおっさん。いや、泣いている。男泣きだ。
「ぐぅの音もでねぇ。まったく、こんな娘っ子に押し倒されっちまうし、俺も引退かなぁ…」
泣き上戸だろうか。ベルちゃんめんどくさそう。
「この子はちょいと特別ですからね。卑下することはありません。ほら、立って」
「面目ねぇ次第だ。改めて謝らせてくれ。すまなかった。この通りだ」
案外話のわかる人なのかもしれない。酔っぱらってただけかな。
「騒がせたな、店主さん」
「なぁに。いい子だろう?」
「へへっ、全くなぁ」
謎のやり取りとともに酒場を後にする男たち。
「さぁて、座って座って。話の続きをしましょう」




