開かれし道、進む女たち。
「ごちそうさまでした」
「あ、私も」
カナコは食事後にも手を合わせている。こうか。
「ふぅ、余は満足じゃ」
「誰…」
「そういうの、ベルを思い出すわ」
港町ならではというか、ラズラとはまた違う食文化。ミソとやらはなかなか悪くなかったし、魚も脂がのっていて美味しかった。料理は最低限できればいいと思ってたけど、ちょっとこだわってみてもいいかもね。
「はっは。満足してもらえたようでなによりだ。これからどうすんだい?」
「宿は確保できましたし、みんなはどう?」
「私は、他のハルーンが来ているようなら舟の進捗を確認するわ。完成してる保証はないけど」
「クラン。ついていっても大丈夫かしら」
ものづくりに携わる者として血が騒ぐのか。それとも、事件を起こしたっていうハルーンという一族が気になるのか。
「他意がないと言ったら嘘になるけど、だからこそ自分の目で見ておきたいの。変な気は起こさないって誓うから」
「…いいわ、行きましょう。それじゃあ、お代はいくら?」
「おぅおぅ。今回は俺にもたせてくれよ。妻と娘を助けてもらって飯だけってのも味気ないが」
「…ありがとう。まだ『外』に慣れてないから日雇いの仕事も勝手がわからなくて、正直ありがたいわね」
値段も良心的ね。
「そういえばカナコ。さっき何か言おうとしてなかった?」
「大事なことって程じゃ無いんですけどね。目立つかもしれませんから一旦、宿にでも」
「そう。じゃあ、ヒズさん。今回はお言葉に甘えさせていただきます」
「おう」
ヒズさんはこのまま巡回に戻るらしい。クランとアーネスはクランの同族に会うため街を回る。ついでに旅に必要なものも補充しておいてもらうことにした。私たちはカナコが何か用があると言うので、一旦宿へ帰る。
「すいません、わざわざ。本当に大したことじゃないんですけど」
「大したことじゃないなら恐縮しなくてもいいんじゃない? 私にできること?」
「ええ、異世界に来た記念に」
階段を上がり、カナコとクランの部屋へ。さすがに四人同じ部屋は窮屈なので、こういう部屋割りに。カナコは同じ部屋で雑魚寝も珍しくなかったと言ってるけど。
「さてと」
カナコが自前の鞄から例の板、『スマホ』を取り出す。あの鞄もしっかりした造りだし、もしかしてどこかのお嬢様なのかしら。でも雑魚寝も珍しくなかったって言ってたし。
「ははは、顔認識がネコミミにいく」
「ねえ、何が」
「ミッタさん、笑って笑って」
「え。こ、こうかしらっ」
笑顔を作った瞬間、おかしな音が響く。背筋がゾワゾワした。新手の虫!?
「おお、撮れてる。すごい、マジネコミミだぁ」
「カナコ、今のは何。虫の鳴き声みたいなやつ」
「虫って。そんな嫌かなぁ」
さっきの音をまた鳴らす。さらには擦り合わせるように連続で。ひぃい。
「…害はないんですけど。そんな反応されると私も嫌になってきましたよ」
「終わった? もう終わった?」
「終わりました。ほら、よく撮れてます。ミッタさんのぎこちない笑顔」
「余計なお世話…え、何これ。私が、絵に。それにしたって精密すぎるわ」
「これは『カメラ』って言いまして、見たもの精密に写しとるって理解でよいかと」
「アーネスが興奮しそうな話ね」
私が未知の道具に翻弄されている隣で、唐突に浮かない表情をするカナコ。
「カナコ?」
カナコが見ているのは別の絵。カナコ自身と、もうひとり。友人だろうか。何故かふたり、頭の隣で両の人指し指を突き上げて、妙な表情をしている。
「ふっ」
「ふっ。待って、コレジャナイ。コレジャナイです」
「だ、大丈夫。仲が良いのは伝わるわ」
「……へこたれててもしょうがないですね! 今はベルって人に会うのが目標ですよね。空飛ぶ舟っていうのが期待させてくれますよねぇ」
「私は正直不安だけど。舟は水の上をいくものじゃない」
カナコが言うには、向こうでは金属の塊が何百人と乗せて空を飛んでいるという。落ちたらどうするの。
「……大丈夫ですよ」
「ちょっと迷ったでしょ…」
─ ─ ─
さっきは『貴方たちのこと、見極めてやるんだからねっ』みたいな体でついていくって言っちゃったけど、本当はただの好奇心だったのよねぇ。それっぽいことを言ったせいか会話も弾まないし。
アーネス、貴女は何をしているの。大人なんだから、軽妙な会話で年下の女の子を楽しませるくらいやってみなさいよ。
「…た、体調は?」
「問題ないわ」
出遅れた。気を遣わせた。でも『体調は?』って。いや、言うまい。
「どんな人が来るのかしらね?」
「私が知るかぎりで手が空いてそうなのはガレットかしら。武闘派ね。私も他人の事言えないけど」
武闘派。このいたいけな少女が。
「噂をすればね」
目の前からガタイのいい男性が歩いてくる。クランに気づくと手を挙げて挨拶。
「おう、しばらく」
「久し振り。あれから何か変わったことは?」
「ベルに『分霊』が産まれたそうだ」
「あら、やったわね。詳細は?」
「詳しく聞いてはおらんのだが…二体だそうだ」
「二体。でも魔力を考えると妥当かしらね。あの子ならいきなり四体でも驚かなかったけど」
「そんなことになってはいよいよお歴々が捨て置かん。お前も、あの娘が自由にしていたほうがいいと思うだろう?」
「そうね。でも二体産まれたってだけで騒ぎ立てる可能性もあるでしょ?」
「うむ…」
私が置いてきぼりなんだけど。ベルっていうのは先輩の娘ってことになってるはず。そんな女の子に何かしようってんなら私が黙ってないわよ?
「あの…」
「あっ、ごめんなさい」
「おお、すまん。そちらは初対面だな。ガレットという。見ての通り、ハルーンだ」
耳を上下にぴょんぴょん。
「大の男がそれをやるなっ」
「はっはっはっ」
気の置けない間柄か。悪人ではなさそう?
「ハヤテの時も言ってたけど、『分霊』って何?」
「ハヤテ?」
私もハヤテが街中を歩いてるのを見たことはある。でっかい狼だと思ってたけど、ただの動物じゃないってことかしら。
「どこまで話した?」
「大したことは。ベルの住んでる森にバッテンとか呼ばれてる狼が居たでしょう。彼と同じなんじゃないかって話になって」
「喋る動物か。確かに『分霊』を疑うな」
ハヤテやクランの『分霊』とやらは姿を隠したりもしていた。あれって知らずにやられたら対処のしようがない隠形よね。今さらだけど教えちゃっていいのかしら。
「『分霊』はよき相棒だ。いささか刺激の強い姿のやつもいるが、腫れ物のような扱いもないだろう…と『分霊』を持たない俺が言ってみる」
何よ。いないんじゃないの。はっはっはじゃないわよ。
「ま、詳しいことはベルに直接聞くわ。あとは舟よ。何か進捗を聞いてる?」
「正にその話だ。舟が航行できる時間も伸びてきたからな。ハドモントの人間を何人か招いて、ベルいわく『遊覧飛行』を行おうという話になっている」
「へえ、あの子も乗るの?」
「いや、他の人間に譲れと言っている。あいつは何なら自分で飛べるだろう」
「ふふ、そうね」
飛べるの!?
「貴方一人でハロルまで?」
「いや、カシェも来ている。あいつは今や『外』の食文化にご執心だからな」
「それだと食っちゃ寝してるだけみたいじゃない。アーネス、違うのよ? 元からそういうのが担当だったけど、『外』の食材に触れて、いよいよハロルまで来ちゃったのね」
「カシェはああいう『分霊』だからな。足が軽い。いっぽうで舟に関しては皆が及び腰でな。お前たち、連れはいるか?」
「あと二人居るけど。運行の予定は? 四六時中飛ばせるわけじゃないでしょう?」
「言ったろう。及び腰でな。いざ空を飛ぶとなると何だかんだと理由をつけて、お先にどうぞ、だ。お歴々のあの様は見せてやりたかったよ」
空を飛ぶ舟か。興味はある。危険と隣り合わせだというけど、私も魔章を研究しているから事故の話はある意味慣れっこ。私自身は大きな事故に遭ったことはないけど、女は度胸よね。
「はい、乗りたいです」
「その度胸やよし。歓迎する!」
「何よそのノリ」
─ ─ ─
「そんなわけで、舟が利用できそうだから湖沼地帯を目指してはどうかという話になったわ」
「というか、行くわよ! 面白そうじゃないの!」
うん、アーネスさんはそういうノリのほうがいいと思います。暴走しすぎも困るけど。あれ、でも出入りは遠慮してくれって言ってなかったっけ。
「もう私たちが行っても問題ないんですか?」
「ああ。ハドモントの人間との交流である程度しこりはとれたと思う。後はそれぞれ同じ人間同士の問題だ。揉め事を起こすようなら自己責任で解決してもらうさ」
クランさんや、こちらのエルフにあるまじきマッシブな肉体を誇るガレットさんとは普通に話ができる。そういえばこの二人。ミッタさんの耳や尻尾も特に話題に上げてこない。あれか。ベルさんか。さすが地球からの転生人。『教育』に余念がないということか。
「ああ、そうだ。獣人に関しても聞いている。そちらの女性に対しては免疫のない反応があるかもしれん。先に頭を下げておく。すまないが、大目に見てやってくれないだろうか?」
この中でいちばん大柄な人がしっかり腰が低い。それにハロルでも大丈夫だったし、下地があるなら期待できるんじゃないかな。獣人を色眼鏡で見ない人が増えれば、ミッタさんみたいな目に遭う人も減るだろうから。
「そこまで低姿勢にされても困ります。わかってますから。それに私はカナコを送り届けたらラズラへ帰るつもりですし」
「私も工房を空けっぱなしにするわけにはいかないし。でもその舟があれば、今までよりもずっと旅がしやすくなるわよね?」
「それは保証できる…と言いたいが、とりあえずはお試しだ。安全は保証しよう。いきなり落ちたりはしない」
空を飛ぶ舟か。飛行船みたいなやつかな。まさか上半身丸出しの気球っぽいやつ? 私、それはちょっと怖いぞ。
「今日のところは荷物を確認したら自由時間でいいかしら。ガレットさん、そちらのご予定は?」
「俺は身一つの気楽な旅だ。そちらの都合に合わせるさ。カシェも自分のことは自分でどうにかするだろう」
いいんですか。そんなんで。
「カナコ、この旅では貴女の身の振り方も考えないといけないし、貴女の意見も重要よ」
「ですねぇ。アシャさんやエイファさんに挨拶したらとりあえずはいいかと。またすぐに来れるんですよね?」
「そうね。貴女はあちらの知識もあるんだから、舟に関して気づいたことがあったら聞かせてちょうだい。ベルにも監修はしてもらってるけど、別の人の視点も重要だと思うし」
「が、がんばります」
クランさんも無茶ぶりを。こちとら飛行機に乗った経験も少ないのに。いや、サービス面とか座席の並びとかそれぐらいなら。でもそれぐらい指摘してそうだけど。
舟はあくまで移動手段にすぎないそうなので、食料なんかを調達しておくことに。ガレットさんと連れ立って、ハロルを歩く。漁村と呼ぶには賑やか。交易が盛んなんだろうか。
「あ、お姉ちゃん」
「や、エイファちゃん。アシャさんも」
「ああ、こんにちは」
いつもこの時間は内職のひとつもしているそうで、今日はたまたま買い物だそうだ。
「なかなか頼りになりそうな男が一緒だね。コレかい?」
わぁ。こっちでもそういうのあるんだ。
「もーやだー」
「はっはっは。俺はもう少し色気のあるほうが好みだがな!」
余計なお世話だよ!
「ご心配なく。割と本気で眼中にないわ」
クランさん辛辣。まあ今のはガレットさんが悪いね。そんなことはどうでもよくて。二人にまた町を出ることを告げる。
「そうかい。ま、そう聞いてたしね。日用品ならあそこの店だ。保存のきく食い物もあるから見ていくといいよ」
「あ、ありがとうございます!」
エイファちゃんにはなついてもらう暇も無かったし、そんなに悲しそうでもない。いいけどね。
「……気をつけてね?」
「うん。またすぐに来れるからね。その時はお土産持ってくる」
「うん」
ちょっと現金かもだけど、暗い表情してるよりは、いいよね。
「アンタも気をつけて。バカなやつらの言うことなんて気にしなくていいから」
「はい。そちらもお気をつけて」
ミッタさんはエイファちゃんに耳と言わず尻尾と言わず好きに触らせている。隠す気ももう無いみたい。街の人たちもちらちら見てるけど、声はかけてこない。まだ慣れないのは仕方ないか。




