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妹、奮起。

「こんにちは、私はユウリです」

「良さそうですね。じゃ、これは何でしょう?」


 えーと、この綴りは…『宿屋』だっけ。


「宿、屋」

「正解。いやー、出来のいい妹で鼻が高いですよ」


 誉められた、かな? 後半はちょっとわかんなかった。早口だとちょっと厳しいか。


 でも、最近物を覚えるのが早くなった気がする。地球にいた頃はお兄ちゃんの妹として恥ずかしくないようにって頑張ってはいたけど、やっぱ『あの力』と関係あるのかな?


「シエイさん、私は当番に入りますので」

「わかりました。後はお任せを」


 お姉ちゃんはいつもの見回りに行くらしい。あのエルフ耳の人たちとの鍋パーティーからしばらく。お姉ちゃんはこうして私と、他の誰かが一緒に居る時間を作るようになった。実践で言葉を覚えろということなんだろうけど。


「ユウリさん。宜しくお願い致します」

「よ、よろしくおねがいします」


 正直、まだ慣れない。わかってる。これは私のほうの問題だ。お姉ちゃんのおばさまであるセドナさんはまだいい。完全に『おばさま』扱いだもの。私のことも気にかけてくれている。


 ただ、この褐色侍シエイさん。お姉ちゃんの彼女。女の子同士ってのもこの世界でも珍しいほうらしいけど、ふたりは構わず女同士でイチャついてる。それはもういちゃいちゃ。


 彼女? いやいや、あの通じあってる感。夫婦と呼ばれてもおかしくない。自分で言っててフクザツ。


「あの、どうされました?」

「なんでも、ないです」


 嫌味なところだって感じない。日本にいたら、困ってるお年寄りに即座に手を貸しそう。美人で、黒髪で背は少し高め、着物を着た黒人さんは目に新しい。あと胸が…いや、それは忘れよう。私だってまだ若いもん。勝てる可能性はあるし。ともかくその美貌と朗らかさから『シエイさんを見守る会』的なものすらあるらしい。


 さらに腕っぷしも凄いらしい。悪党と戦うわけじゃないらしいけど、刀を提げて狩りに向かうのが尋常ではないのは想像がつく。


「えと、今日の予定は?」

「今日はですね…とりあえずは買い出しに街まで。鍋に食材を使ってしまったので備蓄が無くなってしまいましたから。あとは…」


 た、短文でプリーズ。


「あっ。えと、買い物です。食材の、予備」

「わかりました。すみません」

「いえ、こちらこそ…」


 たまに抜けてる。そこがカワイイんです、と我が姉は言う。のろけやがって。


「ご心配なさらず。いざというときは私が。……私が!」


 張り切ってる?


 まあ、恋人の家族に良いところを見せたいっていうのはわからんでもない。私、まだ一人でお使いだって不安だしな。


「鍵良し…良し」


 シエイさんがしっかり過ぎるぐらいに鍵を確認し、街へ向かう。


 それにしても、森だ。お姉ちゃんは今この森のどこら辺かを巡回しているわけか。この間はドスなんちゃらもビックリの猪をお手製のショットガンで仕留め、自分の手で解体して鍋を振る舞った。


「猪も案外美味しかった…」

「ユウリさん、そのまま」


 ん、止まれって言った? あんな猪が存在する異世界の森だ。経験者の言葉は聞かなければ。足を止め、シエイさんの視線を追う。


 草場の陰から現れたのは…ウサギだ。


「…かわいい」

「かわいいだけではありません。さて、どう出ますか…」


 シエイさんは今にも刀を抜きそう。何でそんなに警戒するの?


 ウサギは耳をぴろぴろさせ、私を見て、シエイさんを見ると、そっぽを向いて逃げていく。シエイさんはじっとウサギを目で追いかける。ウサギはフェードアウト。


「ふむ。行ってしまいましたか」


 あれ、残念そう?


「あのウサギは危険ではありますが使いでがある素材も多く、美味しいのです」


 とりあえず美味しいっていうのはわかった。こっちでは女子も狩りができないとダメなの?


「数が少なくて…いえ、今は買い出しが先ですね。行きましょう」


 ウサギは危険、しかし美味しい…と。


 森を抜け、馬車に揺られて街を目指す。そもそも、お姉ちゃんは『アレ』を移動手段にしたら楽できるはずなのに……って、目立つか。人間いつしか慣れるもんだけど。


 シエイさんは御者さんと世間話をしている。まだこっちの言葉を覚えきれてないから、お姉ちゃんが何となく作ったという単語帳らしきもので勉強だ。異世界まで来て外国語の勉強だ。


「熱心だねえ。ま、話せなきゃ仕事どころじゃねぇもんな」

「はい、お務め御苦労様です」

「おお。どういたしましてだ」


 それから少しの間、日常会話に付き合ってもらった。セクハラ発言でもしたのかシエイさんが御者さんを睨む。どこでもおっちゃんってのは変わらないねぇ。


 街の名前はハドモント。初めてここに来たときはお兄ちゃんに会うこと以外頭に無くて、門から素通りだったなぁ。


 こんなでっかい樹が生えてるのすら、記憶に残ってなかった。


「大きい」

「でしょう」


 歩きながら街並みに目をやる。案外普通だ。足下は舗装されてなくて、土がむき出し。木製の柱とか、壁が白いのは漆喰とかいうのだっけ。ファンタジーらしい見た目の建物が並んでる。


 日本人ぽい人は見かけない。せいぜい髪が黒いくらい。ちらほら見かけるエルフっぽい人たちは大抵髪の色が薄くて、パステルカラーとかいうんだろうか。こっちの建物やら何やらを見るたび『日本文化にカルチャーショック受けてる外国人』のテンプレみたいなリアクションをしている。


「あ、シエイさん。こんにちは」

「こんにちは、リラさん」


 この人は確か、お姉ちゃんの友達のリラさん。今日は一人か。買い物かごっぽいものを持ってるから、この人も買い出しかな。


「こんにちは」

「妹さんもこんにちは。えっと、こっちには慣れた?」

「えっと、まずまずです」

「あはは、そっか」


 昔は地味な女の子だったらしいけど、今はそんな印象はない。お姉ちゃんは大事な友人だと言っている。妹として恥ずかしくない振る舞いをしないと。


「今日は荷物多そうだから、もう行かないと。ごめんね」

「手伝い、ましょうか?」


 私たちは食材の予備を買いに行くくらいだから、それくらい時間あるよね?


「いいの?」

「そうですね。食材の買い足しでしたら行き先は同じでしょうし、暗くなる前に森に帰れれば」

「そう? じゃあちょっとだけお願いしようかしら。ありがとね」

「どういたしまして」


 …とは言ったものの。話のネタが。んー、何か単語帳に気の利いたセリフは?


「シエイさん。妹さんとは仲良くしてるの?」

「はい。ベルさまにも頼まれていますからね」

「シエイさん、いい人です」

「そっか」


 八百屋っぽい店に入りお野菜を探す。異世界でも食材に大した違いは無さそう。ジャガイモがちょっと大きかったり、カボチャは普通にカボチャだ。呼び方は全然違うけど。横文字で呼ばれる野菜にいちいち口元がゆるむ。


「これとこれと。あとこれも…」


 籠にほいほい放り込んでいくリラさん。私とそんなに歳は変わらないはずだけど、しっかり働いてる。私も、プーじゃダメだよね。


「ひとまずこれと、これと…」


 シエイさんもほいほいと。バーゲンか。隣のエルフもほいほい放り込んでいる。


「…おぉう!」

「こんにちは」

「あっ、はい、こんにちは」


 エルフだ。すでに二人ほど会ってるけど、この人はあの二人と違ってベリーショートだ。中性的というやつか。


「何か?」

「あ、いえ、あなた、キレイ」

「…えっ?」

「いえ、あの、まだこの方はこちらの言葉に不慣れでして。言葉の選び方を間違えることがありましてですね」

「ふふふ、そうですか。大丈夫ですから、落ち着いてください」


 カシェさんというらしい。彼女も一連の騒ぎの被害者で、お姉ちゃんに命を救われたとのこと。


「あの少女、ベルさんの妹さんでしたか。貴女のお姉さまには感謝していますよ」


 お姉ちゃんに、感謝、か。それほどでも…あるけど?


「それでは私はこれで。料理の研究の続きをしたいので」

「頑張ってください」

「貴女も」


 何となく握手を交わし、私たちも会計を済ます。すげぇ量。リラさん一人じゃ大変だろうけど、私とシエイさんで分担したら余裕で持てる。


「ち、力持ちね。ふたりとも」


 やっぱり、腕力が明らかに上がってる。ふらつくこともない。二の腕とか、太くなってないよね?


「私はともかく、ユウリさんが凄いですね」

「どういたしまして」


 私の身体のこと、あのメイド長さんは何か言ってたっけ?


 『強い力』で『孤独を生む』。『逆境をはね除ける力』『理不尽を正す力』『病気とも無縁』。


 何か厨二感。不老不死だったりすんのかな? 結局あの人も自分の力をよく分かってないみたいだったし。ここはこの腕っぷしを鍛える方向で行くべき? いやいや、まずは言葉ね。会話もできず黙りこくってちゃお姉ちゃんの教育が云々言われちゃうし。


 私は、この世界でどうすればいいんだろう。


─ ─ ─


『お姉ちゃん、進路相談いい?』

『は?』


 曲がりなりにもこの世界で十年ばかり生きてるんだから、大先輩でしょ。アドバイス、プリーズ。


『ふむ……確かに言葉から学んでいる状態ですしね。不安なのはわかります。だからといって私だって十代中盤。まだまだ手探りですよ。狩人紛いのことはやってますけど』

『それ、私も手伝えないかな?』

『…この際絶対ダメとも言いませんが、それなり大変ですよ? 私は小さい頃からこの辺走り回ってましたから慣れてるってだけで』

『野生児?』

『ちがうわ!』

『じゃあ異世界もののテンプレ、冒険者。総長さんってもしかしてそういうんじゃないの?』

『ま、端から見るとそんなふうに見えますね。他にもいろいろやってるとは思うんですが』

『後さ、何で中途半端に丁寧語? もしかして私、突っぱねられてる?』

『い、いえいえ。昔からこういう話し方のつもりでこっちの言葉を使ってましたから。染み付いちゃって。ぶっちゃけ、これぐらいのほうがこっちでもウケがいい気がします』

『黒っ』


 そっかー。いろいろ大変だ。


『とりあえず食べちゃいましょうよ。お腹空きましたよ』


 おいおい、なんだこの姉可愛いぞ。


『ねえ、実年齢より下に見られない?』

『んっ、何ですか。ちょっとっ』


 なでなでー。なでなでー。


「ベ、ベルさまの頭を撫でるなら私もっ」


 シエイさんと代わる代わる、なでなでー。なでなでー。


『おーい、なんだこれー』


 何だろうね。ま、いいや。明日から頑張ろう。


 食事の後は一日の締めにお風呂に入る。お姉ちゃんの魔法で給湯するのでタダ。バスタブも日本で使ってたのと遜色無さそう。何よりデカイ。シャワーまである。


『ふぅー…狩人やってるわりにはお風呂とか贅沢だよねぇ。温泉もあるって聞いたよ?』

『私が聞いた限りではシエイさんの故郷ぐらいですけど』


 そんな隅っこ行かないでさ。ほれほれ。


『ちょ、悠里っ』

『いいじゃん。今じゃ『女同士』なんだから』


 だからこうやって触っちゃっても問題ない。


『ひゃあー!』

『ははは。そんな悲鳴あげるお兄ちゃんがいるか。しかし慎ましい……あ、でもお腹周りすごっ。引き締まってる』

『やめっ、あははは』

『うりうり』

『あ、貴女にはまだ早すぎます。やめっうんんん!』

「何をなさってるんですかー!」

『セクハラ』

「は、離れてくださいっ」


 シエイさんの全裸はすごいな。腰の位置高いし。駄目だ、これは勝てる気がしない。


『お姉ちゃん。シエイさんのも触っていい?』

『い、いけません。シエイさんのは私のもんです』

『本人のもんでしょうよ』


 お姉ちゃんが息も絶え絶え。でろりと舌を垂らして……


『ってか、舌長っ!』

『ええ、生まれつき。どうでしょう、怖くありません?』

『えろい』

『よりによって。まあ私も似たような感想でしたけど』

『アレなの? その長い舌でシエイさんにいろいろしちゃうの?』

『そりゃいつかは…だから、貴女にはまだ早いですよっ!』


 最近の子は進んでるんですー。主に、『お兄ちゃん』の持ってた『参考書』とかのおかげで。


『ったくもう……けど、また二人でこんなやり取りできるなんて』

『そだね』

「えっ?」


 何、シエイさん。何で驚いてるの?


「あっ。待って、シエイさん。違いますよ。『兄と妹』だった頃からお風呂でこんなことしてませんからね?」

「本当、ですか…?」

「拗ねないでくださいよぅ」

「拗ねてません」

「……シエイさん」

「…ベルさま」


 あの。隣に私いるんですけど。気づいたふたりは何事も無かったかのように澄まし顔。


『悠里もいい人見つければ、物の見方が変わってくるかもしれませんよ?』

『はいはい、余裕ですか?』

『い、いやいや。実際の話』


 …恋人かぁ。私はまだお姉ちゃんと一緒に居たいけどな。でも、こっちに来てすぐの時よりもその感情は薄くなったかも。目の前でイチャイチャされれば、嫌でも兄離れ、もとい姉離れする。


 私がこの世界で独立するなら、この『力』のことも知らないと。今のところおかしなことはない。自分の手は自分の手だ。でもこっちに来たときみたいに動けなくなったら大変だ。メイド長さんいわく『自分の意思を強く持て』だっけ。


『どうしました。悠里?』

『お姉ちゃん。私、頑張る』

『え、ええ。よい心がけですね』



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