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未だ力は眠る。

 やいのやいのと鍋を囲み、そろそろ日も沈む。皆で片付けすると楽でいいですねぇ。


『正直食洗機とか欲しい。どう、お姉ちゃん?』

『ど、どうと言われても』


 魔章は魔法を自動化するための手法なので案外作れそうですね。でも、加減が出来ていればこれこのとおり。


『おおお、何この水の動き。お姉ちゃんがやってるの?』

『魔法面白いでしょう』

「一応言っておくけど私はこんなことはできないからね」


 そうなんです?


「俺もな。繊細な扱いとか無理だから。火力上げてドバーンな?」

「な? と言われても。あ、これ拭いといていただけます?」

「俺、連合総長なんだけどなー。なんで基本こんな扱いなんだろーなー?」

「ヤンチャしてたんでしょう?」

「………」


 素直にふきふき。ちょっとかわいそうですね。


「総長さん。カッコつけようとしなくても、好きな人とこうして肩を並べて、お皿ふきふきとか素敵ですよ? ねー、シエイさん」

「はい。ベルさま」

『お姉ちゃん、私、私も』

「く、くそう! 羨ましくなんかないんだからな!」


 よしっと。これで最後。


「終わったな。じゃあ行こうか。すぐ行こうか」

「ベリルさん。逃げやしませんから。引っ張んないでー」

「逃げないなら食らいつくまで」

「どっちが狩人だかわかりませんね…」


 妹さんに引き剥がされ、無言の威圧を受ける姉。かわいい。


「うう。減るもんじゃなし」

「まあまあ。ちゃんとお見せしますから」


 裏口から庭へ。『GALE』用の『ポータル』を開くにはウチの庭はちょっとギリギリですね。


「まず空間魔法で入口、文字通り『ポータル』を開きます」

『すでにスゴい。ねえねえ、コレ触って大丈夫?』

『もう触ってんじゃないですか』

「おおお…話には聞いていたが。この規模の空間魔法を、いったいどうやって発動しているんだ?」


 えっと、なんとなく。


「つくづくとんでもねえな。お、『コクピット』みたいなの見えてるな」

「あのー。展開しっぱなしだと疲れますんで、次いきますね?」


 言っても後は乗るだけ。


「音がうるさいんで、風も。もう少し離れてくださいね」


 魔力を通わせ『エンジン』をゆっくりと起動。機体を慎重に浮上させ、『ポータル』を閉じ着陸。『眼』を通して皆の表情を見る。クランさんは一度見ているので、普通。総長さんとベリルさんは喜色満面というか、子どもみたい。妹は、真顔。


『大丈夫ですか? 妹』

「喋りもするのか! 変な声!」

『ベリルさん、変な声とかやめてください』


 アニメみたいに機械を通した声っぽくなったと思うんですが。こっちの世界の人にはただ変な声ととられるらしい。


『お姉ちゃん何やっちゃってんのよ…』

『いぇーい』


 ピースピース。


「無駄に器用!」

『いやさっきから。感心してるのか何なのか』


 膝立ちっぽい姿勢をとり、胴体部分を開いてぴょんと着地。もうちょいうまい乗り降り考えませんとね。


「おお、おお。おおお」


 総長さんとベリルさんが似たようなリアクションでくるくる機体の周囲を回る。


「乗りたい!」


 同じ感想。


「だが断る」

「えええー!」


 ごめんなさい。言ってみたかっただけ。でも実際私の尺に合わせてあるので総長さんはマジ無理じゃないですかね。それに今まで考えたことありませんでしたが、私以外の魔力だと動かせないとかあるんですかね?


「大丈夫だよ。壊さないから」

「いや、分解したいとか言ってませんでしたっけ?」

「言葉のあやだよ」

「…総長さんも。こういうのは銃よりヤバイんじゃないですか?」

「まあ…動かしてみなけりゃわからないこともある。うん」


 どうしても乗る気か。


「私専用とは言いませんが…少なくとも総長さんは体格からして無理です。下手すりゃ私の倍の目方はあるのでは?」

「ぐぬぬ」

「ふふふ。私もベルちゃんよりはあるだろうが男性よりはマシだろう。お先に失礼。私は空の旅を」

「いきなり飛ぶとか馬鹿ですか。大地を踏みしめるとこからです」

「馬鹿じゃない。果敢なる挑戦者と呼んでくれ」


 はいはい果敢なる挑戦者。


「何かあったら私がクランさんに怒られるんですよ」

「まったくよ! 下手すりゃこの子の立場が悪くなるんだからね。自重しなさい」

「わかったよ…」


 ベリルさんが膝立ちの『GALE』の腿の辺りに触れ、撫でる。撫でる。撫でる。撫で…


「何が楽しいんでしょう」

「表面からでは私の魔力が浸透しない。緊密に魔力が練られている証左。加えて、素材は精錬鋼だろうがこれほどの量の…」

「夢中ですね…」

「ごめんなさいね。まさか本当に分解したりはしない、と思うんだけど」


 自信ないんですか。


「ベル。お前はこいつに乗って、あの舟を落としたんだな」

「おばさま……怒ってます?」

「心配してるんだよ。こればっかりはどうしようもない。我慢してくれ」

「いえいえ。ありがとうございます、心配してくれて」

「私にはこれくらいしかできないからな」


 それがありがたいんですよ。


「心配と言えば。私としては早く孫の顔…ではないですが。えー、おばさまの娘だから…」

「おま、ば、ばかっ」

「ベルちゃーん。これはどうやって歩かせるんだーい」


 ちょっと目を離した隙に『コクピット』まで。まったくもう。


「その持ってる所から機体各部に魔力を送ります。ずっと注いでると、通らなくなる瞬間があると思います」

「いや、これ…精錬鋼の加工と同じ要領だとしたら個人差があるだろう。素材への適正の差が。細かく枝分かれした何かは感じるが…この『根』に魔力を絡みつけろとでも言うのかい?」

「スッと通りません? 外に魔力が逃げないように表面を被膜してるんですが」

「…駄目かな。うまく通らない。コイツは自分で一から作るのも手かもね。そもそもこの大きさの精錬鋼を何度も精錬し直すのって大変じゃないかい?」

「だから専用の経路を確保して、自動で魔力を引き出す方法を…」

「それ、危なくないかい」

「危ないのか、ベル。なあ、危ないのか!」

「落ち着いて。こうやって胸甲が開いた状態でないと経路が繋がらないようにしてますから」

「私、今、吸われてる!」

「私の魔力しか吸いませんよ…」


 たぶん。


「…姉さん、もういい時間よ。荷物だって持ってきてないんだし、日が暮れてから森の中は歩けないわよ?」

「それもそう……あっ、ちょっと高いな。どうやって下りよう」


 大丈夫かこの人。


「俺もそろそろ戻るか。セドナ姐もよ」

「ああ」

「はいはい、また明日」


─ ─ ─


「おーぅふ、食った食った」

「お前もすっかりおっさんだな、レン」


 ほっといてくれ。


 あの耳の長い娘が言っていたように、森の中はもう暗くなり始めている。あいつもよくこんなとこで暮らしてるな。あんな猪だって出やがる森で。


「いや、ホント大したもんだよ。あの娘は」

「さっきからそれしか言ってないぞ」


 しゃーねぇや。ホントにそんな感想しか出てこねぇ。俺もいろいろあったが、アイツはどうしても友人の娘ってことで、贔屓目に見ちまう。よくもあの歳でってな。


 それに、このハルーンとかいうお嬢ちゃんたちも、森歩きは慣れているように見える。俺、さっきから木の根っこにつまずくんだよな。


「ふたりは仲が良いのかい?」

「お、まあな」

「誤解されたくはないから言っておくが、コイツはせいぜい弟のようなものだ」

「俺だって口うるせえ姉だなと思ってるよ」

「おい」


 つっても昔よりは大人しくなったと言うか、どうやらオトコができたようだ。さっきも、姪っ子に早く従姉妹の顔が見たいと冷やかされてたしな。


「ふぅむ…」

「…レン、必要ないかも知れないが話しておきたいことがある。できれば余人のいないところで。いつ頃までこちらに居る?」


 こら、堂々とその余人の顔を見るな。


「私たちは気にしなくていいよ。これでも物覚えはいいからね。自分で帰れるよ」

「いや、アイツらを呼んで送らせよう」


 調子をつけた指笛が響くと、息づかいとともに二頭の狼が走り寄ってくる。ああ、駄目だ。やっぱ怖ぇ。思わず身構える。


「わざわざすまない。この二人を街のほうまで送ってやってくれないか」

『わかった』

『お任せください!』


 片っ方は無愛想。もう一方は利発そうな少年のような声。


「本当に喋ってるねぇ……あ、ふたりとも、よろしくね」

『こっちだ』


 普通に考えりゃ送り狼になるのが目に見えてる。妹のほうは剣を持ってたし、身のこなしもちゃんとしていた。力任せの俺よりは上手く立ち回ると思うが。


「実際のところ大丈夫なのか? 疑うようですまねぇが」

「不埒を働くようならあの長い耳を噛み千切ってやれと言ってはある」


 女の子の心配してやれよ。


「冗談だ」

「きついぜ。それで、結局何の話だったんだよ? 人払いするような…あの娘らがらみか?」

「いや、身内のというか…お前が居た世界では、死後に『ハカ』というものを作るのだろう?」


 ……墓、か。こっちは自然葬だったよな。散骨とか…


「もしかして、あるのか? アイツの墓が」

「正確には二人分。ベルが作りたいと言って、手ずからな」

「そうか…」


 自分の親の墓まで用意してるのか。頭が下がりっぱなしだよ、全く。


 案内されるままについていく。そろそろ灯りが欲しいな…と思ったが、スイスイ進んでいく。勝手知ったるは、か。


「これだ」


 木々の間引かれた空間。石を四角く切り出した質素な墓が置かれている。名が横書きで二人分。ガレアスともうひとり。レダという女性の名が刻まれている。


「ガレアスが結婚ねぇ…子煩悩だったって?」

「ああ、自慢してまわってた」

「そうかぁ…」


 ガレアス、早すぎんよ。


「…ぐずっ」

「泣いてくれるのか。ふたりのために」

「当たり前だろぉ…」


 奥さんはよく知らないが、アイツとの思い出はいくらでもある。正直実感が無い。もう、アイツとバカは出来ないのか。嫁さん出来たらどうすんよなんて話もしたよな。アイツ面食いだったし、美人さんだったのかね。だったらベルちゃんは母親似か?


「ベルちゃんは母親似か?」

「うん…? そういえば、どうだろうな。どちらにもそれほど…」

「お、おい。大丈夫か、それ」

「失礼なやつだな。ベルは『先祖がえり』だからな。そっちのほうが表に出たせいだろう」

「ほーん」


 こちらでは死を悼む気持ちこそあれ、墓参りの習慣はない。法国などでもそれは同じ。この墓はあえて言うなら欧米式だなぁ。ベルちゃんが見繕ったか、少量の花が供えてある。


「ここのことを知っているのはごく一部だ。ベルと、シエイ。私とバッテンたちだけ」

「あの狼たちも?」

「思うところがあるんだろう。それとなく見張りもしてくれているからな」

「ふぅん。アイツの人徳かね。街のやつらは?」

「基本知らないはずだ。私たちの両親ももういないし、ベル自身は墓を作ったのは自分の感傷だからわざわざこの世界の人間に文化を押し付ける必要はない、と」

「水くさいやつだな」

「同意するがな。アイツなりの気遣いなんだろうよ。だから、な」


 なにやらセドナ姐が畏まった。


「な、なんだよ」

「連合総長、レンタロウ・サガ。お願いがあります」


 セドナ姐が頭を下げる。よりによって、俺に。


「ふぉお。ちょっと、ちょっと待てよ。おい!」

「あの娘は私の誇り。可能ならばこの身をもって彼女を護りたい。けれど、私は所詮この街と森の守護にすぎぬ身。それに、あの子はいずれここを出るだろう」

「本人が言ったのか…? いや、まず普通にしてくれ。頼むよ。でないと、続き聞かねぇぞ?」

「…そうか? 大事なことだと思うんだが」


 アイツの姉貴の頼みってんなら無下にも出来ねぇよ。


「あの子はまだ若い。本来、もっと外を向いていてもいいと思うんだが、アイツはどうもこの街に準じようとしているように見える」


 生まれ変わりだと聞いている。地球で得た知識や慣習に倣って、短いなりに二つの人生を生きている。そうなれば、見えてくるものも違うんだろう。俺はどうか。自負はあるが、あくまで自分のやりたいようにやってきた。そんな気がする。


「……」


 おお、セドナ姐放置だったな。


「会合の時、街の支援はするって言ったろ。あの子もその範疇だ。けど、案外『連合』も一枚岩じゃなくてな。万全は期待しないでくれな?」

「心の隅に留めてくれていれば十分だ」

「気をつけるさ……なあ、またここに来させてもらっていいか?」「ああ、もちろんだ」


 今度は酒でも持ってくるかな。


─ ─ ─


「……ふふふ」

「きもちわるい」

「ひどいな、実の姉に向かって」


 彼女の駆る鎧を直に見て、悪癖が表に出ている。暴走しなければ寛容で目端のきく姉なんだけど。


「どうだった、彼女に会って」

「素晴らしいね。あの境遇と若さであれだけの技術力。魔力の若々しさ。豪快に魔力を通しているようでいて、精緻に計算され」

「簡潔に」

「…彼女が最初からウチに来てくれていればねぇ」

「そんなこと……あの子の前で言わないでよ?」

「ああ…すまない。ともかくだ。私はこっちで彼女からしっかり学ばせてもらうとしよう。ちゃんとためになる知識と技術を持って帰るから、口利きは頼むよ?」

「どうにかするわよ」


 まずは『分霊』の魔章か。勝手に話を進めてくれちゃって。管理してるのは姉さんだし、やったもん勝ちではあるんだけど。古株や居残り組は何と言うだろうか。いい顔はしないんじゃ。


「あの魔力と才。伝統を尊ぶ古株たちには『四新』の再来だとでも伝えておけばいいさ。あの子もひょっとするかも知れないぞ?」

「あんなものは伝説でしょう?」

「さて、どうだろう。語り種になる何かがあったんだと思うけど。それが単に本人たちの血の滲むような努力の結果だったとしても、だ」


 あの子、ベルの場合は本当にそう。今は幸せそうに見えるけど。あ、そういえば。


「セドナさんとやらもいい人見つけたみたいだし、姉さんもそろそろ考えないとね?」

「んぐぅっ! そ、そんなこと言って、お前だって浮いた話なんて聞かないぞ! 食い意地ばかり張ってるからだっ!」

「し、仕方ないでしょ! こっちは体が資本なのよ、ねっ!」

『えっ、あ、はい。そうですね』

『俺らに振るな』

『兄さん!』


 くぅ、狼にまで呆れられてる。いいのよ、私は。まだ大丈夫だもの。まだ。


 出会い、考えなきゃかな。



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