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少女、団欒。

 仕留めたモノがモノなので、直近の解体場で切り分けて家に持ち帰ることにする。言うても、ノリはキャンプ場ですがね。事前に素材を持ち込んでいれば、ここでも調理ができる。


「おいおい、マジで。これをお前さんがやったのかよ」

「ええ、まあ」


 いつもはおばさまに狩りの事後報告を行うので、バッテンさんはその流れでおばさまを呼んだんでしょう。流石に街までは入らず、門衛さんに言って。そしたら一緒に飲んでいた総長さんも来てしまった。そうなると銃創なんかも見られてしまう。


「まぁ、狩りに使うぶんには…いや、しかしなぁ…」

「何をぶつぶつ言っている?」


 おばさまは総長さんをジト目で睨み、今度は私をじっと見る。


「…どうしました?」

「お前も猛獣指定を狩れるようになったんだと思うと、感慨深くてな…」

「危なかったですがね」

「怪我したのかっ」

「い、いえ。怪我はありませんから。おばさま、落ち着きましょう?」


 おばさまは過保護すぎないでしょうか。私の体はくまなくチェックされ、ようやく納得したのか解体の準備に取りかかる。


『あ、解体始まる?』

『見ないほうがいいんじゃないですかねー…私は吐くほどじゃありませんでしたけど。総長さんはどうでした?』

『いや、こっちにいる人間全員が動物の解体に慣れてるわけじゃねぇぞ? その歳で自分で解体までするってほうが珍しいからな?』


 おばさまを見ると、今気づいた感じ。おやおや。もしかして私、女の子らしくありませんか?


『大丈夫。お姉ちゃん、頼りになるお姉ちゃん』


 ですかね。ですよね。


 言われてみれば、こうしてよどみ無くスイスイ解体してのける少女はどうなのか。母さまだってスイスイやってたし、こっちでは男女関係なしにそういうものだって思ってましたが。


『おう、やべ…』


 吐くなよ、おっさん。妹は案外何でもなさそうだ。女性のほうが胆が据わっているってことありますよね。


『まじ、尊敬するわ…』

『今日の晩御飯になりますから。手は抜きません』

『ん、この子食べるの?』


 この子とかやめてくださいよ。食べづらい。食べますけども。


『そうですよー。総長さんもいかがです?』

『刃物揺らしながら…うん、まあオース肉旨かったしな。あ、俺、ちょっと、な?』


 はいはい、いってらっしゃい。


「バッテンさんも。お肉少しばかり、いかがですか?」

『いいのか、すまんな』


 いや、お連れの方々がハァハァハァハァ言ってますんで。プレッシャーがですね。


「ベルちゃん、彼らは噛みついたりしないのだろうか。大丈夫だろうか」

「言葉が話せるので理性的な方々ですよ……たぶん」

「たぶんって…」


 食べやすく切り分けた肉を、彼ら用に作った背負子とともに背負わせてみる。


『む、これは……』

「なるべく軽くしたつもりですが……いけますか?」


 いくら喋れる狼とはいえ、肉球と口だけで紐を結んだりほどいたりはできないので、背中に載せているだけのもの。荷を下ろすときは左右から支えてもらって、担いでる本人が前に抜ければいい。


『ふーむ、よさそうだ。わざわざすまんな』

「お世話になってますからね」


 彼らを見送り、私たちが食べる用にもカット。鍋ですからスライスと、小口のカツでも作りましょうか。ちょっと厚みのあるカットで。


『ここまでくるとお店で売ってるやつだね。でも、これでも多くない?』

『大丈夫でしょ。結構な人数居ますし、狩人な生き方してるとこれぐらいはね』


 切り分けた肉をバットに載せて『ポータル』へ。いやぁ、キロ単位の肉を運搬しているというのに両手が空いている。魔法万歳。


『ずっる。お姉ちゃん、ずっる』

『できるんだから仕方がない』


 運搬クエごっこをしてもいいんですがね。匂いにつられて中型大型問わず寄って来ますし。滅多なことでは出くわさないものの、熊も出るらしいし。危ない。


 しばらく歩いたが『ポータル』に仕舞えば匂いも漏れないようなので、森はいたって静か。自生している香草の類いも拝借しつつ、家路を急ぐ。


『ほっほー。ここがお姉ちゃん家かー。ファンタジぃー』

「ガレアスのやつ、いい家住んでたんだなあ」


 ファンタジー、ねぇ。ヨーロッパに行けばウチみたいな様式の家は現役で建っていそうですけど。


 肉を台所に運び、下ごしらえがてらに総長さんから昔の話を聞かされた。総長さんと父さま、それにおばさまは昔なじみだったそうで。その頃の父さまはなかなかヤンチャなお年頃だったようだ。母さまに聞かせたらアカン話もちらほら。


「他にも…いでっ!」

「娘にそんな話を聞かせるなっ。ベル、忘れるんだ!」

「まあまあ、おばさま。男っていうのはいろいろどうしようもない生き物なんですから。それに…」

「それに?」

「二人の仲の良さは、私がそばで見ていましたから」

「…ベルぅー!」


 おお、よしよし。泣きなせぇ。


「はぇー。セドナ姐がそんな態度をとるとはねぇ」

「む、ほっとけ」


 私から見ても、総長さんと話しているおばさまは少し雰囲気が違う。父さまを交えてこういうやり取りをしていたんでしょうね。


「おばさま。今日の晩御飯は鍋となります。それにあわせてご飯、白米になりますが……」

「ふふふ、私ももう『箸』の扱いは完璧だ。いつでも来い」


 お、おう。


「お前、セドナ姐に『箸』の使い方なんか教えてたんか」

「いや、普通に匙とか使えばいいって言ったんですがね」

「あちらの食器らしいな。レン、私の『箸』捌きを見せてやろう」

「お、おう」


 かわいい生き物。


 そのかわいい生き物とシエイさんにも手伝ってもらいつつ、調理を進めていく。頻繁に解体から調理までをやっていると刃物の扱いも慣れたもので。悠里には感心…されるのを通り越して、若干引かれた。なんでや。


「……ほーい、鍋ですよぉ。火ぃつけますからね。気をつけてください」


 なぜかパチパチ拍手が起こる。いや、言うても鍋ですよ? シエイさんやおばさまにも手伝ってもらいましたし。


『うわ、鍋。ごはん。味噌。箸。ニッポン!』


 妹どうした。


『すご。完全日本の食卓じゃん』

『いや、ただの鍋でしょう』

『ただの鍋とは言わせんぜ。こんなしっかりした鍋は日本にいた頃以来かもしれん。ありがとう、ありがとう』


 ガチで感謝されてしまった。


「このお野菜可愛いわね。花の形に切ってある。難しくないの?」


 すいません。ニンジンは型でぶち抜いただけです。茸類とシャキシャキした歯触りの白菜や水菜の代わりとなる野菜もあったので、確かにザ・鍋といった仕上がりにはなったか。うかつだったのはシメのうどんが用意できなかったことか。まあ、今日は肉メインですからね。ご飯でいいでしょ。


「ぎゅるりぎゅるぅる」


 シエイさん、お腹の音で急かさないでください。小皿は行き渡りましたかね。


「では、本日も自然の恵みと…いや、今日のはちょっと違うな。命と、あの……」

『ぎゅうぐぅううう』


 あかん、妹までもがお腹の音で会話を始めた。


「……いただきまーす」

『いただきまーすっ!』


 まずご飯に箸を伸ばす悠里。一口。二口。咀嚼。咀嚼。


『……やっぱ白米だよね』

『言いよる。酒場で賢しらなことを仰っていたのはいつのことでしたか』

『日本人だもーん。仕方ないんだもーん』

『だな。そっちの着物の姉ちゃんの仕事か?』

「ええ。ね、シエイさん?」

「………」


 ガン無視の鍋奉行。


『…かわいいひとでしょう?』

『む、夢中だな』

「は! し、失礼しました。なんでしょう?」

「お米が美味しいなって」

「はい、そう、ええ」

「…続きをどうぞ。こんなお肉はなかなか手に」


 礼をして直ちに鍋に戻る奉行。


「ベルちゃんよ。普段はあんまり食べれてないのかい?」


 わりとマジなトーンで心配されてる。


「いえ、そんな。むしろこちらの食料事情はいいほうで」

「行き倒れたことがあるからな。な、シエイ」


 おばさまさらっと言っちゃう。


「おー…そうか。そりゃ、大変だったな」

「ちが、違うのです! あれは行き倒れ『かけた』のです!」


 いやぁ…弁護したいトコですがあれは見事な行き倒れっぷりでしたよ。


「ホント面白いわね、貴女たち」


 などと余裕ぶっこいてるから、横から実姉に肉をさらわれる。


「ちょー!」

「ああすまない手が勝手に」


 二枚目。


「ああ、喧嘩しない喧嘩しない。まだありますからね」


 余るかと思ったのに。最悪カツ用の肉まで要求されるかも。さっさと揚げよう。


『おおう、カツまであるのか』

『総長さん。お野菜も食べるんですよ? そろそろ楽観しちゃいられないお年頃では?』

『お前は俺のおかんか。確かにそうだが…ビールが飲みてぇな?』


 唐突。あの連れの人も大変そうだ。今気づいたがあの人はどうしてるんだろうか。酒場では一緒にいたはずだけども。


『…街で食ってるはずだぜ』


 丸投げですね。まさか本当に忘れてたわけじゃないでしょうね。


『お前よ。異世界、楽しんでるか?』


 何じゃ? 神妙な顔で、酒でも催促しに来たのかと思ったら。


『いろいろありましたけど、こちらに来て後悔したことは無かったかと。この街の人たち、いい人ばかりでしょう』

『…この街ぁ、な』

『なんです、それ』

『俺は着の身着のままでこっちに放り出されてな。そういう意味ではお前さんと…どうだっけ?』

『私はこちらで女の子として生まれましたが、新城清心という『かつての私』の記憶を受け継いじゃいましてね。転生モノってやつです』

『モノって何だよ。ジャンルみたいな言い方して』


 ジャンルでしょうよ。聞き返すと、総長さんは西暦二千年くらいにこっちに飛ばされたようだ。話題が微妙に噛み合わない。確かに『異世界モノ』としてジャンルで括ってしまうのはまだ最近の風潮だったのかも。


『ほぉー。なんかすげぇな。未来人と話してる気分だぜ』

『あっはは。確かにそうですね。そうなると…』

『やめっ、言うなっ。おっさんの心はお前が思ってるよりずっと繊細だぞっ』

「ずいぶん仲が良さそうだな。まさかとは思うが総長どのは年下のいたいけな少女がお好みか?」

『マジかよ、ロリコン?』

「わざわざ『日本語』で聞こえるように言うな!」

『お姉ちゃんに近寄るんじゃないわよ!』

「ほら来た!」

「お、揚がりましたね」

『マイペースな!』


 そうはおっしゃいますが、ほぉれ。ザクッザクッと小気味良い音を立てて切り分けてみますよ?


「くっ、旨そうじゃねぇか。どれ…おおぅ、この野性を感じさせる肉質よ」


 顎が強くなりそうですね。


「鍋もそうだったがよ。やっぱり醤油がないのか。ウスターも欲しいが」

「味噌はあるのであとちょいとなんでしょうが、私に料理的な閃きはありませんでしたねぇ」

「ま、十分旨いから問題ねぇ…じゃねぇよ。真面目な話しようと思ってたんだよっ」


 総長さんはカツをお茶で流し込み、話を続ける。


「お前さんが出会いに恵まれてるのはよくわかった。フソウの姉ちゃんしかり、妹しかり。けど俺はこの世界をいろいろ見て回って、この世界にあるのが優しさだけじゃないってのを知っている」

「……はい」


 思わず、そんなんわかってるわと答えそうになったが。心底心配されているのはその表情から窺える。私は父さまの忘れ形見ってやつに見られてるわけですか。


「なんとなく想像はつくだろう。一昔前よりはマシになったが、血で血を洗うとか普通にあり得る世界だ。日本なんぞとは比較にならないくらい簡単に命は失われる」

「…そうですね」


 よく、知ってますよ。


「あ、いや…すまん。あー…可能ならお前をしっかり守ってやりたいとは思う。あまりあちらの知識を晒さないように、静かに暮らしていくのが一番だとは思うんだが…どうだ?」


 私はこちらで何をしたいのか。今はただ、日々を生きている。獲物を狩りつつ、地球の料理に挑戦したり。街の娘たちと女子会もどきをしてみたり。街の設備をいじったり。


 そこへ今回の事件だ。私は否応なしに巻き込まれ、大事なものを失った。いっぽうで大事な人との出会いもあった。


「…ベルさま?」

「シエイさん、好きです」

「…はい、私もです」

「え、なんでいきなりノロケてんの? ていうか、お前らそういう仲だったのかよ!」

「…私は、父さまと母さまの娘として生まれました。最初は不安でしたけど、すぐにふたりの娘であることを誇りに思うようになりました」


 生まれた時点で物心ついてましたし。反抗する要素もないかわいい両親でしたし。


「言いましたっけ? 私は既に両親の仇を討ちました」

「なんだとっ」

「正当化するつもりはありませんよ。実際、彼女を討ったことに思うところがある人もいるでしょうし」

「何だい、すでに言ったろう。私は…」

「ベリルさんはともかくとして…フェニックさんとかは?」

「…誰かに聞いたのかい?」

「見ちゃったんですよ。あの態度は、少なくとも身内の恥である女性に対するものには見えませんでしたね」

「よく、見てるね」


 あの人は自分を律しているように見えましたが、復讐を考えたりしますかね。その時、私は?


 もちろん、やられるつもりは無いんですけどね。


「総長さん。私は世間知らずなほうだとは思います。心配していただけるのもありがたいことです。でも、私は地球で一度死に、こちらで生まれた女の子なんです。この世界の人間で、ありたい」

「…お前、何だかんだアイツに似てるな。結構、頑固そうだ」

「ええ、私はやりたいようにやってみるつもりです。この手に収まる程度のワガママ、言ってみてもいいでしょう?」


 好き勝手言ってますね、私も。


「随分偉そうだが。好き勝手やってたのはお前もだろう? 私が火消しに回ったことも一度や二度では…」

「あーあーきこえねー」


 ふふふ。仲のよろしいことで。ヨーギーさんがやきもきしてるのがたやすく想像できますね。


「わーったよ。まあ好きにやってみろ。俺の手が回らねぇほどかき回してくれるなよ」


 とりあえず納得はしていただけたようです。てかカツが冷めますがな。


「ほい、鍋の次はオースカツですよーシエイさんはやーい」


 皿ぐらい置かせて?


「美味でふ」

「それは、なにより」

『わーお。鍋からトンカツとか超ヘビー。で、お姉ちゃん。ソースは?』

『…レモンとキャベツで手を打ちませんか? さっぱりとして、おいしいですよ?』


 ベリーとかお野菜とか煮込んでいろいろやってんですけどねー。誰かに相談してみましょうか。でも、ここらでは外食するほうが一般的だったりするんですよね。いい店もあるし。


『やっぱビールが欲しいな。ウィスキーとかそういう感じの酒やワインはあるんだがな。やっぱあのよく冷えた…』

『学生時分に飛ばされたって言ってませんでしたっけ? 何でお酒の味を知ってるんでしょうね?』

『へっへ、ベルちゃん。へっへ』


 何です、その笑いは。ごまかしてんですか?


「難しい話は、げっぷ。終わったかい?」

「仮にも婦女子が堂々とげっぷ」

「出るものは仕方がない」


 『出る』言うな。ほら、妹さんが頭抱えてる。


「そんなことよりもだね。いろいろ後回しにされてたが、そろそろ私の本来の目的を果たさせてもらうよ!」

「ご飯食べに来たんじゃ?」

「違ーう。堪能させて貰ったが。君の持つ技術力。さしあたってはあの『鎧』だよ。もう一回見せてくれ!」

「でももう遅いですしぃ」

「さっき見たぞ。明かりを出せる魔章も刻めるんだろう」

「ま、ばれますよね」


 魔章の耐久性を把握するためにわざと雨風にさらされるように刻んでますし。ストレステストってやつですか。知識が無ければ細かい装飾にしか見えないと思いますが。私の考えもしっかり指摘してくるあたり、ただのマッドではないようだ。


「鎧ってのはアレ、『ロボット』的な奴なんだろ? 俺も見てぇ。何なら乗せてくんねぇ?」

「あ、ズルいぞ。私も、私も乗りたい!」


 いや、遊園地の乗り物とかじゃないんで。


『お姉ちゃん何の話もぐもぐ』


 流れるようにカツを食らう妹。


『『GALE』を見せてくれって話になってまして』

『ん、ゲイル?』


 やだ、素で呼んじゃった。


『今回の騒動を収める為に使ったっつー『ロボット』らしい。元男だもんな! 略称とか付けたくなるよな!』


 その『わかってますよ』的なやつ。やめてもらえませんかね。恥ずかし紛れにカツに箸を伸ばす。皿の感触。カツが無い。


「ほ?」

「あっ」


 おばさまが確かな箸捌きでカツを。


「あ、いや」

「ダメです! 一度箸をつけたならそれは貴女の物なのです! 存分に、どうぞ!」

「なんだか、すまない」



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