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少女、スタイリッシュ。

 ベリルさんが内なるパトスを抑えきれない姿にはちょっと引いたが、その技能が確かなら、彼女を引き入れるのはこちらにとっても良い話。いっちょ話をしてみることにした。おばさま、ホントすいまっせん。


『こっちは馬車がメインなんだ。お姉ちゃん、車とか作んないの?』

『考えてはいますが…この世界の雰囲気も大事にしませんと』

『作る気では、いるんだ』


 設計だけですけど。ガソリンを使うわけでは無し。魔力でもってギアなりなんなり動かすなら、たぶんクリーンなエネルギーですからね。


「さっきから使っているのは、あちらの言葉なのかい?」

「あ、はい、そうです」

「露骨に距離を開けないでくれ。さっきは悪かったよ…」


 馬車が出払っていたので戻ってくるのを待ちつつ雑談中。この人も黙っていればクール系、それでいて話のわかる年上のお姉さんポジを狙えるんですが。


 今はマッドな香りのする残念姉のポジション。


「失礼なこと考えてないかい?」

「考えてました、すみません」

「素直!」


 リッドさんが戻ってきた。


「やあ、すまないねベルちゃん。急に往来が激しくなって」

「そうでしたか」


 おそらくだが、今回の一件と無関係ではないのだろう。『連合』がこのハドモントに支部を置いているように、この世界でも情報は武器ということだ。善悪問わず、様々な思惑が行き交っていることでしょう。総長さんは『連合』が持つ電話のような道具で情報をやり取りしているらしい。


「さあ、乗ってください」


 五人になってしまったので二頭立ての馬車を用意してもらった。だから時間がかかってしまったんですけど。


「四人なら馬車があったのに。クラン、お前はこの間彼女の家に行ったじゃないか。今度は私の番だろう」

「う、うるさいわね。この間はそういう流れにならなかったのよ」


 ガタゴトガタゴト、馬車に揺られながら森の入り口まで進む。


『なんかすんごいのどか。ホントに襲撃とかあったの?』

『目立った被害が無くて何よりでしょ?』

『…そだね』


 破片などは片付けられたものの舟が墜落したときに地面ごと削られた下生えなどはそのままだ。


 代わり映えしない景色に飽きたのか、悠里は街で買った荷物を漁り始めた。


『さてと。お姉ちゃん、これは何?』

『それは、体を洗う用のヘチマたわし。水を含ませてわしわしやってるとトロトロしたものが出てきますが、それがイイ感じの潤い成分になっているようです』

『ほえー…んで、これは?』

『おい、やめろ』


 そんな、下着を広げてみせるもんじゃありません。


『お姉ちゃんが、作っちゃったんだねぇ』

『まだ引っ張りますか…』


 いいじゃないですか、まずまずの評判なんだから。そもそも私は原案だけで、必死こいて縫ってるのはランダロンさんだ。弟子を雇ったりもしている。リッドさんとイイ感じになってしまった、例の眼鏡さんだ。私もたまに手伝っていて、妙に裁縫スキルが上がった気がする。この世界、スキル制じゃないけど。


「ベルちゃん、あの、それは…」

「お察しの通り、下着です」

「い、いけないよ。こんなところで」


 確かに感心はしませんが、女だらけなんですから…あ、御者さんが男性でした。


「興味、ありますぅー?」

「か、勘弁だぜベルちゃん」

「あはは、すいませんね」


 ちょっとイジワルでしたか。


『お姉ちゃん小悪魔ぁ…』

『大袈裟でしょ。ちょっとしたイジワルですよ』

『いや、お姉ちゃん可愛いんだから。勘違いしちゃうよ?』

『マジかぁ』


 自分の体というより、悠里以外に妹ができた、みたいなつもりだったんですがね。ついつい着飾りたくなっちゃって。


「ベルちゃん…本当に方向あってるのかい? すごく、森だが」

「ええ、森です」

『お姉ちゃん、ホントに森の中に住んでるの? どっちがエルフよ』

『少なくとも閑静な住宅…ではありますよ』

『大丈夫? 蛇とか出ない?』

『出てもおかしくはありませんが…そういえば今までそんなことはありませんでしたね』

『気づいてないだけじゃない?』

『…洗濯物取り込むときは気をつけましょう』


 街の外れでは農作業が再開されている。挨拶を受けて、それに返す。肥料を作って農業改革とかは私には無理な話だった。でもこの世界の食べ物は普通に美味しい。これまでこの世界で積み重ねられてきた知識、ノウハウがあるからだ。小さい頃のバルくんなんかは典型的な反骨心の塊で、故郷の良さを説いたりしましたっけ。少なくとも私にとっては、大事にしたい、守るべきものがここにはある。


「ベルちゃん。私たちは、ここにいることを許されていいのだろうか。もしあそこで笑っている人たちに…」

「姉ちゃんたち、とりあえず馬車はここまでだ」


 御者さんが食い気味に到着を伝える。この人も過ぎたことをぐちぐち言う人ではないのでね。


「いつもありがとうございます」

「なぁに」


 後は各自荷物を持ち、私の家まで歩きだ。だから水分補給はいつでも出来るように魔法瓶はいくつか予備を作って渡すことにした。今回は魔法を持たない悠里に渡しておく。


『ほい、悠里。水筒』

『うん…うん? これはふつうにあるの?』

『作りました』

『お姉ちゃんすげぇ』


 とはいえいきなり信用はできなかったのか、開けて、一口飲む。


『おお、ちゃんと冷たい』


 何度かやってみたが、氷魔法というものはなぜか難しい。こちらでの生活に慣れすぎて冷凍保存という発想を半ば忘れていたせいだろうか。発生させられる氷は小さく、断熱構造でどうにか保存している次第だ。


「これは…水筒かい」


 興味深げに水筒の中を覗くベリルさん。


「なかなか綺麗に成型できて…わひゃあ!」


 中を覗きながら水筒を傾け、危うく中身をぶちまきそうになっている。あれ、バカかな?


『マジかよこの人…』


 悠里も呆れ顔。


「あの、大丈夫だから。いつもはこうじゃないの。腕の方は、ホント。ハルーンでもなかなかなほうなのよ?」

「ええ、大丈夫。わかっておりますとも」


 クランさんも大変ですね。


 ふたりの里での暮らしぶりなどをネタに駄弁りつつ歩いていると、ふと、違和感。道しるべのひとつにしていたヒマワリのような植物が踏み倒されている。種の部分も少しかじられて、まだ最近のようですが。


「ベルさま、あちらに」


 さっきまで何故か聖母のような笑顔で私たちのやり取りを眺めていたシエイさんが、キリッとした表情で見据えるその先。イイ感じにデカイ猪さんがいらっしゃる。こちらでいう『生肉』…違った。『オース』だ。


「…ベルさま」

「…久しぶりに鍋ですね」

「……ぎゅるり」


 お腹の音で返事をしない。


「お二人とも、慌てず騒がずあちらを御覧ください」


 悠里にも日本語で促す。


「で、でかい」

「あのサイズだとパックの風だけだと足りないかもね…」

『うわ、猪デカっ』

「二人とも、お肉が食べられなかったりしますか」

「…え? 『マスー』の肉なら主に食べていたが」

『鱒?』


 特徴を聞いてみると、こちらで羊のように扱われている動物のことだった。呼び方が違うので一瞬気づかなかったが。ようはラム肉か。


「そうですか。ならアレだけが苦手ということはないですかね」

「当然のように、仕留めるつもりかい?」

「ええ」


 血抜きを考えると即死させないほうがいいのだが、フゴフゴいいながら行ってしまいそうだ。何より、あの矢傷を食らっているヤツは猛獣指定として手配されていたはず。


 やっちまいましょう。


「ベリルさん。ひとつ確認です。貴女は私の弟子ですね?」

「う、うん。その予定だね」

「師匠の言うことには?」

「ぜ、絶対服従?」


 冗談だったんですけど。


「そこまでは言いませんけど。今から見るものは秘密にしといてくださいねって、『お願い』です」

「承知」


 武士か。まあいい。シエイさんにかかればあれくらいサシでもヤっちまうわけですが、今回は『試し撃ち』がしたいのでね。


『ラ、ライフル?』

「もしかしてそれが、『銃』というものかい…」


 以前妹には『コンテンダー』の拳銃型を見せた。こっちは銃身とグリップ周りを交換したライフル型。そもそもライフル弾を装填する銃なので、こちらが正道か。


 そも相手は札付き。看過できない被害が出ているからこその猛獣指定。原則、殺処分。


(思えば実際に『銃』を猟に使うのは初めてですか…)


「みなさんはその辺りの木の幹を楯に。いちおう耳を塞いでおいてください」


 皆の準備が整うのを確認し、目標を確認。何となく目礼し、暫し様子を見るとうまいこと真横を向いた。的は大きくなり、巻き添えの心配もない。


「…いきますよ」


 膝立ち、脇を締め、パッドを肩に密着させる。『身体強化』を使い、自分はただ引き金を引く装置になる。


 引き金を、引いた。


 森にこだまする銃声。目標は…ピンピンしている。


「…やべ、外した」

『………え、外した? えええ、そこで外すぅ?』


 うるさいですね。外した当人は貴女の想像しているであろう三割増し動揺してますよ。


 奴さんも腐っても猛獣指定。そこらの獣なら音に驚いて逃げ出すところを、それはもう臨戦態勢のやんのかオラオラ状態である。


「大丈夫なのかい、大丈夫なのかい」


 ヤバイっちゃヤバイ。私は相変わらず規模の大きい魔法は使えないので、あの質量で懐に入られると大事故だ。冗談でなし、飛ぶ。


「こ、こここはわた、私に」


 クランさん却下。すでに落とし穴を土魔法で掘って─


「かわしよる」


 地面に伝わる微細な震動を察知したというのか。この世界の動物はときどきおかしい。


『お姉ちゃん、やっちゃう? 私、やっちゃおうか?』


 なんでやねん。私は妹をそんなふうに育てた覚えは─


「ないけどっ!」

『お姉ちゃんどんだけアクロバティックな回避すんの!』


 確かにね。側転回避とか求められてませんでしたけど。二度とやりませんけど。まあそんなこんなで。


「グッナイ」


─ ─ ─


「ベルさま。ご無事で」

「ええ、なんとか」


 正道を狙ってライフル型を作ったつもりが、調整が甘かったようです。あるいは慣れの問題でしょうか。結局クロスレンジでショットガンの単粒弾をぶちこむ羽目になりましたよ。二発も。頭に二発もらってようやくとかどんだけ。完全にグロ映像と化してますよ。


『お兄ちゃんが異世界でお姉ちゃんになってスタイリッシュ猟師をやってた件について詳しく』


 うるさいわ。


「お、お見事と言うべきか…うわぁ、これは食らいたくないなぁ。あの男も危惧するだけはある」

「向こうではこうして丈を詰めた銃は銃の所持が認められる国でもご法度だそうで」

「…隠匿して持ち歩けるから?」

「ですね」

「結構な音もするのね。貴女、よく平気ね」


 まあ何回か試射はしてますし。サクサク血抜きの用意を…


『ベル、無事か』

「おや、バッテンさん…そっか。心配させてしまいましたか」

『話に聞いていたような音がしたからな。おお、立派な獲物だな』

「ちょうどよかった。すみませんが街まで使いを出せませんか? 恐らく手配されていたオースですので」

『わかった』


 見事な遠吠えで仲間を呼び、街まで使いに出す。子どもが生まれてからというもの、貫禄が増したような気がしますね。


「ナツさんとは上手くやってるんですか? え、どうなんです?」

『冷やかしてくれるな。泣かすような真似はしとらんさ』


 職名で呼びつづけるのものあれかなってんで、しばらく前から秘書さん改めナツさんと呼ぶようにした。完全にフィーリングで名付けちゃいましたが、今のところ文句は聞いていない。


『ちょいと、お姉ちゃん』

『なんです妹』

『そのオオカミ、喋ってる?』

『そりゃ異世界ですもん。オオカミだって喋りもしますよ』

『…そ、そうかな。うん、そうかもね…?』


 もうその手のリアクションは飽きましたのでね。


『ところで悠里。こういうの見てて大丈夫なんですか? 私も最初はキツかったですから』

『うん、私もやっちゃったことあるから…あっ』


 悠里、今なんつった?


『やっちゃった? やっちゃったんですか!? いつ、何を!?』

『あっちゃっちゃー…』


 あっちゃっちゃーじゃないですよ。私の知らないトコで妹がヤバイことに巻き込まれて、まさかの実行犯?


『悠里、逃がしませんよ。正直に話しなさい。必要とあらば私も付き添いますから』

『加害者にしないでよっ!』


 詳しく話を聞いてみると、なんということか。我が妹があちらで謎の猛獣に襲われ、あわやというところで謎の力が発現。その猛獣を撃退し、その勢いのまま私の魂を追いかけてこっちまで来てしまったと。ところが、なぜか体が動かせなくなり困っていたところを総長さんと、話に聞いたメイド長さんに救われた、と。


『……?』

『お姉ちゃん、熱はないから。どうせならおでこコツンでお願い。あと全部ホントの話だから』

『そうは言いますがね』


 妹を疑うのは忍びないが、それが事実なら地球がヤバイ。私の地元はいつから謎の発火能力を持つ猛獣がうろつく魔境になった?


『待ってくださいよ。そもそもそれって十何年も前の話ってことになりますか? 時差だかなんだかあるようですし』

『あ、そうだね…うわ、地球大丈夫かな』

『…まあ、いまさらですけど』

『う、うん。そうだけどね…』


 この件に関しては妹ばかりを責められませんね。私はマジで何も出来ていませんし、再会できたことを幸運と考えるべきか。


「どうした二人とも。何かあったのかい?」

「…いえ、いいんです」


 少なくとも今あちらに戻ることは叶わない。考えるのはよそう。


『悠里。謎の力ってなんです。魔法使えちゃったりするんですか?』

『えー…わかんないよ』


 …いきなり魔法使えますか、もないですか。でも、ちゃんと考えないと私が監督責任持たないといけませんしねぇ。


『…お。お姉ちゃん、見て見て。ライター』

『いや、私タバコは……は?』


 妹の指先に小さな火がふよふよと。


『お姉ちゃん、これ魔法? 魔法なの!?』


 私も魔章は扱えても教えるとなると知識がなくて。


『えー…っと?』


 クランさんに目で意見を求めると、うなずき返してくる。使えてるらしい。


「向こうの人は魔法は使えないんじゃなかったかい?」

「そのはずなんですけどねー」


 なんだかにわかにチートものっぽくなってきましたね、妹が。


『とりあえず、森の中で火の扱いは気をつけてくださいね?』

『あっ、はーい』


 私の記憶が確かなら、妹は魔法なんか使えないはずでしたが?


 ただ、地球から飛ばされてきた人たちには何かしらの付加価値があるらしい。『あの男』や総長さんは高い魔力が備わっていたらしいし。悠里は…悠里は、あっちにいた時点で力に目覚めたとか何とか言ってましたね。そうすると、地球でさえも、私が認識している常識では測れなくなっているってことでしょうか。


 もう一度妹のほうを見ると、どこからともなくナイフを取り出して握りを確かめている。


『…妹が不良に』

『不良だってそうそうナイフ持ってないからっ』


 悠里が声を上げた拍子にナイフは砕けて消えた。


「ちょっと…待ってくれよ。今のはまさか…魔力の固着? いやいや、そんな…」

「どうしました。ウチの妹、何かやっちゃいました?」


 突然ベリルさんが真剣な表情になり、小声で話しかけてくる。


(ベルちゃん。私たちは魔法を使うとき、魔力を捉えると例えるけどね。実際に触ってると認識してるわけじゃないだろう?)


 確かに。オタク気質のせいであちらとこちらを混同しがちだが、向こうに魔法はない。妹のカミングアウトのせいでそれも怪しくなってしまいましたが。


 ともかく、私の知る限り魔法は無かった。そのくせそのテの創作物は豊富で、魔法の固着と言われて理解はできる。魔力だって、何となく触れることの出来ないものと考えていた。悠里がやったことは、魔力をかき集めてナイフの形に留めているということか。


「もしかして『分霊』も同じ理屈ですか?」

「と、されているんだけどね。あれは確実にできるわけじゃない。それに普通は生物の形をとる。あんな風に無生物、あまつさえ武器を入れたり出したりできるわけではない。里のお歴々に知られたら大騒ぎだよ。今回の一件が吹っ飛ぶくらいにはね」

「ほっほーぅ」


 異世界転生したと思ったら、後を追いかけてきた妹のほうがヤバイことになってた。


「当面は秘密にしておいたほうがいいね」

「よろしくお願いしますよ? 浮き足だって口を滑らすような人じゃないって、私、信じてますから」

「わかってるよ…そんな純な眼差しで見ないでくれ」



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