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総長、過去と今と。

 久し振りのハドモントだ。俺がこちらの世界に飛ばされてほどなく、しかし命からがら辿り着いた『忘れじの庭』。忘れじの庭ってぇのは、ハドモントに昔から伝わる異名だと聞いていた。その呼び名はエル…いや、ハルーンたちにとっての忘れてはならない場所、いわば故郷ということか。


 だが、俺がガレアスや街の古株たちに聞いた限りじゃ、この周辺に古くから住んでいたのは魔法種族なる一族。今このロードラント一帯に住んでいるのはその末裔。


「総長、何か気になることでも?」

「…うんにゃ、なんでもねぇ」


 まあ、昔のことをほじくり返しても始まらねぇ。そもそも俺はハルーンたちのことなんておとぎ話程度にも聞いたことはなかった。俺なりに、この『世界』を歩き回ってきたにも関わらず。


「先程の少女のことですか?」

「…兄貴とか呼ばれてたほうなんだがな」


 ガレアスに娘とは。俺とつるんでハメ外してた、具体的には女の尻追っかけてたアイツがいつの間にか所帯を持って、そして─


『知らない間に逝っちまいやがって…』

「……」


 思わず日本語が出てくる。妹のほうと話すまでほぼ使うこともなくなっていたもんだ。


 ガレアスに限らず、この街に住まうのはお人好しばっかりだ。言葉も通じない着の身着のままの俺を迎え入れ面倒をみてくれた。森に住まい、猟師だかなんだかわからん生活してるのは面食らったが。たまに食わせてもらったイノシシみたいな肉が旨かったのを思い出す。


「立派な樹ですね…」

「懐かしいねぇ…そういやこの樹に登って大目玉くらったっけか」

「子どもですか」

「ギリ学生だったんだよ」

「学生と樹に登って叱られるのとなんの関係が」


 いや、いろいろあったんだ。こっちに来てすぐに野獣に絡まれて、その野獣を追いかけていたガレアスとその姉貴に助けられた。興奮やら不安やらをまぎらわすために勧められた酒をついつい飲み過ぎた。ぐでんぐでんに酔っぱらってふたりして大樹に登り、ガレアスの姉貴にどやされた。若気の至りと言うには少々みっともないエピソードだが。


「俺にもそういう時代があったわけよ」

「はぁ…」

「んだよ。なんかあんのか?」

「…いいえ」


 今もでしょう? みたいな顔すんな。くそっ、昔の俺を知ってるヤツがいつまでも武勇伝とか言ってふれてまわるから、後輩が俺を見る目が─


「ぅあっ!」


 角を曲がったところで誰かとぶつかった。


「すまん。大丈夫…」

「いや、こちらこそ……げっ」


 げっ、て。噂をすればなんとやらだ。女としては結構な身長。紅と呼ぶがふさわしい赤い髪。強い眼差し。しばらくぶりだが、こんな目立つナリを忘れるはずもない。ガレアスの姉貴、セドナだ。


「お、おう。久し振り」

「いや、はじめましてだな」

「いやいや、レンタロウさんですよ? ほら、野性のモントレアに追い回されてたところを」

「モントレアに追い回される人間など珍しくもない」

「珍しいわ! 『牛』に追い回される人間、そうそう居らんわ!」


 とは言ったものの、実はこっちでは案外見かける。にしても、あらためて見ると…


「アンタ、いい女だったんだな」

「…ハァ!?」


 あの頃は偉そうな女って印象しか無かったんだが。色気というか…年くって趣味変わったかね?


「失礼、彼女になにか?」


 連れの男がずいっと前に出る。おっ、そういうことなんか?


「いやなに。懐かしい顔だったんで、つい…な」

「…そうですか」


 しかし、何を話したもんか。謝罪か? 最後に別れてからろくに連絡も寄越せてなかった俺が、独り善がりか?


「あー、そのー…」

「…ベルには会ったか?」

「お、おう。娘だってな。可愛い娘…ヒィ!」


 なんつう目で見やがる。心臓飛び上がったわ。


「まさかとは思うが…」


 やめろ、短槍に手をかけるな。


「ま、まったく、どいつもこいつも。女遊びが酷かったのは昔の話だ! 今はずいぶん大人しくなったもんさ!」

「…本当か?」


 言ってやってくれ、レーン。今の俺は頼れる大人の男であると。


「………」


 言って、やって、くれ!


「まあいいさ。何かあれば処理すればいいだけだ。今はシエイもいるしな」

「処理て…」


 ひでぇなぁ。久し振りに会えたってのに。とはいえ、ここは頭を下げんと。


「セドナ姐、すまんかった! 俺は何も知らなかった。アイツに子どもができたことも…アイツが、死んじまったことも。俺は、何も…」

「やめてくれ…それを言うなら私は、私はっ…」

「お、おい」


 セドナ姐のこんな顔を見たことがあったろうか。涙すら滲ませ、口を引き結んだ悔しげな表情。隣の男もいたわしげだ。


「セドナさん」

「すまん、ヨーギー。大丈夫だ」


 目尻を拭い、胸を貸そうというのか自分の胸に手をやる男に肘をいれつつ、こちらに向き直る。


「…いろいろあったよ、レン」


 あの娘の話とかぶるところもあったが、できちゃった婚だの、かなり子煩悩な様子だったの。あいつが生きてりゃ酒の肴にするだろう話を聞けた。


「幸せ、だったんだよな」

「ああ、そうだな」

「アイツが子煩悩ねぇ…」


 正直想像つかねぇ。あるいは愛に飢えていたからこそ、はっちゃけていたんだろうか。奥さん美人さんだったらしいし。


「一緒にいられた時間は少なかったがふたりは幸せそうだったよ。もちろん、あの子も…いかんな、また泣きそうだ」


「別に、笑いやしねえよ」


 俺もらしくなく泣きそうだ。


「そういやガレアスに連れてってもらったあの酒場、まだあんのかよ?」

「失礼なやつだな。あるよ」

「今からでも、どうだ? 飲もうってんじゃねぇよ。ちょっと思い出話でもよ」

「私は構わんが…」


 セドナさんよ。この状況で一緒にいる男にうかがい立てるなよ。気まずそうじゃねぇの。


「まあ、良いのではないでしょうか」

「そうか。では行くとしようか、レン。場所も変わっていないからな」


 もしかしたらと思ったんだが、違ったか? それともセドナ姐が残念なだけか?


(あんた、苦労してそうな?)

(あれでも少しは距離が近づいたと思うんですが…)


 肩をすくめるヨーギーとやら。セドナ姐の後に続きつつ、自己紹介を済ませておこうか。


「俺はレンタロウ・サガ。連合総長なんかやってる」

「そうでしたか……はぁあ!? あっ、いや、失礼を」


 いや、跪くほどかよ。


「待て待て。俺は偉ぶるつもりは無いんだからよ。頭上げてくれ」

「い、いえ。ご勇名はかねがね」


 参るね。あっちこっちでいろいろやってたせいで名前だけは大きくなっちまって。実際、こちらの人間と比べて少しばかり魔法の威力がスゲェだけなんだが。


 こっちでは認知度は高いわりに魔法を使える人間は少ない。家庭じゃ薪が使われていることも珍しくない。ハドモントも昔はそうだった。今はベルちゃんがところどころに魔章を仕込んで、便利になっているようだが。


「お、『風呂』って言ってたのはあれか」


 こちらの雰囲気にそぐうように配慮したのか、日本の銭湯の雰囲気じゃない。テルマエなんちゃらとも少し違うが…『湯屋』といったニュアンスの言葉が書かれた看板が目に入らなきゃ、気づかなかったかもしれない。


「ベルちゃんがシエイさん、セドナさんと一緒になって推してきたんですよ。私もたまに利用しています」


 こっちには温泉もあるらしいし、フソウとやらはいかにも日本人が絡んでいそうだ。『味噌汁』とか『納豆』とか振る舞われたしな。醤油は実現できていないらしいが、まあ、無理強いするつもりもない。こっちにだって美味い飯はいくらでもある。そうなると、この街を守ってくれたベルちゃんには本当に感謝だな。若いのに、大したもんだよ。



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