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帰らぬ人たち。

 妹には動きやすい服装に着替えてもらい、メイド服はランさんに梱包してもらった。


「ベルちゃん、この服って」

「気持ちはわかりますが、この服に関しては待ってください。この『メイド』服は制服なのです。心得のないものが、戯れにでも着るものではない。この服からはそんな気配を感じるのです」

「確かにね…堅苦しいように見えて意外と動きに追従できるつくりになってるわ。縫製も隙がない…私もまだまだね…」

『ちょ、ふたりとも? マジすぎない? メイド服でしょ?』

『貴女はその本気の一端に触れているはずでしょ、悠里?』


 大人の男性を引きずり倒すロリメイド。


『あー…そうかも』


 ランさんには某ハイカラな和服コスを提示しつつ、私たちは宿屋へ向かう。


『ここの通りもさ、ホント雰囲気あるよね。ザ・ファンタジーって感じ。あはは、何あの鳥。変な鳴き声』

『あれはギルースっていう鶏肉的なやつです。美味しいですよ?』

『その感想は…まあいいや。治安とかは大丈夫? 中学生が一人で歩ける?』

『この街は治安良いですよ。おばさまたちが自警団みたいなお仕事をしてますので。他所から来た人がたまにはしゃぎすぎたりしますがね。それくらいです。ただ…』

『ただ?』


 私の家に住まわせるつもりだったが、現代っ子と言える悠里にいきなり森住まいは不味かろう。私と同じ仕事をさせるつもりもないが、こちらで生活は結構ハードだ。言葉を教えつつ、自衛の手段も考えておくべきでしょうね。


『…いずれ考えるとしましょう』


 宿屋の前まで来ると、クランさんが腕組みで耳をピコピコさせていた。


『わあ、カワイイ…』

『ですね。でもあの顔はどう見ても、イライラしてますね』


 私たちに気づくと、大きなため息をひとつ。


「…ごめんなさい。やっぱり宿から抜け出してたわ。ホント落ち着きのない…ここに来るまでに見なかったかしら?」

「ベリルさんですよね。見てませんが…ハルーンの人たちもパラパラ歩き回っているようですし、先に酒場へ行って、目撃情報を探してみませんか?」

「……そうね。そうするわ」


 クランさんと合流し、酒場へ。


「スゴい樹…何百年と経ってそうね。ハルーンに伝わる話では神樹とか呼ばれる樹がこのあたりにあるらしいわね。まあ、おとぎ話の類いでしょうけど」

『屋久杉とかこんな感じかな…』


 それぞれの感想を述べる二人。神樹なんて呼ばれるような霊験あらたかな植物ではないはずですけど。クランさんが幹に手をあてて、なんでしょう? 魔力でも探ってるんでしょうか。


「まあ、普通の樹か」


 普通の樹らしい。そういえば、これだけ大きい樹なら流れ弾のひとつも食らっていそうなものですが、そういう様子はないですね。今日もそよそよと風に枝葉をそよがせている。その大樹の広場から程近い酒場が『リンゼッタ』だ。今日も賑やかに乾杯の音頭がとられている。


「っく、んっく…ぷぁー! この、喉元にぐっとくる感じが癖になるな。お嬢ちゃん、もーいっぱーいぁははは!」


 酔っ払いだ。『リンゼッタ』で今日も今日とておいちゃんたちが元気に酒盛りしている。日本では渋い顔もされそうだが、その日の仕事が早く片づくなら、さっさと済ませて飲みに繰り出すのがここのスタイルだ。今日はハルーンの人たちも数名、その輪に交じっている。


 ハルーンの人たちはお金を用いない生活が長かったそうで、通貨も違う。手持ちの鉱物資源などと物々交換も交えつつも当面の飲食はこっち持ちだ。今現在、ホールの中心で景気よく飲み食いをしているハルーンの女性がこちらに気付き、声をかけてくる。


「はァーい! クラン、おまえも一杯、どうだぁ!?」

「姉さん…いったいなんの騒ぎよこれは」


 ベリルさんには技術バカというイメージを抱いていたが、結構飲めるクチらしい。寄せたテーブルで飲んでいたのであろう何人かがすでにダウンしている。


「ベル、これはまさかお酒というものなの?」

「なんです、その言い方。もしかしてハルーンの人はお酒を飲んだことないとか? だったら、あの人止めたほうがいいんじゃあ…」

「酩酊作用のある植物をたしなむ文化はあるけど、お酒を作るのは結構手間だったみたいでね。資料としては残っているけど」


 酩酊作用のある植物…って大丈夫ですか? 合法ですか? 異世界来てまでそんな事案、勘弁ですよ?


「ちょっとバカ姉。大概にしときなさい」

「おぅ…クラン、大丈夫だ。私はいたって、平静だぉ?」


 ぐでんぐでんですけど。


「こんな雰囲気のいい店を知らずに今まで過ごしていたなんて、私はぁ…自分が、恥ずかしいっ。なあ、そうだろう? おじさん!」

「おう、姉ちゃんわかってんじゃねぇか」


 ベリルさん、それ酒瓶に映ってるほうのおじさん。おじさんそっちはリラちゃん。


『わー…ヒッドイ酔っ払い。どうすん……ぅわ! お姉ちゃん、見て。酒場に妖精がいる!』


 悠里が言っているのは、クランさんが連れていた小さな少年だ。小さいというか、猫サイズ。羽根が生えているわけでもないのにふよふよと宙に浮いている。確かにアレは何かと問われれば、妖精であると答えよう。


「クランさん。その子は何なんです。本当に妖精なんですか?」

「この子はパック。私の『分霊』よ。ハルーンに伝わる技術…というか、魔章でね。その人の魔力を抽出して『かたち』に…だから、どうして私の頭に乗るのよ」

「魔力の塊ってことですか…そのくせ、自意識はしっかり持ってるように見えますが」

「ちゃんと個人として人格は持ってるわ。成長して培った人格と言えるかしら。生まれてからすぐは落ち着き無かったわね、アンタ」

『我がご主人様がコドモだったからですぅー』

「うっさい!」


 自分の分身というわけですか。最初に会ったときも高い魔力らしきものを感じた。『共鳴』みたいなことができるんだろうか。


「『共鳴』みたいなことってできるんですか? あの時は…」

「ん…ま、まあね…」


 なんです? 濁しましたね。


「さあ、姉さん。この子がわざわざ来てくれたんだから…シャキッとしなさ…いっ!」

「んーむぅー」


 テーブルに突っ伏して、まともな話はできそうにないですね。こっちだって急ぎはしませんが。


「ぶぁ、ま、待って」

「聞いてますよ…なんでしょう」


 吐かないでくださいよ?


「私はね…あの子と、友だちだったんだ。ジェラとは小さい頃からずっと一緒で、魔章を習い始めてからも競うように学んだ」

「ちょっと、姉さん」

「構いませんよ」


 恨み言ぐらい、受けるつもりでしたから。


「賑やかな性格ではなかったけれど、皆が信頼していて、ふたりでこっそりバカやったりして」


 ベリルさんが一気にジョッキをあおる。駄目ですって、そういう飲み方は。


「悩みがあれば相談しあって、解消できていると思っていた。なのに、アイツは大事なことなんてなんにも話してくれてなかった! こんなことが起こるまで、アイツが、私に隷属の魔章をかけるその瞬間まで!」

「姉さん…」

「何かが出来たキミが羨ましい。それが彼女に対する断罪であったとしても」


 そうは言うが、考えてしまう。殺さなくてもよかったのではないか。復讐を果たしても、それで何かが戻ってくるわけでもない。前にも感じたことがある、この背筋の冷える感覚。


 もう、戻らない。


『お姉ちゃん? どうしたの、責められてるの?』

『悠里、大丈夫ですから』

『待ってよ、何があったの?』


 食い下がってくる。あまり話したくないんですけどね。人の命を手に掛けたなんて。だけど、黙っているのはもっと悪いか。


『悠里、気をしっかり持って聞いてください。私は、今回の事件の首謀者を…殺したんです』

『…え?』


 舟が飛んできたという話しか把握していなかったらしい。ジェラという女性がこの街を、ひいてはこの世界まで侵攻するつもりであったらしいということを伝える。


『で、でもそれを放っておくわけにはいかなかったじゃない!』

『親しい人間にとっては複雑な思いだ、って話です。私だって両親の仇じゃなけりゃ…』

『…はぁ!?』


 やべ、言っちゃった。


『か、仇って何よ。ご両親を早くに亡くしたって聞いたけど、殺されたってこと? それで、それが今回の犯人?お兄ちゃん、言わないつもりだったわね!?』

『聞いたって困るでしょう。全ては終わった話なのに』

『むぅ…』

「ベリルさん、貴女は私に何を望むんですか。彼女、ジェラさんに一線を越えさせたのは『地球』の知識がきっかけだったかもしれません。でも、私もかけがえのないものを失いました。彼女の魔章に操られていたと思われる女性に、私の両親は…殺されました」

「……っ」

「直接手を下したのは、私と因縁のあった『客人』のほうらしいですけど、でも…自慢の両親、だったんです」

『お、お姉ちゃん?』

「ベ、ベルさまっ」

「どっ…して、二人が死ななきゃいけなかっ、たんですか。あの二人に、私は、何も…返せてな…っのに」

「ベル、貴女…」

「父さまっ、母さまっ、ふたりっ…もっと一緒に、いたかっ」


 みっともなく泣きじゃくって。でも。


「私だって、必死でっ。守らなきゃってっ。もしっ、あの力で、シエイさんが、街のみんながぁ…」


 やだ、やだ。


「ベルさま、大丈夫ですから。ほら、私も、妹さんも、皆さんも。ベルさまが守ったんですよ?」

『お姉ちゃん? 話は、わかんないけど、大丈夫だから。私もいるから。泣かないで、ね?』

「ふぅ、うぅぅ…シエイ、さん。ゆう、りぃ」

「…アイツが話してた家族って、貴女のことだったのね。どれだけ頭を下げても足りないわ。本当にごめんなさい」

「…す、すまない。何も知らない身で益体もないことを言ってしまった。許してくれ」

「私こそ、すい、ません」


 こんなに寂しいと感じてしまうなんて、わからないものですね。受け入れていたはずなのに、シエイさんにすがりついてさんざんに泣いてしまった。



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