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かの者、来る。

 先日の女子会もどきから三日。いよいよこのハドモントに連合総長なる人がいらっしゃる。日本人だそうだ。まともな神経の持ち主なら文句は無いんですけどね。


「大丈夫よベルちゃん。おかしな真似はさせないから。失礼なことしたら張り倒していいから」

「それはまずくありませんかね?まあ、やるときはやりますが」

「いいの?そんなんで」


 女癖がよろしくないって話じゃないですか。シエイさんになにか致そうもんなら、ええ。


「しかしうまい具合に昼頃の到着になりましたね?」

「何か連れの人に急かされたみたいよ?こっちにその人のお兄さんが居るらしくって」

「はあ」


 お兄さん。まさかね。


「乗り物は馬車ですかね?」

「そうね。さすがにあんな舟は持っていないはずよ。貴女はどうだか知らないけど」

「ハハハカンベンシテクダサイヨ支部長サン」


 遠くに馬車が見える。旗が立っているので辻馬車、バスみたいなものだ。あれを乗り継いできたのだろう。


「念のために聞きますけど、顔はご存知なんですよね?」

「ええ、もちろん。最後に会ったのは結構前だけれど、その時にはもう大人だったしね。人相もそれほど変わっていないでしょう」

「それもそうですね」

「…ベルさま、だれか馬車から下りましたね。走ってこちらに来るようです」

「気の短い方ですね…のんびり馬車の旅を楽しめばいいのに」


 とはいえ、丁度いいので試しに作った望遠鏡で見てみよう。ライフルスコープとして使うつもりなので単眼ですが。おお、ちゃんと見えてますね。


 メイド服を着た我が妹がこっちに走ってくるのが。


「………?」


 思わず眉間を揉む。


「どうしたのベルちゃん?」

「あの、ですね…これを覗いてみてもらえませんか」

「いいけど…ん?へえ、これ遠くの景色が見れるのね。面白いわ」

「何が、見えてます?」

「身綺麗に整えた服装の女の子がこっちに走ってくるわ。あの服、見たことあるんだけど…」

「あの服はそういう感想を抱かせるんですね…『メイド服』ではありませんでしたか?」

「そうそう、そんな呼び方だったかしら。レンタロウから聞いたのよ」


 ふむ、私が幻覚を見ているわけではないようですね。


「…なんでや!」

「ベルさま!?」

「どうしたのベルちゃん!?」


 嘘でしょう?あの子がどうしてこっちに。まさか悠里もあっちで死ん─いや待て。何もそれだけがこちらに飛ばされてくる理由とは限らない。もしかしたら他人の空似?いや見間違えるはずがない。もう肉眼でも顔が見える。間違いなく、私の妹、新城悠里だ。


「はぁ、はぁ…ぇほっ…」

「ゆ、悠里…」


 思わず涙が。もう会えないはずだったのに。自分は死んでしまったのだから。でも偶然か奇跡か、こうしてまた…あれ?

 でも、あれから何年経った?十年以上経ってる。そのまま数えれば悠里はとうに成人しているはずだ。それなのにこの少女は最後に見た妹と変わらない姿をしている。やっぱり、他人の空似?


『お兄ちゃ…ん?えっ?』

『悠里、いったいどうして…』


 ああ、日本語なんていつ以来だろう。ちゃんと通じているだろうか。悠里は首をかしげ、私の背後を確認。いやいや後ろにはいませんて。まあ仕方ない。この身体になっていちばん動揺したのは私だ。やがて意を決したか、口をきゅっと結び、私に。


『お兄ちゃんはどこ!お兄ちゃんに何をしたの!?答えろ!!』

『えええ!?そう来る!?』

『答えなさい!お兄ちゃんは』

「ど、どなたか存じませんが」

『わかんない言葉で喋んないで!今大事な話してるの!』

「す、すみません…」


 通じてないでしょうが、妹の剣幕にシエイさんも尻込み。私だってここまでのは初めてだ。言っちゃなんだけど、猫被ってたんですね。


『まあまあ悠里。混乱するのも仕方がありませんが』

『何で偉そうに呼び捨て?それに何で名前知ってるの?お兄ちゃんに聞いたの?本人はどこよ!ここにいるはずなの!すぐそばに!』


 そりゃ目の前に居ますもん。


『いいですか?落ち着いて聞いてください。私がお兄ちゃんです』

『何バカ言ってんの?』

『ぐっ、いえ、ですから。私が!新城、清、心!なんです!』

『何バカ言ってんの?』

『もぉおおお!』


 このわからず屋ぁ!


『あなたは男と女の区別もつかないの?お兄ちゃんはオトコ。あなたは女の子、オーケー?』

『アイムオーケー。いいから聞けよ。悠里、俺、が!新城清心だ!オーケー!?』

『話にならないわ…』


 こっちの台詞だ。自分の声で俺っ娘するのがちょっとキュンときた。今はそれどころじゃねえよ!


『そこまで言うなら!何か、お兄ちゃんしか知らないこと言ってみなさいよ!』

『そんな急に言われても…』

『スリーサイズは!』

『妹のスリーサイズ細かく知ってる兄貴が居るか!』

『一緒にブラ買いに行った仲じゃない!』

『必死に抵抗しましたよ!貴女が私の秘蔵本を公開するって言うから仕方なく…どうして私のカミングアウトが始まってんですか!』

『……ふ、ふふ。ほ、本当に、お兄ちゃん、なの?』

『そうですよ。お兄ちゃんですよ。悪いですか!』

『お兄ちゃんが、お姉ちゃんになっちゃったって…オチ?』

『そうです』

『わけわかんないよ』

『なんか…すいません』


 私だって聞きたいことあるんですよ。貴女は生身でこっちに来たのか。みんなはどうしてるのか。


『つまりアレ?TSもの?』

『詳しいですね、我が妹』

『はぁ…そっかぁ…』

『ね、悠里』

『女の子でいくの?』

『悠里、さっきはああ言いましたけど、私はもう新城清心とは別人だと思っています』

『どういう…』

『私は、こちらの世界の父さまと母さまの間に生まれた女の子。名前はベルガモート・ヴィ・シェルレギアと言います』

『…貴族か』


 おんなじ感想でしたよ、私も。


『そっか…そっかぁ』


 どんな気分なんでしょうか。たぶん、どうにかして追いかけてきたんでしょうね。ここまで。待てなんか複雑だなそれは。


『ぜえぜえ…お前、おっさん走らすなよ』

『ああ、ついてきたんだ…お兄ちゃん。このおじさん、連合総長だって』

『え。そ、そうですか…妹がお世話になりました…か?』

『なに、良いってこと…あん?おに、いや、おね…?』


 はあ。次から次へと難儀が増えていきますね。


「お久しぶりね、レンタロウ」

「お、おう。ウーリア、元気そうで何よりだ。ところで…この嬢ちゃんなんだが」

「私もいろいろ気になることを聞いたわ、ねえ?」


 はいはい。『リンゼッタ』になだれこむパターンですね。

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