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古き民、気まずい。

 賑やかな通りを歩く。平和だ。襲撃を受けたにも関わらず、この街は日常を取り戻しているように見える。


「さて、あの子はどこにいるのかしら」


 とりあえずあのベルと言う少女と話をしたいわけだが、どこに住んでいるのだろう。当てもなく、ぶらぶら通りを歩く。閉じ籠っていた私たちにとっては、さほど大きくもないだろうこの街も物珍しく映る。怪我の軽かった人はもう街に出ていろいろ話を聞いているようだ。やれどんな食材を使っているのか、あの細工はいったいどんな人が作ったのか、など。


「こんにちは、クラン」

「こんにちは、カシェ。怪我はもういいの?」

「私は打撲程度でしたから。歩くのに差し支えはありませんよ。クランは何用で?」

「あの子を見てないかしら。ほら、あの…黒髪で、赤い服の」

「鎧の少女ですね。警備の担当を当たってみては。ただの街の娘ということはないでしょう」

「そうよね…行ってみるわ。面白いもの見つけたら教えてね」

「ええ」


 警備関係か…街の中心かしら。あ、あの赤い髪の人は会合の時に見かけたわね。確か警ら担当だったはず。訊いてみよう。


「ちょっと…いいかしら」

「ん?ああ確か…クラン、だったか」


 背が高いわね、この人。私も小柄だけど。


「ええ、あの…ベルっていう子を捜してるんだけど」

「…どんな用事だ?」


 警戒…されるわよね。大勢で行かなければ大丈夫かと思ったんだけど、信用も何も無いしね。無理もないか。


「まあ…その、今後の展望というか、なんていうか」

「……」


 目付きが怖い。私まだ何もしてないはずだけど。


「ははは。すみませんね。まあ暫くは我慢してください」

「…警戒するのも当然ね。でも信じてほしいの。私もこれでも責任ある立場なんだから、これ以上一族の印象を悪くするようなことはしないわ」

「セドナさん。彼女もこう言ってますし、抑えて抑えて」

「……わかったよ。シエイもいるし、万が一も無いだろう。ベルはしばらく非番だ。話がしたいなら直接森に行くんだな」

「森?修行でもしてるの?」

「森の番ですね。この辺りは猛獣が出ることが多くて、適度に間引いていくために森の中に住んでいるんですよ」

「危なくないの?」

「もちろん危ないですよ。そんな場所なので悪人もわざわざ近よりはしないわけですが。その代わりある程度土地を自由にできますので、彼女のようにいろいろ…作る人には良い環境なんでしょう」


 姉さんに聞かせたら嬉々として引きこもりそうね。


「今から行ってみるつもりだけどあちらの都合は大丈夫かしら?」

「急ぎの用事はないはずだ。まあ…何かの場面に出くわすかも知れんが」

「…よくわからないけど、行ってみるわ。ありがとう」

「待った。道、わかるのか?」

「……」

 大丈夫…と言いたいところだけど、パックは置いてきたし、魔力切れで一人森の中とか嫌な予感しかしない。


「案内を、お願いしても?」

「ああ、構わんよ。ヨーギー、定時報告を任せていいか?」

「承りました。今は繁忙期ではありませんが、お気をつけて」

「…ああ、ありがとう。じゃあ行こうか」


 待合所で馬車に乗り、彼女と一緒に馬車に揺られてしばし。会話がない。


「……い、良い街よね」

「ああ」

「宿も清潔だし、会合の時の酒場もおしゃれな雰囲気で素敵だったわ」

「…ありがとう」


 …うう、空気が。私だって口が上手いわけじゃないのに。あ、今目逸らしたわね。向こうも気まずいのは一緒か。パックが居れば話題にできたのに。


「あんさんら、変わった耳してんよなあ。付けてるわけじゃないんだろう?」

「も、もちろんよ!ほら」


 御者さんがいい振りを。耳を動かしてみる。ハルーンではこれは子供の癖だからたしなめられるけど、彼女らはそんなこと知らないだろう。


「おお、おお。はっは!ひょうきんなものだな」

「ど、どういたしましてよ」

「…ふふ」


 少しは場が明るくなったか。やれやれ。


「嬢ちゃん、菓子食うか」

「食べる、あっ、頂くわ」

「畏まんなよ。御者相手に」


 包みから白いもこもことしたモノを出す。ナニコレ。花?


「ポップコーンだったか。ベルちゃんが街のもんに教えて作り始めたもんなんだがな」


 ずいぶんと甘い匂いというか、なんだろう。とにかく、コレを口に放り込めと私の中の何かが急き立てる。入れる。


「ん、んむ…うん…」

「私にもくれ。ありがとう。うん…ほう、すすむな」


 それほど手の込んだ代物には見えないが、甘く、しかし塩辛くもある。不思議だ。すすむ、すすむわコレ。


「いや、買って食えよ」

「あっ、ごめんなさい」

「謝りながら手が止まってねえ…姉御まで!」

「出世払いで」

「姉御はなんかベルちゃんに似てきたな」


 馬車に揺られながら、牧歌的な風景を眺める。私は保守的な性格だと思っていた。それなりの月日を生きて、ずっとあの中で暮らしていくことを疑っていなかった。知識欲旺盛な姉の言動にヒヤヒヤさせられつつも、そんな姉と二人で。あの檻のような─


(檻、か…ふん。私も毒されてきたかしらね)


 さわさわと風が草木を撫でていく。柵が設けられ、手入れの行き届いた花畑が広がるほのぼのとした風景のその向こうは鬱蒼とした森。本当にこんなトコに住んでるの?私たちもどうこう言えない暮らしはしてたけど。


「心配しなくても家の周りは木を間引いてあるし、獣たちもバカじゃない。近付いたらいけない場所は理解してるさ。もちろんその逆も」


 いざとなったらどうにかするけど、獣と戦った経験とかあんまり無いし。ちょっと緊張する。


「…着いたな。じゃあ、行くぞ」

「う、うん」


 いよいよ足を踏み入れる。思ったよりは静かな森。鳥の鳴く声。植物に詳しいわけじゃないけど、私たちの里と大した違いはなさそう。前を行く彼女もそれほど警戒はしていないように見える。


「…何か来る」

「ほう、耳がいいな」


 草を掻き分ける音。人間の足音じゃない、と思う。四つ足、か。それほど大柄では無さそうだが、念のため剣を抜く。彼女は槍を担いだまま自然体。


「あれ、ちょっと」

「この辺りならあいつらだろう。大丈夫だ」

「大丈夫って…うわっ!」


 飛び出して来たのは狼。予想していたよりも大きい。押さえ込まれたらちょっと無理だ。金眼の、きゅっとすぼまった瞳。思わず身がすくむ。


『…新しい顔だな、セドナ』

「新手っ!?」


 唐突な呼び掛けに、狼は視野に収めたまま辺りを見回す。誰も…いない。その間にも二人の会話は続く。


「ああ。この間の、空を進む舟は見たか?」

『木で作られたアレだな。だが舟は舟だしな。私はあの巨人のほうが驚いたよ』

「アレはベルの仕業だ」

『あの娘はつくづく、やってくれるな』

「まったくだ」


 セドナさんの視線は狼のほうを向いている。いや、狼と目を合わせている。ん?


「え、待って」

「今日からこのような耳を持つ人間が出入りすることが増えるだろう。基本は街住まいになるだろうが新しい住人だ。よろしく頼む」

『そうか。初めまして、新たな同朋よ。私はそちらのセドナとともにこの森の番をやっているもの。狼全てが我らの同朋とは限らんから、そこは気をつけてくれ』


 狼がこちらを見る。じっと見てくる。私もじっと見る。


『…どうした。大丈夫だ。噛みはしない』

「…喋った」

『ああ、喋るとも』

「喋った」


 狼って喋るっけ?


「ねえ、あなた、セドナさん。私をからかってるんでしょう。実は誰かがその辺で…」

『…バレたか。ふっふっふ。さすがに騙されてはくれんか』

「ほ、ほら見なさい。私は最初から気づいていたわよ、そんな狼が喋るとか、そんな…」

「遊ぶなバッテン。お前も現実を見ろ。目の前のそいつが喋って、お前をからかっているんだ」

「バカにしてんじゃないわよ!」

『待て、そんなつもりは』



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