新たな日常へと。
もう少し荒立つ話し合いになるかと思ったけど、そうでもなかったわね。ただ、そろそろ疲れが見えてきてるかしら。
「もういい時間ね。難しい話はこれまでにして、皆さんには宿に入っていただきましょうか。いいかしら、女将さん?」
「あいよ支部長。まあ悪人には見えないし、ベルちゃんにしっかり感謝すんだね」
本当は私が一息つきたいからだけど。カーハスさんではないけれど、私の代で難儀を抱えてしまったわね。未知の種族とその一派の暴走。街の人的被害は無かったものの、出会いとしては最悪。
「ウーリアさん、私もそろそろ…」
「そうね、おやすみなさい…ベルちゃん?」
「はい?」
「本当に、ありがとうね」
それを、とりあえずでも収めてしまったのが、自分より小柄なあの少女。あの破天荒な総長と旅をして、荒事と非常識は慣れっこだと思っていた。空を飛ぶ乗り物だって話には聞いていた。だが実際に目にしてみるとどうか。私に出来たのはその少女に頼ることだけだった。あのフソウの客人が惹かれるのもわかる、可愛らしい笑顔を浮かべる少女…
(…なに考えてるのかしら、私)
「どうかしたかね支部長さん?」
「いっ…いえ、なんでもありませんよ」
「そうかね」
「…何か?」
「いや…たいしたお嬢さんだよ、あの子は」
「ええ、まったく。早くにご両親を亡くされて、けれども腐らずにここまでのことをやってのけた」
「あのお客人のお陰だろうか」
「……」
あの濃厚な口づけを思い出してしまった。あの二人はそういう関係なのだろうか。いいなぁ。若いなぁ。
「これからハドモントは賑やかになりそうじゃな」
「そうですね。技術をどこまで開示するかはわかりませんが、ベルちゃんも割りと好きにやってるみたいですし」
「ふっふ。総長どの次第か」
「ええ」
面白そうに笑う街長。レンタロウに限って悪くなることはないだろうけど、いざとなれば自分が矢面に立たたなければ。面倒事は引き受けると約束したことだし。
とりあえずは今回の顛末は総長に報告。彼が合流するのを待たないといけないわね。ハルーンの人たちには当面静養してもらって、幾人かはハドモントに身を寄せてもらうことになる。明日から書類も作らないと。本当に忙しくなりそう。
─ ─ ─
翌朝、支部を経由してレンタロウに連絡が取れた。
『おお、良かった。そっちは大丈夫なのかよウーリア』
『ええ。建物が少し焼けたりしたけど、こちらの人的被害はなかったわ』
『そうか、良かっ…うん?こちらのってのはどういうこった?』
『『舟』の報告は入ってる?』
『ああ、デカイ舟が空飛んでそっち行ったってんで各支部大わらわだぞ』
『詳しくは着いてからでいいでしょうけど…ひと悶着あってね。舟に乗ってた人たちに怪我人が出たから』
『そうか…舟はどうしてる?』
『それは、着いてからでもよくない?』
『おい、なんだよそれ。気になるじゃねーか』
『…半壊といったところかしら。郊外に見張りつきでそのままにしてるわ』
『はぁ?空飛んでる舟を半壊させたやつがいるのか!?いでで、何だよ邪魔すん…あんだって?ああ、ああ』
『伝話』口で、相手に失礼よ。
『すまん、ちょっと客人がな。ちょっと聞きたいんだが…そっちに最近少年くらいの年頃の客人が来たりしてないか?』
「…今すぐには思い当たらないわね。尋ね人?」
『まあな。ウチの客人の兄貴らしい。俺も日本からの客人に会うのは初めてだから気になってな』
「…そう」
その客人とやらも、『ニホン』から?そしてそのお兄さんがこの街にいるかもしれない、か。どこもかしこも随分と忙しないこと。私たちの代に事件が集中しすぎじゃないかしら。
…お兄さんって言ったわよね。ベルちゃんは関係ないか…
『ははは。なんか疲れてんなあ。何、生き残っただけでも成果だろうよ』
『まあ、そうね』
『よっしゃ。なら早いとこ行くとするかな。一週間くらい見といてくれ』
「わかったわ。待ってる」
それまでに街が様変わりしてなければいいけど…
─ ─ ─
「ふふ、ふふふ」
「気持ちが悪い」
「もう少し穏やかな表現で頼むよ。姉が心配じゃないのかい」
「心配してるじゃない、頭を」
「ひどい!」
姉の技術狂いは今に始まったことではないけど、今日はちょっと振り切ってる。あの鎧を目の当たりにして、さらにそれを間近に見る機会がこれから増えるだろうから。
「やっぱり外に出ることは意義のあることだった。里の老人たちは頭が固くていけないよ」
「姉さんが飛ばしすぎなの。推進派だってもう少し慎重よ」
「有能な妹がいると姉は楽でいいよな」
「張り倒すわよ」
まあ姉もアホではない。職分をこなしているから多少の無茶も…多少…多少、だっけ?
「ささ、難しい顔してないでお茶でも飲まないか。軽食も一緒に貰ってきたんだ。皆も貰ってるから遠慮はいらないぞ?」
「何で姉さんが偉そうなの…あぁ、食べる。食べるから…」
……おいしい!
「どうだい。食事ひとつで随分違うだろう。やはり閉じ籠った土壌ではモノが違うんだろうね」
さほど手の込んだ料理には見えない。恐らく小腹が空いたときに摘まむ程度のもの。でも…
「窓から見える景色ひとつとってもさ…こういうのを活気と呼ぶのだろうね」
路地を駆け回る子どもたち。ごっこ遊びにふけっていたり、女の子にいたずらする子もいたり。
少し離れたところからは野太い声の掛け合い。内容から、復旧作業に携わっている人たちだとわかる。さすがに憎まれ口が聞こえるけど…憎悪というほどではない、か。
「…これから私たちはどうなるのかしら」
「まずは謙虚にいこうね…彼らのようになりたくはないだろう?」
「それは姉さんでしょ。知識欲、刺激されてるんじゃないの?」
「…きちんとわきまえているさ」
私の目を見て言いなさいよ。
「我々のなすべきことか。そうだな…材料さえ分けてもらえれば自分の住むところくらいはどうにかできるだろう。食べ物も、問題なかったろう?」
「食べ物まで変わってるかもしれないなんて説、最初から信じてなかったわよ」
結局、私たちは慎重になるばかりで停滞していたわけだ。それを破るきっかけがあいつらだったのは腹立たしいけど。
「魔章の知識は慎重に…と言いたいところだけど。それもあの子からするとどれほどのものか」
「『分霊』…は?」
『お前は俺にあの鎧と戦えっつーのかよぅ』
頭の上にパックが飛び乗る。
「戦うなんて話にはなってないでしょ…ちょっと、下りなさい」
『ほいほいっと。実際問題、なんなんだ、あいつ。妙な魔法の使い方してよ』
ある意味、あの舟と似たようなことをしていた…と、思う。魔力に飽かせて巨大な道具を運用していた。あんな鎧でぶつかってこられたら、命がいくつあっても足りないわね。
「あの子は、『記憶がある』って妙な言い方してたわね。あっちの住人ではないってこと?」
「…気になるなら聞きに行けばいいじゃないか。そうだ、そうしよう。閉じ籠っていてはいけない。今行こうすぐ行こう」
「ホント大人しくしてなさいよ。ヒビぐらいで済んで幸運だったんだから。舟の中で何があったかは誰より知ってるでしょ」
「まあね」
「心配したし、安心、したんだから」
わかってよ、ばか。
「…すまない。でも、あと二、三日したら歩かせてくれよ。それくらいならいいだろ?」
「…パックつきならね」
「ありがとう」
「今日のところは私が彼女に話を聞いてみるから。いい、大人しくしてるのよ?パック、姉さんのこと見ててね」
『あーい』




