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魔女、閃駆。

「なんだ…アレ、は」


 ベルちゃんが穴に飛び込んだと思ったら、耳をつんざく高音。吹きつける突風。そこから飛び出してきたのは、異形の鎧。白く、優美で、しかし獰猛さを見せつけるように蠢く手足。その腰に据え付けられた鎧らしきものから高音と突風を発生させ、こちらも宙に浮いている。


「アレは、何なんだ!?」

「え、私に聞かれても」


 …確かに。このクランという少女も、あの巨大な鎧には驚かされたようだ。


「…ベルちゃんが頑張ってくれるようですから、私たちもできることをしましょう。ね、ヨーギーさん?」


 聞きたいことは山ほどあるが、今は巻き添えが出ないように避難を急ぐべきか。


「私は高いとこから可能な限り攻撃を防いでみるわ。でも完璧は期待しないで」


 告げるや否や彼女も風のごとく走り出し、ふわりと飛び上がる。それと入れ違いに巨人がゆるりとこちらを向く。


『いってきまーす』


 …軽いな。


「いってらっしゃいませー!」


 シエイさんは揺るぎない。女性は強いね。まったく。


 一際強く風が吹き巨体が天を駆けていく。


─ ─ ─


 まったく。なんなのかしら、あの小娘。巨大な舟を空に浮かべるなんて芸当を目の当たりにして、あわてて里を飛び出してきてみれば、着いた先では巨大な鎧が空を飛ぶ。今日だけで私は何回叫んだか。


 何者かしら。たぶん、魔法の拡張操作は苦手なはず。こちらから意識して探って、ようやく魔力が感じられるくらいだから。最も、いざ感じてみればその魔力の密度が洒落にならない。拡張操作が苦手なせいで、何かしら拗らせた結果が『アレ』か。


 あの子は無理にでも『割る』べきかもしれない。私たちのように『分霊』が生まれるかはわからないけど、あれほどの魔力だ。使わない手は…


「何に使うのよ…っ!」


 飛んできた火の矢を弾く。乗ってる人たちから無理に魔力を吸い上げているんでしょうね。『あの男』から奪った魔力で皆を隷属させて。奪われたことを哀れとは思わない。『あの男』がやってきたことが自身に戻ってきただけだ。いまや魔力を供給するだけの存在。


(…高い魔力。もしかして、あの子も同類なの?)


 『異世界』から来たという男。


 最初は妙な客人だな、というだけの話。でも持っている知識は危険なものだった。魔章を用いて繁栄を極めたとされる私たちの祖先。その祖先たちとは似ているようでまた違う発展を遂げた世界。知識は武器となり、自分へと向く。そう考えた祖先たちは力を封じ、知識を封じ、空間魔法で別の空間を形作りその中で暮らし始めた。


 そんな特殊な場所に謎の闖入者。最大の警戒と箝口令が敷かれ、限られたものたちの間でのみ、かの世界の話を聞かされた。


 反応は様々だった。私たちも世代を経るにつれ、一枚岩では無くなっていた。安寧を守るもの。変革を望むもの。今回の事件はそういう中での急進派が暴挙に出たわけだ。


 あの男にはこちらの生活に慣れるまでの世話役があてられていた。品行方正を地で行っていたあの女。真面目なフリしてとんだイカレ女だった。まあ、気づかなかった側としても平和ボケしてたのかなとは思う。彼女は常に男のそばにいて、身の回りの世話をした。そのうちに…そういう仲にでもなったのだろう。ある日を境に明らかに雰囲気が変わったもの。次第に、その眼に剣呑な色を宿しながら。


 詳しい経緯はわからないけど、ふたりは仲睦まじくしている裏で結託し、魔章の研究を続けていた。なまじ優秀な女を宛がったのがいけなかった。そして、とうとう罪人を戒める為に使われていた魔章を見つけ出し、それを同族に使用した。意外だったのは男もそれを使われていたこと。理由を問えば。


『憑依型を試していたときにね。ある家族を襲撃したんだけど、その時にカレが怯えちゃって。あいつが復讐しにこっちまで追いかけてきたぁーってね。何言っても聞かないもんだから…やっちゃった。彼の魔力ならこの舟を浮かべるには十分だしね』


 あの男も向こうで何かやらかしていたようだけど、今や自由意思すら無く魔力を吸い上げられ続けている。哀れといえば、哀れか。


 残るは人質兼魔力槽として乗せられている人たち。即座に殺されることは無いはずだが、一人二人なら今更気にしないかもしれない。


「…というかあの子には何も伝えてないじゃないのっ。パック、今からでも追い付けない?」

『無理だな。それに街の守りはどうすんだよ?』

「う…」


 仕方ない。彼女が冷静な判断を下すことに期待するしかない。あの鎧に驚いたか、攻撃は止め、船首をあの鎧に向けている。


「頼むわよ……あれ、名前なんだっけ」


─ ─ ─


「ベルがあの鎧に!?ヨーギー!本当なのか!?」


 肩を掴まれる。痛い。まあ姪御さんが一人で向かったと言われれば取り乱しもするか。


「どうして私は、いつもいつも…ベル、どうして、お前ばかりが」

「セドナさん…」


 彼女はいつも自分を責めていた。あの子の危機に間に合わなかったこと。そばで守ってやれないこと。そして今も一人で向かわせてしまったと。私から見れば似た者同士だ。相手のことを重んじ、自分を責めている。呆れるほどに血の濃さを感じる。旅に暮らしている私は、すでに遠くに置いてきてしまったものだ。


「…おばさま」

「…おばさまっていうな」

「ふふっ」

「…笑うなっ」

「すみません…」


 つい。


「おばさま。私たちは置いていかれたのではありません。託されたのです」

「託された…?」

「はい。ベルさまは敵を打ち倒す矛として。私たちがこの街を守る盾として。まあ、フソウではあまり盾は使わないのですが」

「………」


 シエイさん、最後のはどうでもいいんじゃないかな?


「…そうだな。その通りだよ。ふん、姪っ子ふたりに頬を張られた気分だ」

「す、すみません」

「ヨーギー、みっともないところを見せた。すまん。私たちは成すべきことを、だな」

「ええ。私は、常にお側におりますよ?」

「言ってろ、馬鹿」


 ええ、まったく。馬鹿ですよ私は。本来はあの舟とか鎧とか報告しなきゃいけないことが山積みで。それなのに、私はもうハドモントを守ることしか考えていない。そして彼女の住まう土地を守るためなら何でもしてみせる。そんなことを考えているのだ。


(まったく、何故こうなってしまったのか)


 いわゆる惚れた弱味、というものだろうか。


─ ─ ─


 空に浮かんだ大きな船が船首をこちらに向ける。地球なら中指でも立ててやる場面でしょうか。空に居るから親指か?


『あは、あはははは!なに、なんなのそれは!?それもチキュウの技術なの!?』


 乗ってるのは女ですか。しかし異なことを言う。確かに原案はそうかもしれないが、向こうにこんなものあったら大騒ぎですよ。地球人なら想像つくはず。『アイツ』が関わってるかと思ったんですが、別口でしょうか。そういや顔も知らないんでしたね。


『貴女は何者です。何の目的があって』

『素敵だわ旧態依然とした世界に蹴りを入れるのにぴったりじゃない空に浮かぶ舟天空を駆ける騎士唖然と見上げる石ころどもあははははすてきすてきすてきすてき』


 聞いてない。ていうか怖いんですけど。厨二とかそういうの飛び越えてイっちゃってんじゃないですか。


『素敵。貴方も私のものにしてあげるぅ。あの男と同じようにぃ』

『あの、男?』

『そうよぉ、チキュウからのお客様。向こうで人を殺したらしくって、そいつがこっちまで追いかけてきたぁーってビビっちゃったもんだからぁ。隷属の魔章で縛り上げてこの舟の…『エンジン』だっけ。そういうのにしちゃったの』

『…それはそれは』

『チキュウの人って魔力に恵まれてるのねぇ。こんな大きな舟をお空にうかべちゃうんだからぁ』


 なんだこいつ。


『もう、いいです』

『そうね。お話は終わり。貴女の鎧と貴女自身。女の子みたいだから、可愛かったら私の玩具にしてあげるぅ』

『結構です』


 私の心は売約済みですので。


 舟から炎弾がばらまかれる。なにこの弾幕ゲー。ま、ヌルゲーですけど。


『このぉおおお!』


 更に弾幕が増す。サブスラスターで小刻みに回避。思ったよりコスパはいいんですが、魔力も無限ではない。早めに決めなければ。


『うっとぉしぃいいい!』


 ガクッと舟の高度が下がる。舟の先端に大きな火球が。あれは当たりたくないですね。しかし後ろには街が。射線を変えないと回避するわけにはいかず。


『しねええええ!』

『ポータル使ってみますか』


 飛んでくる火球。そいつをスポッと『ポータル』の中へ。うわ、この状態で『ポータル』の負荷は重い。改良の余地ありですか。


『そんな、空間魔法?なんでアンタがあああ』


 おうおう、グングン迫ってきますね。せいぜい街の外まで追ってくると良いですよ。へばってる演技でもしてあげましょうか。


『ええい、あとちょっとだってのに!』

『あら大変今行くわよぉおお!』


 そう、そのまま街を背に、こちらへ来るんです。そしたら…


『…何っ!?』


 郊外と、森の中にも隠してあったバリスタにすがりつき、発射。射程が心配だったが高度を下げてきたおかげで届いた。木製の船体でなきゃ弾かれてたでしょうね。


『ぐぅっ…浮け、浮けぇええ!』


 少しの間だけ拮抗すればいい。この躯体からすれば小さなポータルから先程の『モニュメント』を出す。当然『モニュメント』ではない。先ほどは盾として使ったがこれは本来、『穂先』だ。


『何をしようっていう─』


 そういえば、あれに他の人間は乗っているんだろうか……いや、止そう。街中で容赦なく魔法を放ってくる相手に甘い顔はしていられない。皆を守れるなら、これでいい。


 あのときのようなザマは、ごめんだ。


 まずは着陸し、穂先に機体から伸びるワイヤーを接続。最も魔力伝達の良かった銅を芯に、その保護と魔力の拡散を防ぐため、強度と柔軟性を兼ね備えた精錬済みのケイ素被膜。この『導線』を通し魔力が最速で駆け抜ける。注がれた魔力は穂先を循環し、その後端で爆発する。


 有線誘導で格好がつきませんが、これが私の『魔鎗』。


 

『貫け、『ゲイ・ボルグ』!』


 逃げ場は、ない。


 わずかな抵抗を押し退け、船体を貫く鉄槍。ワイヤーの射出限界となり、後は穂先を回収すればいいのだが…


『…ふぉおおお!』


 船体のほうが止まっちゃくれない。姿勢が崩れないのが不思議だが、高度を下げながらじんわり真っ直ぐ突っ込んでくる。


『…だわわわわ!』


 急ぎ脇に避けたはいいが、貫通したままの『導線』が引っ掛かり機体が持っていかれる。なかなか墜落しないもんだから、かなりの距離を引きずられてしまった。むしろ軟着陸を手助けしたような構図だ。



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