忘れじの庭、来るもの。
夕方、『リンゼッタ』にて。今日は夕食がてら『オムライス』を教えることになった。卵とじの料理はあったがやはりコメを使う料理が無かった。
ケチャップが地味に難物だ。トマト煮込みゃいいんでしょ?くらいに考えてじわじわ煮込み出来たのが、たぶんピューレだかペーストだかそういうの。これに香辛料を足していけばいいはずなのだが、加減が難しい。コショウは確定として、薫る…シナモン?そりゃお菓子かな?あと煮込みといえばローリエだっけ。
白米はまあ、白米で。ギルースのモモと、どうにかでっちあげたケチャップと、タマネギ代わりのしゃきしゃきしたやつと。なんか豆と。ちゃっちゃっと混ぜつつ、黙々とフライパンを振る。
「ベル、料理できたんだ…」
「含みを感じますね」
「そ、そんなことないわよぅ」
「…ま、一人暮らしでしたから。今はシエイさんがいますし、作りがいありますよ」
「そっか」
そんなシエイさんは隣で調理をガン見。かろうじて涎を垂らしていない感じ。酒場のおいちゃんたちは新しい顔ぶれも増えましたね…というか、何で人数増えてんですかって。そんなにお米ありませんって。
「いいか、あの子はベルちゃんっていってな…何で、厨房にいんだ?」
「いや、ちょっと料理を」
「今日はベルちゃんの手料理が食えるのか!?」
「いつものメニューはご主人に言ってください。これはちょっと試作品を…」
「じゃそれ五人分」
「いや、聞いて…」
「おい!今日はベルちゃんの手料理が食えるぞ!普段はシエイの姉御しか食えねぇとっておきだ!早い者勝ちだが、謹んで頂戴しろ!」
「「オオォー!」」
私が手伝う流れになってんじゃないですかぁ。
「すまんな。給金出すからちょっとつきあってくれねぇか?」
「給金までは要りませんが…素人料理に期待しないでくださいねぇ…」
「私もこちらの料理はまだ不得手ですが、配膳ぐらいは手伝えますので」
「あぅ…ありがとうございます」
「なんかごめんねぇ」
「まあ、いいです。たまには」
今度攻めまくった下着姿のリラちゃんでも見せてもらおうか…おっと、いけない。久し振りに新城清心が顔を出し…新城清心、こんな女友達の下着見たがる変態じゃないよ!
鍋を振り、具を刻み、下拵え、皿を洗い、なんでか配膳まで頼まれ、私相手のセクハラをガン無視、シエイさんへのセクハラをガン睨み、厨房へ戻って火の加減をみて鍋を振る。なんで私バイトやってんですか。休日だったのに。
「香草焼き」
「プル茶まだー?」
「オムライス!」
米が無いってんですよ!ええい、スパニッシュオムレツでも食ってろ!
そんな騒ぎから、どれぐらい勤労奉仕を勤めただろうか。うっ、ううっ。やりきった。やりきりましたよ、私は。
「いやー、おつかれさん。ずいぶんな賑わいだったな」
「こんなの、初めて…」
あ、今のエロいな。
「お疲れさまですベルさま」
シエイさんが淹れてくれたお茶をありがたくいただく。
「ふぅむ…結局試食できませんでしたよ」
「美味しそうだったね。あの、ふわぁって広がるのすごかったよ」
「まぐれですけどね」
卵を直接投入する方式はかえってくちゃくちゃになりそうだったので、ライスにオムレツをのっけるやり方にした。一度だけいい具合に半熟でふわとろーっと卵が流れたのだ。注文したご婦人にも好評だった。上品な人だったがやんごとなき御方だったんだろうか…まさかね。
─ ─ ─
ベルちゃんと話をしようと酒場に寄ったが、今日はずいぶんと盛況だった。可愛らしい少女の手料理はすこぶる好評で、最後のほうは彼女も切羽詰まって口調がきつかった。何にせよあの歳でずいぶんとたくましい。
喧騒から離れ、ひとりベンチで夜風にあたる。
(…幸せそうだ、ふたりとも)
自分の職分がもどかしい。皆を騙しているのだから。しかし雇われの身ではどうしようもない。
自分の仕事はまず『この世界』の情報を集めることがひとつ。そして『異世界人』の情報を探ること。もし『銃』なる武器の情報があれば必ず報告しなければならない。金属を加工する技術を持った人間は要注意だと。
今、ベルちゃんには『異世界人』の疑いがかかっている。鉱物操作が可能で、実際『いろいろなもの』を作っている。とはいえ今日の酒場での働きを見るに、どうして悪と断じることができようか。皆に恨まれてしまう。セドナさんにも。
「こんばんは」
「!!」
「…ごめんなさいね。驚かせてしまったわ」
「いえ、大丈夫です。こちらこそ失礼いたしました、支部長」
ハドモントの連合支部長、ウーリア・カガル。この平和なハドモントでは連合の仕事も最低限で、彼女のような上品なご婦人でも務まる…と、大抵のものは思っているだろう。
だが、実際のところ特異な魔法適性を持ちうる『魔族』の末裔が住まうこのロードラントは危うい土地なのだ。『黒鎖の魔女』なる伝説が残り、今、特異な身体強化魔法を用いるフソウという島国からの客人を擁する。その客人はかの監査対象の少女と仲睦まじい様子。男女の組み合わせならなお厳しい監視が置かれるところ。そんな危うい土地を平凡な才覚で取り仕切ることは出来ないはずだ。
「お隣、いいかしら」
「は、ど、どうぞ」
「ふふ、私みたいなおばさんと一緒ではセドナさんも気にしませんよ」
「…お手柔らかにお願いします」
たぶんそうだろう。というかこれっぽっちも気にしてくれないのではないだろうか。
「今日、『リンゼッタ』でベルちゃんの手料理をいただいたわ」
「……」
「…本当にたまたまよ。他意はないの。美味しかったわ。本職には及ばないかもしれないけど、家庭の味、というのかしらね?」
「…そうですね」
彼女の作る料理はハドモントで暮らすうちに培われた、『誰かのため』の料理だろう。彼女はこのハドモントで生まれ、生きている。『異世界人』のはずがない。
いささか、感情論になっていないか?
「あなたはベルちゃんのこと、どう思ってるの?」
いっそ色っぽい話なら良かったのに。そんな冗談を口にする度胸もないが。
「あの子は…あの森に生まれついた魔族の末裔。そうでしょう?」
「そうね。間違いないわ」
「いろいろなものを、作っているようですね」
「ええ、そうね」
胃が痛い。なんだこのやり取りは。試されているのか、自分は。
「フソウのかたとも、親しくしているようね」
「シエイさんですね。あの肌の色は最初驚きましたが」
「あら、そんな台詞ベルちゃんに聞かれたらどうするの?」
「悪く言っているわけでは、ありませんよ…」
彼女は、どちらだ。生粋の連合の人間か。ハドモントに肩入れしているのか。
「私は今の総長と昔馴染みでね」
初耳だ。今の総長は確か三十半ばと聞いている。無理はないか。
「彼は『異世界』の技術がこの世界に流出する危険性を危ぶんでいる。もちろんその考えは理解できるわ。私だってこの歳まで、いろいろ見てきたもの」
「……」
「彼が危惧している『銃』っていう武器は簡単に人を殺せるの。彼だって使ったことはないそうだけど…例えば、ほら。あの宿屋から出てきた男の人。ここからあの人を『指先ひとつで』殺せるの。なんなら、戦う力を持たない子供でも。魔法の心得が無くても」
想像してみる。ここから、指先ひとつで。想像の中で指先でなぞる。これであの男は、死んだ。次に女性が出てきた。目の前でいきなり人間が死ねば動揺もするだろう。動揺する女性を指先でなぞる。そしてまた。
「……」
それがどれほどのことか。指先だけで、人が死ぬ。そんな武器をあの少女が─
「恐ろしいことよね。彼が警戒するのはわかるわ」
彼女は穏やかな表情のまま。
「でも、それなら総長自身はどうかしら。若い頃は今以上に血気盛んで向こう見ず。独学で剣と魔法を磨いて、でも女好き。ヤンチャして、こじらせて。刺されたこともあったわね」
あまり聞きたくなかったなその情報は。
「まあ彼に同行していたのもずっと前の話だし、今の私に偉そうなことは言えないけど」
目が据わっていた自覚があったのか顔をもみ、はっきりこちらを向く。
「あの子を信じてみてはどうかしら。私は、変わってるけどいい子だと思うのよ。少ししょいこみすぎるきらいがあるようだけど」
「私は…」
答えようとして、誰かがこちらに走ってくるのが見えた。ぼろを纏った…少女だろうか。ハドモントでは浮浪者などありえないのだが。それに浮浪者というには足取りはしっかりしている。足がもつれるのは純粋な疲労か。
「あっ、あなたたちっ。ごっ、がの街、えぇほっ!」
「お、落ち着いて」
「これが落ち着いておらるれ」
噛んだ。
「…ともかく、この街の偉い人に会わせて。急ぎの用件なの」
いきなり会えるわけがないだろうと諭そうと思ったが、つい自分の隣を見てしまう。この街の、偉い人だ。
「あなたが。隣のあなたは…まあいいか。いい、落ち着いて聞いて。この街が…いえ、この辺り一帯が襲われるわ」
「あら大変」
支部長?
「あなた、伝わってる?ここが、襲われるの!」
声が大きい。要人にだけ伝えようとしていたようだが台無しだ。いや、酔っぱらいたちは笑っているが。本気にしていないようだ。確かに突飛な内容だ。しかし。
「ロードラントは猛獣が出没することもあるの。荒事は珍しくないのよ?」
対人となれば話は違うのだが。この人の場合は一回りして自分基準で考えていそうだ。武勇伝を聞いたことはあるが、一般人に話を合わせてほしい。
「そういうのでどうこうできる相手じゃないの。話だけは知ってたけど、本当にあんなものを持ち出すなんて…イカれてる!」
いよいよ本気のようだ。だが概要すらも掴めない。相手の数は?装備は?どこぞの蛮族か、いずこかの急進派か?詰め寄ろうとしたところで彼女が顔を隠していたぼろを跳ねあげる。
想像以上に若い。ベルちゃんと変わらないだろう。流れる金髪が夕焼けに煌めく。整った顔立ちに誰かが冷やかしを入れる。変わっているのはその後ろ姿からでも確認できる長い耳。しかも動く。刺さりそうだ。呑気なことを考える私をよそに彼女はひたすら真剣に空を見つめる。その視線の先。そこには─
「ちっ。空飛んでると、さすがに速いわねっ!」
巨大な舟が、浮いていた。




