少女と女と御姉様。
轟音と金属が奏でる高音が森に響く。
「おぉ…これはひどい。人に向けて撃ちたくはないですね」
ショットガンの完成だ。水平に並んだ左右のバレルに散弾、あるいは単粒弾を装填し両手に持って四連射。腕がもちますかね。鎧相手に効果は低そうですが弾幕はいい牽制になるでしょうし、地球人ならこのステレオタイプのソウドオフショットガンは見せるだけで効果あるはず。
「ベルさまはどこに向かっているのでしょう…」
「ま、保険ですよ保険」
相変わらずの開発の日々。街に施せる施工も自分なりに進めている。今のところ防衛設備しかやってないな。家のほうにお風呂も作れていない。こんなでは母さまに草葉の陰から怒られてしまう。
「今日はお休みでしたね」
「えぇ、約束どおり街に繰り出して…女の子らしい休日を過ごすとしましょう」
都会ではないにしろ、田舎と呼ぶには活気に溢れる街。ハドモントの印象はそんなところ。地球のように遊べるところがあるわけではなく、せいぜい軒先に机でも引っ張り出してカードゲームに興じるとかそんな感じ。どうにか探してみても基本は大人向け。『そういう』娯楽のお店だ。私たちにはまだ早い。
今日のところは酒場にお邪魔してシエイさんとお食事デートだ。
「あ、いらっしゃーい」
「こんにちわ、リラ」
「どうも」
今日はわりかし空いている。
「どうです、最近。変なことはありませか?」
「ベルって、よくそういうこと聞くよね。何かあったの?」
「お仕事の一環ですよ。あ、いや違う。今日はシエイさんと…ほら、わかるでしょう?」
「はいはい、仲のよろしいこと」
私とシエイさんは大抵一緒だ。ふたりの間で多少ニュアンスの違いがありそうだが、一緒にいたいという気持ちは同じ、はず。
では、私たちは恋人か。さて、どうだろう。私は猛プッシュしたいところだが、シエイさんにいきなりニャンニャンしようぜ、とは言えない。まずは手でも握ってみようか。
「シエイさん。手を握っても良いですか?」
「いいですよ」
いいそうだ。遠慮なく。ふむ、シエイさんの手だ。褐色の、皮膚が頑丈なのか手荒れなどとは無縁なようだ。
(そう言えば私、シエイさんの手を舐めようとしましたね。我ながらヒドイ…)
そんなことがあっても彼女は一緒にいてくれると言う。前世ならその時点でいろいろ終わってる。不思議だ。
リラが料理を持ってきてくれたので一端飲み物に口をつけ、話を再開する。
「シエイさんは私のこと、好きですか?」
「はい、もちろんです」
これは聞いたか。
「じゃ、恋人としては?」
「…何を以て、恋人と呼ぶのでしょう」
「………ふむ、わかりません」
シエイさん、まさかの二度見。
「わからないんですか?」「恥ずかしながら、私も誰とも付き合ったこと無いんです。それなのにシエイさんはずっと一緒にいてくれるなんて言うから、舞い上がっちゃって」
「なるほど」
「シエイさん。私たちの関係って結構フワフワしてると思うんです。そう、このパンのように」
「あむ……なるほど、フワフワです」
「でしょう」
何言ってんの私。家で二人っきりだとかえって話しづらいと思って街まで出てきたのに、たいして変わりませんでしたね。
「恋人ってのは、その……シエイさん、想像してみてください。私と、口づけ。できますか?」
素直に聞いてみた。シエイさんは目を丸くし、わかりづらいがたぶん頬を赤くして、ちょっと考えてから頷いた。すいませんね。でも恋愛経験なしの元男子中学生はいろいろ拗らせちゃってるのだ。大目に見て…
…え、いいの?
「え、いいんですか?」
「…はい」
シエイさんが縮こまってる。
「シエイさん。唇と唇を、合わせるんですよ?」
「わ、私を何だと思ってるんですか!それくらいわかりますっ」
ですよね。
「友達だからとか親子だからとかじゃないんですよ?」
「と、友達とするわけないじゃないですかっ」
でしたね。この世界変なところに線引きがある。じゃあつまり、私はシエイさんに。
「して、いいんですか?」
「人前ですよっ!?」
たしかに。すみません、ベルさまちょっと冷静じゃなかった。そっか。していいんだ。そっかー。
「…やったーー!」
「あの、ですから、あのぅ…」
皆さん、つられて拍手。ありがとう、ありがとう。
「ベル、あのね。言いにくいんだけど」
「なんですリラ!」
「家でやって」
「ですよね」
今度こそ落ち着いた。リラさんもそういう目つきするんですね。
「いいじゃないですか。リラだって毎日!」
「毎日はしてないわよ!」
「ほーう。ではどれくらいの頻度で?」
「そりゃ…言わないわよ!」
ちっ。まあ普段からバルくんのノロケがダダ漏れなんですけど。ふたりの仲を冷やかしつつ食事を済ませ、大樹の広場のベンチに腰を下ろす。シエイさんも隣に座る。鳥の鳴き声。木漏れ日、枝が風にそよぐ音。
「平和ですねぇ…」
「まったくです…」
今まで武装ばっかりでしたけど、街の設備も増やしてもいいかも知れませんね。ただなんでもかんでも私の精錬鉄でやってたら整備性がなぁ…文化侵略なんかも言えますし、いいところは残しませんと。ケイ素でコーティングとかでしょうか。あとは『エンジン』の試作も…
「ベルさま。難しい顔をしていますね」
「…すみません。今日は休日でした。何か買い物にでも行きましょうか」
「はい!」
ふたりでいつもの通りを歩く。シンプルな日用品が主流で、おしゃれに関するものはごく一部。私もシエイさんも着飾るほうではない。まあシエイさんは和装なのでそのままでも趣深い。そのくせ普段着感覚で洗うので予備の和服が必要だが、着物はちと値が張る。しかし今の私には心強い味方がいる。『彼女』のいる服屋だ。
「こーんにっちはー」
「いらっしゃい、ベルちゃん」
いろいろカミングアウトしちゃった『おねえさん』ランダロンさん。これまで普通に男性の格好をしていたが、私との邂逅を機に完全にソッチに傾いてしまった。髪を伸ばし始め、ゆったりとした服装をしている今では遠目には女性だ。というか、この街に初めて来た人は気づかないこともある。私はいちいち訂正しない。面白いからだ。
「ベルさま…このかたは…?」
シエイさんはさすがに気づいたようだ。
「こちらの『おねえさん』はランダロンさん。服屋を営んでおります」
「こんにちはぁ」
「ランさん。こちらはシエイさん。私の…うん、大事な人です」
「あら。あらあらあら。やだ、ベルちゃんったら。もうそんな?」
ランさんはカウンターから出て、シエイさんの手をとって挨拶をする。
「改めまして、ランダロンよ。ベルちゃんの大事な人なら私にとっても上客ね。私にできることがあったら、なんでも言ってね」
んで、ウィンク。様になってるんだからもうね。
「あ、ありがとうございます」
シエイさんは、見事に顔がひきつっておりますね。
「ランさん今日はですね…」
「うんうん、なるほど?」
そんな複雑な構造ではないはずなので素材にこだわらなければいけるはず。婦人用下着を作ってのけたその手腕。高く買っています。素直に女性ならややこしいことにはならなかったんですが。まあ私も人のことは言えないわけで。
「なるほどねえ。ボタンとか無しに、服として成立してるのね」
「縫い目がここと、ここと…」
「ベルさま!これ以上は、これ以上はご勘弁を!」
「んー、やっぱ恥ずかしいですか」
「貴女は気にしなさすぎ」
「へっ、恥じるところがありませんしね」
「男前だわー」
恨みがましい眼で見てくるシエイさんのご機嫌を窺っていると、お客様だ。
「…んなっ!」
誰だっけ。ああ、リッドさん狙いの眼鏡さんか。他人に見られると不味いことでもあるのか、ソワソワしている。ははぁ、『アレ』ですな?
「な、なぜあなたがここに。いけません。まだあなたにははや…ハッ!?」
「あーっはっはっは!語るに落ちましたね。ここは服屋。私が出入りする事に後ろ暗いことなんてありませんよ!その言い様で貴女の目的は自ずと知れます!ですが…まあいいでしょう。頑張って!」
「あ り が と う !」
予約していたのか包みを受け取りそそくさと逃げていく。が、ランさんが追い打ちをかける。
「メルちゃん。ソレの原案、ベルちゃんだから」
「…あなたは、どこまで」
茫然の眼鏡。




