少女、世界に思いを馳せる。
「ベルさま。今日の晩御飯は何でしょう」
「シチューですよぅ」
「おおー」
何なのかはよくわかってなさそうなので、シチューは母さまの味であると伝えておく。こっちにそのような言い回しは無かったようでさらに混乱している。大丈夫、美味しく作るから。
「はい。ベルさまのお料理はいつも美味しいですから。期待してますっ」
「もう。ベルさまがんばっちゃうぞー!」
そんな頑張る料理でも無いが。まあいい。異世界風ジャガイモ、ニンジン、etc。小さめにカットした野菜を下茹でしておき、ホワイトソース、ベシャメルなんて言いましたっけ? をとろりと仕上げ、お野菜とともに煮込む。くつくつことこと。味見しつつ香辛料を…と思ったが。
「異世界ニンジンすごいな…」
八百屋の奥さんに香りがキツいから気を付けろとは言われていたが、まあスゴイ。グイグイでしゃばってくる。まあ美味しそうだから良いけど。
「さあできました。大地の恵みに感謝をして。いただきましょう」
「いただきます」
フソウには『いただきます』があるようで、ウチでもやることにした。地球ではおざなりだったがシエイさんとふたりで頂くご飯が尊すぎて自然と手が合わさる。
「はふ、んむ…んぅ…」
シエイさんが恍惚としている。ホントこの人尊いわ。パンをちぎり、ぱくり。パンをちぎり。
「シエイさん、あーん」
「あ、う。あ、あーん…んむ…」
「美味しいですか?」
「お、美味しゅうございます」
「うふふ…」
私は席を立ち、窓を開けて。
「…シエイさんの可愛さは世界一ィイイ!」
「ベ、ベルさま!恥ずかしいですから!」
父さまの気持ちがよーくわかった。
「ああ、そうだ。サンプル取っときませんと」
「?」
シチューを小分けして、器に砂時計を取り付けポーチの中へ。これで状態保存の諸々を調べる。
その間、雑談をしぱし。
「シエイさんがうちに来て…まだ三ヶ月も経ってないですよね」
「そうでしたか?」
「行き倒れてたシエイさんを助けてからまだ三ヶ月」
「忘れてください!あの時の私はどうかしてたんですっ」
「でもそんな縁があって私とシエイさんが出会ったわけです。そういえば私が引き止めちゃいましたけど、旅の予定とか無かったんですか?」
「気の向くままの旅でしたから。幸い腕力はありますし、日雇いの仕事でどうにか。でも、大陸は広いですね。フソウしか知らない私にはこっちの景色は目新しいものばかりです」
「私だってこの辺りしか知りませんよ。ハドモントは居心地いいですから」
「本当に…ベルさまにも、出会えましたし」
やだ。これ以上私をきゅんきゅんさせると、押し倒しちゃいますよシエイさん。
「世界、旅か…」
何となく意識から押しやっていた。まあそこそこ忙しかったし、この辺り、ロードラントを守るためなんて息巻いていましたし。
ただ、そろそろ旅に出ることを考えてみても良いのだろうか。別にこの家でずっと過ごそうがハドモントに居を移そうが自由ではある。今は警らの仕事があるからここに住むのが一番都合がいい。当然愛着がある。生まれてからずっとここで暮らしてきて、おそらくずっとそうだと思っていた。
「…シエイさん」
「はい?」
「私が旅に出るって言ったら、ついてきてくれますか?」
「…もちろんです。私は、ベルさまとずっと一緒です。約束しましたよね?」
ちょっと驚いた顔をして、しかししっかりと頷くシエイさん。…抱き締めてもよかですか。
「ふふ、ベルさまって意外と甘えん坊ですか?」
ええそれでいいです。ああシエイさんいいにおい。ゆったりと頭を撫でる感触が心地よい。寝る。
「ベルさま?さっき小分けしていたのはその準備ですか?」
んぁ。そうそう忘れてた。ポーチから先ほどの器を引っ張り出す。砂は落ちきり、シチューも大分冷めていた。
「ふむ、やはり状態保存は無いようですね」
「ということは?」
「傷みやすいものには使う意味が薄い、でしょうか。ただ運び手の動作の影響を受けないようですし、壊れやすいものを運ぶにはいいかも」
「なるほど…ベルさまの場合はどうするのです?」
「私はともかく容量が欲しいんです。欲をいえば『媒体』無しにこの効果そのものを発現できればいいのですが」
「『媒体』?」
「例えば、これはまずポーチがあって、『それ』の容量を変えるわけです。私はこう…」
手を横にかざし、銃を引き抜き構える動作。極小の圧縮空間やらなにやらを用いて物を出し入れする技術。そういう表現の作品も見たことがある。空間をどうこうする技術は突き詰めれば空間移動も可能にするのでは。ま、今はそこまではいいですが。
「特に何もないところから物を出し入れするのが理想なのです。不意打ちにも使えますし。両腕が空きますので荷物を持ったまま戦闘なんてこともできますかね」
「すごいことなのですね…」
腕を組み、なるほどとうなずくシエイさん。私は銃を持ち歩く以上、この技術はちょお欲しい。銃弾がかさばるし、盗まれでもしたらシャレにならない。魔法のあるこの世界。私はその恩恵に与りづらい代わりに、相手を狙って、引き金を引く。これだけで並の魔法使いを凌駕する攻撃性を有してしまう…あれ、作るの早まったかな?
「旅に関しては明日、おばさまに相談してみましょう。家の管理をお願いするかもしれませんし」
「わかりました」
─ ─ ─
「むしろ今日まで言い出さなかったのが不思議なくらいだよ」
翌日おばさまに話してみればそんな反応だ。男子なら外の世界を見て回りたいものではないかとかなんとか。
「女・子!ですから!」
「すまんすまん…お前のことだから、自分がロードラントを出てからの街の事とか考えていたんだろう?」
「まあ、そうですが」
「ベル、私たちはそんなに信用ならないか?」
そんなつもりはない。言われる側からすれば面白くないかも知れないが、警戒もする。自分にとっては『万が一』が起こってしまったのだから。
「いや、すまん…お前は警戒しすぎて当然だな。許してくれ」
「いいんです。私が心配性なのはそれこそ生まれる前からですし」
「…そうか」
おばさまは肯定的な様子。ありがたい話だ。
「今すぐの話じゃないんです。一、二年。私の成人を過ぎた辺りで決めることになるでしょう」
「ベルさまが、まだ、成人していらっしゃらなかった…」
年齢は伝えてなかったような気がしますね。でもそんな驚くことですかね?精神年齢で言えばあわや…いや、やめておこう。誰も得をしない。
「私に出来ることなんて限られてますけど、可能な限りの準備をしていきます。魔章の知識を解放するのは危ういのでそれは無しですが。バリスタでも作っておきましょうか。ククク、腕が鳴りますね」
「ベルさまがまた怪しい笑いを」
「ふむ。いつものベルだな」
おばさま、やめてください。人聞きが悪いですよっ。
ともかく、道筋は見えた。秘匿はしつつも自重は無しだ。『あれさえあればこんなことには』なんて思いは、絶対にごめんだ。この世界にあるのは多少効果の高い薬くらい。回復魔法は望めない。自分にできるのは地球知識の応急措置がせいぜい。
(なら、守るための、戦うための力くらいこの手に)
失いたくない人ができたから。




