少女、引き金を引く。
昨日はおばさまとシエイさんに結構な醜態を見せてしまった。随分とめんどくさい少女っぷりだったろう。
ヤケになって、いろいろ思ってたことをぶちまけてしまって、そんな私のそばにいてくれるというのだから、シエイさんは本当にもう。まったくもう。ベッドにダイブして、足をバタバタ。素敵なことです、って。もっとそばにいたいって。ふひひひひ。
「……起きよう」
落ち着こう、私。プラトニックでクレバーな私になるんだ。シエイさんに愛想を尽かされたらどうする。私たちはせいぜい友達以上恋人未満の関係だ。ニャンニャンとかまだ早いから。いや考えるなって。でも、手を繋ぐくらい…いいですよね、シエイさん?
妄想しつつ、顔を洗うべく台所へ。シエイさんは素振りでもしてるんだろうか…いや、何かを打ち合うような音が─
「…シエイさんっ!」
反射的に裏口から庭に飛び出した。そこではおばさまとシエイさんが、少し息を乱しながら向かい合っていた。
「…おはようございます」
「はいっ、おはよう、ございます…ベルさま。ふぅ…」
「おはよう、ベル」
「おばさまも、おはようございます…」
そっか。おばさまは昨日はそのまま泊まって、シエイさんと今しがた朝の稽古でもしてたわけだ。ふたりとも怪我もしてない。襲われたわけじゃない。血の匂いも、しない。
「はは…」
「ベルさま?」
力が抜けた。大丈夫だ。ふたりとも、ここにいる。
「へぁ」
へたりこんでしまう。手も震えてる。やだな、みっともない。ふたりがオロオロしている。
「大丈夫です。ちょっと、不安になって。考えすぎでしたね」
「ベル…」
しっかりしろぅ、私。決めたんだ。シエイさんと一緒にって。彼女も同じように言ってくれた。私は、今度こそ守って─
「シエイ、さん?」
シエイさんがぎゅうっと、ハグの大盤振る舞いだ。心拍数が跳ね上がる。顔も真っ赤ではなかろうか。
「大丈夫ですよ、ベルさま。私はここにいます。ここに、ずっと。ベルさまを孤独にはしません。
私が、ベルさまを守ります」
「あ、ありがとうございます、シエイさんっ。し、しかしですね。お、おばさまがですね」
「…ありがとう、シエイ」
「いえ、私の望みでもありますから」
あらあら、何ですか。私が置いてきぼりですよ?ふたりの間で何があったっていうんです?
「さて、すまないが少し湯を借りれるか。さっぱりしたい」
「いいですよ。あ、ちょっと試してもらいたいものがあるんですがいいですか?」
「変なものじゃなかろうな」
「まあまあ」
台所から出られる、家の裏手に本来あった水回りのスペースは現在がっつり改装中だ。森林を無闇に切り開くのはアレだが、とくに利権などは無いそうなので好きにやらせてもらうことにした。
お風呂も構想中。白い、足つきのヤツでもよかったが、家のお風呂は普通に四角いやつにした。フソウには木製のお風呂があるそうだが、正直精錬鉄のほうが楽。これが案外錆びない。すごいよ、精錬鉄。これならアレも…フフフ。
「ふたりに試していただきたいのはこちら。『シャワー』です」
「なんとも怪しげな…」
「ほぁー」
まあペットボトルシャワーに毛が生えたようなやつですが。お湯を給水タンクに溜め、魔章仕掛けの水圧調整をかける。自然落下から、最大圧では結構なパワーが出せる。
「ほお、まるで雨のような。で、ここを捻ると…お、おおお」
「あー、いいですね…私は勢いがあるくらいがいいかもしれません…」
ご好評の様子。両親には変な目で見られたくなくて遠慮してましたが、このふたりにはすっかり話してしまったし、いろいろ試してもらうとしましょう。どんなリアクションをくれるのか。今から楽しみですよ。
気候的には極端に冷え込むことも無く、人里も離れているので見られることもまあない。衝立はたてるけど。排水はきちんとしたフィルターができればなお使い道があるはずだ。考えておこう。今は樋を作って近くの排水に合流させている。大丈夫だよね?
さっぱりしてもらって、でっち上げたチャーハンをモグりつつ、ふたりには伝えておくとしよう。
「おばさまには少しだけお伝えしたことはありますか…『銃』という武器が完成しました。今日はその実射を行おうと思います。ふたりとも休みでしたよね?」
「まあ、そうだな。手伝えることはあるか?」
「ありがとうございます。お気持ちだけ。個人作業ですが巻き添えになってはいけないので、人払いがすんだら私の後ろにいてください」
「危ない、のか」
「武器ですからね。扱ったことの無い武器ですがある程度の知識はあります。基本は獣に使うことを前提とした武器ですよ」
基本、ね。
自分の部屋に戻り、銃を手に取って再び庭へ。弾は入ってない。精錬鉄と、魔力の伝導の為の銅と、少しの木材。ここいらで手に入りやすい材料で出来た。出来てしまった。お寒い事実ですよ。
身体強化の際の魔力には若干の癖があるらしく、それを条件に魔力を吸い上げる。ロスが増えるわけだが、身体強化無しの少女が銃は厳しいと思う。ましてや『コンテンダー』。ライフル弾の反動はどれほどか。ちょっと不安。
銃声を初めて聞くはずのふたりにはヘッドホン型の耳栓を。おばさまはネコミミ型。意外と似合う。
「ベル、やっぱりこれはアレなのか。なあ、アレなのか!」
「似合ってますって。父さまも草葉の陰で笑い転げていることでしょう」
「まざまざと思い浮かぶ…」
あくまで象っているだけなのでシンプルなものだが。シエイさんには褐色肌らしく悪魔角。んむ。今後ボンデージファッションも考えておかねば。
アホな妄想は端にやり、的の壺を見る。本来の射程よりは控え目な距離。確認にいくのがメンドイし。膝をつき、銃身を折り、弾をひとつ装填する。精錬鉄製の薬莢と弾丸。雷菅周りは銅製で魔力を通し、魔章を起動する。条件付けはできているはずだが少し緊張する。銃身を戻し、軽く構える。人差し指は立てたまま。魔力が吸い上げられる様子はない。
「…ふぅ」
軽く肩を回し、ふたりを見て頷く。ふたりも頷き返す。模擬銃身による試射は済ませている。大丈夫。的を見て、構えて、撃鉄を下ろす。身体強化。魔力を吸われる感覚。狙いを定め、引き金を─引く。
──!
響く銃声。壺の砕け散る音。鳥が飛び立つ羽音。私は位置を変えつつ銃身を折り、指で挟んで排莢。装填したフリをしつつ銃身を戻し、再び構え、もう一度空撃ち。
(問題無さそうですね…)
ふたりに向き直り、なんとなく一礼。ふたりはなんとなく返礼。ビックリしますよねそりゃ。ともあれ、まず一歩。私はこの世界に『銃』を生み出し、ある意味この世界に、引き金を引いたわけだ。
なんつって。




