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女、その心情。

「私の恋人になってください」

「……ん?」


 ベルさま、何と仰いました? コイビト? はて?


「駄目、でしょうか」


 ベルさまはじっと私を見つめたまま。ふ、ふむ。待て、聞こえなかったフリをしよう。聞き間違いだったかもしれない。


「す、すみません。少しボーッとしていました。申し訳ありませんがもう一度、お願いできますか」

「え……わ、わかりました」


 私の、恋人に、なって、ください。ふむ。


(聞き間違いではなかった!)


 ええと。これは愛の告白というやつですか。そんな、母上。こんなとき私はどうすれば。


『自分でどうにかなさい』


 成程、正論です。でもそんな急に! な、何か言わなければ。


「……そう、ですよね。女同士なんて、嫌ですよね。ごめんなさい、ただちに忘れてください」


 ひぃ! 違います、そうではないんです! ベルさまが嫌なワケではないんです!


「ご心配なく気持ちをわかってもらえなくても放り出したりしませんしでも嫌な女はとっとと地下室にでも引きこもってご飯を用意するときだけ出てくるべきですよねわかります」


 ひぃい! 笑おうとして笑えてない! い、いけません。このまま行かせちゃいけません。取り返しのつかないことになります!


「違うんです! 待って、聞いてください!」

「聞こえています私を嘲笑う声が! 侮蔑の言葉が!」

「それは幻聴です! 耳を貸してはいけません!」


 まったくもう──


「面倒くさい女でごめんなさい」


(ひぃいいい!)


 消えなさい私の中の悪い心!


「わ、私はベルさまのこと」

「私は勝手に期待してシエイさんのこと何にもわかってなかったバカな女なんです気を使わなくて結構なんで時間の無駄なので」


 卑屈すぎる! 身体強化使ってまで逃げようとしないでください! に、逃がすものですか、ぐぬぬ!


「い、いたいいたいちぎれるちぎれる」

「ゎあ、すいません!」

「あぅっ。うう、ぐすっ」

「も、申し訳ありません!腕は、お怪我はありませんかっ」

「こころがいたい」


 う、ぐ。 


「すみません、また余計なこと」

「違いますっ。私が」

「シエイさんは悪くありません私が」

「どうしてそんなに頑ななんですかっ」


 そんなにも自分ばかり。


「ふたりとも。少し落ち着け」

「おばさまっ」


 びっくりした。いつの間にか戸口におばさまが。


「おばさま言うな……いや、それはいい。ひとまず座ろう」


 おばさまがベルさまを促して自身は向かい側に座る。私はベルさまの隣に。


「ふぅ」


 うう、気まずい。私が半端な返事をしたせいですよね。おばさまの目がすごく厳しい。


「ベル。やっぱり部屋で休むか、な?」

「今日はご飯食べに来る日でしたね、今……」

「ベル、いいから」

「……はい」


 やんわりと咎められ、部屋を出ていくベルさま。私の方は見てくれない。


「で、何があった?」


 ベルさまの告白と、私の反応。思えば大して話もできていない。ベルさまはどうしてあんなにも取り乱してしまったのか。


「そうか。アイツもとうとう決意したということか」

「まさかおばさまは、以前からベルさまが私のことを、その」

「いや、そういう意味ではなくて。アイツにも事情があってな。私もその全ては汲んでやれない。アイツはたぶん、孤独なんだ」

「確かにお一人で暮らしていたようですが」

「そうじゃなくてな……ああ、全部話せればある意味楽だが」

「私は、信用できませんか」

「私が慎重なだけだ。今のアイツの前でそういう言い方するなよ」

「はっ、はい。すみません」


 はぁぁ……


「まぁ……私が嫌われ役になるか」


 おばさまが話すのは奇妙な話だった。異世界から来た? ベルさまは一度死んでいる? 生まれた頃から記憶はあって? 元少年……少年? それなら私に恋心を抱くのも納得……んん?


「生まれた頃から記憶はあっても見知らぬ土地で大抵のことは学び直しだ。アイツはそういうのも楽しいと言っていたが。出会いに恵まれたとも言っていた。これは私もそう思う。もし、もう少し西の方で同じ境遇なら、今のアイツと同じように育ったかどうか」


 ベルさまは普段から愛想が良くて、何事も楽しむようにしていると言っていた。時々、無理をしているのではないかと思うこともあったけれども。


「そうして楽しくやってきて、そしてアイツは、両親を失った」


 あのお墓を見るときの表情は追及を逃れるようで、詳しいことは何も訊けなかった。


「それでもアイツは今までやって来た。受け入れるのが早いんだと思っていた。その境遇もあってな。ただ結局、必死に押し隠してきただけだったんだろう。誰にも悟られまいと。アイツの心は、忘れていない。その奥底にはきっと二人の死が未だに横たわっている。そのくせ一言も口にしなかった」


 おばさまが涙を溢す。


「私はアイツに遠慮させて、何もしてやれなかった!あのときに間に合わず!今もまた!」


 間に合わなかった。死を、忘れない。それではまるでふたりが──


「殺されたのですか……?」


 おばさまはそこまで伝える気は無かったようだ。唇を噛み、しかし話を続ける。


「そっちは本人に聞いてくれ。話してくれるかは、わからないが」


 一旦間を置き、おばさまがじっと私を見つめる。


「アイツは結局家には誰も入れようとしなかった。一人で気ままにとか秘密の作業があるからとか言っていたが、本当は自分一人でケリをつけるためだったんじゃないだろうか。余人を巻き込まないようにと」

「それなら……私は?」

「どうでも良かったわけでは無いだろう。アイツはそういうやつじゃない。それは間違いない」

「……」

「お前との出会いは、なんとも、アレだったようだしな」


 ううう。アレって。


「だがアイツにとってお前は特別だったんだろう。理由はどうあれ、特別だったんだ。だから、アイツから、一歩踏み込んだ」


 そして、愛の、告白。私は、何も言えてなくて。


「シエイ」


 おばさまが頭を下げる。


「……えええ! そんな、何ですか! 頭を上げてっ」

「アイツの思いに応えてやれとは言えない。ただせめて、アイツを気味悪がったりはしないでくれ」

「私は、そんなっ」

「アイツを独りにしないでくれ。お前ならできるかもしれないんだ。私では結局、ダメだったんだ」

「おばさま……」

「お前なら、アイツの心にも寄り添える。アイツがこれ以上失わずに済むように。頼む」


 私は。私はベルさまを。


─ ─ ─


 ベルさまの部屋。扉越しに名前を呼ぶ。返事はない。


「……失礼します」


 落ち着いた、質素な部屋だと思う。私も人のことは言えないが、あまり女の子らしい部屋ではないと言えるだろうか。


 机の上には鞘に納められた白い小刀。昔から使っている品をさらに『精錬』して使っていると言っていた。


 他にも、端に木製の握り手のようなものがついた白い筒。獣の爪のような金属片。糸のように細長い、恐らく銅。何に使うつもりなのか皆目検討もつかないものばかり。


(……何を家探ししてるんですか、私は!)


 気を取り直してベルさまの寝床へ。掛け布団がこんもり膨らんでいる。端に座って、ベルさまに声をかける。


「ベルさま、ベルさま」


 一晩寝て心を落ち着けてからとも考えたが、それではベルさまの心が『固まってしまう』。そう思って、何度も声をかけた。


「……」


 夜の闇に光るベルさまの瞳。ちろ、とこちらを見て、また丸くなり、小さく答える。


「大丈夫です。明日になったら、いつもどおりですから」


 たぶん、それじゃ駄目なんですよね。


「ベルさま、聞いてください」

「……なんですか」

「……いきなり恋人になってくれって、びっくりしました」

「すみません」

「謝らなくていいんです」


 何て言おう。恋愛なんてしたことない私が。しかも同性だ。いや、元少年?


「おばさま、何か言ってましたか?」

「……ベルさまのことを嫌いにならないでくれ、と」

「おせっかいですね」

「心配してるんですよ」

「……そうですね」


 私だって、ベルさまの泣いてる顔を見たいわけじゃない。


「シエイさん、私はこことは違うところから来たんです」

「えっ」

「向こうで死んで、生まれ変わってこっちに来て。実は元男なんですよ、私」

「……」

「だから、私にとっては女の人を好きになるのが普通で、普通にシエイさんを、好きになって」

「……」

「……違いますね。実際はもっと、いやらしい感情でした。シエイさんは私のものだ。誰にも渡したくない、って。だってシエイさんはいつか出ていってしまう」


 私が、出ていく? どこへ?


「だってそうでしょう? 恩があるから私のところに居てくれる。いつまでもいてほしいなんて、ただのワガママです」

「ベルさま、私は」

「私ね、今と同じくらいの歳で死んだから、ある意味シエイさんより年長なんですよ? それがフラれてぐじぐじ言ってるんだからみっともないですよね」


 私はベルさまを子ども扱いしているつもるはない。私のほうがよっぽど向こう見ずだった。見識を広めるつもりであてのない旅に出て、森で遭難。たまたまベルさまに拾われて。恩を返すつもりだった。でも、ただ一緒に過ごす日々が私は楽しくて。明日も明後日もその隣で。


「……ああ」

「……?」


 ベルさまとずっと一緒。想像してみよう。ベルさまが隣で笑ってる。こうして肩をくっつけて。素敵だ。胸が高鳴った。なるほど。


「ベルさま、聞いてください」

「はい……」

「私は恋愛なんてしたことなくて、恋とか愛とか、わかりません」

「は、はあ」

「でもベルさまの隣にいることは私にとって、とても、良いことです。素敵です」

「……えっ?」

「難しく考えることはありませんでした。ベルさま、返事が遅れて申し訳ありませんでした」

「あれ? いえ、いいんですよ?」

「私はベルさまのお側にいたいです。もっと、たくさん。駄目でしょうか?」

「それは、嬉しいです。でも、気持ち悪くないんですか?」

「何がでしょう?」

「……私、男か女かわからないですよ? そんなのとひとつ屋根の下ですよ?」

「今さらですよ」

「私、シエイさんが思ってるよりずっといやらしいですよ? 酷いことしちゃうかもですよ?」

「私のほうが腕力ありますので」

「む。じゃ、じゃあ……」

「……出ていったほうがいいんですか?」

「だめ、だめです。いかないでください」


 ふふっ。袖を掴まれた。控えめに。


「じゃあ居ます。居させてください」

「はい、どうぞ……あれぇ?」


 これは恋なのだろうか。わからない。ただ、一緒にいたいだけ。まるで子どものワガママだ。しかし、偽りない、私の気持ちだ。



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