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番外、JKとラズラの事情。

「さ、ここよ」


 案内された魔女の工房。ぶっちゃけ、外見は普通の住宅。


 玄関入って右、左。OK、普通だ。左側にはコート掛けらしき棒状のものがある。実際にミッタさんが使っている。


「これもあちらから来たものらしいわ。外套かけ、よね?」

「いいえ?」

「えっ」

「!?」


 仰天のお二人。だってこれマイクスタンドだもん。クリップ部分に棒が噛まされている。逆に創意工夫。実際に使ってたミッタさんがじろりとアーネスさんを見る。猫耳がヒクヒクしている。


「し、仕方ないじゃない! そういうこともあるわよ!」

 既存の概念にとらわれない発想力。ある意味スゴい。


「まあまあ、知らなければそういうこともありますよ」

「怒っているわけではないわ」


 と言いつつ何かが後を引くのか結局コートはそのまま持ってきたミッタさん。


「……なに?」

「い、いえ」


 まあいいや。それより魔女のお家探訪だ。通されたのは……客間かな。テーブルと椅子が、用意されている。


「……」

「それはこっちで買ったものよ! きちんと机と、椅子よ!」

「で、ですよね」

「……机と椅子、よね?」

「私に振らないでよ。何もかもが疑わしくなってきたわ」


 この部屋はたぶん客間で、比較的キレイにしているんだと思う。うん、比較的。


「アーネス。貴女また散らかしてない? この間片付けを手伝わされた記憶があるんだけど」


 『また』と『手伝わされた』のアクセントが。


「だって、あちらからの客人には滅多に会えないし。持ってこれたものは一通り見てもらいたかったのよ」


 結構な量だけど、確かにちらほら見たことあるものが。


「これは? お金を入れるんじゃない? ここにそれらしい切れ目が」

「……いくつか入れました?」


 ジャラジャラと、結構重い。


「いいえ、それで何も起こらなかったらバカみたいじゃない」

「ですね」


 良かった。スチール製の貯金箱なんて今すぐは開けらんないし。昔は缶切りの代わりにナイフ使ってたって聞いたけど。このお金って……


「いやいやいや」

「どうしたの?」

「何でもないです。次いきましょう」


 本当にただの金属片。曲がったゴルフクラブ。リモコン。自転車のゴムチューブ。シャープペンシル。あ、十徳ナイフとか地味に欲しい……たぶん、使わない。


「生活に、密着している」


 なんでこんなのばっかり。シャープペンシルは芯が切れてから使えなくて参ってたというので予備の芯を丸ごと渡した。普段から無駄に持ち歩いてたのが役に……立ったかな、これ。感謝はされた。


「次は……ノートPC!? ザ・文明の利器!」

「うわぁ! それはだめぇ!」

「大丈夫です! 使い方知ってますから!」

「そ、そう? いや、でもそういう問題じゃ……!」


 電源はギリ生きてる。自分の使ってたPCよりOSが数世代前だけど大した違いは無いはず。タッチパッドもちゃんと反応してる。


「えっ」


 ミッタさんが素のリアクションを見せる。ポインタが動いたその先。金髪の女性が、あられもない姿でポーズ。ポインタが。その位置は。


 そっ閉じ。


「ナニしてくれてんですかっ!」

「私悪くない! 最初からそうだったもん! わかるんだったらどうにかしてよ!」

「はい、すいません……」


 そうはいっても充電は本当にギリ。のんびり弄ってたら直ぐに電源落ちそう。そういうことで納得してもらおう。正直あんまり触りたくないし。


「わかったわ……じゃあ、結局どういうものなの? 殿方を喜ばせるためだけのもの?」

「んなわけあるか! あ、いや、違います。本当はスゴい道具なんです。表計算が出来たり、わかんないことを調べたり、これで離れた場所にいる人と会議したりもできるんですよ」

「と、とんでもないわよ!?」

「担がれてない?」


 まあネットに繋げなきゃ限界はあるけど。


「どうにかして使えるようにならないかしら?」


 粘るなぁ。手持ちのソーラーバッテリーでどうにかなるかも知れないけどノートを充電するなんて無理があるんじゃ? 基本は自分のスマホ用に使いたいし。そういうば私が触るまでよく充電もってたな。


「とりあえず諦めましょう? そのうちもっとスゴい道具がお目見えするかも」

「たとえば?」

「うーん……たくさんの人を乗せて空を飛ぶ乗り物とか」

「空を飛ぶ、ねぇ」


 なるべく平和なものを想像して飛行機を例に出したけど、あんなのがこっちに来たらそれこそ大騒ぎだよね。巻き込まれた人たちにとってもたまったものじゃない。


「本来の目的を忘れてない? 魔力の検査に来たんでしょう?」

「そうでしたね」


 本当に忘れてた。アーネスさんが検査器具らしきものを引っ張り出してくる。ああ、ああ。そんな乱暴な。


「はい、どうぞ」


 えっ。どうぞと言われても。どうすればいいの? 地球では手を翳されて、はいおつかれさまだったんですけど。


 土台の上に試験管みたいな管が並び立ち、その中になにかしらの球体が入っている。それが五本。


「こうやって手を置いて、そう。そこから魔力を注いでみて」


 そんな、できる前提で。やってみるけど……


「ん!」


──パァン!


「わぁ!」

「やるんじゃないかとは思ってたわ」


 止めてくださいよ。


「ご、ごめんなさい! これ、高いものだったり…」

「まあね。でも予備の管はあるから大丈夫よ。頻繁に使うわけでもないし」


 うう、やっちゃったな。私、今無一文なのに。良くてミッタさんからのお小遣い制。ミッタさんもちょっと落ち着かなさげ。


「むーん。風の魔法に適性がありそうね。この器具は実は一定以下の魔力しか持たない人向けだったんだけどね」

「じゃあ、私はそれなりに?」

「おそらく、ね」


 おお、異世界ものっぽい。


 とは言っても、私の世代じゃ魔法は実在するものと公表されてて、その技術もどんどん実用化され始めている。私の親なんかは私に魔法の適性があると知ったら狂喜乱舞しそう。好きだもんなぁ、そういうの。


「あの……魔法が使えたら、あっちに帰れますかね?」

「どうかしらね。私はそういうのはあんまり……あっ、いや、ごめんなさい」

「いえ、いいんです」

「……でも、そうね。あちらに行ってみる価値はあるのかしら。送り返す研究をしてもいいかもね。でも絶対は期待しないでね?」


 そんなに都合良くはいかないか。私に異世界チートがあるなら、自力で帰ることもできるかも。今のところ自動翻訳くらいだけど。


「あ、あの。こっちで魔法の修行とか出来ないでしょうか?」

「私教えるのとか苦手……何よ、ミッタ。そんな目で見たって駄目よ。どうしてもっていうなら、もう少し南のロードラントに心当たりが無いでもないわ」

「あやふやね…」

「私の先輩で、同じようにメイディークを出た人なんだけど。弟子じゃなくても、誰かに教えるの得意だったはず。久し振りに会いに行こうかな」


 立ち上がり、広げたものを片付け始めるアーネスさん。


「行くわ」

「い、行くわって。アーネス」

「思いついたらとりあえずやってみるべきよ。私はこれまでそうやってきたわ」

「そうね。周りはそれに振り回されてきたわ」

「すいません……それで、あの、申し訳ないんですけどぉ」


 アーネスさんがミッタさんをちらちら。


「そういうのは男にやりなさい」

「あはは。ねぇ、家の管理を任せていいかしら?」

「合鍵は変えてないのね?」

「うん、そのまま。ありがと」


 合鍵まで持ってるとか。ミッタさん、口でいろいろいいつつ面倒見はいいのかな。これがクーデレというやつ?


 アーネスさんは女一人で大陸の南にある都市から、北端といってもいいこのラズラまで来たらしい。旅支度も慣れたものだ。手伝ってるミッタさんが戸惑っているくらい。私は部活で遠征とか経験があるから他所へ足を運ぶことに抵抗はない。ただ、バスとか電車とかあるわけじゃなし。基本馬車だそうだ。


「そういえば多くの人を乗せて云々言ってたわね。たとえばどれぐらいのものなの?」

「二百から、三百? 大きいのはもっとかな……」

「その人数で、空を!?」

「んふっ」


 いや、手を広げて空飛んでる想像しちゃったじゃないですか。


「な、なによ」

「すいません、変な想像しちゃって。でもたまに事故もあるし、こっちではなかなか危ないですよ。森に燃え移ったら大変です」

「火を使うのね?」

「ええ、まあ」


 火って言うか燃料ね。着火には電気だったかな? よくは知らない。


「よし。じゃあ、行きましょ」


 え、今? 私とミッタさんが顔を見合わせる。


「今日のところは片付けだけ……のつもりじゃなかったの?」

「私はそのつもりでしたよ?」

「私はもう出るつもりだったわよ?」


 思い立ったが吉日、いや吉秒? 決断が早すぎる。むしろ本能で動いてないかこの人。


「一旦、一旦待ちましょう。私、まだ心の準備が」

「そんなこと言ってる間にすぐ年くっちゃうわよ? クソ連中の言葉だけど、数少ない共感できる言葉だわ」


 クソ連中って言った。この人のバックグラウンドは置いといてもまず待とう。


「カナコ、この子の人となりはだいたい伝わったかしら?」

「あ、はい」

「やめてよ! 今のところろくな印象持ってないでしょう!」


 自覚はあるんですね。


「とりあえず大屋さんには挨拶しなさい。あと工房もしばらく閉めるんだろうから貼り紙の一つもしておきなさい。他にも……」


 くどくどくどくど。オーケー、仲がいいのはよく伝わった。


「そ、そんなに言うなら貴女も来れば。そうよ。ねぇ、ミッタ。貴女も一緒に行きましょ!」

「……何を言い出すのよ」

「貴女、この街から出たこと無いんでしょう? 楽しいと思うわ。私はいろんな所を見て回って、そりゃ苦労もしたけど」

「私は、獣人だもの」


 もしかして、あるの? 差別みたいなものが。でも街中には普通の人間さんもいたはず。


「確かに見慣れない姿だから驚くかもしれないけど」

「私が獣人だから、だから母は! 妹だって……」

「えっ」

「……なんでもないわ。忘れて。ともかく行くのなら反対はしないわ。準備はきちんとするのよ? 私が言ったこと、もう一度言ってごらんなさい」

「え、えーと、挨拶と……」


 ただの独り暮らしだと思ってたけど、いろいろあったらしい。あの様子だとアーネスさんも知らなかったのか。


 くどくどしたのがまたしばらく続いて、その日はお暇することにした。帰り道の沈黙が、苦しい。


「さっきは、ごめんなさい。あの子は妹に似てるの。見た目が少しだけ、ね。だからつい、しつこくなっちゃって」


 ミッタさんは獣人と普通の人間のハーフらしい。獣っぽいお父さんと普通のお母さんの間に生まれて、この街で暮らしていた。この街の人たちはその辺り気にしない人柄らしいけど、お母さんのほうのご両親がまずかった。駆け落ち同然で出てきたそうで、連れ戻しに来たときに街の人たちとひと悶着…どころか、騎士団らしき人たちを連れて騒ぎを起こしたそうだ。その騒ぎでお父さんは命を落とし、お母さんもその一件から参ってしまい、ミッタさんや妹さんを詰ることが増えたそうだ。そしてある日、ミッタさんが仕事から帰ると─


「妹はひどい有り様だった。たぶん母が心中を図ろうとしたんでしょうね。母は息も絶え絶え。最後に私に言った言葉は」


『けだもの』


「……ごめんなさい。どうして私はこんな話をしてるのかしら。不愉快よね」

「そんなこと」


 ミッタさんはそんな身の上があってもなお私に親切にしてくれたし、アーネスさんもミッタさんのことを信頼しているはず。でなきゃ合鍵なんか渡さないだろう。私は、ミッタさんに何かできないだろうか。旅に出て、新しい出会いを探してみるのもひとつの選択じゃないだろうか。


「ミッタさんはこの街、好きですか?」

「どう、かしらね」

「え?」


 しまった、という表情。もしかして、いやな記憶があるこの街はミッタさんにとって居心地が悪いのだろうか。


「……最近、わからないの。私は、自分が普通の人間なのか、あるいは獣人か。この街の人たちだって普通の人間を好ましく思わない人はいるわ。私の両親の一件があったし、昔気質で獣人こそ『純血』と考える人も」

「どこも、一緒なんですね」

「貴女の故郷も?」

「私の話じゃないですけど、思い込みや差別、偏見はありました。きちんと言葉が通じて話をすれば大抵はどうにかなるのに」


 そうならないこともあるのが悩ましいけど。


「そうね。本当にそう」

「……ミッタさん。つらいことあるかも知れませんけど、あの、私と一緒に来てみませんか?」

「カナコ……」


 何かをしてあげられる当てはない。私一人でこの世界の偏見をどうにかできるわけでもない。でも少なくとも私は、ミッタさんをどうこうとは思わない。猫耳に関してはカワイイじゃないかと思う。尻尾をフリフリされると私のほうが飛びかかりそうだ。


 いや、私、何考えてんの?


「カナコ?」

「いや、私が言いたいのは、ミッタさんはカワイイってことなんです」

「……カナコ?」

「いや、違っ。そうじゃなくて。いや、違わなくはないんですよ。ミッタさんはカワイイというより美人系だなってだけで」

「カナコ」

「だから、あのぅ、うんん?」

「しっかりしなさいカナコ!」


 私が頭抱えちゃったから本気で心配しちゃってる。頭の心配?


「わかりました。落ち着きましょう」

「貴女がね」


 へぇ、すいません。


「私に偉そうなことは言えないんですけど。ミッタさんは一人じゃないですよね?」

「……そうね」

「声をかけてきてくれる人、たくさんいましたよね?」

「フェイのこと、じゃないわよね……ごめんなさい。続けて」


 犬頭の人かな? そうじゃなくて、あの子どもたちとか。あの犬頭の人もそういうニュアンスで声をかけてくれたのかも知れないけど。


「綺麗事かもしれませんけど、みんな助け合ってるんです。助け合ってきたから、私もミッタさんもここに居られるはずなんです」

「……」

「後は、後は……そう、実は私の故郷にも獣人はいるんです!」

「え、そうなの?」


 べ、別に嘘は言ってない。習ってはいた。幻想の存在が『異界』には余裕で存在すると。ドラゴンがこっちに現れてニュースになってたし。隣の岩崎さんの嫁さんがネコ科の獣人だと、現代文の羽田先生が言ってた。


「そういえばニュースで見ました。ガフさんみたいなライオンの獣人さんが料理を出すお店ができるって」

「衛長が料理……」


 あ、ちょっと笑った。けれどもあちらの大抵の人たちはこう思ったはずだ。


 抜け毛は大丈夫か、と。


 当然言及はされていた。その獣人さんは『ともかく料理で人をもてなしたい。そのためならタテガミなど切り捨てよう』とシャレにならない眼光で応えていた。恭子さんはその心意気にホレたそうで『絶対に行く。抜け毛ごとき飲み下す所存』と言っていた。元気でやっているだろうか。


「貴女の故郷は、ずいぶん愉快なところのようね」


 さっきより表情が明るくなったかな。


「だから、だからっ」

「わかったわ。もうお腹一杯。だから、ね。泣かないで?」


 うう、自分でも寂しさだか懐かしさだか。今は向こうのことはいい。ミッタさんに元気を出してもらわないと。


「ちゃんと考えてみるわ。衛士の仕事も引き継ぎを探さないといけないし、そもそも旅の準備なんてしてないし」

「で、ですよね。ていうか私も準備とかできてません」

「皆に話して、それから……」


 再び歩き出すミッタさん。相変わらずスマートな歩き方。でも、少しだけテンションが上がっているように見える。



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