番外、JK、魔女と出会う。
「さ、上がって」
「お、お邪魔しまーす」
「……なにしてるの?」
玄関で座り込んで靴を脱ごうとして、そのまま靴で家に上がっているミッタさんと目が合う。
「あっ、あーそっか。そうですよね! えへへ、いや、故郷では家には靴を脱いで上がる習慣なもので、つい癖で」
「ふーん。でもいちいち脱ぐのも手間じゃない?」
「確かに脱がない習慣の国もありましたよ。流石にベッドには靴を脱いで入るはずですけど」
「……詳しいのね。他の国のことなんて私はほとんど知らないわよ? 実は旅慣れてるの?」
「実際に行ったことはありませんよ。テレビなんかで…」
「てれび?」
「離れた場所の映像を見ることができる道具があるんですよ」
「へえ、こっちには声でやり取りする手段はあるけど、直接見えるのはすごいわね」
それはそれですごくない? 電話あるってこと? お喋りしながら通されたのはたぶんキッチン。鍋あるし。
「まあ連合の支部に設置してあるものだけだから気軽に使えはしないけどね。お茶淹れるわ」
「そうですか……あ、ありがとうございます」
ミッタさんが小さい鍋に水を入れて五徳に載せる。まさかとは思ったけど、これはコンロ? つまみは無いけど……ミッタさんが手のひらを置くだけで、シュババッと点火した。火力調節はできないらしい。
「魔法は珍しい?」
「そのはずだったんですけど、なんか最近発見されたらしくて」
「そうなの」
「私たちも影響が出ているかもしれないからって検査が義務付けられたんですよ。まだまだ普及してるわけじゃないんですけどね」
「私たちも似たようなものよ。アーネスが来るまでは魔法という名前すら知らなかったくらい。それを道具という形で普及させているのが彼女」
「凄い人なんですね」
「……まあね」
微妙なリアクションだな。気難しい人だって言ってたし……いきなり怒鳴られたりしないよね?
淹れてくれたお茶はほんのりと花のような香りがする。そういえば、ミッタさんは猫舌だったりするんだろうか。
「熱くないんですか?」
「淹れたの私だけど……?」
「そ、そうですね」
引き続き梨っぽい果物を出してくれる。おお、シャリシャリで、甘い。
「おいしゅうございます」
「お粗末さま」
まだ昼過ぎくらいかな。太陽があれくらいだから……
「邪魔するわよ!」
勢いよく扉を開いて現れたのはゆったりとしたローブを纏った女性。露出は少ないようでいて裾をクリップか何かで留めているのか結構な位置まで持ち上げて、大胆なスリットになっている。肩には鈍器みたいな杖を担いでる。その頭上には正に想像していたとおりの三角帽子。
本当に、冗談みたいに魔女そのものな格好の女性だ。
「アーネス。挨拶ぐらいして」
「ご、ごめんなさい」
「お客さまの前なんだから…」
「それ、そのお客さまよ! その子がそうなのね?」
「聞いてないわね」
なかなかテンションの高い魔女さんだ。
「そう……その子が、こことは違う世界からやって来たっていう」
「え? ま、待ってください。わかるんですか? 異世界とか、そういうの」
「ふふん、気になるかしら?」
うんうん。気になるから話しなさいよ。
「だったら私に協力して。あちらのものとおぼしき物体が幾つか手元にあるのよ。それの詳細を教えて欲しいの」
「……あんまり複雑ものだったらどうしようもないですよ?」
「少なくとも私が一から試行錯誤するよりは効率的よ。ねえ、どう? 役に立つ知識なら、衣食住保証してあげてもいいわよ?」
む、いい条件かも。
「役に立たなかったら?」
「用無し……あっ」
ミッタさん、ナイスフォロー。危うく使い捨ての憂き目を見るところだった。でも、向こうの道具ってのは見てみたいな。
「ミッタさん。私、あっちの道具ってのは気になります。話ぐらいは聞いてみたいんですけど…」
ホイホイ戻れるとは思えないけど、万が一ってね。
「仕方無いわね……その代わり私もついていくわよ。いいわね?」
「何よら別にとって食うわけじゃないわよ……」
「貴女も相変わらずね。話を聞いて工房からここまで走ってきたの?」
なんかあんまり魔女っぽくない人だ。いや、限りなく魔女っぽい格好なんだけど、バイタリティ溢れてるんだよね。もうちょっとインドアなもんじゃないの、魔女って。
お茶を飲んで落ち着いたところだったのに今度はアーネスさんの工房へ向かう。道すがら当然のように荷物チェックをされたけどスマホは死守。分解されたらたまったもんじゃない。
ラズラ、だったよね。この街の名前。都市っていうにはちょっと小さいのかな。石造りの建物で、山に囲まれて、地滑りとか大丈夫だろうか。あの青々した森の中を全力疾走して、それで彼、というかオオカミに助けられて。
(そういえばお礼言えてないな。また、会えないかな)
『よせよ、くすぐったいぜ』
声のしたほうを見ると、件のオオカミと、色気に全振りしたようなウサミミのお姉さんが絡み合っていた。
「素敵な毛並み。ねぇ、たまには寄ってきなさいよっ」
『言ったろ。二本足はシュミじゃないんだよ。他を当たってくれ』
「つれないわねぇ……あら、こんにちわ。ウチは女の子でもイケるのよぅ、ミッタさん?」
「え、遠慮します」
「そっちの子は……ふふ、ずいぶんとウブそうね」
そうですね。貴女のお店は私にはまだ早いと思います。たぶん行かないですし。やるじゃないのさ、このエロオオカミ。
『んだよ。ちげーよ。そんな目で見んなよ』
「違うんですか?」
「…ふふ」
はいともいいえとも言わない。
『否定しろよ!』
狼の顔で凄まれると迫力。まあいいや。少しでもときめいた私が間違ってた。さすが野性。私みたいな小娘なんて眼中にはありませんよってか。別にそういうつもりじゃなかったし。けど、もう少し、なんかこう、気を遣いなよ? モテないよ?
『お、おう。これからどっか行くのか?』
「はいオオカミさん先ほどは本当にお世話になりましたこれからこちらの魔女さんの工房にお邪魔します仮にも女性の住まいなので男性にはご遠慮いただきたいと思います申し訳ありませんがはァい」
『お、おう』
ついムキになってしまった。自分でもよくわからない。本当に乙女心は複雑だ、うん。
「よかったの? 別に工房くらい誰でも」
「乙女心は複雑なんです」
「あっ、はい」
ちょっと大人げなかったか。
「あーミィ姉ちゃんだ。こんにちはぁ」
「こん、にち、はー!」
「こんにちは。危ないからせめて前見て走りなさい?」
無駄に元気な挨拶。やっぱりこれぐらいの子どもは可愛いげがあっていいわ。獣人の子どもとか、ケモミミ好きでもないのに無性に可愛い。




