番外、JK、ラズラにて
「それは、ふむ。なんとも……」
ラズラの衛長さん。名前はガフさん。ライオン、ぽいな。今は可能な限り整理して自分の境遇を伝えている。やっぱりピンと来てなさそう。文明とか、縁遠そうだもんねぇ、ここ。まさしく異世界的だもん。
室内を見回すとみんながこっちを見てる。ネコミミとシッポを生やしたショートカットの女性。こっちは人間っぽい。その隣は犬頭の……男性? 少なくとも、雰囲気的には。
机を挟んで今度はウサミミ。おどおどしてて、かわいい。スカートが短いせいで太ももがすごい。
すごい。
「……あっ」
じっと太もも周りを見ていたせいか、隠される。待って、私ソッチの趣味ないから。頭の中に『美味しそう』とか何とか浮かんだけど、違うから。精神の安定のため、隣の毛皮をフスフス。ほぉう。
『なあ、俺もう行ってよくね?』
「まあな」
「まあまあまあ。もうちょっと、もうちょっとだけ。ね?」
「なんだ。お前にも春が来たか。結構じゃねぇーの。行っとけ行っとけ」
『二本足は趣味じゃねーの』
悪かったわね、二本足で。さっきのほっそりした犬頭はオス、いや男性か。しかもわるいおにいさんだ。これは注意だ。
「警戒しなさんな。俺だって同じ種族が一番だ。無理強いはしねーよ」
「声は掛けるじゃない」
と、ネコミミ。
「ちっと話するだけだって。害はない」
「しつこいって話も聞くわよ?」
「まあ、たまに熱くなることも、あるな」
わー。やっぱりわるいおにいさんだ。
「顔に出てんぞ。あんたらみたいのは表情に出すぎてていけねぇ」
失礼しました。頬を揉みつつ、ガフさんへ視線を戻す。
「で、どうすればいいと思います?」
「ふむ、どうしたものかな」
我ながら無茶振りだぁ。この人たちも困っているだろう。見るからに種族が違う。身なりも変わってる。黒い髪の毛は珍しくはないらしい。今のところ、体毛という意味で。
持ち物も物珍しがられて。何やら発光している板だの。精緻なつくりの本だの。ずーっと書ける筆記具だの。いちいち面白いリアクションを返してくれるけど、混乱度が増しただけのような気も。
「順当に考えて……南。ロードラント辺りに連れてってやりゃいいんじゃねぇか? 森に住むマゾクってのも気の良いやつらだって話だ」
確か……魔に属するもの、で『魔属』だっけ。授業で聞いた限りじゃ人間と変わらない姿の人もいるって話だし。選択肢としては有りかな。ケモノ属性も捨てがたいけど。
でもなんか変だな。『異界』に住む人たちまとめて『魔属』なんじゃなかったっけ。
「あの、皆さんは『魔属』じゃないんですか?」
「私たちは、まあふつうの獣人だが? 彼らとは違うよ。魔法も不得手でね」
まて、なんかおかしい。さっきからマゾクマゾクって聞こえるけど、なんで言葉が解るの? 『異界』にも独自の言語はあって、それがトラブルの元にもなったって。私は習いもしないのに、普通に言葉が解って。まるで異世界チート。
異世界。『異界』じゃ、ない?
「へっ」
『ん、どうした?』
異世界。『異界』じゃなくて。じゃここはドコ。ビーコンが機能しない。『異界じゃない』から。『導素』がないから。元いた世界にビーコンが届かない。届かなかったら圏外だから連絡できない。元の世界に─
帰れない。
「うっ」
『お、おい!』
な、んで。帰れない。帰れない。帰れない。地球に。ちきゅ、う。
「…大丈夫か?」
「ひっ」
ライオン。犬。猫。ウサギ。なによここ。なんなのここ、なんなのここ! 人間どこいったのよ!
『こないで、こないでこないで』
「じょ、嬢ちゃん。おい」
犬がしゃべるな!
『こないでこないでこないで』
すぐそばの、心地よい毛皮にしがみつく。
『おい……』
『たすけて、たすけて』
アンタは私を助けてくれた。だからまた私を。
『助けてよぉ』
『……っ』
私をひっくり返して、覆い被さってくる。うん、アンタなら、いいかも。
「私を、食べるの?」
『誰が食うかボケ。ちょっと落ち着けってんだ』
肉球ビンタ。心地よい。
『んっ』
舐められた。くすぐったい。オオカミに舐められたことなんてないし。
や、ちょ、もういい。これ以上は変な気分になる。落ち着いた。落ち着いたからっ。
「んひ、やめ、やめてぇ」
『んだよ。俺がいかがわしいことしてるみてぇじゃねぇか』
してるでしょ。女の子押し倒してペロペロするとか。人間なら即タイホだ。
「うう……ベトベト」
『拭きゃいいだろ』
そうする。ハンカチで拭って、それでもちょっと残ってて、指に付いたそれをなんとなく口に運んで──
『お前何やってんの!』
「ぶぁああ! ぺっ、ぺっ!」
『吐くんじゃねぇよ! お前ホント失礼な! もう知らん、好きにしろっ!』
ぶちぶち言いながら部屋を出ていく。ああ、せめてお名前を。
「ああ……カナコ?」
「……あっ」
この人は、ガフさん。ライオンじゃなくて、この世界できちんとしたひとりの人間なんだ。怖がってしまった。名前知らないけど、わるいおにいさんも気まずそう。
「……すみませんでした。取り乱しちゃって、その」
「いや、気にしないでほしい。我々を見て似たような反応はままある。仕方ないことだ」
「違っ、帰れないと思ったから、その……」
「一先ず宿に腰を落ち着けるといい。向かいが『旅人向け』の宿だ。費用はこちらが持つ。ミッタ」
「はい」
ネコミミのミッタさんはベレー帽みたいのを被って、わざわざ袖無しのコートを羽織って。それで、ガフさんのいう『旅人向け』の意味が何となくわかって。
「あの、違うんです。ホント気が動転してて。本当は獣人とか、興味津々なんです!」
「そ、そう」
アレ、間違った?
「そんな隠さなくていいです! あ、この帽子カワイイですね! ほら、コートも脱いで!」
「帽子は、ありがとう。外套は制服、だけど」
「あ、そうですか」
何か、何か汚名返上のチャンスを……とか考えながら私の目玉はあのネコミミをロックオンだ。
「……興味、津々?」
自身の耳を扱きながら呆れ顔。
「……すいません」
「……触ってみる?」
「良いんですか!」
「あまり他人に触らせるものでもないけど……同性だしね」
「ありがとうございます。で、では失礼して……おお、ふっさふさだぁ」
駄目だ。自分で鼻息が荒いのがわかる。生ネコミミはとても、とてもよいものだ。
「貴女のは小さいのね。これで聴こえてるの?」
「獣人の人と比べると全然だと思いますよ」
「ふぅん」
向かい合って椅子に座って互いのネコミミとヒトミミをもみもみ。シュールだ。男二人が置いてきぼりだ。ウサミミは、口に手をあてアワアワしている。
「……もしかしてあれですか。耳を触るっていうのは、その」
「男女の睦み事として描かれることもあるわね」
「やっぱりかっ!」
咄嗟に手を離す。
「別に良いけど。落ち着いた?」
「は、はい。お騒がせしました……」
「衛長。私はどのみち上がりですので、このまま彼女を案内してもいいんですが」
「あ、あの。入街税、みたいなものは……?」
「あるのかい?」
「ない、です」
「だろうなぁ」
眼鏡の位置を直すガフさん。
「私が肩代わりしても構いませんよ?」
「うぇえ! 駄目ですよ、そんなの!」
「今のところ働くアテ、ないでしょう?」
「……はい」
学生身分とちょっとしたオタク知識だけで働けるわけないよね。言葉がわかるだけ、マシか。異世界と言えば冒険者……いや、普通に死ねる気がする。
「カナコ、剣を扱えたりするか?」
「いえ、それはちょっと」
「では魔法は?」
あ、あるんだ魔法。
「いえ、それも…」
いや、魔法ならどうだろう。導圧検査の時は意味ありげな再検査を受けたこともあるし。もしかしたら、もしかするかも。
「検査とか、できないですかね」
「それなら、アーネスのところに行ってみる?」
「アーネス?」
「ラズラに住んでいる、人間の魔法使いよ。気難しいところはあるけど悪人ではないわ。たぶん」
たぶんって。
しかし……魔法使いときましたか。安直に、木の杖を持って三角帽子とローブを身に纏った姿を想像しちゃったけど。どんな人だろう。
「それでいくか。アーネスには私から話をしておく。向こうの予定が決まったらその時にでも」
「それまでは……私の家に来るといいわ、カナコ」
「いや、でも」
「遠慮しなきゃいけない理由でもあるの?」
「だって悪いですし……」
「見知らぬ誰かにお金を借りるのと私の厚意に甘えるのと、どっちがいい?」
「……お世話になりまぁす」




